自由な空に、君と愛を。
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重厚な扉が開く際、蝶番が小さく軋んだ。
その音さえも、今のナマエには大聖堂の鐘の音のように厳かに響いた。 室内に漂うのは、古い紙の匂いと、微かに混じる紅茶の香り、そして何よりも「彼」が纏う、凛とした空気そのものだった。 机に置かれたランプの炎が、壁に長い影を落としている。その先に座る男がゆっくりと顔を上げた。
「……君が、訓練兵団を同率主席で卒業したというナマエか。ミケやハンジ、それにリヴァイからも話は聞いている」
エルヴィン・スミスの碧眼が、まっすぐにナマエを射抜く。夢で見た、そして街で見かけた時よりも、至近距離で見るその瞳は驚くほど深く、澄んでいた。 ナマエは心臓の鼓動を悟られないよう、深く息を吐いてから敬礼を捧げた。
「はい。調査兵団第百四期生、ナマエです。人類の勝利のため、この命を捧げる覚悟です」
「……いい目だ。言葉に偽りはないようだな」
エルヴィンは立ち上がり、彼女の前まで歩み寄った。見上げるほどの巨躯が放つ威圧感は、不思議と不快ではない。むしろ、温かな包容力すら感じさせた。
「君の並外れた身体能力、そして巨人と対峙した際の見事な判断力。今の調査兵団には君のような人材が必要だ。期待しているよ、ナマエ」
「……はい!」
その時、彼の胸元で揺れたのは、あの日ナマエがアンティークショップで手にしたものと同じ、深い緑色の石が嵌められたループタイだった。
(やっぱり、この人なんだ。私が救わなければならない人は……)
その確信が、ナマエの胸を熱く焦がした。
エルヴィンの判断により、ナマエは分隊長ミケ・ザカリアスの班に配属されることとなった。
「よろしく頼む、ナマエ。お前はいい匂いがする。勇猛な戦士の匂いだ」
ミケはナマエの隣で鼻をクンと鳴らし、独特の歓迎を示した。
「ミケ、変な癖で新兵を怖がらせるんじゃないよ。ごめんね、ナマエ! 彼の親愛の情だと思って受け流して」
ハンジが笑いながら割って入る。リヴァイは相変わらず不機嫌そうに紅茶を啜っていたが、その視線は鋭くナマエを観察していた。
「……フン。精々死に急ぐなよ。お前のような使い勝手のいい駒を失うのは、調査兵団の損失だ」
「肝に銘じます、兵長」
精鋭たちに囲まれた日常は、常に緊張感と隣り合わせだった。けれど、団長室の掃除や、廊下ですれ違う際の一瞬の会話が、ナマエにとってはかけがえのない宝物となっていった。
それから数ヶ月後。
来たる「第五十七回壁外調査」に向けた準備が加速する中、小規模な壁外調査活動が実施されることになった。
目的は、壁外に存在する「古城」近辺の捜索。
「この地域は霧が発生しやすい。かつて君が保護される前に住んでいた土地の近くだろう? 地形に詳しい君に先導を任せたい」
エルヴィンの言葉に、ナマエは頷いた。記憶喪失という建前ではあるが、グリシャに保護されるまで彷徨っていたこの地域には、不思議と馴染みがあった。 作戦当日、十数名の精鋭部隊を率い、ナマエは馬を走らせた。
「霧が深くなってきました……。皆さん、逸れないように注意してください」
ナマエの声が白く濁った空気の中に消えていく。湿った土の匂いと、冷たい霧が肌にまとわりつく。 視界は数メートル先も見えないほどに悪化していた。 その時だった。
「……! 巨人の気配です!」
ナマエが叫ぶのと同時に、霧の中から巨大な影が浮かび上がった。
「総員、散開! 立体機動に移れ!」
エルヴィンの鋭い号令が飛ぶ。 巨人の咆哮が鼓膜を震わせる。ナマエは即座に馬の背を蹴り、ワイヤーを近くの巨木へと放った。
「……っ!」
霧の中、数体の巨人があちこちから姿を現す。奇襲だった。 混乱の中、ナマエは必死に周囲を把握しようとした。だが、目指すべき「古城」を目前にしたその時、足元から地響きが轟いた。
――ズズズ……。
「何!? 地面が……」
何年もかけて風化した地盤が、巨人の重みと戦闘の衝撃に耐えきれず、悲鳴を上げている。
「ナマエ、危ない! 退がれ!」
エルヴィンの叫び声が聞こえた。 けれど、それよりも早く、ナマエの視界から大地が消えた。
「あ……」
浮遊感。心臓が跳ね上がり、喉の奥までせり上がってくる感覚。 足元の岩盤が崩落し、真っ暗な穴が口を開けていた。
「……!!」
空中で態勢を立て直そうとするが、瓦礫が容赦なく頭上から降り注ぐ。 鈍い衝撃が側頭部を走り、ナマエの意識は急激に暗転した。 落ちていく感覚さえも霧の中に溶け、彼女は深い、深い闇へと沈んでいった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
「……ナマエ……」
遠くで、誰かが自分の名前を呼んでいる。 重い瞼を開けようとするが、鉛のように体が動かない。
(私……何をしていたの……)
脳裏にかかった靄がわずかに薄らぐ。フラッシュバックのように蘇る記憶。 霧、巨人の咆哮、そして崩れる大地。
(落ちて……誰かが、呼んでいた……誰?)
「……起きろ、…」
その声は、冷徹なようでいて、震えるような焦燥を孕んでいた。ナマエの指先が微かに動く。頬に触れるのは、冷たい石の床と、誰かの温かな手のひらだった。
「……起きろ……ナマエ!!」
その叫びに、弾かれたように目を見開いた。
目の前にあったのは、埃舞う暗闇。 そして、自分を抱きかかえるようにして覗き込む、あの碧い瞳。
「……エルヴィン……団長?」
掠れた声で名を呼ぶと、男は安堵したように、けれどすぐに険しい表情に戻って、彼女の肩を強く握りしめた。
「ようやく気がついたか。……無事なようだな」
周囲を見渡せば、そこは巨大な石造りの空間だった。 天井にはぽっかりと大穴が開き、そこから薄暗い光が差し込んでいる。 地上から、遥か地下深くへと、二人は堕ちてしまったのだ。
「……ここは、どこ……?」
「おそらく、エルズニル城の地下室だろう。……そして、我々は袋の鼠だ」
エルヴィンが視線を向けた先。 天井の穴の縁から、巨大な指が、そして血走った眼球が、じっとこちらを覗き込んでいた。
