その少女、英才につき実技絶望
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個別指導が始まって、二週間が経った。
早朝の練兵場には、乳白色の霧が低く立ち込め、湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。
ナマエは、もはや習慣となった午前五時の集合に遅れることなく、立体機動装置の最終点検を行っていた。カチリ、カチリと金属が噛み合う乾いた音が、静かな森に響く。
「……っ、あ」
不意に、鈍い音がした。
太ももを固定していた革ベルトの金具が、経年劣化による金属疲労に耐えかねたのか、無残にも弾け飛んだのだ。固定を失った重い装置が、ナマエの華奢な腰を強く引く。
「どうした。……チッ、ベルトの破損か。点検が甘いと言ったはずだぞ」
霧の向こうから、リヴァイが音もなく現れた。彼は眉間に深い皺を刻み、呆れたように息を吐くと、驚くナマエを制してその場に片膝をついた。
「へ、兵長! 自分でやります、道具を借りられれば……!」
「じっとしてろ。予備のパーツを噛ませるだけだ。……変な声を出すな、集中できん」
リヴァイの手が、ナマエの太ももに直接触れる。
厚手のズボン越しではあるが、彼の指先の強固な力と、驚くほどの熱量が伝わってきた。リヴァイは真剣な眼差しで、壊れた金具を器用に外していく。
ナマエの視界には、すぐ目の前にあるリヴァイのうなじ——短く切り揃えられた黒髪の清潔感と、そこから覗く白い肌が映っていた。
(近い……。心臓の音が、兵長に聞こえてしまう……)
ドクン、ドクンと、鼓動が暴走する。
彼の低い吐息が膝を掠めるたび、ナマエの思考は真っ白に染まった。怖い人だと思っていた。冷酷で、一切の妥協を許さない、雲の上の英雄。
だが、今ここで彼女の装備を直している男の手は、驚くほど丁寧で、どこまでも誠実だった。
「……よし。立て。調整が狂っていないか確認しろ」
リヴァイが立ち上がり、ナマエを見上げる。その瞳には、いつもの鋭さの中に、ほんの僅かだけ、安堵の光が混じっていた。
その日の訓練、奇跡は起きた。
霧が晴れ、陽光が差し込む森の中。ナマエは頭の中に描いた計算式を、初めて肉体で完全にトレースした。
ワイヤーが理想的な角度で樹皮を捉え、ガスの噴射が体を完璧な放物線へと押し上げる。風を切る音が、今までとは違う澄んだ旋律となって耳を打つ。
着地。
これまでのように激突することなく、ナマエはしなやかに地面へと降り立った。
「……悪くない」
背後から聞こえた声に、ナマエは弾かれたように振り返った。
そこには、腕を組んで佇むリヴァイがいた。彼は相変わらずの無表情だったが、その言葉には、確かに肯定の響きがあった。
「本当ですか! 今の、もう一回見ててください! 次はもっと、旋回半径を小さくできるはずです!」
ナマエの顔が、パァァと明るく華やいだ。喜びが抑えきれず、瞳がキラキラと輝く。
そのあまりに無邪気で真っ直ぐな笑顔を向けられ、リヴァイは一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。
「(調子が狂うな……)……ああ、見ててやる。さっさと行け、時間が惜しい」
リヴァイはわずかに耳を赤くし、乱暴に視線を逸らした。ナマエはその変化に気づかないまま、再びワイヤーを射出し、空へと舞い上がった。
夕暮れ時。
茜色の空が兵舎の石壁を赤く染め、長い影を落としている。
訓練終わりの静かな時間。ナマエは一人、中庭のベンチに座り、使い慣れてきたブレードの手入れをしていた。
油の独特な香りが漂う中、砥石を滑らせる。
カサリ、と隣に気配がした。
見なくてもわかる。その、静かだが圧倒的な存在感。
リヴァイが、特に用もないといった様子で隣に座り、自分も予備のブレードを取り出して手入れを始めたのだ。
二人は無言だった。
並んで座り、ただひたすらに、それぞれの剣を磨く。
シャリ、シャリ、という規則正しい音だけが、二人の間の空間を埋めていく。気まずさはなかった。むしろ、心地よい一体感すら感じられた。
しばらくして、リヴァイが低く、独り言のように呟いた。
「最初の頃より、手が速くなったな」
ナマエが顔を上げると、リヴァイは手元のブレードを見つめたまま、言葉を継いだ。
「気づいてないだろうが、お前は毎日速くなってる。無駄な動きが削ぎ落とされ、ようやく兵士らしい手つきになってきた」
褒めているのか、それとも単なる事実の指摘か。
確かめたくてリヴァイの横顔を覗き込むと、彼は相変わらず淡々と作業を続けている。表情は鉄仮面のように崩れない。
けれど。
ナマエの胸の中で、何かがゆっくりと、音を立てずに落ちる感覚があった。
ああ、と彼女は思う。
この人は、見ていてくれたのだ。
自分がどれだけ転んで、どれだけ泥に塗れて、どれだけ必死に雑巾を絞ってきたか。
怖い顔で、口が悪くて。
それでもちゃんと、自分という一人の人間を、一度も逸らすことなく見ていてくれた。
「……なんだ」
不審そうに眉を寄せたリヴァイが、ようやくこちらを見た。
ナマエは、自分でも制御できないほど、柔らかな笑みを浮かべていた。
「……嬉しかったので。兵長が、見ていてくれたことが」
「……そうか」
リヴァイは短く答え、すぐに視線を剣に戻した。
だが、その耳たぶが、夕焼けのせいだけではない熱を帯びて赤らんでいるのを、ナマエは見逃さなかった。
その横顔を見ながら、ナマエはようやく、自分の胸の奥で燻っていた感情に、たった一つの名前をつけた。
(好きだ)
それは、計算では決して導き出せない、甘くて苦い定理だった。
人類最強の兵士に、どうしようもなく惹かれている自分。
困ったなと彼女は思った。
夕闇が迫る中、ナマエの小さな胸の高鳴りだけが、いつまでも止むことはなかった。
翌日。
深い森の奥、木漏れ日が幾筋もの細い糸となって湿った地表を刺している。
立体機動の訓練は、もはやナマエにとって日課を通り越した儀式となっていた。しかし、今日という日は、これまでの二週間とは決定的に何かが違っていた。
「……軸がぶれている。空中での姿勢制御が甘いから、ワイヤーを引き戻す際の反動に体が振り回されるんだ」
リヴァイの声が、いつもより近くで響いた。
ナマエがバランス調整用のボルトをいじろうとした瞬間、背後に気配が立ち昇る。逃げる間もなく、温かな体温が背中に密着した。リヴァイの手がナマエの細い肩を掴み、そのまま背後から包み込むようにして彼女の腕へと自身の腕を重ねる。
「……っ、兵長!?」
「動くなと言ったはずだ。……感覚で覚えろ。指先の微かな動き一つで、ガスの噴射角は変わる」
耳元で、彼の低い、深い掠れを帯びた声が鼓膜を震わせる。
リヴァイの胸板がナマエの背中にぴったりと隙間なく押し当てられ、彼の規則正しい鼓動が、衣服を突き抜けて直接伝わってきた。
鉄と革、そして彼特有の清廉な石鹸の香りが、濃密な酸素のように肺を満たす。ナマエの思考は、そのあまりの密着感に一瞬で沸点を超えた。
リヴァイの大きな手が、ナマエの手を包み込む。
皮手袋越しに伝わる強固な指の力が、トリガーの引き方を教え込む。シュッ、という鋭いガス噴射音と共に、二人の体は一体となって宙を舞った。
(熱い……。頭の中が、真っ白になる……)
視界が高速で流れる中、ナマエが意識できるのは、自分を支えるリヴァイの腕の逞しさと、首筋に触れる彼の荒い吐息だけだった。
リヴァイは冷静を装っていたが、その実、腕の中に収まったナマエの体のあまりの細さに、無意識のうちに奥歯を噛み締めていた。
少し力を込めれば折れてしまいそうなほど華奢な肩。訓練で出来た痣の数々。
守りたい、という本能に近い欲求が、彼の胸の内で静かに、けれど激しく燻り始めていた。
気づけば、彼の指導は明らかな変化を見せていた。
以前は「そこが違う」と言葉で突き放していたはずが、今は無言で肩を引き寄せ、腰の位置を直し、直接その肌に触れて正すようになっている。
その日の夕刻。
食堂の片隅で、紅茶の淹れ方の復習が行われていた。
「角度はこうだ。手首を寝かせるな」
再び、背後からの包囲だった。
リヴァイはナマエの背後から手を伸ばし、彼女が持つティーカップの持ち手を、自分の手で包むようにして固定した。
彼の顎がナマエの肩に乗るほどの至近距離。
「……聞いてるか」
「……聞いて、ます」
嘘だった。一言も頭に入ってこない。
ナマエの視界にあるのは、自分を包むリヴァイの節くれだった、けれど美しい指先だけ。
耳たぶに触れる彼の髪の感触が、電気のような刺激となって全身を駆け巡る。
その夜、ナマエはたまらず同期の兵士に相談を持ちかけた。
「……兵長の指導が、最近なんだか……その、すごく近くて」
事情を察した同期は、呆れたように、けれど確信を持って即答した。
「それ、好きじゃん。普通に考えて、あの潔癖症の兵長が、興味ない相手にそんな密着するわけないでしょ」
「そんな……そんなわけない。だって、私は一新兵で、成績だって……」
ナマエは全力で否定した。
否定しながら、自分の耳が火を吹くほど赤くなっていることに、彼女自身が一番気づいていた。
翌朝。
集合場所へ向かうナマエの足取りは、いつになくぎこちなかった。
リヴァイの姿が見えるだけで、昨日の背中の熱が蘇り、心臓が不規則なビートを刻み始める。
「……おい。何をもたついている。早く装備を整えろ」
リヴァイはいつも通りの冷徹な無表情で、壁に寄りかかっていた。
しかし、彼もまた、ナマエが近づいてくるたびに、自分の肺が妙に窮屈になる感覚を覚えていた。
挙動不審になるナマエと、それを特に気にしていないふりをするリヴァイ。
冷たい朝の空気の中で、二人だけの空間には、言葉にならない熱い沈黙が満ちていた。
訓練が始まる。
ワイヤーを射出する瞬間、リヴァイの視線がナマエの細い腰を捉え、すぐさま逸らされた。
(……クソ。なぜ俺は……)
リヴァイは自身の胸のざわつきを、空中に吐き出した白い息と共に、無理やり押し込めた。
早朝の練兵場には、乳白色の霧が低く立ち込め、湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。
ナマエは、もはや習慣となった午前五時の集合に遅れることなく、立体機動装置の最終点検を行っていた。カチリ、カチリと金属が噛み合う乾いた音が、静かな森に響く。
「……っ、あ」
不意に、鈍い音がした。
太ももを固定していた革ベルトの金具が、経年劣化による金属疲労に耐えかねたのか、無残にも弾け飛んだのだ。固定を失った重い装置が、ナマエの華奢な腰を強く引く。
「どうした。……チッ、ベルトの破損か。点検が甘いと言ったはずだぞ」
霧の向こうから、リヴァイが音もなく現れた。彼は眉間に深い皺を刻み、呆れたように息を吐くと、驚くナマエを制してその場に片膝をついた。
「へ、兵長! 自分でやります、道具を借りられれば……!」
「じっとしてろ。予備のパーツを噛ませるだけだ。……変な声を出すな、集中できん」
リヴァイの手が、ナマエの太ももに直接触れる。
厚手のズボン越しではあるが、彼の指先の強固な力と、驚くほどの熱量が伝わってきた。リヴァイは真剣な眼差しで、壊れた金具を器用に外していく。
ナマエの視界には、すぐ目の前にあるリヴァイのうなじ——短く切り揃えられた黒髪の清潔感と、そこから覗く白い肌が映っていた。
(近い……。心臓の音が、兵長に聞こえてしまう……)
ドクン、ドクンと、鼓動が暴走する。
彼の低い吐息が膝を掠めるたび、ナマエの思考は真っ白に染まった。怖い人だと思っていた。冷酷で、一切の妥協を許さない、雲の上の英雄。
だが、今ここで彼女の装備を直している男の手は、驚くほど丁寧で、どこまでも誠実だった。
「……よし。立て。調整が狂っていないか確認しろ」
リヴァイが立ち上がり、ナマエを見上げる。その瞳には、いつもの鋭さの中に、ほんの僅かだけ、安堵の光が混じっていた。
その日の訓練、奇跡は起きた。
霧が晴れ、陽光が差し込む森の中。ナマエは頭の中に描いた計算式を、初めて肉体で完全にトレースした。
ワイヤーが理想的な角度で樹皮を捉え、ガスの噴射が体を完璧な放物線へと押し上げる。風を切る音が、今までとは違う澄んだ旋律となって耳を打つ。
着地。
これまでのように激突することなく、ナマエはしなやかに地面へと降り立った。
「……悪くない」
背後から聞こえた声に、ナマエは弾かれたように振り返った。
そこには、腕を組んで佇むリヴァイがいた。彼は相変わらずの無表情だったが、その言葉には、確かに肯定の響きがあった。
「本当ですか! 今の、もう一回見ててください! 次はもっと、旋回半径を小さくできるはずです!」
ナマエの顔が、パァァと明るく華やいだ。喜びが抑えきれず、瞳がキラキラと輝く。
そのあまりに無邪気で真っ直ぐな笑顔を向けられ、リヴァイは一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。
「(調子が狂うな……)……ああ、見ててやる。さっさと行け、時間が惜しい」
リヴァイはわずかに耳を赤くし、乱暴に視線を逸らした。ナマエはその変化に気づかないまま、再びワイヤーを射出し、空へと舞い上がった。
夕暮れ時。
茜色の空が兵舎の石壁を赤く染め、長い影を落としている。
訓練終わりの静かな時間。ナマエは一人、中庭のベンチに座り、使い慣れてきたブレードの手入れをしていた。
油の独特な香りが漂う中、砥石を滑らせる。
カサリ、と隣に気配がした。
見なくてもわかる。その、静かだが圧倒的な存在感。
リヴァイが、特に用もないといった様子で隣に座り、自分も予備のブレードを取り出して手入れを始めたのだ。
二人は無言だった。
並んで座り、ただひたすらに、それぞれの剣を磨く。
シャリ、シャリ、という規則正しい音だけが、二人の間の空間を埋めていく。気まずさはなかった。むしろ、心地よい一体感すら感じられた。
しばらくして、リヴァイが低く、独り言のように呟いた。
「最初の頃より、手が速くなったな」
ナマエが顔を上げると、リヴァイは手元のブレードを見つめたまま、言葉を継いだ。
「気づいてないだろうが、お前は毎日速くなってる。無駄な動きが削ぎ落とされ、ようやく兵士らしい手つきになってきた」
褒めているのか、それとも単なる事実の指摘か。
確かめたくてリヴァイの横顔を覗き込むと、彼は相変わらず淡々と作業を続けている。表情は鉄仮面のように崩れない。
けれど。
ナマエの胸の中で、何かがゆっくりと、音を立てずに落ちる感覚があった。
ああ、と彼女は思う。
この人は、見ていてくれたのだ。
自分がどれだけ転んで、どれだけ泥に塗れて、どれだけ必死に雑巾を絞ってきたか。
怖い顔で、口が悪くて。
それでもちゃんと、自分という一人の人間を、一度も逸らすことなく見ていてくれた。
「……なんだ」
不審そうに眉を寄せたリヴァイが、ようやくこちらを見た。
ナマエは、自分でも制御できないほど、柔らかな笑みを浮かべていた。
「……嬉しかったので。兵長が、見ていてくれたことが」
「……そうか」
リヴァイは短く答え、すぐに視線を剣に戻した。
だが、その耳たぶが、夕焼けのせいだけではない熱を帯びて赤らんでいるのを、ナマエは見逃さなかった。
その横顔を見ながら、ナマエはようやく、自分の胸の奥で燻っていた感情に、たった一つの名前をつけた。
(好きだ)
それは、計算では決して導き出せない、甘くて苦い定理だった。
人類最強の兵士に、どうしようもなく惹かれている自分。
困ったなと彼女は思った。
夕闇が迫る中、ナマエの小さな胸の高鳴りだけが、いつまでも止むことはなかった。
翌日。
深い森の奥、木漏れ日が幾筋もの細い糸となって湿った地表を刺している。
立体機動の訓練は、もはやナマエにとって日課を通り越した儀式となっていた。しかし、今日という日は、これまでの二週間とは決定的に何かが違っていた。
「……軸がぶれている。空中での姿勢制御が甘いから、ワイヤーを引き戻す際の反動に体が振り回されるんだ」
リヴァイの声が、いつもより近くで響いた。
ナマエがバランス調整用のボルトをいじろうとした瞬間、背後に気配が立ち昇る。逃げる間もなく、温かな体温が背中に密着した。リヴァイの手がナマエの細い肩を掴み、そのまま背後から包み込むようにして彼女の腕へと自身の腕を重ねる。
「……っ、兵長!?」
「動くなと言ったはずだ。……感覚で覚えろ。指先の微かな動き一つで、ガスの噴射角は変わる」
耳元で、彼の低い、深い掠れを帯びた声が鼓膜を震わせる。
リヴァイの胸板がナマエの背中にぴったりと隙間なく押し当てられ、彼の規則正しい鼓動が、衣服を突き抜けて直接伝わってきた。
鉄と革、そして彼特有の清廉な石鹸の香りが、濃密な酸素のように肺を満たす。ナマエの思考は、そのあまりの密着感に一瞬で沸点を超えた。
リヴァイの大きな手が、ナマエの手を包み込む。
皮手袋越しに伝わる強固な指の力が、トリガーの引き方を教え込む。シュッ、という鋭いガス噴射音と共に、二人の体は一体となって宙を舞った。
(熱い……。頭の中が、真っ白になる……)
視界が高速で流れる中、ナマエが意識できるのは、自分を支えるリヴァイの腕の逞しさと、首筋に触れる彼の荒い吐息だけだった。
リヴァイは冷静を装っていたが、その実、腕の中に収まったナマエの体のあまりの細さに、無意識のうちに奥歯を噛み締めていた。
少し力を込めれば折れてしまいそうなほど華奢な肩。訓練で出来た痣の数々。
守りたい、という本能に近い欲求が、彼の胸の内で静かに、けれど激しく燻り始めていた。
気づけば、彼の指導は明らかな変化を見せていた。
以前は「そこが違う」と言葉で突き放していたはずが、今は無言で肩を引き寄せ、腰の位置を直し、直接その肌に触れて正すようになっている。
その日の夕刻。
食堂の片隅で、紅茶の淹れ方の復習が行われていた。
「角度はこうだ。手首を寝かせるな」
再び、背後からの包囲だった。
リヴァイはナマエの背後から手を伸ばし、彼女が持つティーカップの持ち手を、自分の手で包むようにして固定した。
彼の顎がナマエの肩に乗るほどの至近距離。
「……聞いてるか」
「……聞いて、ます」
嘘だった。一言も頭に入ってこない。
ナマエの視界にあるのは、自分を包むリヴァイの節くれだった、けれど美しい指先だけ。
耳たぶに触れる彼の髪の感触が、電気のような刺激となって全身を駆け巡る。
その夜、ナマエはたまらず同期の兵士に相談を持ちかけた。
「……兵長の指導が、最近なんだか……その、すごく近くて」
事情を察した同期は、呆れたように、けれど確信を持って即答した。
「それ、好きじゃん。普通に考えて、あの潔癖症の兵長が、興味ない相手にそんな密着するわけないでしょ」
「そんな……そんなわけない。だって、私は一新兵で、成績だって……」
ナマエは全力で否定した。
否定しながら、自分の耳が火を吹くほど赤くなっていることに、彼女自身が一番気づいていた。
翌朝。
集合場所へ向かうナマエの足取りは、いつになくぎこちなかった。
リヴァイの姿が見えるだけで、昨日の背中の熱が蘇り、心臓が不規則なビートを刻み始める。
「……おい。何をもたついている。早く装備を整えろ」
リヴァイはいつも通りの冷徹な無表情で、壁に寄りかかっていた。
しかし、彼もまた、ナマエが近づいてくるたびに、自分の肺が妙に窮屈になる感覚を覚えていた。
挙動不審になるナマエと、それを特に気にしていないふりをするリヴァイ。
冷たい朝の空気の中で、二人だけの空間には、言葉にならない熱い沈黙が満ちていた。
訓練が始まる。
ワイヤーを射出する瞬間、リヴァイの視線がナマエの細い腰を捉え、すぐさま逸らされた。
(……クソ。なぜ俺は……)
リヴァイは自身の胸のざわつきを、空中に吐き出した白い息と共に、無理やり押し込めた。
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