自由な空に、君と愛を。
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地下二階へと続く石段を上りきると、空気の重みがわずかに変わった。
地下三階を支配していた、地の底に引き摺り込まれるような圧迫感は、崩落箇所から漏れ出る外気によって幾分か和らいでいる。 しかし、それは同時に、この場所が「外」という地獄と地続きであることを意味していた。
「……地下三階よりも視界が開けているな。地上に近い分、崩落した箇所が多いのだろう。我々と同様に、地上から迷い込んだ巨人と遭遇する危険も増える。ナマエ、気配を察したらすぐに教えてくれ」
「わかりました。団長の指示に従います」
エルヴィンの言葉に、ナマエは深く頷いた。 周囲を見渡すと、高い天井の一部が剥落し、そこから差し込む薄明かりが瓦礫の山を不気味に照らし出している。 二人は慎重に、音を立てないよう通路を進んだ。幸いなことに、しばらくの間は巨人の咆哮も、地を揺らす足音も聞こえてはこなかった。
「……団長、少し休息をとりませんか。巨人の気配がない今のうちに」
扉の壊れた小部屋を見つけ、ナマエが提案した。 エルヴィンは周囲を一度鋭い目で見回した後、短く「そうだな」と応じて、古びた長椅子に身を預けた。 冷え切った空気の中で、二人の白い吐息が混じり合う。 沈黙が流れる中、ナマエはふと、隣に座るこの男のことがもっと知りたくなった。
「あの……エルヴィン団長。団長はいつもお忙しそうですが、休暇などは取れているんですか?」
「休暇か。……あまり記憶にないな。壁外調査の立案や兵団の運営、王政との折衝。やるべきことは常に山積みだ」
「リヴァイ兵長やハンジ分隊長とは、やはり長いお付き合いなんですか?」
ナマエの問いに、エルヴィンは少しだけ視線を和らげた。
「リヴァイとは……一筋縄ではいかない出会いだったが、今では彼なしの調査兵団は考えられない。ハンジの巨人に対する情熱には、時折私も肝を冷やすことがあるが、彼女の探究心こそが人類の武器だ。……私の話ばかり聞いていて、君は楽しいか?」
「楽しい、と言ったら不謹慎かもしれませんが……。こういう極限の状況だからこそ、団長のお話をじっくり聞けるのは、私にとってとても貴重な機会なんです」
エルヴィンは碧い瞳をナマエに向け、どこか自嘲気味に微笑んだ。
「……自分で言うのもなんだが、私と二人きりというのは、新兵にとって息苦しいだろうと思っていた」
「そんなことはありません! 私はただの一新兵ですが、こうしてエルヴィン団長と行動できるなんて、滅多にない幸運だと思っています。時間が許すなら、もっとたくさんお話を聞きたいくらいです」
「そうか。……なるほどな。君は、この時間を窮屈だとは思っていないのか」
エルヴィンは意外そうに目を細めた。
「私も、新兵の頃は団長と話すときに、ひどく緊張したものだ。……共に戦う仲間として、これからもよろしくな、ナマエ」
「はい! ありがとうございます!」
穏やかな時間は、唐突に響いた「金属音」によって打ち破られた。 ――ガキンッ、という、刃と刃がぶつかり合う鈍い音。
「近いようだな。行くぞ」
エルヴィンの顔から慈愛が消え、一瞬で「団長」のそれへと変わった。
二人は音のした方向へ、音を殺して駆け出した。 開け放たれた大部屋の入り口に辿り着いた瞬間、ナマエは息を呑んだ。
そこには、無残にも食い荒らされ、物言わぬ肉塊となった兵士の姿と、壁際に追い詰められ、血に塗れて立ち尽くす一人の兵士がいた。 その目前では、二体の巨人が、逃げ場のない獲物を楽しむかのようにゆっくりと距離を詰めている。
「エルヴィン団長、助けましょう! ご指示を!」
「ナマエ! 床のあの大きな亀裂が見えるか。あそこまで巨人を誘導し、階下へ落とす。私が巨人の注意を引く、君は逆側から煽れ。やれるな?」
「……! わかりました、やります!」
ナマエは壁を蹴り、瓦礫の間を縫うようにして巨人の視界に飛び込んだ。
「こっちだ、化け物……! 私を見ろ!」
巨人の濁った眼球が、不気味に回転してナマエを捉える。二体とも彼女の挑発に乗り、巨躯を揺らして歩き出した。
「よし、そのまま亀裂まで引きつけるんだ! ……今だ、跳べ!」
エルヴィンの鋭い声と共に、ナマエは亀裂の縁を飛び越えた。 直後、巨人の重みに耐えきれなくなった床が、悲鳴を上げて崩落する。 轟音と共に、二体の巨人は地下三階の暗闇へと姿を消した。
「やった……成功です!」
「ああ、見事な機動だった。……それより、生存者は」
二人は急いで壁際の兵士のもとへ駆け寄った。 だが、その光景は「無事」とは程遠いものだった。 腹部を大きく裂かれ、溢れ出る鮮血が石床を赤黒く染めている。兵士は力なく、焦点の定まらない瞳で空を仰いでいた。
「う、うぅ……エルヴィン……団長……」
「私だ。……何か、伝えることはないか」
エルヴィンは膝を突き、震える兵士の手をしっかりと握りしめた。その表情は鉄のように硬く、けれど瞳には深い哀悼が宿っている。
「……つ、妻に……娘を、頼むと……すまない、と……」
「わかった。必ず伝えよう。君の献身を、人類は決して忘れない」
「あ……ありが……」
兵士の身体から力が抜け、僅かに開いたままの瞳が光を失った。ナマエは拳を握りしめ、込み上げる熱いものを必死に堪えた。 目の前で、一つの命が消えた。救えなかった。その悔しさが胸を掻きむしる。 エルヴィンは静かに、亡くなった兵士の瞼を閉じさせた。そして、その胸元から自由の翼が刻まれた紋章を引き剥がし、自らの懐へと深く仕舞い込んだ。
「ナマエ……」
「……はい」
「彼のブレードはまだ使える。二対ある。君も補充しておけ」
「……! わかりました」
亡くなった仲間の遺品を手に取ることに、ナマエは一瞬の躊躇を覚えた。 けれど、今ここで自分が生き残ることが、彼の死を無駄にしない唯一の道だと自分に言い聞かせた。 重厚な金属の重みが、手のひらを通して伝わってくる。
「終わったか。では、先へ進もう」
エルヴィンは振り返ることなく歩き出した。 その広い背中には、これまで失ってきた数えきれないほどの仲間たちの命が、目に見えない重圧となって積もっている。
(これを……エルヴィン団長は、いつも一人で背負って……)
一人で戦っているのではない。けれど、決断の重みだけは、彼一人が引き受けているのだ。ナマエは手にしたブレードの柄を強く握り直し、彼の影を追った。 救いたい。この背負いすぎた男を、いつか必ず。 その想いが、冷え切った地下室で、唯一の熱となって彼女を突き動かしていた。
地下三階を支配していた、地の底に引き摺り込まれるような圧迫感は、崩落箇所から漏れ出る外気によって幾分か和らいでいる。 しかし、それは同時に、この場所が「外」という地獄と地続きであることを意味していた。
「……地下三階よりも視界が開けているな。地上に近い分、崩落した箇所が多いのだろう。我々と同様に、地上から迷い込んだ巨人と遭遇する危険も増える。ナマエ、気配を察したらすぐに教えてくれ」
「わかりました。団長の指示に従います」
エルヴィンの言葉に、ナマエは深く頷いた。 周囲を見渡すと、高い天井の一部が剥落し、そこから差し込む薄明かりが瓦礫の山を不気味に照らし出している。 二人は慎重に、音を立てないよう通路を進んだ。幸いなことに、しばらくの間は巨人の咆哮も、地を揺らす足音も聞こえてはこなかった。
「……団長、少し休息をとりませんか。巨人の気配がない今のうちに」
扉の壊れた小部屋を見つけ、ナマエが提案した。 エルヴィンは周囲を一度鋭い目で見回した後、短く「そうだな」と応じて、古びた長椅子に身を預けた。 冷え切った空気の中で、二人の白い吐息が混じり合う。 沈黙が流れる中、ナマエはふと、隣に座るこの男のことがもっと知りたくなった。
「あの……エルヴィン団長。団長はいつもお忙しそうですが、休暇などは取れているんですか?」
「休暇か。……あまり記憶にないな。壁外調査の立案や兵団の運営、王政との折衝。やるべきことは常に山積みだ」
「リヴァイ兵長やハンジ分隊長とは、やはり長いお付き合いなんですか?」
ナマエの問いに、エルヴィンは少しだけ視線を和らげた。
「リヴァイとは……一筋縄ではいかない出会いだったが、今では彼なしの調査兵団は考えられない。ハンジの巨人に対する情熱には、時折私も肝を冷やすことがあるが、彼女の探究心こそが人類の武器だ。……私の話ばかり聞いていて、君は楽しいか?」
「楽しい、と言ったら不謹慎かもしれませんが……。こういう極限の状況だからこそ、団長のお話をじっくり聞けるのは、私にとってとても貴重な機会なんです」
エルヴィンは碧い瞳をナマエに向け、どこか自嘲気味に微笑んだ。
「……自分で言うのもなんだが、私と二人きりというのは、新兵にとって息苦しいだろうと思っていた」
「そんなことはありません! 私はただの一新兵ですが、こうしてエルヴィン団長と行動できるなんて、滅多にない幸運だと思っています。時間が許すなら、もっとたくさんお話を聞きたいくらいです」
「そうか。……なるほどな。君は、この時間を窮屈だとは思っていないのか」
エルヴィンは意外そうに目を細めた。
「私も、新兵の頃は団長と話すときに、ひどく緊張したものだ。……共に戦う仲間として、これからもよろしくな、ナマエ」
「はい! ありがとうございます!」
穏やかな時間は、唐突に響いた「金属音」によって打ち破られた。 ――ガキンッ、という、刃と刃がぶつかり合う鈍い音。
「近いようだな。行くぞ」
エルヴィンの顔から慈愛が消え、一瞬で「団長」のそれへと変わった。
二人は音のした方向へ、音を殺して駆け出した。 開け放たれた大部屋の入り口に辿り着いた瞬間、ナマエは息を呑んだ。
そこには、無残にも食い荒らされ、物言わぬ肉塊となった兵士の姿と、壁際に追い詰められ、血に塗れて立ち尽くす一人の兵士がいた。 その目前では、二体の巨人が、逃げ場のない獲物を楽しむかのようにゆっくりと距離を詰めている。
「エルヴィン団長、助けましょう! ご指示を!」
「ナマエ! 床のあの大きな亀裂が見えるか。あそこまで巨人を誘導し、階下へ落とす。私が巨人の注意を引く、君は逆側から煽れ。やれるな?」
「……! わかりました、やります!」
ナマエは壁を蹴り、瓦礫の間を縫うようにして巨人の視界に飛び込んだ。
「こっちだ、化け物……! 私を見ろ!」
巨人の濁った眼球が、不気味に回転してナマエを捉える。二体とも彼女の挑発に乗り、巨躯を揺らして歩き出した。
「よし、そのまま亀裂まで引きつけるんだ! ……今だ、跳べ!」
エルヴィンの鋭い声と共に、ナマエは亀裂の縁を飛び越えた。 直後、巨人の重みに耐えきれなくなった床が、悲鳴を上げて崩落する。 轟音と共に、二体の巨人は地下三階の暗闇へと姿を消した。
「やった……成功です!」
「ああ、見事な機動だった。……それより、生存者は」
二人は急いで壁際の兵士のもとへ駆け寄った。 だが、その光景は「無事」とは程遠いものだった。 腹部を大きく裂かれ、溢れ出る鮮血が石床を赤黒く染めている。兵士は力なく、焦点の定まらない瞳で空を仰いでいた。
「う、うぅ……エルヴィン……団長……」
「私だ。……何か、伝えることはないか」
エルヴィンは膝を突き、震える兵士の手をしっかりと握りしめた。その表情は鉄のように硬く、けれど瞳には深い哀悼が宿っている。
「……つ、妻に……娘を、頼むと……すまない、と……」
「わかった。必ず伝えよう。君の献身を、人類は決して忘れない」
「あ……ありが……」
兵士の身体から力が抜け、僅かに開いたままの瞳が光を失った。ナマエは拳を握りしめ、込み上げる熱いものを必死に堪えた。 目の前で、一つの命が消えた。救えなかった。その悔しさが胸を掻きむしる。 エルヴィンは静かに、亡くなった兵士の瞼を閉じさせた。そして、その胸元から自由の翼が刻まれた紋章を引き剥がし、自らの懐へと深く仕舞い込んだ。
「ナマエ……」
「……はい」
「彼のブレードはまだ使える。二対ある。君も補充しておけ」
「……! わかりました」
亡くなった仲間の遺品を手に取ることに、ナマエは一瞬の躊躇を覚えた。 けれど、今ここで自分が生き残ることが、彼の死を無駄にしない唯一の道だと自分に言い聞かせた。 重厚な金属の重みが、手のひらを通して伝わってくる。
「終わったか。では、先へ進もう」
エルヴィンは振り返ることなく歩き出した。 その広い背中には、これまで失ってきた数えきれないほどの仲間たちの命が、目に見えない重圧となって積もっている。
(これを……エルヴィン団長は、いつも一人で背負って……)
一人で戦っているのではない。けれど、決断の重みだけは、彼一人が引き受けているのだ。ナマエは手にしたブレードの柄を強く握り直し、彼の影を追った。 救いたい。この背負いすぎた男を、いつか必ず。 その想いが、冷え切った地下室で、唯一の熱となって彼女を突き動かしていた。
