自由な空に、君と愛を。
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久しぶりの休暇の朝は、驚くほど静かに幕を開けた。 調査兵団の拠点を離れ、私服に着替えたエルヴィンの姿は、まるで別人のようだった。軍服という名の重い鎧を脱ぎ、柔らかな生地のシャツと落ち着いた色のベストを纏った彼は、一人の端正な貴族のようにも、思慮深い学者のようにも見える。
「……どうした、ナマエ。そんなに見つめられると、着こなしを間違えたかと不安になる」
エルヴィンの少し照れたような苦笑に、ナマエは慌てて首を振った。
「いえ、その……あまりにも素敵だったので。団長の私服姿なんて、世界中の誰にも教えたくないくらいです」
「ふ……。君のそういう真っ直ぐな言葉には、いつも参ってしまうな」
二人が向かったのは、トロスト区の賑やかな通りから一本入った場所にある、古びた書店だった。 店内に一歩踏み入れば、そこには時間の堆積を感じさせる、紙とインクの芳醇な香りが満ちている。埃を被った古い革装丁の背表紙が並ぶ光景に、ナマエの瞳は輝いた。
「エルヴィン団長、これなんてどうですか? 最近話題のミステリー小説なんです。犯人が最後まで分からない、手に汗握る展開なんですよ」
「ほう……。解決不可能な謎を紐解く、か。今の私には、少し刺激が強すぎるかもしれないが……君の薦めなら読んでみよう」
ナマエが選んだ数冊の本を、エルヴィンは慈しむような手つきで受け取る。 棚の間、狭い空間で二人の肩が触れ合う。わずかに伝わる彼の体温と、書店の静寂。戦場という現実から切り離されたこの一瞬が、ナマエには永遠であってほしいと願わずにはいられなかった。
その後、二人は街の喧騒を眺められるテラスのあるカフェへと足を運んだ。 運ばれてきたコーヒーの苦い香りと、焼きたての菓子の甘い匂い。
「……こうして平和な街並みを眺めていると、壁の外にある地獄が嘘のようだ」
エルヴィンがカップを置き、静かに呟いた。その碧い瞳には、慈愛と、そして消えることのない深い憂いが宿っている。
「私たちは、この光景を守るために戦っているんですね。……団長、これを」
ナマエは鞄の中から、大切に包まれた小箱を取り出した。
「これは……?」
「整髪料です。なんとか手に入れたんです。団長の綺麗な髪を整えるのに、使ってほしくて」
エルヴィンは驚いたように目を見開き、そっと箱を開けた。中には、爽やかなハーブの香りが漂う上質なクリームが入っていた。
「……ありがとう、ナマエ。大切に使わせてもらうよ。君は、私に人間としての喜びを思い出させてくれる」
彼の大きな手が、テーブルの上でナマエの手をそっと包み込んだ。 その手の熱さに、ナマエの心臓は激しく波打った。
日は傾き、世界は燃えるような黄昏色に染まっていく。 散策の終わりに辿り着いたのは、街外れの高台だった。眼下に広がる街並みが、夕闇に溶け始めていく。 沈黙が流れる中、ナマエは今朝からずっと喉の奥に仕舞い込んでいた言葉を、絞り出すように紡ぎ出した。
「……エルヴィン団長。私、あなたが好きです」
風が二人の間を吹き抜ける。エルヴィンの体が、微かに強張った。
「……ただの憧れじゃありません。一人の女性として、あなたを愛しています。あなたが背負っている重圧も、孤独も、全部半分こにしたい。私を、あなたの隣にいさせてください」
エルヴィンはゆっくりと視線を落とした。その横顔には、引き裂かれるような葛藤が刻まれている。
「……ナマエ。君の気持ちは、痛いほど伝わっている。だが……私は、君の愛に応えることはできない」
「どうして……っ?」
「私は、明日死ぬかもしれない男だ。調査兵団を率いるということは、数多の部下を死地へ送り、自分もまたその先頭に立つということだ。……君を未亡人にするわけにはいかない。愛しているからこそ、君を縛ることはできないんだ」
エルヴィンの声は、震えていた。それは彼が自分自身に言い聞かせている、あまりにも残酷な拒絶だった。
「そんなの、分かってます! いつ死ぬか分からないなんて、私も同じです! 私は、明日死ぬかもしれないからこそ、今日、あなたに愛していると言いたいんです!」
ナマエは彼のシャツの裾を強く握りしめ、涙ながらに訴えた。
「一人で死ぬ準備をしないでください……。あなたが地獄へ行くなら、私も行きます。あなたが屍の山の上に立つのなら、私はその隣で、あなたを支える土になりたい! ……お願いです、団長。私を、一人にしないで」
ナマエの悲痛な叫びに、エルヴィンの仮面が音を立てて崩れ落ちた。 彼は衝動的にナマエを抱き寄せ、その細い体を壊れ物を扱うように強く、強く抱きしめた。
「……ああ、……。俺の負けだ、ナマエ」
エルヴィンの団長という重責から解き放たれ、ただの男としての感情が溢れ出した瞬間だった。
「……君を離したくない。地獄へ落ちると分かっていても、君の温もりを求めてしまう。……俺は、最低な男だ」
「最低でもいいです……。愛しています、エルヴィン団長」
エルヴィンはナマエの顎を優しく持ち上げると、震える唇を重ねた。 最初は触れるだけの、けれど次第に激しさを増していく、渇望の詰まったキス。鼻腔をくすぐる、彼の清涼な香りと、熱い吐息。ナマエは彼の背中に腕を回し、その存在を全身で確かめた。
「……ナマエ。これから先、地獄のような日々が続く。だが、俺の心は君のものだ。……誓おう。たとえこの命が尽きようとも、魂は君の側にあり続けると」
夕闇が完全に世界を包み、一番星が空に瞬き始める。 二人の止まっていた運命の歯車が、今、激しい音を立てて噛み合った。 それは幸福への道標か、あるいは破滅への序曲か。 確かなことは、この瞬間の熱だけが、二人にとっての唯一の真実であるということだった。
エルヴィンはナマエの額に自らの額を預け、愛おしげに目を閉じた。
「帰ろう。俺たちの……戦場へ」
「はい、エルヴィン団長」
繋いだ手の指を絡め、二人は暗闇の中を歩き出した。 明日、壁の外へ出れば、また死が待っている。 けれど今の二人の胸には、どんな闇も照らし出す、碧い炎が宿っていた。
「……どうした、ナマエ。そんなに見つめられると、着こなしを間違えたかと不安になる」
エルヴィンの少し照れたような苦笑に、ナマエは慌てて首を振った。
「いえ、その……あまりにも素敵だったので。団長の私服姿なんて、世界中の誰にも教えたくないくらいです」
「ふ……。君のそういう真っ直ぐな言葉には、いつも参ってしまうな」
二人が向かったのは、トロスト区の賑やかな通りから一本入った場所にある、古びた書店だった。 店内に一歩踏み入れば、そこには時間の堆積を感じさせる、紙とインクの芳醇な香りが満ちている。埃を被った古い革装丁の背表紙が並ぶ光景に、ナマエの瞳は輝いた。
「エルヴィン団長、これなんてどうですか? 最近話題のミステリー小説なんです。犯人が最後まで分からない、手に汗握る展開なんですよ」
「ほう……。解決不可能な謎を紐解く、か。今の私には、少し刺激が強すぎるかもしれないが……君の薦めなら読んでみよう」
ナマエが選んだ数冊の本を、エルヴィンは慈しむような手つきで受け取る。 棚の間、狭い空間で二人の肩が触れ合う。わずかに伝わる彼の体温と、書店の静寂。戦場という現実から切り離されたこの一瞬が、ナマエには永遠であってほしいと願わずにはいられなかった。
その後、二人は街の喧騒を眺められるテラスのあるカフェへと足を運んだ。 運ばれてきたコーヒーの苦い香りと、焼きたての菓子の甘い匂い。
「……こうして平和な街並みを眺めていると、壁の外にある地獄が嘘のようだ」
エルヴィンがカップを置き、静かに呟いた。その碧い瞳には、慈愛と、そして消えることのない深い憂いが宿っている。
「私たちは、この光景を守るために戦っているんですね。……団長、これを」
ナマエは鞄の中から、大切に包まれた小箱を取り出した。
「これは……?」
「整髪料です。なんとか手に入れたんです。団長の綺麗な髪を整えるのに、使ってほしくて」
エルヴィンは驚いたように目を見開き、そっと箱を開けた。中には、爽やかなハーブの香りが漂う上質なクリームが入っていた。
「……ありがとう、ナマエ。大切に使わせてもらうよ。君は、私に人間としての喜びを思い出させてくれる」
彼の大きな手が、テーブルの上でナマエの手をそっと包み込んだ。 その手の熱さに、ナマエの心臓は激しく波打った。
日は傾き、世界は燃えるような黄昏色に染まっていく。 散策の終わりに辿り着いたのは、街外れの高台だった。眼下に広がる街並みが、夕闇に溶け始めていく。 沈黙が流れる中、ナマエは今朝からずっと喉の奥に仕舞い込んでいた言葉を、絞り出すように紡ぎ出した。
「……エルヴィン団長。私、あなたが好きです」
風が二人の間を吹き抜ける。エルヴィンの体が、微かに強張った。
「……ただの憧れじゃありません。一人の女性として、あなたを愛しています。あなたが背負っている重圧も、孤独も、全部半分こにしたい。私を、あなたの隣にいさせてください」
エルヴィンはゆっくりと視線を落とした。その横顔には、引き裂かれるような葛藤が刻まれている。
「……ナマエ。君の気持ちは、痛いほど伝わっている。だが……私は、君の愛に応えることはできない」
「どうして……っ?」
「私は、明日死ぬかもしれない男だ。調査兵団を率いるということは、数多の部下を死地へ送り、自分もまたその先頭に立つということだ。……君を未亡人にするわけにはいかない。愛しているからこそ、君を縛ることはできないんだ」
エルヴィンの声は、震えていた。それは彼が自分自身に言い聞かせている、あまりにも残酷な拒絶だった。
「そんなの、分かってます! いつ死ぬか分からないなんて、私も同じです! 私は、明日死ぬかもしれないからこそ、今日、あなたに愛していると言いたいんです!」
ナマエは彼のシャツの裾を強く握りしめ、涙ながらに訴えた。
「一人で死ぬ準備をしないでください……。あなたが地獄へ行くなら、私も行きます。あなたが屍の山の上に立つのなら、私はその隣で、あなたを支える土になりたい! ……お願いです、団長。私を、一人にしないで」
ナマエの悲痛な叫びに、エルヴィンの仮面が音を立てて崩れ落ちた。 彼は衝動的にナマエを抱き寄せ、その細い体を壊れ物を扱うように強く、強く抱きしめた。
「……ああ、……。俺の負けだ、ナマエ」
エルヴィンの団長という重責から解き放たれ、ただの男としての感情が溢れ出した瞬間だった。
「……君を離したくない。地獄へ落ちると分かっていても、君の温もりを求めてしまう。……俺は、最低な男だ」
「最低でもいいです……。愛しています、エルヴィン団長」
エルヴィンはナマエの顎を優しく持ち上げると、震える唇を重ねた。 最初は触れるだけの、けれど次第に激しさを増していく、渇望の詰まったキス。鼻腔をくすぐる、彼の清涼な香りと、熱い吐息。ナマエは彼の背中に腕を回し、その存在を全身で確かめた。
「……ナマエ。これから先、地獄のような日々が続く。だが、俺の心は君のものだ。……誓おう。たとえこの命が尽きようとも、魂は君の側にあり続けると」
夕闇が完全に世界を包み、一番星が空に瞬き始める。 二人の止まっていた運命の歯車が、今、激しい音を立てて噛み合った。 それは幸福への道標か、あるいは破滅への序曲か。 確かなことは、この瞬間の熱だけが、二人にとっての唯一の真実であるということだった。
エルヴィンはナマエの額に自らの額を預け、愛おしげに目を閉じた。
「帰ろう。俺たちの……戦場へ」
「はい、エルヴィン団長」
繋いだ手の指を絡め、二人は暗闇の中を歩き出した。 明日、壁の外へ出れば、また死が待っている。 けれど今の二人の胸には、どんな闇も照らし出す、碧い炎が宿っていた。
