自由な空に、君と愛を。
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
扉を閉ざした後の静寂は、地上よりもずっと重く、冷たかった。
湿り気を帯びた空気の粒子が肌にまとわりつき、肺の奥を冷やす。扉の向こうで巨人が打ち鳴らす鈍い衝撃音が、厚い木材を通して腹の底まで響いてくる。
「……しばらくは、ここを動かない方が賢明だな」
闇の中で、エルヴィンの声だけが確かな質感を持ってそこにあった。ナマエは荒い呼吸を整えながら、暗がりに目を凝らす。どこか遠く、通路の先にある亀裂から微かな光が差し込んでいたが、それはかえって周囲の闇を深く、濃く際立たせていた。
「おそらく、他にも崩落箇所があるのだろう。そこから漏れる光が、この通路を照らしているようだ」
「他にも崩落……? では、ここもいつ崩れてもおかしくないということでしょうか」
「そういうことだ。足元と天井、双方に注意して進むしかない。我々はここに取り残され、救援も望めない状況だ。自力で地上への脱出路を探す他はない」
エルヴィンは静かに歩き出した。重厚なブーツが石床を叩く音が、規則正しく通路に反響する。
「地上への道……。まずは上へと続く階段を探さなければなりませんね」
「ああ。だが、さきほどのように崩落箇所から巨人が入り込んでいる可能性がある。警戒を怠るな、ナマエ」
「はい、分かりました」
ナマエは、腰の空っぽな鞘を無意識に握りしめた。武器もない、立体機動装置も死んでいる。そんな自分を、人類の希望であるこの男が守りながら進んでいる。その事実が、誇らしさよりも先に、鋭い棘となって胸を刺した。
夢で見た彼は、右腕を失いながらも戦っていた。彼の悲劇を止めるためにここへ来たはずなのに、今の自分は彼の足枷でしかないのではないか。
奥へと伸びる通路の左右には、いくつか扉が見える。エルヴィンは慎重に一つひとつの扉を調べながら、周囲の音に耳を澄ませていた。 不意に、ナマエの視界の端で何かが動いた気がした。
「――っ!?」
「どうした?」
「……すみません。向こうで何か動いたような気がしたのですが……気のせいだったみたいです。無駄な時間をかけて、申し訳ありません」
動悸を抑え、ナマエは頭を下げた。極限状態の緊張が、視神経に悪戯を仕掛けているのかもしれない。けれど、エルヴィンは責めるような色も見せず、むしろ穏やかに彼女を見つめた。
「いや、この状況下だ。細心の注意を払いながら進んだほうがいい。君のその感覚に救われることもあるだろう。その調子で頼むぞ、ナマエ」
「……はい!」
彼の信頼に応えたい。その一心で歩みを進めるが、やはり不安は消えない。曲がり角を一つ抜けるたび、ナマエは意を決して、彼の背中に声をかけた。
「あの、エルヴィン団長」
「どうかしたのか」
「……次に巨人と遭遇した時、もし私が足手まといになったら、置いていってください」
エルヴィンの足が止まった。彼はゆっくりと振り返り、冷徹なまでに澄んだ瞳でナマエを見つめた。
「私が、君を置いていくと言ったか?」
「いえ……ですが、私が足手まといになって二人とも危なくなるくらいなら、一人でも逃げるべきです。ましてや、エルヴィン団長の代わりはいません。もしものことがあったら、それは人類にとっての致命的な損害になります……!」
ナマエの声は微かに震えていた。本気だった。彼が生き残る未来のためなら、自分という駒がここで消えることなど、安い代償だと信じていたから。 だが、エルヴィンは吐息を一つ吐き出すと、わずかに眉を寄せた。
「……私の代わりなど、いくらでもいる。だが、今ここで私の目の前にいる兵士は君一人だ。余計なことは考えず、生き残ることだけを考えてほしい。君にしかできないことが、必ずあるはずだ」
その言葉は、命令というよりも、祈りに似た響きを持っていた。
「はい……わかりました」
二人は、通路の先にある「書斎」と思われる部屋へ辿り着いた。 そこは、かつての城主が愛用していたのだろうか。壁一面を埋め尽くす書架には、埃を被った膨大な数の書籍が並んでいた。
「ここなら少しは休めそうだな。むろん、近くに巨人がいなければだが」
「足音もしませんし……おそらく、大丈夫だと思います」
エルヴィンは古びた椅子の一つに腰を下ろし、ナマエにも休息を促した。
「君は、今の状況をどう思う?」
ふとした問いかけだった。団長としての顔ではなく、一人の男としての、静かな問い。
「……私は、単なる一兵士ですが、団長を信じることはできます。正直に言えば、暗闇も巨人も怖いです。でも、隣に団長がいてくれるから、戦える気がします」
「そうか……。私は、良い部下を持ったようだな。感謝する」
エルヴィンが微かに口角を上げた、その瞬間だった。ナマエの背筋に、氷を押し当てられたような戦慄が走った。 ガタッ、と、奥の壁際にある書架が不自然に揺れる。
(この音……まさか!)
「団長、離れて――!」
叫びと同時に、壁を突き破るようにして巨人の腕が伸びてきた。 さきほど瓦礫の下にいた、あの三メートル級だ。執念深く、地下の構造を伝って追いかけてきたらしい。
「こいつ、まだ生きて……っ!」
ナマエは反射的に逃げようと足を踏み出したが、床に散乱していた古書に足を取られた。
「あ……っ!」
無様に地面に膝を突く。巨人の大きな手が、彼女の細い肩に迫る。死の影が網膜を覆い、ナマエは思わず目を閉じた。
――ビシュッ!!
空気を切り裂く鋭い音が響き、直後、生暖かい液体がナマエの頬を濡らした。 恐る恐る目を開けると、そこには、巨人のうなじを深々と削ぎ落とし、返り血を浴びて立つエルヴィンの姿があった。 巨人の死骸から蒸気が上がり、凄惨な臭いが部屋に充満する。
「ナマエ、怪我はないか?」
エルヴィンの声に、弾かれたように顔を上げる。彼は息を切らすこともなく、ただ静かに手を差し伸べていた。
「あ、ええと……怪我はありません。大丈夫です。……助けていただき、ありがとうございます」
情けなさに涙が出そうになる。守ると決めたのに、また守られてしまった。
「それはよかった。遅くなってすまない。……こいつは瓦礫の下敷きになっていた個体だろう。しぶとい奴だ」
エルヴィンは彼女を立たせると、部屋の奥にある不自然な壁の装飾に目を向けた。
「この巨人が壊した壁の奥に、仕掛けがあるようだ。……見てみろ、このレバーを」
二人は協力して書架の裏に隠されていた重厚なレバーを引き絞った。 ゴゴゴ、という石の擦れる重低音と共に、壁の一部が反転し、隠し扉が開く。
「これで、先へ進めますね」
「ああ。だが、ここからが本当の正念場だ」
エルヴィンは自分の腰に目を落とした。そこにある立体機動装置のワイヤー射出口は、先ほどの激しい機動で完全に歪み、固定されていたブレードの柄も、刃が根元から折れている。
「先に言っておくが、私の立体機動装置もこれで限界だ。ガスも使い切り、予備のブレードも今の戦いで最後の一本を使い果たした」
「え……そんな、それじゃあ、この先どうしたら……」
絶望的な報告に、ナマエは絶句した。武装を失った調査兵は、ただの餌に等しい。 だが、エルヴィンの碧い瞳には、微塵の曇りもなかった。
「当初の目的に変更はない。この城の調査を続行し、城の屋上を目指す。日が落ちるまでに塔に上がることができれば、まだ望みはある。」
彼のその揺るぎない確信に、ナマエの胸の奥で再び灯が点った。
「はい! 精一杯、頑張ります!」
暗い書斎の奥に続く隠し通路。 残された時間は、日没まで。 武器を失った二人は、互いの存在だけを頼りに、更なる深淵へと足を踏み入れた。
暗闇に溶ける二人の影。 ナマエは自分の胸に手を当て、微かな鼓動を確かめる。 彼の隣にいられる、この一分一秒を、命に刻みつけるように。
湿り気を帯びた空気の粒子が肌にまとわりつき、肺の奥を冷やす。扉の向こうで巨人が打ち鳴らす鈍い衝撃音が、厚い木材を通して腹の底まで響いてくる。
「……しばらくは、ここを動かない方が賢明だな」
闇の中で、エルヴィンの声だけが確かな質感を持ってそこにあった。ナマエは荒い呼吸を整えながら、暗がりに目を凝らす。どこか遠く、通路の先にある亀裂から微かな光が差し込んでいたが、それはかえって周囲の闇を深く、濃く際立たせていた。
「おそらく、他にも崩落箇所があるのだろう。そこから漏れる光が、この通路を照らしているようだ」
「他にも崩落……? では、ここもいつ崩れてもおかしくないということでしょうか」
「そういうことだ。足元と天井、双方に注意して進むしかない。我々はここに取り残され、救援も望めない状況だ。自力で地上への脱出路を探す他はない」
エルヴィンは静かに歩き出した。重厚なブーツが石床を叩く音が、規則正しく通路に反響する。
「地上への道……。まずは上へと続く階段を探さなければなりませんね」
「ああ。だが、さきほどのように崩落箇所から巨人が入り込んでいる可能性がある。警戒を怠るな、ナマエ」
「はい、分かりました」
ナマエは、腰の空っぽな鞘を無意識に握りしめた。武器もない、立体機動装置も死んでいる。そんな自分を、人類の希望であるこの男が守りながら進んでいる。その事実が、誇らしさよりも先に、鋭い棘となって胸を刺した。
夢で見た彼は、右腕を失いながらも戦っていた。彼の悲劇を止めるためにここへ来たはずなのに、今の自分は彼の足枷でしかないのではないか。
奥へと伸びる通路の左右には、いくつか扉が見える。エルヴィンは慎重に一つひとつの扉を調べながら、周囲の音に耳を澄ませていた。 不意に、ナマエの視界の端で何かが動いた気がした。
「――っ!?」
「どうした?」
「……すみません。向こうで何か動いたような気がしたのですが……気のせいだったみたいです。無駄な時間をかけて、申し訳ありません」
動悸を抑え、ナマエは頭を下げた。極限状態の緊張が、視神経に悪戯を仕掛けているのかもしれない。けれど、エルヴィンは責めるような色も見せず、むしろ穏やかに彼女を見つめた。
「いや、この状況下だ。細心の注意を払いながら進んだほうがいい。君のその感覚に救われることもあるだろう。その調子で頼むぞ、ナマエ」
「……はい!」
彼の信頼に応えたい。その一心で歩みを進めるが、やはり不安は消えない。曲がり角を一つ抜けるたび、ナマエは意を決して、彼の背中に声をかけた。
「あの、エルヴィン団長」
「どうかしたのか」
「……次に巨人と遭遇した時、もし私が足手まといになったら、置いていってください」
エルヴィンの足が止まった。彼はゆっくりと振り返り、冷徹なまでに澄んだ瞳でナマエを見つめた。
「私が、君を置いていくと言ったか?」
「いえ……ですが、私が足手まといになって二人とも危なくなるくらいなら、一人でも逃げるべきです。ましてや、エルヴィン団長の代わりはいません。もしものことがあったら、それは人類にとっての致命的な損害になります……!」
ナマエの声は微かに震えていた。本気だった。彼が生き残る未来のためなら、自分という駒がここで消えることなど、安い代償だと信じていたから。 だが、エルヴィンは吐息を一つ吐き出すと、わずかに眉を寄せた。
「……私の代わりなど、いくらでもいる。だが、今ここで私の目の前にいる兵士は君一人だ。余計なことは考えず、生き残ることだけを考えてほしい。君にしかできないことが、必ずあるはずだ」
その言葉は、命令というよりも、祈りに似た響きを持っていた。
「はい……わかりました」
二人は、通路の先にある「書斎」と思われる部屋へ辿り着いた。 そこは、かつての城主が愛用していたのだろうか。壁一面を埋め尽くす書架には、埃を被った膨大な数の書籍が並んでいた。
「ここなら少しは休めそうだな。むろん、近くに巨人がいなければだが」
「足音もしませんし……おそらく、大丈夫だと思います」
エルヴィンは古びた椅子の一つに腰を下ろし、ナマエにも休息を促した。
「君は、今の状況をどう思う?」
ふとした問いかけだった。団長としての顔ではなく、一人の男としての、静かな問い。
「……私は、単なる一兵士ですが、団長を信じることはできます。正直に言えば、暗闇も巨人も怖いです。でも、隣に団長がいてくれるから、戦える気がします」
「そうか……。私は、良い部下を持ったようだな。感謝する」
エルヴィンが微かに口角を上げた、その瞬間だった。ナマエの背筋に、氷を押し当てられたような戦慄が走った。 ガタッ、と、奥の壁際にある書架が不自然に揺れる。
(この音……まさか!)
「団長、離れて――!」
叫びと同時に、壁を突き破るようにして巨人の腕が伸びてきた。 さきほど瓦礫の下にいた、あの三メートル級だ。執念深く、地下の構造を伝って追いかけてきたらしい。
「こいつ、まだ生きて……っ!」
ナマエは反射的に逃げようと足を踏み出したが、床に散乱していた古書に足を取られた。
「あ……っ!」
無様に地面に膝を突く。巨人の大きな手が、彼女の細い肩に迫る。死の影が網膜を覆い、ナマエは思わず目を閉じた。
――ビシュッ!!
空気を切り裂く鋭い音が響き、直後、生暖かい液体がナマエの頬を濡らした。 恐る恐る目を開けると、そこには、巨人のうなじを深々と削ぎ落とし、返り血を浴びて立つエルヴィンの姿があった。 巨人の死骸から蒸気が上がり、凄惨な臭いが部屋に充満する。
「ナマエ、怪我はないか?」
エルヴィンの声に、弾かれたように顔を上げる。彼は息を切らすこともなく、ただ静かに手を差し伸べていた。
「あ、ええと……怪我はありません。大丈夫です。……助けていただき、ありがとうございます」
情けなさに涙が出そうになる。守ると決めたのに、また守られてしまった。
「それはよかった。遅くなってすまない。……こいつは瓦礫の下敷きになっていた個体だろう。しぶとい奴だ」
エルヴィンは彼女を立たせると、部屋の奥にある不自然な壁の装飾に目を向けた。
「この巨人が壊した壁の奥に、仕掛けがあるようだ。……見てみろ、このレバーを」
二人は協力して書架の裏に隠されていた重厚なレバーを引き絞った。 ゴゴゴ、という石の擦れる重低音と共に、壁の一部が反転し、隠し扉が開く。
「これで、先へ進めますね」
「ああ。だが、ここからが本当の正念場だ」
エルヴィンは自分の腰に目を落とした。そこにある立体機動装置のワイヤー射出口は、先ほどの激しい機動で完全に歪み、固定されていたブレードの柄も、刃が根元から折れている。
「先に言っておくが、私の立体機動装置もこれで限界だ。ガスも使い切り、予備のブレードも今の戦いで最後の一本を使い果たした」
「え……そんな、それじゃあ、この先どうしたら……」
絶望的な報告に、ナマエは絶句した。武装を失った調査兵は、ただの餌に等しい。 だが、エルヴィンの碧い瞳には、微塵の曇りもなかった。
「当初の目的に変更はない。この城の調査を続行し、城の屋上を目指す。日が落ちるまでに塔に上がることができれば、まだ望みはある。」
彼のその揺るぎない確信に、ナマエの胸の奥で再び灯が点った。
「はい! 精一杯、頑張ります!」
暗い書斎の奥に続く隠し通路。 残された時間は、日没まで。 武器を失った二人は、互いの存在だけを頼りに、更なる深淵へと足を踏み入れた。
暗闇に溶ける二人の影。 ナマエは自分の胸に手を当て、微かな鼓動を確かめる。 彼の隣にいられる、この一分一秒を、命に刻みつけるように。
