Chapter 1 ⛧邂逅と覚醒
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
果てなき暗黒が広がる宇宙の海を、自由と混沌の探求者「調査兵団艦隊」の旗艦『ウィングス・オブ・リバティ』は静かに、しかし力強く進んでいた。
ブリッジを包むのは、精密機器が発する微かな電子音と、生命維持装置が吐き出す無機質な空気の循環音のみ。
そこに漂う空気は、鉄の規律と死への緊張感に研ぎ澄まされ、新任の通信士として配属されたばかりのナマエにとって、それは肌を刺すような冷たさとして感じられた。
ナマエは緊張で強張る指先を膝の上で握りしめ、自身のデスクに座っていた。 黒い艶やかな長い髪をタイトにまとめ、軍服に身を包んだ彼女の姿は、殺風景なブリッジにおいて一輪の瑞々しい野花のような異彩を放っている。その焦茶色の瞳が、前方の中央指揮席へと向けられた。
そこに座するのは、人類の希望をその双肩に背負う男、エルヴィン・スミス艦長。 彫刻のように整った横顔、188cmの恵まれた体躯を包む漆黒の指揮官服、そして何より、深淵な宇宙のどこよりも深く、鋭い輝きを放つ碧眼。彼は一切の感情を排した無機質な声で、航路の確認を行っていた。
「……第4セクターを通過。重力波の乱れはないか」
「…今ところはないな」
副長のリヴァイが、どこか気怠げながらも鋭利な刃物のような声で応じる。彼の宇宙服は、この艦内の誰よりも白く、塵一つ許さないほどに磨き上げられていた。
ナマエは、その張り詰めた空気をどうにか和らげようと、着任の挨拶以来、意識的に明るい声を出すように努めていた。
「艦長、通信回線はオールクリアです! どんな遠くの星からのささやきも見逃しませんから、安心してくださいね」
ナマエが笑顔を向けると、ブリッジの数人のクルーが毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。しかし、エルヴィンは表情一つ変えず、ただ短く「……期待している」とだけ答え、再びモニターの海へと視線を戻した。
その日の深夜、ナマエは夜勤の当番についていた。 艦内の照明は減光され、ブリッジは深い群青色の影に沈んでいる。主力クルーの多くが仮眠を取る中、艦長席には依然としてエルヴィンの姿があった。彼は一睡もしていないはずだった。
ナマエは通信パネルを操作しながら、何気なく艦長のバイタルデータと、彼が使用している内部通信回線の音声をモニタリングした。 公私混同は禁じられているが、新任としての熱意が彼女を動かしていた。
(……あ。)
ヘッドセットから漏れ聞こえてきたのは、エルヴィンが独り言ちた、あるいは誰かに指示を出そうとして飲み込んだ、微かな吐息だった。 それは、部下たちの前で見せる鉄壁のカリスマ性からは想像もつかないほど、深く、重い疲労を含んでいた。声の輪郭が、ほんのわずかだけ毛羽立っている。喉の奥に張り付いた「掠れ」を、ナマエの鋭い感性は逃さなかった。
「艦長」
ナマエは思わず、秘匿回線を開いて呼びかけていた。 エルヴィンが、影の中からゆっくりと顔を上げる。その碧眼には、隠しきれない疲弊の色彩が混じっていた。
「……ナマエか。どうした。何か異常か?」
「いえ、異常はありません。ただ……少し、宇宙の静けさが寂しいなと思いまして」
ナマエは嘘をついた。彼に「疲れていますね」などと言えば、この誇り高い指揮官はすぐに心を閉ざしてしまうだろう。
「私の独断で、通信士の特権を使わせていただきます。少しだけ、耳を貸していただけますか?」
「特権……? 何を――」
エルヴィンが言いかけるより早く、ナマエは自身の私物端末から選んだ、古いピアノの旋律を回線に流し込んだ。 それは、地球という故郷の星に降る雨の音を模したような、静かで、優しく、魂を浄化するようなリラックス音楽だった。
「……これは」
「波長を調整して、脳内のアルファ波を活性化させる周波数に変えてあります。少しだけ目を閉じてください。私はずっとここにいますから、何かあればすぐに起こします」
回線越しに聞こえるナマエの声は、暗い宇宙で唯一灯る焚き火のように温かかった。 エルヴィンは、冷たい指揮席の背もたれに体を預けた。耳の奥で踊るピアノの音色が、張り詰めていた神経の糸を、一本ずつ丁寧に解いていくのを感じる。
彼は、自分がこれほどまでに「誰かの気遣い」に飢えていたことに、初めて気がついた。 人類の未来という巨大な地図を描き、何千、何万という命を天秤にかける日々。彼の心は、いつの間にか絶対零度の真空と同じように凍てついていたはずだった。
「……君は、妙な通信士だな」
呟かれたエルヴィンの声は、先ほどよりもずっと柔らかく、そして親密な響きを帯びていた。ナマエはモニター越しに、彼が小さく口角を上げたのを、確かに見た。
「お褒めに預かり光栄です、艦長。おやすみなさい、ほんの短い間だけ」
暗黒の宇宙を駆ける『ウィングス・オブ・リバティ号』。 その冷たい金属の箱の中で、孤独な艦長と、彼に寄り添う太陽の物語が、今、静かに幕を開けた。
ブリッジを包むのは、精密機器が発する微かな電子音と、生命維持装置が吐き出す無機質な空気の循環音のみ。
そこに漂う空気は、鉄の規律と死への緊張感に研ぎ澄まされ、新任の通信士として配属されたばかりのナマエにとって、それは肌を刺すような冷たさとして感じられた。
ナマエは緊張で強張る指先を膝の上で握りしめ、自身のデスクに座っていた。 黒い艶やかな長い髪をタイトにまとめ、軍服に身を包んだ彼女の姿は、殺風景なブリッジにおいて一輪の瑞々しい野花のような異彩を放っている。その焦茶色の瞳が、前方の中央指揮席へと向けられた。
そこに座するのは、人類の希望をその双肩に背負う男、エルヴィン・スミス艦長。 彫刻のように整った横顔、188cmの恵まれた体躯を包む漆黒の指揮官服、そして何より、深淵な宇宙のどこよりも深く、鋭い輝きを放つ碧眼。彼は一切の感情を排した無機質な声で、航路の確認を行っていた。
「……第4セクターを通過。重力波の乱れはないか」
「…今ところはないな」
副長のリヴァイが、どこか気怠げながらも鋭利な刃物のような声で応じる。彼の宇宙服は、この艦内の誰よりも白く、塵一つ許さないほどに磨き上げられていた。
ナマエは、その張り詰めた空気をどうにか和らげようと、着任の挨拶以来、意識的に明るい声を出すように努めていた。
「艦長、通信回線はオールクリアです! どんな遠くの星からのささやきも見逃しませんから、安心してくださいね」
ナマエが笑顔を向けると、ブリッジの数人のクルーが毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。しかし、エルヴィンは表情一つ変えず、ただ短く「……期待している」とだけ答え、再びモニターの海へと視線を戻した。
その日の深夜、ナマエは夜勤の当番についていた。 艦内の照明は減光され、ブリッジは深い群青色の影に沈んでいる。主力クルーの多くが仮眠を取る中、艦長席には依然としてエルヴィンの姿があった。彼は一睡もしていないはずだった。
ナマエは通信パネルを操作しながら、何気なく艦長のバイタルデータと、彼が使用している内部通信回線の音声をモニタリングした。 公私混同は禁じられているが、新任としての熱意が彼女を動かしていた。
(……あ。)
ヘッドセットから漏れ聞こえてきたのは、エルヴィンが独り言ちた、あるいは誰かに指示を出そうとして飲み込んだ、微かな吐息だった。 それは、部下たちの前で見せる鉄壁のカリスマ性からは想像もつかないほど、深く、重い疲労を含んでいた。声の輪郭が、ほんのわずかだけ毛羽立っている。喉の奥に張り付いた「掠れ」を、ナマエの鋭い感性は逃さなかった。
「艦長」
ナマエは思わず、秘匿回線を開いて呼びかけていた。 エルヴィンが、影の中からゆっくりと顔を上げる。その碧眼には、隠しきれない疲弊の色彩が混じっていた。
「……ナマエか。どうした。何か異常か?」
「いえ、異常はありません。ただ……少し、宇宙の静けさが寂しいなと思いまして」
ナマエは嘘をついた。彼に「疲れていますね」などと言えば、この誇り高い指揮官はすぐに心を閉ざしてしまうだろう。
「私の独断で、通信士の特権を使わせていただきます。少しだけ、耳を貸していただけますか?」
「特権……? 何を――」
エルヴィンが言いかけるより早く、ナマエは自身の私物端末から選んだ、古いピアノの旋律を回線に流し込んだ。 それは、地球という故郷の星に降る雨の音を模したような、静かで、優しく、魂を浄化するようなリラックス音楽だった。
「……これは」
「波長を調整して、脳内のアルファ波を活性化させる周波数に変えてあります。少しだけ目を閉じてください。私はずっとここにいますから、何かあればすぐに起こします」
回線越しに聞こえるナマエの声は、暗い宇宙で唯一灯る焚き火のように温かかった。 エルヴィンは、冷たい指揮席の背もたれに体を預けた。耳の奥で踊るピアノの音色が、張り詰めていた神経の糸を、一本ずつ丁寧に解いていくのを感じる。
彼は、自分がこれほどまでに「誰かの気遣い」に飢えていたことに、初めて気がついた。 人類の未来という巨大な地図を描き、何千、何万という命を天秤にかける日々。彼の心は、いつの間にか絶対零度の真空と同じように凍てついていたはずだった。
「……君は、妙な通信士だな」
呟かれたエルヴィンの声は、先ほどよりもずっと柔らかく、そして親密な響きを帯びていた。ナマエはモニター越しに、彼が小さく口角を上げたのを、確かに見た。
「お褒めに預かり光栄です、艦長。おやすみなさい、ほんの短い間だけ」
暗黒の宇宙を駆ける『ウィングス・オブ・リバティ号』。 その冷たい金属の箱の中で、孤独な艦長と、彼に寄り添う太陽の物語が、今、静かに幕を開けた。
1/6ページ
