隣人は私と愛犬をまるごと独占したい
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都会の夜は、どこか遠くで鳴る車の走行音と、無数の窓から漏れる生活の灯火で構成されている。
新しいマンションの、風が心地よく通り抜ける広いベランダ。
ナマエは、手摺りに寄りかかりながら、目の前に広がる宝石を散りばめたような夜景を見つめていた。隣では、黄金色の毛並みを夜風に揺らしたレオが、満足げに目を細めて座っている。
「……ねえ、レオ。夢みたいだね。去年の今頃は、まさか自分がこんなに素敵な場所に、大好きな人と一緒にいるなんて思ってもみなかった」
ナマエが優しくレオの耳の後ろを掻くと、レオは「フンッ」と鼻を鳴らし、彼女の膝に大きな頭を預けた。
その時、背後のガラス扉が静かに開き、聞き慣れた、けれど何度聞いても胸が跳ねる足音が近づいてきた。
「夜風が冷たくなってきた。ナマエ、あまり薄着で外にいない方がいい」
肩にふわりと掛けられたのは、カシミアの柔らかな大判ストール。そして、それを掛けてくれたエルヴィンの大きな掌が、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。
エルヴィンは、ナマエの隣に立ち、彼女と同じ夜景に視線を投げる。その横顔は、街の光を反射して彫刻のような美しさを際立たせていたが、ナマエを見つめる時だけは、氷が溶け出したような柔らかな熱を帯びる。
「ありがとう、エルヴィン。……ちょうど今、レオとあのゴミ捨て場で会った日のことを話していたんだ。私がレオに引きずられていた時」
「ああ……。あの時の君は、今にも転びそうで見ていられなかった。俺の理性が、あの一瞬でどれほどかき乱されたか、君は想像もできないだろう」
エルヴィンは自嘲気味に笑い、抱き寄せた力を強めた。
「正直に言えば、あの瞬間に俺の敗北は決まっていた。法的根拠も何もない、ただの直感が告げていたんだ。……この女性を、一生俺の視界の中に閉じ込めておかなければならない、とね」
「ふふ、最初からそんなこと考えてたの? さすが、策士な弁護士さんだね。……でも、私は嬉しいよ。エルヴィンが私のことを見つけてくれて、あんなに一生懸命守ってくれて」
ナマエは、彼の胸元にそっと頭を預けた。
彼のシャツから漂う、清潔な石鹸と微かなシダーウッドの香り。その香りを吸い込むだけで、世界中のどんな場所よりも安全な場所にいるのだと実感できる。
「エルヴィンと出会えて、私は本当に幸せ。……これからも、ずっと隣にいてくれる?」
ナマエが真っ直ぐな瞳で見上げると、エルヴィンの表情が、一瞬だけ痛みを堪えるような、切実なものに変わった。
彼はポケットから、小さな銀色のリングを取り出した。
夜の光を吸い込んで、それは静かに、けれど強く輝いている。
「……ナマエ。俺は弁護士として、多くの『永遠』という言葉が崩れていく様を見てきた。紙の上の契約が、どれほど脆いものかも知っている」
エルヴィンは彼女の左手を取り、その薬指にゆっくりとリングを滑らせた。
ひんやりとした金属の感触の後に、彼の熱い指先が彼女の手を包み込む。
「だが、君との間に結ぶこの契約だけは、俺の命を賭して守り抜くと誓おう。君の生涯の危機管理、そして君を愛し続ける義務。これらを死ぬまで、いや、死してなお俺が引き受けよう。……君の隣という特等席を、俺以外の誰にも譲るつもりはない」
「……エルヴィン」
「俺の側にいてくれ、ナマエ。君のいない未来など、俺には管理する価値もない」
ナマエの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。それは悲しみではなく、あまりにも深い愛に包まれたことへの歓喜の雫。
彼女は、彼の首に腕を回し、その唇に自分からそっと触れた。
「……うん。私の危機管理は、全部エルヴィンに任せるね。……大好きだよ、エルヴィン」
重なる唇。
それは、これまで交わしてきたどんな口づけよりも甘く、そして重い約束の味がした。
エルヴィンは彼女を壊さないように、けれど片時も離さないという執念を込めて、その細い身体を抱きしめ返した。
「ワンッ!」
足元で、自分を忘れていないかと言わんばかりにレオが割り込んでくる。
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「そうだね、レオ。君の健康管理も、俺の重要なルーティンに含まれている。……これからも三名で、この城を守っていこう」
エルヴィンがレオの頭を撫で、ナマエの額に優しいキスを落とす。
ベランダを吹き抜ける風はもう冷たくなかった。
そこには、互いを信じ抜き、愛し抜くという、世界で一番強固な防衛線が張られていたから。
夜景の光は、明日への希望のようにいつまでも輝き続けている。
策士な夫と、天然な妻。そして、黄金色の愛犬。
彼らの騒がしくも、この上なく幸福な監査の日々は、これからも永遠に続いていく。
誓いの夜が明け、新しい朝が2LDKの寝室に滑り込んできた。
遮光カーテンの隙間から差し込む一筋の光が、サイドテーブルに置かれた婚約指輪のプラチナを鋭く叩き、壁に小さな光の粒を躍らせている。
「……ん」
ナマエは、シーツの柔らかな感触の中でゆっくりと意識を浮上させた。
まだ夢の続きにいるような、ふわふわとした幸福感。まどろみの中で左手を持ち上げると、薬指に宿る確かな重みが、昨夜の出来事が現実だったことを教えてくれる。
「おはよう、ナマエ。……見惚れているのかい?」
すぐ隣から、低く心地よい響きの声が降ってきた。
エルヴィンだ。彼は既に起きていたようで、枕に腕をついて横向きになり、愛おしそうにナマエを見つめていた。少し乱れた金髪が額にかかり、朝の光を浴びた青い瞳は、海のように深く澄んでいる。
「エルヴィン、起きてたんだ。……うん、なんだかまだ信じられなくて。この指輪、すごく綺麗だね」
ナマエが指輪を掲げて微笑むと、エルヴィンはその手を優しく引き寄せ、指先に柔らかな口づけを落とした。
「信じられないなら、何度でも証明しよう。そのリングは、君が俺の保護下……いや、生涯のパートナーになったという不可逆的な契約の証だ。法的な効力以上に、俺の魂が君に縛り付けられていることを示している」
「ふふ、朝から難しいこと言うんだね。でも、その『縛り付けられている』っていうの、ちょっと嬉しいかも」
ナマエが茶目っ気たっぷりに笑うと、エルヴィンの頬が微かに赤らんだ。完璧な策士であるはずの彼が、ナマエのストレートな言葉にだけは、いまだに耐性がないらしい。
「……君という人は、本当に無自覚に人を翻弄する。さて、朝食の前に、一つ確認しておきたいことがある」
エルヴィンは居住まいを正し、真剣な眼差しでナマエを見つめた。
「なんだか、改まってどうしたの?」
「これからの生活についてだ。君の薬指にその石がある以上、俺の『危機管理義務』はさらに強化される。例えば、他人の車に乗る際の安全確認、怪しい勧誘の即時報告、そして……俺以外にその魅力的な笑顔を振りまくことへの制限。これらについて、追加の合意を得たい」
「……エルヴィン、それってただのヤキモチじゃない?」
ナマエがクスクスと笑いながら彼の胸元に指を這わせると、エルヴィンはふいと顔を背けた。
「……ヤキモチではない。高度なリスクアセスメントだ」
「はいはい、わかったよ。エルヴィン先生の言う通りにする。……でも、その代わり。エルヴィンも、あんまり無理しちゃダメだよ。コーヒーを淹れるのは私がやるし、疲れた時はレオと一緒に私に甘えていいから」
「……ふむ。それもまた、一つの『相互防衛』と言えるかもしれないな」
エルヴィンがようやく柔らかな笑みを浮かべ、ナマエを抱き寄せようとした、その時だった。
「ワフッ! ワンワン!」
勢いよく寝室のドアが開き、黄金色の疾風がベッドに飛び込んできた。レオだ。
「僕を忘れてない?」と言わんばかりに、二人の間に無理やり割り込み、ナマエの頬をべろりと舐め、エルヴィンの腹部に容赦なく前足を乗せる。
「わわっ、レオ! おはよう。……もう、元気すぎるよ」
「……レオくん。君の介入のタイミングについては、後でじっくり協議する必要がありそうだな。私のプライベートな時間が、君によって大幅に毀損されている」
エルヴィンは苦笑しながらも、レオの首周りを大きな手でわしわしと撫で回した。レオは満足げに目を細め、二人の間でしっぽをぶんぶんと振り回す。
「でも、レオも喜んでるみたい。エルヴィンが本当のパパになったのが嬉しいんだね」
「……パパ、か。悪くない響きだ。ならば、父親として君たちの健康を完璧に管理しなければならないな」
エルヴィンはベッドから起き上がり、シャツのボタンを留めながら、既に一家の主としての顔を見せていた。
「ナマエ。今日の朝食は、俺がエッグベネディクトに挑戦してみよう。以前、君が美味しそうだと言っていた店の手順を論理的に再現してみせる」
「えっ、エルヴィンが? 大丈夫? キッチンが大変なことにならないかな……」
「……失礼な。俺は学習能力が高い。君はレオと一緒に、リビングで完成を待っていなさい」
意気揚々とキッチンへ向かうエルヴィンの背中を見送りながら、ナマエはレオの頭を撫でた。
きっと、少し焦げたトーストや、形が崩れたポーチドエッグが出てくるかもしれない。けれど、その中には彼なりの、不器用で真っ直ぐな愛が詰まっているのだ。
「レオ、楽しみだね。……エルヴィンと一緒にいられて、本当によかった」
ナマエが呟くと、レオは「ワン!」と短く返事をした。
窓の外には、抜けるような青空が広がっている。
薬指に宿る光は、これから始まる長い日々の、ほんの序章に過ぎない。
策士な夫による終わらない監査と、愛犬と妻による温かな包囲網。
二人と一匹の物語は、朝のコーヒーの香りと共に、今日も新しく、甘い一歩を踏み出していく。
新しいマンションの、風が心地よく通り抜ける広いベランダ。
ナマエは、手摺りに寄りかかりながら、目の前に広がる宝石を散りばめたような夜景を見つめていた。隣では、黄金色の毛並みを夜風に揺らしたレオが、満足げに目を細めて座っている。
「……ねえ、レオ。夢みたいだね。去年の今頃は、まさか自分がこんなに素敵な場所に、大好きな人と一緒にいるなんて思ってもみなかった」
ナマエが優しくレオの耳の後ろを掻くと、レオは「フンッ」と鼻を鳴らし、彼女の膝に大きな頭を預けた。
その時、背後のガラス扉が静かに開き、聞き慣れた、けれど何度聞いても胸が跳ねる足音が近づいてきた。
「夜風が冷たくなってきた。ナマエ、あまり薄着で外にいない方がいい」
肩にふわりと掛けられたのは、カシミアの柔らかな大判ストール。そして、それを掛けてくれたエルヴィンの大きな掌が、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。
エルヴィンは、ナマエの隣に立ち、彼女と同じ夜景に視線を投げる。その横顔は、街の光を反射して彫刻のような美しさを際立たせていたが、ナマエを見つめる時だけは、氷が溶け出したような柔らかな熱を帯びる。
「ありがとう、エルヴィン。……ちょうど今、レオとあのゴミ捨て場で会った日のことを話していたんだ。私がレオに引きずられていた時」
「ああ……。あの時の君は、今にも転びそうで見ていられなかった。俺の理性が、あの一瞬でどれほどかき乱されたか、君は想像もできないだろう」
エルヴィンは自嘲気味に笑い、抱き寄せた力を強めた。
「正直に言えば、あの瞬間に俺の敗北は決まっていた。法的根拠も何もない、ただの直感が告げていたんだ。……この女性を、一生俺の視界の中に閉じ込めておかなければならない、とね」
「ふふ、最初からそんなこと考えてたの? さすが、策士な弁護士さんだね。……でも、私は嬉しいよ。エルヴィンが私のことを見つけてくれて、あんなに一生懸命守ってくれて」
ナマエは、彼の胸元にそっと頭を預けた。
彼のシャツから漂う、清潔な石鹸と微かなシダーウッドの香り。その香りを吸い込むだけで、世界中のどんな場所よりも安全な場所にいるのだと実感できる。
「エルヴィンと出会えて、私は本当に幸せ。……これからも、ずっと隣にいてくれる?」
ナマエが真っ直ぐな瞳で見上げると、エルヴィンの表情が、一瞬だけ痛みを堪えるような、切実なものに変わった。
彼はポケットから、小さな銀色のリングを取り出した。
夜の光を吸い込んで、それは静かに、けれど強く輝いている。
「……ナマエ。俺は弁護士として、多くの『永遠』という言葉が崩れていく様を見てきた。紙の上の契約が、どれほど脆いものかも知っている」
エルヴィンは彼女の左手を取り、その薬指にゆっくりとリングを滑らせた。
ひんやりとした金属の感触の後に、彼の熱い指先が彼女の手を包み込む。
「だが、君との間に結ぶこの契約だけは、俺の命を賭して守り抜くと誓おう。君の生涯の危機管理、そして君を愛し続ける義務。これらを死ぬまで、いや、死してなお俺が引き受けよう。……君の隣という特等席を、俺以外の誰にも譲るつもりはない」
「……エルヴィン」
「俺の側にいてくれ、ナマエ。君のいない未来など、俺には管理する価値もない」
ナマエの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。それは悲しみではなく、あまりにも深い愛に包まれたことへの歓喜の雫。
彼女は、彼の首に腕を回し、その唇に自分からそっと触れた。
「……うん。私の危機管理は、全部エルヴィンに任せるね。……大好きだよ、エルヴィン」
重なる唇。
それは、これまで交わしてきたどんな口づけよりも甘く、そして重い約束の味がした。
エルヴィンは彼女を壊さないように、けれど片時も離さないという執念を込めて、その細い身体を抱きしめ返した。
「ワンッ!」
足元で、自分を忘れていないかと言わんばかりにレオが割り込んでくる。
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「そうだね、レオ。君の健康管理も、俺の重要なルーティンに含まれている。……これからも三名で、この城を守っていこう」
エルヴィンがレオの頭を撫で、ナマエの額に優しいキスを落とす。
ベランダを吹き抜ける風はもう冷たくなかった。
そこには、互いを信じ抜き、愛し抜くという、世界で一番強固な防衛線が張られていたから。
夜景の光は、明日への希望のようにいつまでも輝き続けている。
策士な夫と、天然な妻。そして、黄金色の愛犬。
彼らの騒がしくも、この上なく幸福な監査の日々は、これからも永遠に続いていく。
誓いの夜が明け、新しい朝が2LDKの寝室に滑り込んできた。
遮光カーテンの隙間から差し込む一筋の光が、サイドテーブルに置かれた婚約指輪のプラチナを鋭く叩き、壁に小さな光の粒を躍らせている。
「……ん」
ナマエは、シーツの柔らかな感触の中でゆっくりと意識を浮上させた。
まだ夢の続きにいるような、ふわふわとした幸福感。まどろみの中で左手を持ち上げると、薬指に宿る確かな重みが、昨夜の出来事が現実だったことを教えてくれる。
「おはよう、ナマエ。……見惚れているのかい?」
すぐ隣から、低く心地よい響きの声が降ってきた。
エルヴィンだ。彼は既に起きていたようで、枕に腕をついて横向きになり、愛おしそうにナマエを見つめていた。少し乱れた金髪が額にかかり、朝の光を浴びた青い瞳は、海のように深く澄んでいる。
「エルヴィン、起きてたんだ。……うん、なんだかまだ信じられなくて。この指輪、すごく綺麗だね」
ナマエが指輪を掲げて微笑むと、エルヴィンはその手を優しく引き寄せ、指先に柔らかな口づけを落とした。
「信じられないなら、何度でも証明しよう。そのリングは、君が俺の保護下……いや、生涯のパートナーになったという不可逆的な契約の証だ。法的な効力以上に、俺の魂が君に縛り付けられていることを示している」
「ふふ、朝から難しいこと言うんだね。でも、その『縛り付けられている』っていうの、ちょっと嬉しいかも」
ナマエが茶目っ気たっぷりに笑うと、エルヴィンの頬が微かに赤らんだ。完璧な策士であるはずの彼が、ナマエのストレートな言葉にだけは、いまだに耐性がないらしい。
「……君という人は、本当に無自覚に人を翻弄する。さて、朝食の前に、一つ確認しておきたいことがある」
エルヴィンは居住まいを正し、真剣な眼差しでナマエを見つめた。
「なんだか、改まってどうしたの?」
「これからの生活についてだ。君の薬指にその石がある以上、俺の『危機管理義務』はさらに強化される。例えば、他人の車に乗る際の安全確認、怪しい勧誘の即時報告、そして……俺以外にその魅力的な笑顔を振りまくことへの制限。これらについて、追加の合意を得たい」
「……エルヴィン、それってただのヤキモチじゃない?」
ナマエがクスクスと笑いながら彼の胸元に指を這わせると、エルヴィンはふいと顔を背けた。
「……ヤキモチではない。高度なリスクアセスメントだ」
「はいはい、わかったよ。エルヴィン先生の言う通りにする。……でも、その代わり。エルヴィンも、あんまり無理しちゃダメだよ。コーヒーを淹れるのは私がやるし、疲れた時はレオと一緒に私に甘えていいから」
「……ふむ。それもまた、一つの『相互防衛』と言えるかもしれないな」
エルヴィンがようやく柔らかな笑みを浮かべ、ナマエを抱き寄せようとした、その時だった。
「ワフッ! ワンワン!」
勢いよく寝室のドアが開き、黄金色の疾風がベッドに飛び込んできた。レオだ。
「僕を忘れてない?」と言わんばかりに、二人の間に無理やり割り込み、ナマエの頬をべろりと舐め、エルヴィンの腹部に容赦なく前足を乗せる。
「わわっ、レオ! おはよう。……もう、元気すぎるよ」
「……レオくん。君の介入のタイミングについては、後でじっくり協議する必要がありそうだな。私のプライベートな時間が、君によって大幅に毀損されている」
エルヴィンは苦笑しながらも、レオの首周りを大きな手でわしわしと撫で回した。レオは満足げに目を細め、二人の間でしっぽをぶんぶんと振り回す。
「でも、レオも喜んでるみたい。エルヴィンが本当のパパになったのが嬉しいんだね」
「……パパ、か。悪くない響きだ。ならば、父親として君たちの健康を完璧に管理しなければならないな」
エルヴィンはベッドから起き上がり、シャツのボタンを留めながら、既に一家の主としての顔を見せていた。
「ナマエ。今日の朝食は、俺がエッグベネディクトに挑戦してみよう。以前、君が美味しそうだと言っていた店の手順を論理的に再現してみせる」
「えっ、エルヴィンが? 大丈夫? キッチンが大変なことにならないかな……」
「……失礼な。俺は学習能力が高い。君はレオと一緒に、リビングで完成を待っていなさい」
意気揚々とキッチンへ向かうエルヴィンの背中を見送りながら、ナマエはレオの頭を撫でた。
きっと、少し焦げたトーストや、形が崩れたポーチドエッグが出てくるかもしれない。けれど、その中には彼なりの、不器用で真っ直ぐな愛が詰まっているのだ。
「レオ、楽しみだね。……エルヴィンと一緒にいられて、本当によかった」
ナマエが呟くと、レオは「ワン!」と短く返事をした。
窓の外には、抜けるような青空が広がっている。
薬指に宿る光は、これから始まる長い日々の、ほんの序章に過ぎない。
策士な夫による終わらない監査と、愛犬と妻による温かな包囲網。
二人と一匹の物語は、朝のコーヒーの香りと共に、今日も新しく、甘い一歩を踏み出していく。
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