Chapter 2 ⛧磁気と引力
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漆黒の深淵に、無数の「死の礫」が渦を巻いている。 『ウィングス・オブ・リバティ号』の目前に立ちはだかったのは、銀河の墓標とも呼ぶべき高密度小惑星群。一つ一つが巨大な質量を持ち、不規則な公転軌道を描くその宙域は、いかに熟練の操縦士であっても侵入を忌避する、宇宙の難所であった。
「……前方、磁気嵐の影響で光学センサーに乱れ。自動回避システム、機能しません!」
ブリッジに響くオペレーターの叫び。赤い非常灯が、エルヴィンの彫刻のような横顔を不気味に、そして艶かしく縁取っている。彼は指揮席の肘掛けを握りしめ、眉間に鋭い皺を刻んでいた。
「手動に切り替えろ。リヴァイ、各個撃破は可能か?」
「……冗談だろ。この数だ、一発でも掠れば装甲が持たねぇ。……おい通信士、お前の『目』で見ろ。道がなきゃ、俺はこいつを止めるぞ」
リヴァイの言葉を受け、ナマエは深く息を吐いた。彼女の指先がコンソールのホログラムを激しく弾く。 彼女の能力は、単なる通信の送受信に留まらない。宇宙空間に漂う微細な電磁波の揺らぎを、まるで音楽の旋律を聴き分けるように感知し、安全な航路を「直感的」に導き出す。
「……聴こえます。星たちの隙間、静かな場所が」
ナマエの瞳から、日常の明るさが消える。焦茶色の双眸が、データの奔流を映して深く、鋭く輝いた。 彼女の脳内では、無数の計算式と直感が複雑に交差し、一本の細い、しかし確かな「光の道」を結びつけていく。
「艦長、左舷30度、上方15度へ全速! 3秒後に右へロール、加速しながら抜けます! 私のカウントに合わせてください!」
「……信じよう。全軍、彼女の合図に従え!」
エルヴィンの力強い声が、絶望に沈みかけたブリッジを一つに繋いだ。ナマエの澄んだ声が、カウントダウンを刻む。それは暗黒の宇宙で唯一、命の在処を示す導標だった。
「――今!!」
ナマエの叫びと共に、巨大な艦体が悲鳴を上げるような轟音を立てて旋回した。 窓の外を、巨大な岩塊が紙一重の距離で掠めていく。火花が散り、衝撃波がブリッジを揺らす。ナマエは椅子から放り出されそうになりながらも、必死にマイクを握り続けた。
「そのまま、あと一歩です! ……抜けます!」
まばゆい光の奔流。 衝撃が止み、視界が拓けた。モニターに映し出されたのは、死の礫を背後に、どこまでも静かに広がる紺碧の銀河。 ブリッジに、割れんばかりの歓声と安堵の溜息が広がった。
事後処理を終え、クルーたちが各々の持ち場や休息へと散っていった後の、静まり返った観測デッキ。ナマエは、張り詰めていた緊張から解放され、冷たいガラス越しに星々を見つめていた。その指先は、まだ微かに震えている。
「……ここにいたのか」
背後から響いたのは、軍靴の音を伴わない、忍び寄るような足音。 振り返ると、そこにはエルヴィンが立っていた。制服の襟を少し緩め、その碧眼には隠しきれない情熱と、それ以上に深い「影」が落ちている。
「艦長……。お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
ナマエがいつものように微笑もうとした時、エルヴィンの大きな掌が、彼女の言葉を遮るように肩を掴んだ。 その力が、これまでの「上司」としてのものとは明らかに違っていた。荒々しく、どこか縋るような、切実な力。
「……ナマエ」
ナマエの心臓が激しく脈打った。 エルヴィンの視線が、彼女を逃がさないという確固たる意志を持って、その顔を覗き込む。
「……怖かった」
「え……?」
エルヴィンは、ナマエを抱き寄せたい衝動を必死に抑え込むように、その場に立ち尽くしていた。 彼の声は微かに震え、いつもの冷静沈着なカリスマの面影はない。
「小惑星が君のすぐ横を通り抜けていくのを見るたび、心臓が握りつぶされるような感覚だった。君を失うくらいなら、この艦ごと星屑になっても構わないと……そう思う自分がいた」
「そんな……艦長、それは……」
「…今は…エルヴィン、と呼んでくれ」
彼はそう言うと、ようやく一歩距離を詰めた。ナマエの鼻先に、彼の熱い吐息がかかる。
「君を、ただの優秀な通信士として見ることができない。君の命が、人類の存亡よりも重くなってしまったんだ。……こんな不完全な男を、君はまだ艦長と呼ぶのか?」
自嘲気味に笑う彼の碧眼には、孤独な王が初めて見せる、一人の男としての「弱さ」が溢れていた。 その瞳に映る自分を見つめ、ナマエの胸の奥で、何かが決壊した。 強すぎる使命感に縛られ、冷徹な仮面を被り続けてきたこの男の、剥き出しの孤独。それを癒せるのは、自分しかいないのだという、傲慢なまでの確信。
ナマエは、震える手でエルヴィンの頬に触れた。
「……エルヴィンさん。あなたは、不完全なんかじゃありません。私の大好きな、一人の……」
抱きしめたい。この広い背中を、この震える心を、自分の体温ですべて包み込んでしまいたい。ナマエがその一歩を踏み出そうとした瞬間、エルヴィンが堪らずといった風に彼女を腕の中に閉じ込めた。 鉄のような腕が、彼女の細い腰を、折れんばかりの強さで締め付ける。
「……逃がさない。たとえ、君が望んだとしても」
暗い宇宙の中で、重なり合う二人の体温。 それはもはや、上司と部下という境界線を完全に超え、互いの魂を浸食し合うような、深くて重い「愛」の始まりだった。
「……前方、磁気嵐の影響で光学センサーに乱れ。自動回避システム、機能しません!」
ブリッジに響くオペレーターの叫び。赤い非常灯が、エルヴィンの彫刻のような横顔を不気味に、そして艶かしく縁取っている。彼は指揮席の肘掛けを握りしめ、眉間に鋭い皺を刻んでいた。
「手動に切り替えろ。リヴァイ、各個撃破は可能か?」
「……冗談だろ。この数だ、一発でも掠れば装甲が持たねぇ。……おい通信士、お前の『目』で見ろ。道がなきゃ、俺はこいつを止めるぞ」
リヴァイの言葉を受け、ナマエは深く息を吐いた。彼女の指先がコンソールのホログラムを激しく弾く。 彼女の能力は、単なる通信の送受信に留まらない。宇宙空間に漂う微細な電磁波の揺らぎを、まるで音楽の旋律を聴き分けるように感知し、安全な航路を「直感的」に導き出す。
「……聴こえます。星たちの隙間、静かな場所が」
ナマエの瞳から、日常の明るさが消える。焦茶色の双眸が、データの奔流を映して深く、鋭く輝いた。 彼女の脳内では、無数の計算式と直感が複雑に交差し、一本の細い、しかし確かな「光の道」を結びつけていく。
「艦長、左舷30度、上方15度へ全速! 3秒後に右へロール、加速しながら抜けます! 私のカウントに合わせてください!」
「……信じよう。全軍、彼女の合図に従え!」
エルヴィンの力強い声が、絶望に沈みかけたブリッジを一つに繋いだ。ナマエの澄んだ声が、カウントダウンを刻む。それは暗黒の宇宙で唯一、命の在処を示す導標だった。
「――今!!」
ナマエの叫びと共に、巨大な艦体が悲鳴を上げるような轟音を立てて旋回した。 窓の外を、巨大な岩塊が紙一重の距離で掠めていく。火花が散り、衝撃波がブリッジを揺らす。ナマエは椅子から放り出されそうになりながらも、必死にマイクを握り続けた。
「そのまま、あと一歩です! ……抜けます!」
まばゆい光の奔流。 衝撃が止み、視界が拓けた。モニターに映し出されたのは、死の礫を背後に、どこまでも静かに広がる紺碧の銀河。 ブリッジに、割れんばかりの歓声と安堵の溜息が広がった。
事後処理を終え、クルーたちが各々の持ち場や休息へと散っていった後の、静まり返った観測デッキ。ナマエは、張り詰めていた緊張から解放され、冷たいガラス越しに星々を見つめていた。その指先は、まだ微かに震えている。
「……ここにいたのか」
背後から響いたのは、軍靴の音を伴わない、忍び寄るような足音。 振り返ると、そこにはエルヴィンが立っていた。制服の襟を少し緩め、その碧眼には隠しきれない情熱と、それ以上に深い「影」が落ちている。
「艦長……。お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
ナマエがいつものように微笑もうとした時、エルヴィンの大きな掌が、彼女の言葉を遮るように肩を掴んだ。 その力が、これまでの「上司」としてのものとは明らかに違っていた。荒々しく、どこか縋るような、切実な力。
「……ナマエ」
ナマエの心臓が激しく脈打った。 エルヴィンの視線が、彼女を逃がさないという確固たる意志を持って、その顔を覗き込む。
「……怖かった」
「え……?」
エルヴィンは、ナマエを抱き寄せたい衝動を必死に抑え込むように、その場に立ち尽くしていた。 彼の声は微かに震え、いつもの冷静沈着なカリスマの面影はない。
「小惑星が君のすぐ横を通り抜けていくのを見るたび、心臓が握りつぶされるような感覚だった。君を失うくらいなら、この艦ごと星屑になっても構わないと……そう思う自分がいた」
「そんな……艦長、それは……」
「…今は…エルヴィン、と呼んでくれ」
彼はそう言うと、ようやく一歩距離を詰めた。ナマエの鼻先に、彼の熱い吐息がかかる。
「君を、ただの優秀な通信士として見ることができない。君の命が、人類の存亡よりも重くなってしまったんだ。……こんな不完全な男を、君はまだ艦長と呼ぶのか?」
自嘲気味に笑う彼の碧眼には、孤独な王が初めて見せる、一人の男としての「弱さ」が溢れていた。 その瞳に映る自分を見つめ、ナマエの胸の奥で、何かが決壊した。 強すぎる使命感に縛られ、冷徹な仮面を被り続けてきたこの男の、剥き出しの孤独。それを癒せるのは、自分しかいないのだという、傲慢なまでの確信。
ナマエは、震える手でエルヴィンの頬に触れた。
「……エルヴィンさん。あなたは、不完全なんかじゃありません。私の大好きな、一人の……」
抱きしめたい。この広い背中を、この震える心を、自分の体温ですべて包み込んでしまいたい。ナマエがその一歩を踏み出そうとした瞬間、エルヴィンが堪らずといった風に彼女を腕の中に閉じ込めた。 鉄のような腕が、彼女の細い腰を、折れんばかりの強さで締め付ける。
「……逃がさない。たとえ、君が望んだとしても」
暗い宇宙の中で、重なり合う二人の体温。 それはもはや、上司と部下という境界線を完全に超え、互いの魂を浸食し合うような、深くて重い「愛」の始まりだった。
