その少女、英才につき実技絶望
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訓練終了を告げる鐘の音が、夕闇の迫る練兵場に長く尾を引いて響き渡った。
「……はぁ、はぁ……っ。兵長、今の……どうでしたか」
ナマエは膝に手をつき、荒い息を吐きながらリヴァイを見上げた。額にはじっとりと汗が浮かび、首筋には跳ね上げた泥が小さなしみを作っている。だが、その瞳には、もはや初期の絶望感など微塵もなかった。
リヴァイは、手にした懐中時計をパチンと閉じると、無言でナマエに歩み寄った。
「……フン。相変わらず無駄な動きは多いが、速度だけはマシになったな。死ぬ確率は、二割は減っただろうよ」
そう言いながら、リヴァイは大きな手をナマエの頭に乗せた。そして、まるで出来のいい猟犬でも可愛がるかのように、髪をぐしゃぐしゃと乱暴に、けれど慈しむように撫で回した。
「あ、ちょっと……兵長! せっかく整えたのに、これじゃ鳥の巣です!」
「うるせえ。お前はこれくらいの方が似合っている」
ナマエが顔を真っ赤にして抵抗し、彼の腕を退けようとする。しかし、リヴァイはその手を離すどころか、より一層力を込めて彼女の頭を揺さぶった。リヴァイの低い笑い声が、ナマエの耳元で微かに響く。
二人の間に流れる、密やかで濃密な空気。それは、教官と生徒という一線をとうに越え、互いの体温を当然のように共有する男女のそれだった。
その光景を、兵舎の二階、団長室の窓から静かに見下ろしている影があった。
エルヴィンは、口角に微かな、含みのある笑みを浮かべていた。
「……あんな顔をするリヴァイは、久しぶりだ。いや、初めてかもしれないな」
数分後。リヴァイは一人、団長室に呼び出されていた。
室内には、淹れたての紅茶の香りと、古い羊皮紙の匂いが満ちている。エルヴィンは机の上に、ナマエの最新の成績表を広げていた。
「リヴァイ、お前の指導のおかげだ。彼女の実技成績は、今や中位まで上がっている。筆記の満点と合わせれば、総合評価は上位に食い込む。……見事な更生プログラムだった」
「……あいつに根性があっただけだ。俺はただ、死なねぇための最低限を叩き込んだに過ぎん」
リヴァイは不機嫌そうに椅子に腰掛け、脚を組んだ。エルヴィンの視線が、射抜くようにリヴァイを捉える。
「そうだな。……ところで、彼女の今後の配属先についてだが。これほどの戦術眼を持ち、立体機動も及第点に達した。本隊のどこへ入れても即戦力だろうが……」
エルヴィンは一度言葉を切り、意地悪な子供のような顔でリヴァイを見た。
「リヴァイ班に配属することに決めた。異論はないな?」
リヴァイは、ティーカップを口に運ぼうとした手を止めた。彼はエルヴィンを真っ向から見据え、迷いのない、鋼のような声で言い放った。
「当然だ。……あいつの面倒を見れるのは、俺だけだ。他の奴らにつけて、無駄死にさせるつもりはねえ」
その言葉に含まれた重すぎる独占欲に、エルヴィンは声を上げて笑った。
翌日。
エルヴィンから成績結果と新しい辞令を受け取ったナマエは、浮き立つ足取りで廊下を歩いていた。
胸に抱えた書類には、はっきりと『特別作戦班配属』の文字が刻まれている。
曲がり角で、向こうから歩いてくるリヴァイと鉢合わせになった。ナマエは足を止め、書類を抱きしめたまま彼を見つめた。
「……兵長」
「なんだ。その締まりのないツラは。……エルヴィンから聞いたか」
「はい。……あの、これ、兵長が決めたんですか? 私を、自分の班に入れるって」
リヴァイは足を止め、窓から差し込む午後の光を背に受けてナマエを見下ろした。
彼は少しの間、何かを堪えるように沈黙し、やがてぷいと顔を逸らした。
「……エルヴィンだ。あいつが勝手に決めたことに、俺はいちいち口を出さん」
「でも、否定もしなかったんですよね」
ナマエが少しだけ悪戯っぽく、下から覗き込むようにして尋ねる。
リヴァイの眉根が不快そうに寄ったが、その頬が僅かに赤らんでいるのを、今のナマエは見逃さなかった。
「……うるさい。さっさと荷物をまとめろ」
リヴァイはナマエの横を通り抜けようとして、一瞬だけ足を止めた。
「班の掃除当番が倍に増える。……覚悟しておけ」
ぶっきらぼうな、けれど彼なりの歓迎の言葉。
ナマエは思わず、声を立てて笑った。
「はい! よろしくお願いします、兵長!」
遠ざかっていくリヴァイの後ろ姿。その背中が、これまでよりもずっと近く、頼もしく感じられた。
ナマエは、嬉しさを噛み締めながら、彼を追って一歩を踏み出した。
特別作戦班――通称・リヴァイ班への配属を翌日に控えた夜。
兵舎の回廊は、深い藍色の闇に包まれていた。石造りの壁は昼間の熱を放出しきり、今はひんやりとした静寂を湛えている。
ナマエの手には、最後となった訓練報告書が握られていた。
リヴァイの執務室の前に立ち、彼女は一度、深く息を吸い込んだ。肺に満ちる夜の空気は、どこか切なく冷たい。この扉を開ければ、明日からは教え子ではなく部下としての関係が始まる。その前に、どうしても伝えておかなければならないことがあった。
控えめに扉を叩くと、中から聞き慣れた低い声が響く。
「……入れ」
室内には、揺らめくランプの灯影と、使い込まれた革製品、そして微かなインクの匂いが満ちていた。リヴァイの眼差しは、相変わらず鋭く、けれどナマエにとっては世界で一番信頼できる灯台のようだった。
「夜分に失礼します、リヴァイ兵長。……明日の配属を前に、最後のご報告に伺いました」
「……。そこに置け」
リヴァイは顔を上げず、顎で机の端を指した。ナマエは歩み寄り、丁寧に書類を置く。報告書を置くその僅かな瞬間、指先がリヴァイの手に触れそうになり、心臓が痛いほど跳ねた。
「……リヴァイ兵長。今日まで、本当にありがとうございました」
ナマエは真っ直ぐにリヴァイを見つめ、深々と頭を下げた。
「掃除の仕方も、紅茶の淹れ方も、そして立体機動での生き残り方も。……未熟だった私に、兵長はすべてを注いでくれました。あなたがいたから、私は今、兵士としてここに立っています。明日からはリヴァイ班の一員として、あなたの剣となり、盾となります。……必ず、あなたの期待に応えてみせます」
決意を込めた言葉。ランプの光がリヴァイの端正な横顔を赤く染め、瞳の奥に燻る深い熱を浮き彫りにする。
「……口だけは達者になったな。……だが、期待はしている。泥を啜ってでも、生き残れ」
「はい。……自由になるまで、絶対に死にません」
不器用な激励に、ナマエの胸が熱くなる。
これで十分だった。これ以上を望むのは、人類の希望である彼に対して、あまりに身勝手な不遜だと自分に言い聞かせる。けれど、唇は勝手に動き出していた。
「……最後に、もう一つだけ。……これは報告ではなく、ただの私の我が儘です」
ナマエは視線を落とし、握りしめた拳を震わせた。
「私、あなたのことが好きです。……兵長としてではなく、一人の男性として。……怖い人だと思っていたのに、いつの間にか、あなたの不器用な優しさや、その横顔から目が離せなくなっていました。……お答えは要りません。明日からは、この想いを胸の奥に封印して、一兵士としてあなたに尽くします。……それだけ、伝えたかったんです」
静寂が、部屋を支配した。聞こえるのは、暖炉で爆ぜる微かな薪の音と、ナマエ自身の激しい拍動だけ。
彼女は、リヴァイの返事を待たなかった。伝えるだけでいい。叶うはずのない、自分には贅沢すぎる恋心。それを、この部屋の闇に置いていくつもりだった。
「……失礼しました」
ナマエは背を向け、逃げるように扉へと歩き出す。
扉のノブに手をかけた、その瞬間だった。
「……待て。誰が勝手に行けと言った」
背後から、低く、抗いがたい力を持った声が降ってきた。
驚いて振り返る間もなく、強い力がナマエの腕を掴み、そのまま壁へと押し付けた。
「っ……、兵長……?」
目の前に、リヴァイの顔があった。月光と灯影の狭間で、彼の三白眼が獲物を逃さない捕食者のように鋭く光っている。石壁の冷たさが背中に伝わり、反対に、目前に迫る彼の体温がナマエの感覚を狂わせる。
「……お前、今の言葉が何を意味するか分かって言っているのか。……部下としてではなく、女として俺の前に立つ。それがどれほど重い覚悟を強いるか、その賢い頭で計算したことはあるのか」
リヴァイの手がナマエの頬を包み込み、親指が彼女の唇をゆっくりと、官能的なまでに丁寧になぞる。
「……兵長、私は……」
「……。俺の女として、生きていく覚悟はあるか。……俺の隣で、俺だけのものとして。……お前のすべてを、俺に預ける準備はできているのか」
それは、どんな愛の囁きよりも重く、独占欲に満ちた、究極の命令だった。
ナマエの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。それは悲しみではなく、あまりに強すぎる幸福と、彼の熱に触れたことへの歓喜だった。
「……あります。……とっくに、私の命も心も、あなたのものです」
ナマエが答えた瞬間、リヴァイの瞳に宿っていた冷徹な理性が、音を立てて崩れ去るのが分かった。
彼は荒々しくナマエを抱き寄せ、その唇を、深い、深い沈黙で塞いだ。
「んっ…、リヴァイ、さん……!」
「……そうだ。もっと呼べ。その声で、俺の名前だけをな」
リヴァイはナマエを抱き上げ、そのままベッドへと押し倒す。
シーツの摩擦音、重なり合う体温。
リヴァイの指先がナマエの制服のボタンを一つずつ、丁寧に、けれど急かすように外していく。露わになった白い肌に、彼の熱い唇がいくつもの痕を残していく。
夜の帳に包まれた部屋で、リヴァイの強靭な腕に抱かれ、ナマエは自分が一人の女性として、これ以上ないほど深く愛されていることを実感していた。
嵐のような情事の後。
乱れた毛布の中で、ナマエはリヴァイの胸に耳を預けていた。
トクン、トクンと刻まれる一定のリズム。それは、世界で一番信頼できる、命の鼓動だった。
リヴァイはナマエの肩を抱き寄せ、彼女の髪にそっと口づけを落とす。
「……リヴァイ班の仕事って、こんなに情熱的なんですか? それなら私、一生ここから卒業しません」
ナマエが少しだけ悪戯っぽく、けれど真剣な眼差しで彼を見上げる。
リヴァイはふっと、今日一番の、穏やかで優しい笑みを浮かべた。
「当たり前だ。……卒業など、死んでも許さん。……一生かけて、お前のすべてを俺が磨き上げてやる。朝の掃除も、昼の特訓も、そして……夜の指導もな。お前は俺だけのものだ」
「……受けて立ちます。私の指導者は、あなただけです」
ナマエの答えに、リヴァイは満足げに目を細め、彼女の額にそっと、誓いのようなキスを落とした。
窓の向こう、夜明けの気配が東の空を白ませ始めている。
新しい一日が、これまでの兵長と訓練兵ではなく、愛し合う二人として幕を開けようとしていた。
二人の終わらない個別指導は、朝陽よりも眩しく、そして誰にも邪魔されない甘い永遠へと、続いていく。
「……はぁ、はぁ……っ。兵長、今の……どうでしたか」
ナマエは膝に手をつき、荒い息を吐きながらリヴァイを見上げた。額にはじっとりと汗が浮かび、首筋には跳ね上げた泥が小さなしみを作っている。だが、その瞳には、もはや初期の絶望感など微塵もなかった。
リヴァイは、手にした懐中時計をパチンと閉じると、無言でナマエに歩み寄った。
「……フン。相変わらず無駄な動きは多いが、速度だけはマシになったな。死ぬ確率は、二割は減っただろうよ」
そう言いながら、リヴァイは大きな手をナマエの頭に乗せた。そして、まるで出来のいい猟犬でも可愛がるかのように、髪をぐしゃぐしゃと乱暴に、けれど慈しむように撫で回した。
「あ、ちょっと……兵長! せっかく整えたのに、これじゃ鳥の巣です!」
「うるせえ。お前はこれくらいの方が似合っている」
ナマエが顔を真っ赤にして抵抗し、彼の腕を退けようとする。しかし、リヴァイはその手を離すどころか、より一層力を込めて彼女の頭を揺さぶった。リヴァイの低い笑い声が、ナマエの耳元で微かに響く。
二人の間に流れる、密やかで濃密な空気。それは、教官と生徒という一線をとうに越え、互いの体温を当然のように共有する男女のそれだった。
その光景を、兵舎の二階、団長室の窓から静かに見下ろしている影があった。
エルヴィンは、口角に微かな、含みのある笑みを浮かべていた。
「……あんな顔をするリヴァイは、久しぶりだ。いや、初めてかもしれないな」
数分後。リヴァイは一人、団長室に呼び出されていた。
室内には、淹れたての紅茶の香りと、古い羊皮紙の匂いが満ちている。エルヴィンは机の上に、ナマエの最新の成績表を広げていた。
「リヴァイ、お前の指導のおかげだ。彼女の実技成績は、今や中位まで上がっている。筆記の満点と合わせれば、総合評価は上位に食い込む。……見事な更生プログラムだった」
「……あいつに根性があっただけだ。俺はただ、死なねぇための最低限を叩き込んだに過ぎん」
リヴァイは不機嫌そうに椅子に腰掛け、脚を組んだ。エルヴィンの視線が、射抜くようにリヴァイを捉える。
「そうだな。……ところで、彼女の今後の配属先についてだが。これほどの戦術眼を持ち、立体機動も及第点に達した。本隊のどこへ入れても即戦力だろうが……」
エルヴィンは一度言葉を切り、意地悪な子供のような顔でリヴァイを見た。
「リヴァイ班に配属することに決めた。異論はないな?」
リヴァイは、ティーカップを口に運ぼうとした手を止めた。彼はエルヴィンを真っ向から見据え、迷いのない、鋼のような声で言い放った。
「当然だ。……あいつの面倒を見れるのは、俺だけだ。他の奴らにつけて、無駄死にさせるつもりはねえ」
その言葉に含まれた重すぎる独占欲に、エルヴィンは声を上げて笑った。
翌日。
エルヴィンから成績結果と新しい辞令を受け取ったナマエは、浮き立つ足取りで廊下を歩いていた。
胸に抱えた書類には、はっきりと『特別作戦班配属』の文字が刻まれている。
曲がり角で、向こうから歩いてくるリヴァイと鉢合わせになった。ナマエは足を止め、書類を抱きしめたまま彼を見つめた。
「……兵長」
「なんだ。その締まりのないツラは。……エルヴィンから聞いたか」
「はい。……あの、これ、兵長が決めたんですか? 私を、自分の班に入れるって」
リヴァイは足を止め、窓から差し込む午後の光を背に受けてナマエを見下ろした。
彼は少しの間、何かを堪えるように沈黙し、やがてぷいと顔を逸らした。
「……エルヴィンだ。あいつが勝手に決めたことに、俺はいちいち口を出さん」
「でも、否定もしなかったんですよね」
ナマエが少しだけ悪戯っぽく、下から覗き込むようにして尋ねる。
リヴァイの眉根が不快そうに寄ったが、その頬が僅かに赤らんでいるのを、今のナマエは見逃さなかった。
「……うるさい。さっさと荷物をまとめろ」
リヴァイはナマエの横を通り抜けようとして、一瞬だけ足を止めた。
「班の掃除当番が倍に増える。……覚悟しておけ」
ぶっきらぼうな、けれど彼なりの歓迎の言葉。
ナマエは思わず、声を立てて笑った。
「はい! よろしくお願いします、兵長!」
遠ざかっていくリヴァイの後ろ姿。その背中が、これまでよりもずっと近く、頼もしく感じられた。
ナマエは、嬉しさを噛み締めながら、彼を追って一歩を踏み出した。
特別作戦班――通称・リヴァイ班への配属を翌日に控えた夜。
兵舎の回廊は、深い藍色の闇に包まれていた。石造りの壁は昼間の熱を放出しきり、今はひんやりとした静寂を湛えている。
ナマエの手には、最後となった訓練報告書が握られていた。
リヴァイの執務室の前に立ち、彼女は一度、深く息を吸い込んだ。肺に満ちる夜の空気は、どこか切なく冷たい。この扉を開ければ、明日からは教え子ではなく部下としての関係が始まる。その前に、どうしても伝えておかなければならないことがあった。
控えめに扉を叩くと、中から聞き慣れた低い声が響く。
「……入れ」
室内には、揺らめくランプの灯影と、使い込まれた革製品、そして微かなインクの匂いが満ちていた。リヴァイの眼差しは、相変わらず鋭く、けれどナマエにとっては世界で一番信頼できる灯台のようだった。
「夜分に失礼します、リヴァイ兵長。……明日の配属を前に、最後のご報告に伺いました」
「……。そこに置け」
リヴァイは顔を上げず、顎で机の端を指した。ナマエは歩み寄り、丁寧に書類を置く。報告書を置くその僅かな瞬間、指先がリヴァイの手に触れそうになり、心臓が痛いほど跳ねた。
「……リヴァイ兵長。今日まで、本当にありがとうございました」
ナマエは真っ直ぐにリヴァイを見つめ、深々と頭を下げた。
「掃除の仕方も、紅茶の淹れ方も、そして立体機動での生き残り方も。……未熟だった私に、兵長はすべてを注いでくれました。あなたがいたから、私は今、兵士としてここに立っています。明日からはリヴァイ班の一員として、あなたの剣となり、盾となります。……必ず、あなたの期待に応えてみせます」
決意を込めた言葉。ランプの光がリヴァイの端正な横顔を赤く染め、瞳の奥に燻る深い熱を浮き彫りにする。
「……口だけは達者になったな。……だが、期待はしている。泥を啜ってでも、生き残れ」
「はい。……自由になるまで、絶対に死にません」
不器用な激励に、ナマエの胸が熱くなる。
これで十分だった。これ以上を望むのは、人類の希望である彼に対して、あまりに身勝手な不遜だと自分に言い聞かせる。けれど、唇は勝手に動き出していた。
「……最後に、もう一つだけ。……これは報告ではなく、ただの私の我が儘です」
ナマエは視線を落とし、握りしめた拳を震わせた。
「私、あなたのことが好きです。……兵長としてではなく、一人の男性として。……怖い人だと思っていたのに、いつの間にか、あなたの不器用な優しさや、その横顔から目が離せなくなっていました。……お答えは要りません。明日からは、この想いを胸の奥に封印して、一兵士としてあなたに尽くします。……それだけ、伝えたかったんです」
静寂が、部屋を支配した。聞こえるのは、暖炉で爆ぜる微かな薪の音と、ナマエ自身の激しい拍動だけ。
彼女は、リヴァイの返事を待たなかった。伝えるだけでいい。叶うはずのない、自分には贅沢すぎる恋心。それを、この部屋の闇に置いていくつもりだった。
「……失礼しました」
ナマエは背を向け、逃げるように扉へと歩き出す。
扉のノブに手をかけた、その瞬間だった。
「……待て。誰が勝手に行けと言った」
背後から、低く、抗いがたい力を持った声が降ってきた。
驚いて振り返る間もなく、強い力がナマエの腕を掴み、そのまま壁へと押し付けた。
「っ……、兵長……?」
目の前に、リヴァイの顔があった。月光と灯影の狭間で、彼の三白眼が獲物を逃さない捕食者のように鋭く光っている。石壁の冷たさが背中に伝わり、反対に、目前に迫る彼の体温がナマエの感覚を狂わせる。
「……お前、今の言葉が何を意味するか分かって言っているのか。……部下としてではなく、女として俺の前に立つ。それがどれほど重い覚悟を強いるか、その賢い頭で計算したことはあるのか」
リヴァイの手がナマエの頬を包み込み、親指が彼女の唇をゆっくりと、官能的なまでに丁寧になぞる。
「……兵長、私は……」
「……。俺の女として、生きていく覚悟はあるか。……俺の隣で、俺だけのものとして。……お前のすべてを、俺に預ける準備はできているのか」
それは、どんな愛の囁きよりも重く、独占欲に満ちた、究極の命令だった。
ナマエの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。それは悲しみではなく、あまりに強すぎる幸福と、彼の熱に触れたことへの歓喜だった。
「……あります。……とっくに、私の命も心も、あなたのものです」
ナマエが答えた瞬間、リヴァイの瞳に宿っていた冷徹な理性が、音を立てて崩れ去るのが分かった。
彼は荒々しくナマエを抱き寄せ、その唇を、深い、深い沈黙で塞いだ。
「んっ…、リヴァイ、さん……!」
「……そうだ。もっと呼べ。その声で、俺の名前だけをな」
リヴァイはナマエを抱き上げ、そのままベッドへと押し倒す。
シーツの摩擦音、重なり合う体温。
リヴァイの指先がナマエの制服のボタンを一つずつ、丁寧に、けれど急かすように外していく。露わになった白い肌に、彼の熱い唇がいくつもの痕を残していく。
夜の帳に包まれた部屋で、リヴァイの強靭な腕に抱かれ、ナマエは自分が一人の女性として、これ以上ないほど深く愛されていることを実感していた。
嵐のような情事の後。
乱れた毛布の中で、ナマエはリヴァイの胸に耳を預けていた。
トクン、トクンと刻まれる一定のリズム。それは、世界で一番信頼できる、命の鼓動だった。
リヴァイはナマエの肩を抱き寄せ、彼女の髪にそっと口づけを落とす。
「……リヴァイ班の仕事って、こんなに情熱的なんですか? それなら私、一生ここから卒業しません」
ナマエが少しだけ悪戯っぽく、けれど真剣な眼差しで彼を見上げる。
リヴァイはふっと、今日一番の、穏やかで優しい笑みを浮かべた。
「当たり前だ。……卒業など、死んでも許さん。……一生かけて、お前のすべてを俺が磨き上げてやる。朝の掃除も、昼の特訓も、そして……夜の指導もな。お前は俺だけのものだ」
「……受けて立ちます。私の指導者は、あなただけです」
ナマエの答えに、リヴァイは満足げに目を細め、彼女の額にそっと、誓いのようなキスを落とした。
窓の向こう、夜明けの気配が東の空を白ませ始めている。
新しい一日が、これまでの兵長と訓練兵ではなく、愛し合う二人として幕を開けようとしていた。
二人の終わらない個別指導は、朝陽よりも眩しく、そして誰にも邪魔されない甘い永遠へと、続いていく。
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