自由な空に、君と愛を。
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血の匂いと石塵の熱が引いていくと、残されたのは耳の奥で鳴り止まない静寂だけだった。
先ほど失われた命の重みが、ナマエが手にしたばかりの予備ブレードの冷たさに宿っている。 エルヴィンは懐に仕舞った紋章を一度だけ上から押さえ、それから深い夜のような眼差しを前方の暗闇へと向けた。
「……巨人の気配はない。ここで一度、態勢を整えよう」
案内されたのは、かつて執務室として使われていたのか、朽ちかけた机と椅子が置かれた小部屋だった。 エルヴィンは窓のない壁に背を預け、ゆっくりと息を吐く。その完璧なまでに整った横顔に落ちる影が、彼が背負う数多の亡霊たちの影のように見えて、ナマエは胸が締め付けられる思いがした。
「……団長、また少し休息をとりませんか。さきほど補充した水が、まだ少し残っています」
「ああ、助かるよ」
差し出した水筒を受け取る際、指先が微かに触れ合った。 手袋越しでも伝わる彼の体温に、ナマエの鼓動が不意に跳ねる。
「……団長の周りには、いつも頼もしい方々がいらっしゃいますね。リヴァイ兵長やハンジさん、ミケさん……」
少しでも彼に休息を、あるいは心の安らぎを、と願ってナマエは言葉を繋いだ。
「そうだな。彼らとは長い付き合いになる。特にあの三人は、多くの修羅場を共にしてきた……。かつてはもっと多くの仲間がいたが、今も生き残っているのは、ほんのわずかだ」
エルヴィンは水筒を返し、どこか遠くを見つめるように碧い瞳を細めた。
「壁外調査は、次で五十七回目を迎える。その度に、言葉では言い尽くせないほどの犠牲が出ている。……ナマエ、これだけは忘れないでいてほしい。失われた命の一つひとつに、生きた証があり、志があった。我々はその屍の上に立っているのだということを。……絶対に、だ」
その声に含まれた峻烈なまでの決意に、ナマエは息を呑んだ。 彼は冷酷な指揮官などではない。誰よりも痛みを感じ、誰よりも犠牲の重さを知っている。ただ、その痛みを表に出すことが許されない立場にいるだけなのだ。
「……はい。決して、忘れません」
しばらくの休息の後、二人は再び地下施設の深部へと足を踏み入れた。 通路の先を目指して歩いていると、突如として足元から「地鳴り」のような振動が伝わってきた。 ズズ、ズズズ……と、古びた石造りの建物全体が苦悶の声を上げるように震える。
「……! 建物が揺れて……崩落ですか!?」
「いや、地盤の緩みか、あるいは階上での巨人の移動によるものだろう。……ナマエ、無事か」
「はい。体が勝手に動いて……。訓練の賜物、でしょうか」
「頼もしいな。だが、あまり無理はするな。……少し歩く速さが遅くなっている。一度立ち止まろう」
エルヴィンはナマエの微かな疲れを見逃さなかった。
「いえ、私は大丈夫です! 先を急がないと……」
「焦りは判断を鈍らせる。君が倒れては、元も子もない」
そう言って促された先は、重厚な鉄格子の扉に守られた「酒類貯蔵室」だった。 埃を被ったワインボトルが棚に整然と並び、饐えた葡萄の香りと、湿った地下の匂いが混ざり合っている。
「こんな状況でなければ、じっくりと拝見したいものだが。……今は、この冷気が心地よいな」
エルヴィンは棚の一つに手を置き、ふっと表情を緩めた。張り詰めていた空気が、わずかに解ける。ナマエはその横顔を盗み見ながら、胸の奥に秘めていた問いを投げかけた。
「……エルヴィン団長。団長には、何か特技とか……あるんですか?」
唐突な問いに、エルヴィンは意外そうに眉を上げた。
「特技か。……そうだな、これといって思いつくものはないんだが。やはり面白みのない男だよ、私は。君の期待に沿えなくてすまない」
「そんな! 面白くないなんてことはありません。……私は、団長のことがもっと知りたいんです。……調査兵団への入団理由も」
暗闇の中で、ナマエの瞳が真っ直ぐに彼を捉えた。 エルヴィンは一瞬、言葉を失ったように彼女を見つめ返し、やがて静かに語り始めた。
「……漠然とした問いだな。君には、話せる範囲で話そう。……私が調査兵団に入った理由か」
彼は棚の影から一歩踏み出し、窓のない空間で、まるで見えない「真実」を探すかのように虚空を仰いだ。
「人類の勝利が果たされた時、私の望みも叶うだろう。……調査兵団は人類の勝利のために存在している。それはもちろん、私個人の望みでもある。……だが、もっと個人的な理由もある。皆と同じようなものだ」
「個人的な、理由……」
「ああ。……先に逝った仲間たちは数えきれないほどいた。彼らの犠牲は決して慣れるものではない。いや、慣れてしまってはいけないとさえ思っている。……痛みを感じなくなってしまえば、それは人間なのだろうか」
エルヴィンの声は、微かに震えていた。それは、彼が「団長」という仮面の下に隠し持っている、一人の人間としての、剥き出しの孤独だった。ナマエはたまらず、彼の側に一歩近づいた。
「……団長。私は、あなたのそういうところを、…尊敬しているのだと思います」
言葉にした瞬間、顔が火照るのを感じた。けれど、言わずにはいられなかった。
「……仲間を思い、人類のために全てを捧げようとするあなたの心が、私には何よりも気高く見えるんです」
エルヴィンはゆっくりと視線を落とし、ナマエを見つめた。 碧い瞳の中に、先ほどまでの氷のような冷静さはなく、灯火のような温かさが宿っている。
「……ナマエ。君は、実に不思議な人だ。仲間と語らうのは悪くないと思っていたが、君と話していると、どうも調子が狂う」
彼は大きな手を伸ばし、ナマエの頭を優しく、包み込むように撫でた。
「他者を安心させるその空気は、なかなか持てるものではない。その証拠に、私も凝り固まった気持ちがほぐれていくのを感じる。……危機的状況である今においては、非常に助かっている。……ありがとう、ナマエ。この先も、よろしく頼む」
「……っ、はい……!」
撫でられた場所が、熱を帯びてジンジンと疼く。 彼の信頼が、言葉が、何よりも重い「生」への執着となってナマエの中に溢れ出した。 暗い地下の貯蔵室。埃とカビの匂いの中で、二人の距離は、誰にも知られず確実に縮まっていく。
地上までは、まだ遠い。 けれど、この男と共に歩むのなら、どんな地獄でも道標が見える気がした。ナマエは手にしたブレードの重みを噛み締め、再びエルヴィンの隣へと並んだ。
先ほど失われた命の重みが、ナマエが手にしたばかりの予備ブレードの冷たさに宿っている。 エルヴィンは懐に仕舞った紋章を一度だけ上から押さえ、それから深い夜のような眼差しを前方の暗闇へと向けた。
「……巨人の気配はない。ここで一度、態勢を整えよう」
案内されたのは、かつて執務室として使われていたのか、朽ちかけた机と椅子が置かれた小部屋だった。 エルヴィンは窓のない壁に背を預け、ゆっくりと息を吐く。その完璧なまでに整った横顔に落ちる影が、彼が背負う数多の亡霊たちの影のように見えて、ナマエは胸が締め付けられる思いがした。
「……団長、また少し休息をとりませんか。さきほど補充した水が、まだ少し残っています」
「ああ、助かるよ」
差し出した水筒を受け取る際、指先が微かに触れ合った。 手袋越しでも伝わる彼の体温に、ナマエの鼓動が不意に跳ねる。
「……団長の周りには、いつも頼もしい方々がいらっしゃいますね。リヴァイ兵長やハンジさん、ミケさん……」
少しでも彼に休息を、あるいは心の安らぎを、と願ってナマエは言葉を繋いだ。
「そうだな。彼らとは長い付き合いになる。特にあの三人は、多くの修羅場を共にしてきた……。かつてはもっと多くの仲間がいたが、今も生き残っているのは、ほんのわずかだ」
エルヴィンは水筒を返し、どこか遠くを見つめるように碧い瞳を細めた。
「壁外調査は、次で五十七回目を迎える。その度に、言葉では言い尽くせないほどの犠牲が出ている。……ナマエ、これだけは忘れないでいてほしい。失われた命の一つひとつに、生きた証があり、志があった。我々はその屍の上に立っているのだということを。……絶対に、だ」
その声に含まれた峻烈なまでの決意に、ナマエは息を呑んだ。 彼は冷酷な指揮官などではない。誰よりも痛みを感じ、誰よりも犠牲の重さを知っている。ただ、その痛みを表に出すことが許されない立場にいるだけなのだ。
「……はい。決して、忘れません」
しばらくの休息の後、二人は再び地下施設の深部へと足を踏み入れた。 通路の先を目指して歩いていると、突如として足元から「地鳴り」のような振動が伝わってきた。 ズズ、ズズズ……と、古びた石造りの建物全体が苦悶の声を上げるように震える。
「……! 建物が揺れて……崩落ですか!?」
「いや、地盤の緩みか、あるいは階上での巨人の移動によるものだろう。……ナマエ、無事か」
「はい。体が勝手に動いて……。訓練の賜物、でしょうか」
「頼もしいな。だが、あまり無理はするな。……少し歩く速さが遅くなっている。一度立ち止まろう」
エルヴィンはナマエの微かな疲れを見逃さなかった。
「いえ、私は大丈夫です! 先を急がないと……」
「焦りは判断を鈍らせる。君が倒れては、元も子もない」
そう言って促された先は、重厚な鉄格子の扉に守られた「酒類貯蔵室」だった。 埃を被ったワインボトルが棚に整然と並び、饐えた葡萄の香りと、湿った地下の匂いが混ざり合っている。
「こんな状況でなければ、じっくりと拝見したいものだが。……今は、この冷気が心地よいな」
エルヴィンは棚の一つに手を置き、ふっと表情を緩めた。張り詰めていた空気が、わずかに解ける。ナマエはその横顔を盗み見ながら、胸の奥に秘めていた問いを投げかけた。
「……エルヴィン団長。団長には、何か特技とか……あるんですか?」
唐突な問いに、エルヴィンは意外そうに眉を上げた。
「特技か。……そうだな、これといって思いつくものはないんだが。やはり面白みのない男だよ、私は。君の期待に沿えなくてすまない」
「そんな! 面白くないなんてことはありません。……私は、団長のことがもっと知りたいんです。……調査兵団への入団理由も」
暗闇の中で、ナマエの瞳が真っ直ぐに彼を捉えた。 エルヴィンは一瞬、言葉を失ったように彼女を見つめ返し、やがて静かに語り始めた。
「……漠然とした問いだな。君には、話せる範囲で話そう。……私が調査兵団に入った理由か」
彼は棚の影から一歩踏み出し、窓のない空間で、まるで見えない「真実」を探すかのように虚空を仰いだ。
「人類の勝利が果たされた時、私の望みも叶うだろう。……調査兵団は人類の勝利のために存在している。それはもちろん、私個人の望みでもある。……だが、もっと個人的な理由もある。皆と同じようなものだ」
「個人的な、理由……」
「ああ。……先に逝った仲間たちは数えきれないほどいた。彼らの犠牲は決して慣れるものではない。いや、慣れてしまってはいけないとさえ思っている。……痛みを感じなくなってしまえば、それは人間なのだろうか」
エルヴィンの声は、微かに震えていた。それは、彼が「団長」という仮面の下に隠し持っている、一人の人間としての、剥き出しの孤独だった。ナマエはたまらず、彼の側に一歩近づいた。
「……団長。私は、あなたのそういうところを、…尊敬しているのだと思います」
言葉にした瞬間、顔が火照るのを感じた。けれど、言わずにはいられなかった。
「……仲間を思い、人類のために全てを捧げようとするあなたの心が、私には何よりも気高く見えるんです」
エルヴィンはゆっくりと視線を落とし、ナマエを見つめた。 碧い瞳の中に、先ほどまでの氷のような冷静さはなく、灯火のような温かさが宿っている。
「……ナマエ。君は、実に不思議な人だ。仲間と語らうのは悪くないと思っていたが、君と話していると、どうも調子が狂う」
彼は大きな手を伸ばし、ナマエの頭を優しく、包み込むように撫でた。
「他者を安心させるその空気は、なかなか持てるものではない。その証拠に、私も凝り固まった気持ちがほぐれていくのを感じる。……危機的状況である今においては、非常に助かっている。……ありがとう、ナマエ。この先も、よろしく頼む」
「……っ、はい……!」
撫でられた場所が、熱を帯びてジンジンと疼く。 彼の信頼が、言葉が、何よりも重い「生」への執着となってナマエの中に溢れ出した。 暗い地下の貯蔵室。埃とカビの匂いの中で、二人の距離は、誰にも知られず確実に縮まっていく。
地上までは、まだ遠い。 けれど、この男と共に歩むのなら、どんな地獄でも道標が見える気がした。ナマエは手にしたブレードの重みを噛み締め、再びエルヴィンの隣へと並んだ。
