Chapter 1 ⛧邂逅と覚醒
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人工的な夜が明け、艦内に擬似的な朝の光が灯る。恒星から遠く離れた深宇宙において、時間は単なる数字上の記号に過ぎないが、『ウィングス・オブ・リバティ号』のブリッジには、今日も厳格な始動の合図が響いていた。
エルヴィン・スミスは、自室でのわずかな仮眠から目覚めた後も、昨夜の残響の中にいた。耳の奥にこびりついて離れない、穏やかなピアノの旋律。そして、冷え切った自室の空気を一瞬で塗り替えた、あの温かな通信士の声。
「……おはようございます、艦長!」
ブリッジに入った瞬間、弾けるような声が彼を迎えた。ナマエは、昨夜の夜勤明けとは思えないほど瑞々しい笑顔を浮かべていた。彼女の周囲には、交代制で勤務に就くクルーたちが自然と集まっている。殺伐とした艦のブリッジにおいて、そこだけが陽だまりのように明るい。
「今日は恒星間ガスの密度が低いので、メインモニターの視界が最高ですよ。ほら、見てください、あの散光星雲。まるで海に浮かぶ真珠みたいじゃないですか?」
ナマエが指差す先、巨大なホログラムスクリーンには、淡い桃色と紫が混ざり合う幻想的な宇宙の情景が映し出されていた。 彼女の感性は、数値を解析するだけの他の通信士とは明らかに一線を画していた。彼女はこの無機質な鉄の塊の中に、血の通った「情緒」を持ち込んでいた。
エルヴィンは艦長席に腰を下ろし、手元の端末を操作しながら、無意識のうちに視線を泳がせた。 彼の瞳が捉えるのは、星雲の美しさではない。 その星雲を瞳に映し、無邪気に感嘆の声を漏らす、一人の女性の横顔だった。 長く艶やかな髪が、重力制御下の空気の中で柔らかに揺れる。彼女が笑うたび、その頬が僅かに赤らみ、生命の躍動を伝えてくる。
(……私は、何を見ているんだ)
エルヴィンは内心で自嘲した。 自分は人類の命運を預かる指揮官だ。部下の一挙手一投足を観察するのは職務の一部だが、今の自分の視線には、それ以上の「熱」が混じっていることに自覚があった。 彼女が他の男性クルーと親しげに談笑するたび、胸の奥で小さな、しかし無視できない火種がパチリと爆ぜる。
「……おい、エルヴィン」
低く、冷徹な声が耳元で響いた。 いつの間にか隣に立っていた副長、リヴァイである。彼は鋭い三白眼を細め、エルヴィンの手元にある個人用モニターと、その視線の先を交互に見やった。
「なんだ、リヴァイ」
「お前、さっきから通信士のモニターばかり見ているぞ。解析データを確認しているふりをして、その実、映っているのはあいつの後ろ姿だけだ。……お前の目は節穴になったのか?」
リヴァイの言葉は、急所を正確に射抜く弾丸のように鋭かった。 エルヴィンは表情を崩さなかったが、端末を握る指先に僅かな力がこもる。
「……彼女は新任だ。仕事ぶりに落ち度がないか、注視しているだけだ」
「ほう。新人の仕事ぶりを『注視』するのに、あんな蕩けたような顔が必要なのか? 気持ち悪いぞ、クソ艦長」
リヴァイは鼻で笑い、汚れ一つない袖口を軽く払った。
「規律を説く本人が、一番規律を乱しかけている。……あの女は毒だぞ。この冷え切った艦内に、余計な温もりを持ち込みやがる。お前のような合理主義者の塊には、一番性質の悪い毒だ」
「毒、か……」
エルヴィンは、遠くで笑うナマエの姿を再び見つめた。 もし彼女が毒だというのなら、それはあまりにも甘美で、抗いがたい救いのように思えた。 昨夜、彼女が流した音楽が、自分の凍りついた孤独をどれほど深く溶かしたか。その恩恵を知っているのは、自分一人だけでいい――そんな独占欲に近い感情が、彼の理性の下層で静かに鎌首をもたげていた。
その時、ナマエがふと振り返り、エルヴィンと視線がぶつかった。 彼女は一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに花がほころぶような笑みを浮かべ、小さく手を振った。
「艦長! コーヒー、淹れ直しましょうか? ちょうどミケさんが『いい香りがする』って寄ってきてくれたんです」
ナマエの隣では、大柄な索敵部隊長のミケ・ザカリアスが、フンフンと鼻を鳴らして満足げに頷いている。 エルヴィンの中に、冷ややかな感情が広がった。
「……いや、必要ない。職務に集中してくれ」
あえて突き放すような冷淡な声を出した自分に、エルヴィン自身が驚いていた。ナマエは「あ、はい! 失礼しました!」と少し縮こまり、慌ててコンソールに向き直る。その寂しげな背中を見て、胸の奥がチリリと痛んだ。
「……チッ、不器用な野郎だ」
リヴァイの呆れたような舌打ちが、静かなブリッジに小さく消えていった。
エルヴィンは再び、誰にも見えない角度で彼女のモニターを視界の端に捉える。 彼女の存在が、この鋼鉄の城にどのような波紋を広げていくのか。人類の未来を見据えるはずの彼の双眸は、今や一人の女性が描く小さな軌道に、強く、深く、惹きつけられ始めていた。
エルヴィン・スミスは、自室でのわずかな仮眠から目覚めた後も、昨夜の残響の中にいた。耳の奥にこびりついて離れない、穏やかなピアノの旋律。そして、冷え切った自室の空気を一瞬で塗り替えた、あの温かな通信士の声。
「……おはようございます、艦長!」
ブリッジに入った瞬間、弾けるような声が彼を迎えた。ナマエは、昨夜の夜勤明けとは思えないほど瑞々しい笑顔を浮かべていた。彼女の周囲には、交代制で勤務に就くクルーたちが自然と集まっている。殺伐とした艦のブリッジにおいて、そこだけが陽だまりのように明るい。
「今日は恒星間ガスの密度が低いので、メインモニターの視界が最高ですよ。ほら、見てください、あの散光星雲。まるで海に浮かぶ真珠みたいじゃないですか?」
ナマエが指差す先、巨大なホログラムスクリーンには、淡い桃色と紫が混ざり合う幻想的な宇宙の情景が映し出されていた。 彼女の感性は、数値を解析するだけの他の通信士とは明らかに一線を画していた。彼女はこの無機質な鉄の塊の中に、血の通った「情緒」を持ち込んでいた。
エルヴィンは艦長席に腰を下ろし、手元の端末を操作しながら、無意識のうちに視線を泳がせた。 彼の瞳が捉えるのは、星雲の美しさではない。 その星雲を瞳に映し、無邪気に感嘆の声を漏らす、一人の女性の横顔だった。 長く艶やかな髪が、重力制御下の空気の中で柔らかに揺れる。彼女が笑うたび、その頬が僅かに赤らみ、生命の躍動を伝えてくる。
(……私は、何を見ているんだ)
エルヴィンは内心で自嘲した。 自分は人類の命運を預かる指揮官だ。部下の一挙手一投足を観察するのは職務の一部だが、今の自分の視線には、それ以上の「熱」が混じっていることに自覚があった。 彼女が他の男性クルーと親しげに談笑するたび、胸の奥で小さな、しかし無視できない火種がパチリと爆ぜる。
「……おい、エルヴィン」
低く、冷徹な声が耳元で響いた。 いつの間にか隣に立っていた副長、リヴァイである。彼は鋭い三白眼を細め、エルヴィンの手元にある個人用モニターと、その視線の先を交互に見やった。
「なんだ、リヴァイ」
「お前、さっきから通信士のモニターばかり見ているぞ。解析データを確認しているふりをして、その実、映っているのはあいつの後ろ姿だけだ。……お前の目は節穴になったのか?」
リヴァイの言葉は、急所を正確に射抜く弾丸のように鋭かった。 エルヴィンは表情を崩さなかったが、端末を握る指先に僅かな力がこもる。
「……彼女は新任だ。仕事ぶりに落ち度がないか、注視しているだけだ」
「ほう。新人の仕事ぶりを『注視』するのに、あんな蕩けたような顔が必要なのか? 気持ち悪いぞ、クソ艦長」
リヴァイは鼻で笑い、汚れ一つない袖口を軽く払った。
「規律を説く本人が、一番規律を乱しかけている。……あの女は毒だぞ。この冷え切った艦内に、余計な温もりを持ち込みやがる。お前のような合理主義者の塊には、一番性質の悪い毒だ」
「毒、か……」
エルヴィンは、遠くで笑うナマエの姿を再び見つめた。 もし彼女が毒だというのなら、それはあまりにも甘美で、抗いがたい救いのように思えた。 昨夜、彼女が流した音楽が、自分の凍りついた孤独をどれほど深く溶かしたか。その恩恵を知っているのは、自分一人だけでいい――そんな独占欲に近い感情が、彼の理性の下層で静かに鎌首をもたげていた。
その時、ナマエがふと振り返り、エルヴィンと視線がぶつかった。 彼女は一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに花がほころぶような笑みを浮かべ、小さく手を振った。
「艦長! コーヒー、淹れ直しましょうか? ちょうどミケさんが『いい香りがする』って寄ってきてくれたんです」
ナマエの隣では、大柄な索敵部隊長のミケ・ザカリアスが、フンフンと鼻を鳴らして満足げに頷いている。 エルヴィンの中に、冷ややかな感情が広がった。
「……いや、必要ない。職務に集中してくれ」
あえて突き放すような冷淡な声を出した自分に、エルヴィン自身が驚いていた。ナマエは「あ、はい! 失礼しました!」と少し縮こまり、慌ててコンソールに向き直る。その寂しげな背中を見て、胸の奥がチリリと痛んだ。
「……チッ、不器用な野郎だ」
リヴァイの呆れたような舌打ちが、静かなブリッジに小さく消えていった。
エルヴィンは再び、誰にも見えない角度で彼女のモニターを視界の端に捉える。 彼女の存在が、この鋼鉄の城にどのような波紋を広げていくのか。人類の未来を見据えるはずの彼の双眸は、今や一人の女性が描く小さな軌道に、強く、深く、惹きつけられ始めていた。
