Chapter 1 ⛧邂逅と覚醒
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冷徹な静寂が支配する艦長室。 漆黒のデスクに向かうエルヴィン・スミスの指先が、空中でホログラム・キーボードを叩いた。発行されたのは、一兵士に対する「出頭命令」。
【通信士ナマエは、装備点検のため、直ちに艦長室へ。――本件は極秘とする】
その文字を見つめるエルヴィンの碧眼には、かつてないほどの自己嫌悪と、それを上回るほどの昏い渇望が混濁していた。 装備点検――そんなものは、技術班の末端がやる仕事だ。
艦長自らが通信士を呼び出して行うことなど、この艦の長い航海史においても前代未聞である。 だが、昨日のレクリエーション・デッキで見た、他の男たちに囲まれて笑う彼女の姿が、彼の理性という名の防壁を跡形もなく粉砕していた。
(……私は、何を求めているんだ。彼女をここに呼び出して、どうするつもりだ)
自問自答する間もなく、室内のセンサーが来客を告げる。
「艦長、通信士のナマエです。入室の許可をいただけますか?」
扉越しに聞こえる、あの鈴の音を転がしたような、晴れやかな声。 それだけで、彼の心臓が不規則なビートを刻み始める。エルヴィンは深く息を吐き、感情を鉄の仮面の下に押し込めてから、短く応じた。
「入れ」
自動ドアが滑らかに開くと、そこには少し緊張した面持ちのナマエが立っていた。 制服の襟元を正し、彼女は深々と敬礼をする。
「失礼します! 艦長、通信機器の点検とのことですが……私の端末に何か異常が?」
「……いや、重大な問題ではない。ただ、長距離通信における微細なノイズの発生が報告されている。念のため、使用者の特性に合わせた微調整を、ここで……私自らが行う必要があると判断した」
あまりにも無理のある言い訳だった。ナマエは不思議そうに焦茶色の瞳を瞬かせたが、すぐに「さすが艦長、細かいところまで気付かれるんですね!」と、疑いもせず満面の笑みを浮かべた。 その無垢な信頼が、エルヴィンの良心を鋭く抉る。
「まずは、座ってくれ。……点検には時間がかかる。紅茶を用意させた」
エルヴィンが指差したソファの前のテーブルには、湯気を立てる磁器のカップが二つ。 艦内では貴重品とされる、最高級の茶葉の香りが室内を満たしていた。
「えっ、でも、お仕事中では……」
「これも『環境整備』という名の仕事だ。君がリラックスしていなければ、正確なフィードバックは得られない」
エルヴィンは強引に彼女を座らせると、自らも対面に腰を下ろした。 至近距離で見る彼女の肌は、人工照明の下で透き通るように白く、潤んだ唇がカップの縁に触れるたび、エルヴィンの視線はその一点に釘付けになった。
「……美味しい。艦長室の紅茶って、こんなに優しい味がするんですね」
ナマエがふわりと表情を緩める。 彼女が幸せそうに目を細める、ただそれだけのことが、銀河の支配権を得るよりも価値のあることに思えた。 エルヴィンは、彼女が語る何気ない日常の話に耳を傾けた。 故郷の星で見た花の色のこと。 この艦の食堂で出される料理の味のこと。 リヴァイ副長に掃除の仕方を怒られたという、苦笑混じりのエピソード。
(……このまま、時間が止まればいい)
彼女の声が、エルヴィンの孤独という名の空洞を、温かな光で満たしていく。 だが、その光が強ければ強いほど、彼の中の「重すぎる愛」は影を濃くしていった。 もし彼女をこの部屋から出さなければ。 もしこの部屋の重力制御を狂わせ、彼女を自分の腕の中に永遠に閉じ込めることができたなら。
エルヴィンの碧眼が、捕食者のような熱を帯びてナマエを見つめた、その時だった。
「――おい、いつまで茶飲んでやがる、このクソ艦長が」
鋭い罵声と共に、ドアのロックが強制解除され、一人の男が風のように踏み込んできた。 副長、リヴァイである。 彼は手に持った作戦資料の束をデスクに叩きつけると、蛇のような冷ややかな視線でエルヴィンを射抜いた。
「リヴァイ……ノックぐらいしたらどうだ」
「ノック? 自分の職務を放棄して、職権乱用で若い女を連れ込み、ニヤニヤと茶を啜っている艦長のツラを見るのに、そんな礼儀が必要か?」
リヴァイはナマエの方を向き、「おい、通信士。こいつに何かされたか? されたなら今すぐ言え。こいつの首を掃除機のノズルに突っ込んでやる」と言い放つ。
「え、ええっ!? い、いえ、何も! 機器の調整と、美味しい紅茶をいただいていただけです!」
慌てて立ち上がるナマエを、リヴァイは呆れたように一瞥し、再びエルヴィンへと向き直った。
「公私混同が過ぎるんだよ。外でクルーたちが『艦長に呼び出されたナマエは、何か重大な規律違反でもしたのか』と戦々恐々としている。……お前の身勝手な独占欲で、こいつを孤立させるな」
リヴァイの言葉は、鋭いメスのようにエルヴィンの痛いところを正確に切り裂いた。
「……分かっている。すぐに戻らせる」
「当然だ。おいナマエ、さっさとブリッジに戻れ。こいつの顔を見すぎてると馬鹿がうつるぞ」
ナマエは「失礼しました!」と、リヴァイの勢いに押されるようにして艦長室を後にした。 最後に彼女が振り返り、「艦長、紅茶、本当にありがとうございました!」と明るく手を振ったのが、せめてもの救いだった。
静まり返った室内で、エルヴィンは深く溜息をついた。 その瞬間、リヴァイのブーツの先が、エルヴィンの向こう脛を容赦なく撃ち抜いた。
「痛っ……!」
「一発じゃ足りねぇぐらいだ。……いいか、エルヴィン。お前のその執念深さは、敵に対してだけにしておけ。……艦内の規律を乱すような真似をしてみろ、俺がお前を艦外放出してやるからな」
リヴァイは吐き捨てるように言うと、背を向けて去っていった。
一人残されたエルヴィンは、ナマエが座っていたソファに残る微かな温もりを、そっと掌でなぞった。 彼の心に渦巻くのは、リヴァイへの怒りではなく、自分の制御不能な感情への戸惑い。
「……規律を乱す、か」
彼は呟いた。 だが、一度火がついた彼の独占欲は、もはや警告程度で消えるものではなかった。 次に彼女を呼び出す時は、どんな口実を用意しようか。 あるいは、口実など不要なほどに、彼女を自分に依存させてしまおうか。
冷徹な艦長の顔の裏で、一人の男が、深淵よりも深い愛の迷宮へと、さらに足を踏み入れようとしていた。
【通信士ナマエは、装備点検のため、直ちに艦長室へ。――本件は極秘とする】
その文字を見つめるエルヴィンの碧眼には、かつてないほどの自己嫌悪と、それを上回るほどの昏い渇望が混濁していた。 装備点検――そんなものは、技術班の末端がやる仕事だ。
艦長自らが通信士を呼び出して行うことなど、この艦の長い航海史においても前代未聞である。 だが、昨日のレクリエーション・デッキで見た、他の男たちに囲まれて笑う彼女の姿が、彼の理性という名の防壁を跡形もなく粉砕していた。
(……私は、何を求めているんだ。彼女をここに呼び出して、どうするつもりだ)
自問自答する間もなく、室内のセンサーが来客を告げる。
「艦長、通信士のナマエです。入室の許可をいただけますか?」
扉越しに聞こえる、あの鈴の音を転がしたような、晴れやかな声。 それだけで、彼の心臓が不規則なビートを刻み始める。エルヴィンは深く息を吐き、感情を鉄の仮面の下に押し込めてから、短く応じた。
「入れ」
自動ドアが滑らかに開くと、そこには少し緊張した面持ちのナマエが立っていた。 制服の襟元を正し、彼女は深々と敬礼をする。
「失礼します! 艦長、通信機器の点検とのことですが……私の端末に何か異常が?」
「……いや、重大な問題ではない。ただ、長距離通信における微細なノイズの発生が報告されている。念のため、使用者の特性に合わせた微調整を、ここで……私自らが行う必要があると判断した」
あまりにも無理のある言い訳だった。ナマエは不思議そうに焦茶色の瞳を瞬かせたが、すぐに「さすが艦長、細かいところまで気付かれるんですね!」と、疑いもせず満面の笑みを浮かべた。 その無垢な信頼が、エルヴィンの良心を鋭く抉る。
「まずは、座ってくれ。……点検には時間がかかる。紅茶を用意させた」
エルヴィンが指差したソファの前のテーブルには、湯気を立てる磁器のカップが二つ。 艦内では貴重品とされる、最高級の茶葉の香りが室内を満たしていた。
「えっ、でも、お仕事中では……」
「これも『環境整備』という名の仕事だ。君がリラックスしていなければ、正確なフィードバックは得られない」
エルヴィンは強引に彼女を座らせると、自らも対面に腰を下ろした。 至近距離で見る彼女の肌は、人工照明の下で透き通るように白く、潤んだ唇がカップの縁に触れるたび、エルヴィンの視線はその一点に釘付けになった。
「……美味しい。艦長室の紅茶って、こんなに優しい味がするんですね」
ナマエがふわりと表情を緩める。 彼女が幸せそうに目を細める、ただそれだけのことが、銀河の支配権を得るよりも価値のあることに思えた。 エルヴィンは、彼女が語る何気ない日常の話に耳を傾けた。 故郷の星で見た花の色のこと。 この艦の食堂で出される料理の味のこと。 リヴァイ副長に掃除の仕方を怒られたという、苦笑混じりのエピソード。
(……このまま、時間が止まればいい)
彼女の声が、エルヴィンの孤独という名の空洞を、温かな光で満たしていく。 だが、その光が強ければ強いほど、彼の中の「重すぎる愛」は影を濃くしていった。 もし彼女をこの部屋から出さなければ。 もしこの部屋の重力制御を狂わせ、彼女を自分の腕の中に永遠に閉じ込めることができたなら。
エルヴィンの碧眼が、捕食者のような熱を帯びてナマエを見つめた、その時だった。
「――おい、いつまで茶飲んでやがる、このクソ艦長が」
鋭い罵声と共に、ドアのロックが強制解除され、一人の男が風のように踏み込んできた。 副長、リヴァイである。 彼は手に持った作戦資料の束をデスクに叩きつけると、蛇のような冷ややかな視線でエルヴィンを射抜いた。
「リヴァイ……ノックぐらいしたらどうだ」
「ノック? 自分の職務を放棄して、職権乱用で若い女を連れ込み、ニヤニヤと茶を啜っている艦長のツラを見るのに、そんな礼儀が必要か?」
リヴァイはナマエの方を向き、「おい、通信士。こいつに何かされたか? されたなら今すぐ言え。こいつの首を掃除機のノズルに突っ込んでやる」と言い放つ。
「え、ええっ!? い、いえ、何も! 機器の調整と、美味しい紅茶をいただいていただけです!」
慌てて立ち上がるナマエを、リヴァイは呆れたように一瞥し、再びエルヴィンへと向き直った。
「公私混同が過ぎるんだよ。外でクルーたちが『艦長に呼び出されたナマエは、何か重大な規律違反でもしたのか』と戦々恐々としている。……お前の身勝手な独占欲で、こいつを孤立させるな」
リヴァイの言葉は、鋭いメスのようにエルヴィンの痛いところを正確に切り裂いた。
「……分かっている。すぐに戻らせる」
「当然だ。おいナマエ、さっさとブリッジに戻れ。こいつの顔を見すぎてると馬鹿がうつるぞ」
ナマエは「失礼しました!」と、リヴァイの勢いに押されるようにして艦長室を後にした。 最後に彼女が振り返り、「艦長、紅茶、本当にありがとうございました!」と明るく手を振ったのが、せめてもの救いだった。
静まり返った室内で、エルヴィンは深く溜息をついた。 その瞬間、リヴァイのブーツの先が、エルヴィンの向こう脛を容赦なく撃ち抜いた。
「痛っ……!」
「一発じゃ足りねぇぐらいだ。……いいか、エルヴィン。お前のその執念深さは、敵に対してだけにしておけ。……艦内の規律を乱すような真似をしてみろ、俺がお前を艦外放出してやるからな」
リヴァイは吐き捨てるように言うと、背を向けて去っていった。
一人残されたエルヴィンは、ナマエが座っていたソファに残る微かな温もりを、そっと掌でなぞった。 彼の心に渦巻くのは、リヴァイへの怒りではなく、自分の制御不能な感情への戸惑い。
「……規律を乱す、か」
彼は呟いた。 だが、一度火がついた彼の独占欲は、もはや警告程度で消えるものではなかった。 次に彼女を呼び出す時は、どんな口実を用意しようか。 あるいは、口実など不要なほどに、彼女を自分に依存させてしまおうか。
冷徹な艦長の顔の裏で、一人の男が、深淵よりも深い愛の迷宮へと、さらに足を踏み入れようとしていた。
