Chapter 2 ⛧磁気と引力
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銀河を渡る『ウィングス・オブ・リバティ号』の心臓部。その静寂は、あまりにも唐突に、暴力的なまでの衝撃によって破られた。
「――っ!?」
ブリッジのコンソールが火花を散らし、聞き慣れた主エンジンの重低音が不気味な高音へと跳ね上がる。次の瞬間、足元を支えていた確かな「重み」が消失した。人工重力制御装置の、一時的なシステム・ダウン。
「総員、固定装置を――!」
エルヴィンの鋭い号令が飛ぶ。だが、通信士席にいたナマエは、運悪くヘッドセットの不具合を確認するためにシートベルトを外した直後だった。
身体がふわりと浮き上がる。胃の奥がせり上がるような独特の浮遊感。ナマエの手が空を掻き、固定用のグリップを探すが、慣性の法則に従って彼女の身体はブリッジ中央の硬質なチタン合金の柱へと向かって投げ出された。
「あ……」
悲鳴を上げる暇もなかった。視界が回転し、冷たい金属の塊が目前に迫る。衝突の衝撃を覚悟して、ナマエは反射的に目を閉じた。
(痛い――!)
そう思った瞬間。ナマエの身体は、硬いチタンではなく、それよりも遥かに温かく、強靭な「何か」に受け止められた。 凄まじい衝撃がその「何か」に伝わった音が、ナマエの耳元で響く。
「……無事か、ナマエ」
すぐそばで、苦悶を押し殺したような、しかし深く包み込むような低音が響いた。 恐る恐る目を開けると、そこにはエルヴィンの碧眼があった。 彼は自身の足を、わずかに突出した操作パネルの縁に強引に引っ掛け、片腕でナマエの腰を抱き寄せ、もう片方の手で彼女の後頭部を保護するように抱きしめていた。
視界が、青い。 エルヴィンの瞳が、かつてないほどの至近距離で、焦燥と安堵を混ぜ合わせた色でナマエを見つめている。彼の大きな掌が、ナマエの髪を優しく、しかし離さないと言わんばかりの力で押さえつけていた。
「かん、ちょう……」
「動くな。まだ重力は安定していない」
エルヴィンの声には、隠しきれない熱が籠もっていた。 無重力の静寂の中で、重なり合う二人の鼓動だけが、異常な速さで鳴り響いている。ナマエの細い身体は、エルヴィンの逞しい体躯に完全なまでに収まっていた。彼の制服から香る、清潔な石鹸と微かな紙の匂い。その体温が、宇宙の冷たさを一瞬で忘れさせる。
やがて、艦内に「重力復旧」のアラートが鳴り、ゆっくりと重みが戻ってきた。 エルヴィンはナマエを抱きかかえたまま、静かに床に着地した。いわゆる「お姫様抱っこ」の格好のまま、彼は彼女を下ろそうとしない。
「……艦長、もう大丈夫です。下ろしてください……皆が見てます」
ナマエが赤面し、蚊の鳴くような声で囁く。 ブリッジのオペレーターたち、そして副長のリヴァイまでもが、作業の手を止めてこの異常な光景を凝視していた。普段、鋼の規律を説く艦長が、一人の部下をこれほどまでに露骨に特別扱いする姿など、誰も見たことがなかったからだ。
リヴァイが「おい、いつまでやってんだ、このクソ艦長」と呆れたように吐き捨て、ようやくエルヴィンは名残惜しそうにナマエを地面に立たせた。
その事件から数時間後。 艦内の通路や食堂では、瞬く間に噂が駆け巡っていた。
「冷徹な艦長が、通信士を救うために自らの身体を投げ出した」「あの時の艦長の顔は、まるで最愛の女性を失いそうな男のそれだった」
ナマエはいたたまれない気持ちで、報告書の修正を行うために資料保管室へ向かっていた。角を曲がったところで、数人のクルーたちが噂話に花を咲かせているのが聞こえてくる。
「……やっぱり、艦長とナマエさんは特別な関係なのかな?」「でも、艦長は私情を挟まない人だし、ただの任務の一環じゃない?」
(……やっぱり、変な噂になっちゃってる。艦長の威厳を傷つけてしまったかも……)
ナマエが沈んだ気持ちで足を止めると、背後から聞き慣れた、重厚な足音が近づいてきた。
「ナマエ」
心臓が跳ねた。振り返ると、そこには端正な軍服に身を包んだエルヴィンが立っていた。彼は周囲のクルーたちの視線を一瞥するだけで散らすと、ナマエの隣に並び、平然とした顔で歩き出した。
「艦長! あの……先ほどの件で、艦内に妙な噂が広まってしまっていて。すみません、私のせいで、艦長の立場を悪くして……」
ナマエが必死に謝罪の言葉を紡ぐと、エルヴィンはふと足を止めた。 彼は周囲に誰もいないことを確認すると、ナマエの方へ一歩踏み出し、彼女を壁との間に追い詰めるようにして片手を突いた。
「立場の悪化? ……私が君を助けたことがか?」
「そ、そうです。艦長は公平であるべきなのに、あんな……特別扱いに見えてしまうようなことを」
エルヴィンの唇が、わずかに弧を描いた。それは、いつもの穏やかな微笑ではなく、どこか挑発的で、そして独占欲を隠そうともしない「男」の笑みだった。
「否定する必要があるかな?」
「え……?」
「私が君を特別だと思っていること。君を失うことを、宇宙が消滅することよりも恐れていること。それを周囲が察したところで、私の指揮権に何の影響もない」
彼は空いた方の手で、ナマエの頬を熱く撫でた。その碧眼が、捕食者のような深い色に沈む。
「むしろ好都合だ。君が私の『所有物』であると、この艦の全員が理解すれば、余計な羽虫も寄ってこなくなる。……違うか?」
「かん、ちょう……それじゃ、まるで……」
「愛が重すぎるか? ……自覚はあるよ」
エルヴィンは、ナマエの耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえないほど低い声で囁いた。
「君をこのまま、私の部屋へ連れ去ってしまいたい。……だが、今はまだ、この広いブリッジで君の声を聴く特権を、私自身が楽しむことにしよう」
彼はそう言うと、何事もなかったかのように身を翻し、威風堂々と去っていった。 一人残されたナマエは、赤く染まった顔を押さえ、崩れ落ちそうになる膝を必死に支えていた。
冷徹な仮面の下に隠されていたのは、想像を絶するほどに深く、重く、逃げ場のない愛。 銀河の翼を操る王は、もはや己の感情を隠すつもりなど、微塵も持っていなかった。
「――っ!?」
ブリッジのコンソールが火花を散らし、聞き慣れた主エンジンの重低音が不気味な高音へと跳ね上がる。次の瞬間、足元を支えていた確かな「重み」が消失した。人工重力制御装置の、一時的なシステム・ダウン。
「総員、固定装置を――!」
エルヴィンの鋭い号令が飛ぶ。だが、通信士席にいたナマエは、運悪くヘッドセットの不具合を確認するためにシートベルトを外した直後だった。
身体がふわりと浮き上がる。胃の奥がせり上がるような独特の浮遊感。ナマエの手が空を掻き、固定用のグリップを探すが、慣性の法則に従って彼女の身体はブリッジ中央の硬質なチタン合金の柱へと向かって投げ出された。
「あ……」
悲鳴を上げる暇もなかった。視界が回転し、冷たい金属の塊が目前に迫る。衝突の衝撃を覚悟して、ナマエは反射的に目を閉じた。
(痛い――!)
そう思った瞬間。ナマエの身体は、硬いチタンではなく、それよりも遥かに温かく、強靭な「何か」に受け止められた。 凄まじい衝撃がその「何か」に伝わった音が、ナマエの耳元で響く。
「……無事か、ナマエ」
すぐそばで、苦悶を押し殺したような、しかし深く包み込むような低音が響いた。 恐る恐る目を開けると、そこにはエルヴィンの碧眼があった。 彼は自身の足を、わずかに突出した操作パネルの縁に強引に引っ掛け、片腕でナマエの腰を抱き寄せ、もう片方の手で彼女の後頭部を保護するように抱きしめていた。
視界が、青い。 エルヴィンの瞳が、かつてないほどの至近距離で、焦燥と安堵を混ぜ合わせた色でナマエを見つめている。彼の大きな掌が、ナマエの髪を優しく、しかし離さないと言わんばかりの力で押さえつけていた。
「かん、ちょう……」
「動くな。まだ重力は安定していない」
エルヴィンの声には、隠しきれない熱が籠もっていた。 無重力の静寂の中で、重なり合う二人の鼓動だけが、異常な速さで鳴り響いている。ナマエの細い身体は、エルヴィンの逞しい体躯に完全なまでに収まっていた。彼の制服から香る、清潔な石鹸と微かな紙の匂い。その体温が、宇宙の冷たさを一瞬で忘れさせる。
やがて、艦内に「重力復旧」のアラートが鳴り、ゆっくりと重みが戻ってきた。 エルヴィンはナマエを抱きかかえたまま、静かに床に着地した。いわゆる「お姫様抱っこ」の格好のまま、彼は彼女を下ろそうとしない。
「……艦長、もう大丈夫です。下ろしてください……皆が見てます」
ナマエが赤面し、蚊の鳴くような声で囁く。 ブリッジのオペレーターたち、そして副長のリヴァイまでもが、作業の手を止めてこの異常な光景を凝視していた。普段、鋼の規律を説く艦長が、一人の部下をこれほどまでに露骨に特別扱いする姿など、誰も見たことがなかったからだ。
リヴァイが「おい、いつまでやってんだ、このクソ艦長」と呆れたように吐き捨て、ようやくエルヴィンは名残惜しそうにナマエを地面に立たせた。
その事件から数時間後。 艦内の通路や食堂では、瞬く間に噂が駆け巡っていた。
「冷徹な艦長が、通信士を救うために自らの身体を投げ出した」「あの時の艦長の顔は、まるで最愛の女性を失いそうな男のそれだった」
ナマエはいたたまれない気持ちで、報告書の修正を行うために資料保管室へ向かっていた。角を曲がったところで、数人のクルーたちが噂話に花を咲かせているのが聞こえてくる。
「……やっぱり、艦長とナマエさんは特別な関係なのかな?」「でも、艦長は私情を挟まない人だし、ただの任務の一環じゃない?」
(……やっぱり、変な噂になっちゃってる。艦長の威厳を傷つけてしまったかも……)
ナマエが沈んだ気持ちで足を止めると、背後から聞き慣れた、重厚な足音が近づいてきた。
「ナマエ」
心臓が跳ねた。振り返ると、そこには端正な軍服に身を包んだエルヴィンが立っていた。彼は周囲のクルーたちの視線を一瞥するだけで散らすと、ナマエの隣に並び、平然とした顔で歩き出した。
「艦長! あの……先ほどの件で、艦内に妙な噂が広まってしまっていて。すみません、私のせいで、艦長の立場を悪くして……」
ナマエが必死に謝罪の言葉を紡ぐと、エルヴィンはふと足を止めた。 彼は周囲に誰もいないことを確認すると、ナマエの方へ一歩踏み出し、彼女を壁との間に追い詰めるようにして片手を突いた。
「立場の悪化? ……私が君を助けたことがか?」
「そ、そうです。艦長は公平であるべきなのに、あんな……特別扱いに見えてしまうようなことを」
エルヴィンの唇が、わずかに弧を描いた。それは、いつもの穏やかな微笑ではなく、どこか挑発的で、そして独占欲を隠そうともしない「男」の笑みだった。
「否定する必要があるかな?」
「え……?」
「私が君を特別だと思っていること。君を失うことを、宇宙が消滅することよりも恐れていること。それを周囲が察したところで、私の指揮権に何の影響もない」
彼は空いた方の手で、ナマエの頬を熱く撫でた。その碧眼が、捕食者のような深い色に沈む。
「むしろ好都合だ。君が私の『所有物』であると、この艦の全員が理解すれば、余計な羽虫も寄ってこなくなる。……違うか?」
「かん、ちょう……それじゃ、まるで……」
「愛が重すぎるか? ……自覚はあるよ」
エルヴィンは、ナマエの耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえないほど低い声で囁いた。
「君をこのまま、私の部屋へ連れ去ってしまいたい。……だが、今はまだ、この広いブリッジで君の声を聴く特権を、私自身が楽しむことにしよう」
彼はそう言うと、何事もなかったかのように身を翻し、威風堂々と去っていった。 一人残されたナマエは、赤く染まった顔を押さえ、崩れ落ちそうになる膝を必死に支えていた。
冷徹な仮面の下に隠されていたのは、想像を絶するほどに深く、重く、逃げ場のない愛。 銀河の翼を操る王は、もはや己の感情を隠すつもりなど、微塵も持っていなかった。
