その少女、飛翔につき座学不能
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湿り気を帯びた風が、荒野を不穏になでていく。
壁外を模した広大な演習場。巨木の合間を縫うように、緑の外套が次々と翻る。
兵団全体で行われる大規模な模擬壁外調査訓練。ナマエは実技の才を遺憾なく発揮し、先行班として馬を走らせていた。蹄が土を叩く乾いた音が、周囲の緊張感を煽る。
「……雲行きが怪しいな」
ナマエは手綱を握る手に力を込め、空を仰いだ。
重く垂れ込めた灰色の雲が、太陽を完全に覆い隠している。間もなく、予報になかった激しい雨が降り始めた。視界は一気に遮られ、地面は瞬く間に泥濘へと姿を変える。
「班長! この先の斜面、地盤が緩んでいます! 迂回を――」
叫ぼうとした瞬間だった。
轟音と共に、前方の斜面が大きく崩れ落ちた。想定外の土砂崩れだ。
大量の土砂が道を塞ぎ、ナマエたちの班は、崩落した崖と、背後から迫る模擬巨人の群れ――その役割を担う精鋭兵たち――に挟まれる形で孤立してしまう。
「くそっ、これじゃあ立体機動も馬も使えない! 泥に足を取られたら、巨人の餌食だぞ!」
班員たちが焦燥に駆られる中、ナマエの脳裏に、ある光景が鮮烈に蘇った。
深夜の団長室。ランプの灯影の下で、エルヴィンが地図を指し示しながら語っていた、あの低い声。
『……ナマエ、ここをよく見ておけ。この一帯は粘土層が重なっている。雨が降れば滑りやすくなるが、同時にその下にある硬い岩盤が露出する場所がある。そこを起点にすれば、泥濘を避けて飛翔できるはずだ』
ナマエは目を閉じ、地図の記憶を必死に手繰り寄せる。
彼の大きな手が描いた図解。指先に残るインクの匂い。その一つ一つが、暗闇の中の灯火のように進むべき道を照らし出した。
「……あそこだ。皆、私のあとに続いて! あの剥き出しの岩肌なら、アンカーが深く刺さる! そこから一気に北の台地へ抜けるルートがあるはず!」
ナマエは迷うことなく馬を蹴り、泥を跳ね上げて疾走した。
崩落の縁、ギリギリの場所。彼女が放ったアンカーは、狙い違わず強固な岩盤を捉えた。ガスを噴射し、重力に逆らって飛翔する。彼女の後に続き、班員たちも次々と危機を脱していく。
追撃してきた模擬巨人の班も、その的確なルート選択に舌を巻いたようだった。
訓練終了後の帰還命令。
夕闇に包まれた兵舎の前で、兵士たちは雨に濡れた体を震わせながら整列していた。
エルヴィンは、最前列で彼らを迎えた。その表情はいつものように厳格で、冷徹な指揮官としての威厳に満ちている。
「今回の事態は、天候判断の甘さが招いた失態だ。……だが、一部の班が見せた、地形の特性を活かした回避行動については評価に値する。解散!」
エルヴィンの視線が、一瞬だけナマエを捉えた。けれど、そこには何の特別扱いも、甘さもなかった。ただの団長と兵士としての、氷のような視線。
ナマエは胸に一抹の寂しさを覚えながら、濡れた外套を脱ぐために歩き出した。
けれど、その夜。
いつものように補習のために団長室を訪れたナマエを待っていたのは、暖炉で温められた部屋と、湯気を立てる一杯の紅茶だった。
「……よくやったな、ナマエ」
扉を閉めた瞬間、エルヴィンの声が、先ほどとは別人のように柔らかく響いた。
彼はデスクから立ち上がり、ナマエの前まで歩み寄る。そして、大きな、温かい手を、彼女の少し湿った頭の上に乗せた。
「あの状況で、私の教えた地質学を思い出すとは。君は、私が思っていた以上に、賢い生徒のようだ」
大きな手のひらから伝わってくる、確かな熱。
ナマエは、その温もりに触れた瞬間、昼間の緊張と寒さが一気に溶けていくのを感じた。
見上げれば、そこには団長としての仮面を脱いだ、一人の男性としてのエルヴィンがいた。慈しむような碧眼が、自分だけを見つめている。
「……団長がいなかったら、私は今日、あの泥の中で死んでいたかもしれません。……馬を失って、仲間を危険にさらして、それでおしまいでした」
ナマエの声は、自分でも驚くほど震えていた。
彼女は、頭に乗せられた彼の大きな手を、自分の両手でそっと包み込む。
「私、団長との補習がないと、もう生きていけません。戦場でも、この壁の中でも……。あなたの声がないと、どこへ進めばいいのか分からなくなってしまう」
一点の曇りもない、純粋な告白。
エルヴィンは、その真っ直ぐな瞳に射抜かれたように、息を呑んだ。
指揮官として、彼女を育てようとしていたはずが。いつの間にか、自分の方が彼女の無垢な信頼に、心ごと絡め取られている。
「……生きていけない、か。……責任重大だな」
エルヴィンは、少しだけ困ったように、けれどこの上なく愛おしそうに目を細めた。
彼はそのまま、彼女を自分の胸へと引き寄せる。
ナマエは彼の制服の匂いに包まれながら、これから訪れるであろう、さらに過酷な戦いも、この人と共にならば乗り越えていけるのだと、強く確信していた。
数日後。
非番の日の調査兵団本部は、訓練の喧騒が嘘のように静まり返り、遠くで馬の嘶きが微かに聞こえるだけだった。
ナマエは、腕に抱えたバスケットの重みを確かめながら、団長執務室の前で足を止めた。
バスケットからは、焼き立てのパンが放つ芳醇なバターの香りと、砂糖が焦げたような、どこか懐かしく甘い匂いがふわりと漂っている。
彼女は一つ深呼吸をして、扉をノックした。
「失礼します」
「……ナマエか。入りなさい」
室内では、エルヴィンが書類の山と格闘していた。非番であっても、壁外調査の立案や各部署への調整に追われるのが彼の日常だ。
けれど、ナマエの姿を認めると、彼はペンを置き、険しかった眉間の皺をふっと緩めた。
「……その香りは、どうやら仕事の話ではなさそうだな」
エルヴィンの唇に、微かな、そして柔らかな笑みが浮かぶ。ナマエは少し照れくさそうに視線を逸らしながら、机の端にバスケットを置いた。
「これ、食べてください。いつも補習でお世話になっているお礼です」
「君が作ったのか?」
「はい。厨房の端を少し借りました。……疲労回復に効くように、甘い菓子パンと、あとスイートポテトです」
ナマエが蓋を開けると、中には黄金色に焼き上がったパンと、蜜が滴るようなスイートポテトが並んでいた。
エルヴィンは感慨深げにそれを見つめる。
「……驚いたな。君は剣だけでなく、厨房でも天才的な腕を持っているようだ」
「天才だなんて、そんな……。ただ、団長には元気に動いてもらわないと困るので。座学を教えてくれる人がいなくなったら、私はまた赤点に戻ってしまいます」
ナマエは努めて淡々と言葉を返したが、その頬は春の陽気に当てられたように赤らんでいた。
エルヴィンは椅子を引き、彼女に隣に座るよう促した。
「では、有難く頂こう。……せっかくだ、一人で食べるのは味気ない。君も付き合ってくれないか」
彼は淹れたての紅茶を二つのカップに注いだ。ベルガモットの爽やかな香りが、菓子の甘い匂いと混じり合い、室内を一気に安らぎの空間へと変えていく。
エルヴィンはスイートポテトを一口運ぶと、ゆっくりと目を閉じた。口の中に広がる、芋の素朴で濃厚な甘みと、滑らかな食感。
「……素晴らしいな。疲れが、指先から溶け出していくような感覚だ」
「よかったです。……あの、お口に合いましたか」
「ああ。これほど優しい味のものは、久しく口にしていなかった気がするよ」
エルヴィンは紅茶を一口含み、ふと視線を落とした。
ナマエの指先には、調理の際にできたのだろうか、小さな火傷の跡が赤くなっていた。
彼は何も言わず、その大きな手を伸ばし、彼女の手をそっと包み込んだ。
「! っ……団長?」
「熱くはなかったか? 慣れないことをさせてしまったな」
「これくらい、平気です。訓練の傷に比べれば、何てことありません」
ナマエは強がってみせたが、彼の親指が火傷の跡を優しくなぞるたび、心臓の鼓動が早まっていくのを抑えられなかった。
エルヴィンの瞳は、戦場での冷徹な光を完全に失い、今はただ、目の前の少女を愛おしむような、深い情愛に満ちている。
「君が私のために時間を使い、怪我までしてこれを作ってくれた。……その事実が、何よりも私を癒やしてくれる。座学の成果以上に、私は君のその真っ直ぐな想いに救われているんだ」
その言葉は、どんな甘い菓子よりも深く、ナマエの心に染み渡った。彼女は彼の手に自分の手を重ね、勇気を出して彼をじっと見つめ返した。
「……団長がそう言ってくれるなら、何度でも作ります。あなたが、ずっと元気に、私の前を歩き続けてくれるなら」
ナマエの真っ直ぐな瞳に、エルヴィンは降参したように溜息を吐き、彼女を引き寄せた。
陽だまりのような暖かさと、お菓子の甘い香り。
二人の間に流れる時間は、死と隣り合わせの日常を忘れさせるほどに、穏やかで、そして深く、甘やかなものだった。
「……次の補習は、少し厳しくなるかもしれないな」
耳元で囁かれた彼の低い声に、ナマエは顔を真っ赤にしながらも、幸せな予感に胸を震わせるのだった。
壁外を模した広大な演習場。巨木の合間を縫うように、緑の外套が次々と翻る。
兵団全体で行われる大規模な模擬壁外調査訓練。ナマエは実技の才を遺憾なく発揮し、先行班として馬を走らせていた。蹄が土を叩く乾いた音が、周囲の緊張感を煽る。
「……雲行きが怪しいな」
ナマエは手綱を握る手に力を込め、空を仰いだ。
重く垂れ込めた灰色の雲が、太陽を完全に覆い隠している。間もなく、予報になかった激しい雨が降り始めた。視界は一気に遮られ、地面は瞬く間に泥濘へと姿を変える。
「班長! この先の斜面、地盤が緩んでいます! 迂回を――」
叫ぼうとした瞬間だった。
轟音と共に、前方の斜面が大きく崩れ落ちた。想定外の土砂崩れだ。
大量の土砂が道を塞ぎ、ナマエたちの班は、崩落した崖と、背後から迫る模擬巨人の群れ――その役割を担う精鋭兵たち――に挟まれる形で孤立してしまう。
「くそっ、これじゃあ立体機動も馬も使えない! 泥に足を取られたら、巨人の餌食だぞ!」
班員たちが焦燥に駆られる中、ナマエの脳裏に、ある光景が鮮烈に蘇った。
深夜の団長室。ランプの灯影の下で、エルヴィンが地図を指し示しながら語っていた、あの低い声。
『……ナマエ、ここをよく見ておけ。この一帯は粘土層が重なっている。雨が降れば滑りやすくなるが、同時にその下にある硬い岩盤が露出する場所がある。そこを起点にすれば、泥濘を避けて飛翔できるはずだ』
ナマエは目を閉じ、地図の記憶を必死に手繰り寄せる。
彼の大きな手が描いた図解。指先に残るインクの匂い。その一つ一つが、暗闇の中の灯火のように進むべき道を照らし出した。
「……あそこだ。皆、私のあとに続いて! あの剥き出しの岩肌なら、アンカーが深く刺さる! そこから一気に北の台地へ抜けるルートがあるはず!」
ナマエは迷うことなく馬を蹴り、泥を跳ね上げて疾走した。
崩落の縁、ギリギリの場所。彼女が放ったアンカーは、狙い違わず強固な岩盤を捉えた。ガスを噴射し、重力に逆らって飛翔する。彼女の後に続き、班員たちも次々と危機を脱していく。
追撃してきた模擬巨人の班も、その的確なルート選択に舌を巻いたようだった。
訓練終了後の帰還命令。
夕闇に包まれた兵舎の前で、兵士たちは雨に濡れた体を震わせながら整列していた。
エルヴィンは、最前列で彼らを迎えた。その表情はいつものように厳格で、冷徹な指揮官としての威厳に満ちている。
「今回の事態は、天候判断の甘さが招いた失態だ。……だが、一部の班が見せた、地形の特性を活かした回避行動については評価に値する。解散!」
エルヴィンの視線が、一瞬だけナマエを捉えた。けれど、そこには何の特別扱いも、甘さもなかった。ただの団長と兵士としての、氷のような視線。
ナマエは胸に一抹の寂しさを覚えながら、濡れた外套を脱ぐために歩き出した。
けれど、その夜。
いつものように補習のために団長室を訪れたナマエを待っていたのは、暖炉で温められた部屋と、湯気を立てる一杯の紅茶だった。
「……よくやったな、ナマエ」
扉を閉めた瞬間、エルヴィンの声が、先ほどとは別人のように柔らかく響いた。
彼はデスクから立ち上がり、ナマエの前まで歩み寄る。そして、大きな、温かい手を、彼女の少し湿った頭の上に乗せた。
「あの状況で、私の教えた地質学を思い出すとは。君は、私が思っていた以上に、賢い生徒のようだ」
大きな手のひらから伝わってくる、確かな熱。
ナマエは、その温もりに触れた瞬間、昼間の緊張と寒さが一気に溶けていくのを感じた。
見上げれば、そこには団長としての仮面を脱いだ、一人の男性としてのエルヴィンがいた。慈しむような碧眼が、自分だけを見つめている。
「……団長がいなかったら、私は今日、あの泥の中で死んでいたかもしれません。……馬を失って、仲間を危険にさらして、それでおしまいでした」
ナマエの声は、自分でも驚くほど震えていた。
彼女は、頭に乗せられた彼の大きな手を、自分の両手でそっと包み込む。
「私、団長との補習がないと、もう生きていけません。戦場でも、この壁の中でも……。あなたの声がないと、どこへ進めばいいのか分からなくなってしまう」
一点の曇りもない、純粋な告白。
エルヴィンは、その真っ直ぐな瞳に射抜かれたように、息を呑んだ。
指揮官として、彼女を育てようとしていたはずが。いつの間にか、自分の方が彼女の無垢な信頼に、心ごと絡め取られている。
「……生きていけない、か。……責任重大だな」
エルヴィンは、少しだけ困ったように、けれどこの上なく愛おしそうに目を細めた。
彼はそのまま、彼女を自分の胸へと引き寄せる。
ナマエは彼の制服の匂いに包まれながら、これから訪れるであろう、さらに過酷な戦いも、この人と共にならば乗り越えていけるのだと、強く確信していた。
数日後。
非番の日の調査兵団本部は、訓練の喧騒が嘘のように静まり返り、遠くで馬の嘶きが微かに聞こえるだけだった。
ナマエは、腕に抱えたバスケットの重みを確かめながら、団長執務室の前で足を止めた。
バスケットからは、焼き立てのパンが放つ芳醇なバターの香りと、砂糖が焦げたような、どこか懐かしく甘い匂いがふわりと漂っている。
彼女は一つ深呼吸をして、扉をノックした。
「失礼します」
「……ナマエか。入りなさい」
室内では、エルヴィンが書類の山と格闘していた。非番であっても、壁外調査の立案や各部署への調整に追われるのが彼の日常だ。
けれど、ナマエの姿を認めると、彼はペンを置き、険しかった眉間の皺をふっと緩めた。
「……その香りは、どうやら仕事の話ではなさそうだな」
エルヴィンの唇に、微かな、そして柔らかな笑みが浮かぶ。ナマエは少し照れくさそうに視線を逸らしながら、机の端にバスケットを置いた。
「これ、食べてください。いつも補習でお世話になっているお礼です」
「君が作ったのか?」
「はい。厨房の端を少し借りました。……疲労回復に効くように、甘い菓子パンと、あとスイートポテトです」
ナマエが蓋を開けると、中には黄金色に焼き上がったパンと、蜜が滴るようなスイートポテトが並んでいた。
エルヴィンは感慨深げにそれを見つめる。
「……驚いたな。君は剣だけでなく、厨房でも天才的な腕を持っているようだ」
「天才だなんて、そんな……。ただ、団長には元気に動いてもらわないと困るので。座学を教えてくれる人がいなくなったら、私はまた赤点に戻ってしまいます」
ナマエは努めて淡々と言葉を返したが、その頬は春の陽気に当てられたように赤らんでいた。
エルヴィンは椅子を引き、彼女に隣に座るよう促した。
「では、有難く頂こう。……せっかくだ、一人で食べるのは味気ない。君も付き合ってくれないか」
彼は淹れたての紅茶を二つのカップに注いだ。ベルガモットの爽やかな香りが、菓子の甘い匂いと混じり合い、室内を一気に安らぎの空間へと変えていく。
エルヴィンはスイートポテトを一口運ぶと、ゆっくりと目を閉じた。口の中に広がる、芋の素朴で濃厚な甘みと、滑らかな食感。
「……素晴らしいな。疲れが、指先から溶け出していくような感覚だ」
「よかったです。……あの、お口に合いましたか」
「ああ。これほど優しい味のものは、久しく口にしていなかった気がするよ」
エルヴィンは紅茶を一口含み、ふと視線を落とした。
ナマエの指先には、調理の際にできたのだろうか、小さな火傷の跡が赤くなっていた。
彼は何も言わず、その大きな手を伸ばし、彼女の手をそっと包み込んだ。
「! っ……団長?」
「熱くはなかったか? 慣れないことをさせてしまったな」
「これくらい、平気です。訓練の傷に比べれば、何てことありません」
ナマエは強がってみせたが、彼の親指が火傷の跡を優しくなぞるたび、心臓の鼓動が早まっていくのを抑えられなかった。
エルヴィンの瞳は、戦場での冷徹な光を完全に失い、今はただ、目の前の少女を愛おしむような、深い情愛に満ちている。
「君が私のために時間を使い、怪我までしてこれを作ってくれた。……その事実が、何よりも私を癒やしてくれる。座学の成果以上に、私は君のその真っ直ぐな想いに救われているんだ」
その言葉は、どんな甘い菓子よりも深く、ナマエの心に染み渡った。彼女は彼の手に自分の手を重ね、勇気を出して彼をじっと見つめ返した。
「……団長がそう言ってくれるなら、何度でも作ります。あなたが、ずっと元気に、私の前を歩き続けてくれるなら」
ナマエの真っ直ぐな瞳に、エルヴィンは降参したように溜息を吐き、彼女を引き寄せた。
陽だまりのような暖かさと、お菓子の甘い香り。
二人の間に流れる時間は、死と隣り合わせの日常を忘れさせるほどに、穏やかで、そして深く、甘やかなものだった。
「……次の補習は、少し厳しくなるかもしれないな」
耳元で囁かれた彼の低い声に、ナマエは顔を真っ赤にしながらも、幸せな予感に胸を震わせるのだった。
