自由な空に、君と愛を。
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螺旋階段を駆け上がり、重厚な石の扉を押し開けた瞬間、世界は色を変えた。
地下の湿り気を帯びた闇は消え、網膜を焼くほどの鮮烈な橙色が視界を埋め尽くす。 地平線へと沈みゆく太陽が放つ、最期の輝き。 塔の屋上に吹き抜ける風は冷たく、戦場特有の鉄錆と死の臭いを孕んでいた。
「はぁ、はぁ……っ……」
ナマエは膝を突きそうになるのを、手にしたブレードを杖にして堪えた。 乱れた呼吸が、冷えた空気の中で白く弾ける。 屋上の縁から下を覗き込めば、そこには絶望的な光景が広がっていた。 塔を取り囲むように群がる、数多の巨人たち。 十メートル級、あるいはそれ以上の巨躯が、獲物を求めて石造りの塔を執拗に叩き、その振動が足裏を通して心臓まで伝わってくる。
「エルヴィン団長……! 下に、あんなに……」
「ああ、そのようだな」
エルヴィンの声は、驚くほど静かだった。 彼は乱れた金髪を風に遊ばせながら、落日を見つめている。 その碧い瞳には、燃えるような夕空の色と、底知れない冷徹な思考が同居していた。
「……十メートル級もいます。……エルヴィン団長、戦いましょう。まだ、私は動けます!」
ナマエは震える足に力を込め、再び剣を構え直した。 肩の激痛も、肺の灼けるような熱さも、彼の隣に立っているという高揚感の前では些細なことに思えた。 だが、エルヴィンはゆっくりと首を振った。
「待つんだ、ナマエ。君の体力はもう限界だ。……それに、今はその必要はない」
「……? どういう、意味ですか?」
ナマエが問い返そうとした、その時だった。 風を切り裂く、高く鋭い駆動音が四方から響き渡った。 ギュイィィン――!!
「エルヴィン団長! ご無事ですか!」
「第一班、三名戦闘可能です!」
「第三班、四名戦闘可能です!」
塔の縁から、緑色のマントを翻した影が次々と舞い上がってきた。 見慣れた調査兵団の精鋭たち。その最前線、一際鋭い機動で巨人のうなじを削ぎながら降り立ったのは、あの小柄な英雄だった。
「……やっとお出ましか。このクソ忙しい時に、手間の掛かる野郎だ」
「リ、リヴァイ兵長……!」
ナマエの目から、安堵の涙が零れそうになる。 リヴァイはブレードに付着した血を鋭く振り払うと、エルヴィンの方へと歩み寄った。
「リヴァイ、ガスとブレードの残量は?」
「……今のところ足りてるな」
「わかった。では、来たばかりのところ悪いが……状況は見ての通りだ」
「ああ……。まぁ、日没までには済むか」
エルヴィンは静かに頷くと、天を仰ぐように右腕を上げた。
「総員! 攻撃に移れ! 塔周辺の巨人を掃討せよ!!」
「オオォォ――!!」
地を揺らすほどの咆哮と共に、兵士たちが夕闇の空へと散っていく。 信じがたい光景だった。 さきほどまで死の淵にいたはずの自分たちが、今は圧倒的な力によって守られている。
ナマエが呆然としていると、エルヴィンが懐から一本の筒を取り出した。 パアンッ、という乾いた音が響き、空に緑色の煙が尾を引いて撃ち上がった。
「……エルヴィン団長。今の煙弾は、いったい……?」
「別働隊への合図だ。……あらかじめ、別の部隊をこの近辺に待機させていた。日が落ちるまでに合図があれば救援に向かえと。……だが、合図がなければ、私は死んだものとして壁内に帰るようにと伝えてあった」
「……!」
ナマエの胸が、締め付けられるような衝撃に震えた。 彼は、自分が死ぬ可能性を冷徹に計算に入れた上で、この作戦を組んでいたのだ。 自分一人の命を、人類の勝利という巨大な天秤の片皿に、当然のように載せて。
煙弾が夕空に溶けていくのを、エルヴィンは静かに見つめていた。
「驚くのも無理はない。別働隊のことは一部の者しか知らない極秘事項だった。……ナマエ、私のほうが辛いと、今でも思うか?」
その言葉は、地下室で交わした会話の続きだった。 ナマエは、自分を信じて秘密を明かしてくれた彼の、孤独な横顔を見つめた。
「……はい。やはり、団長のほうが、ずっと辛いです」
エルヴィンはふっと、今日一番の人間らしい笑みを零した。
「君は……本当に人が良すぎる。もう少し自分に注意を向けたほうがいい」
「……それは、団長も同じではありませんか?」
「ふ……。記憶力がいいな、君は」
「エルヴィン団長こそ」
二人の間に、戦場に似つかわしくない穏やかな沈黙が流れた。リヴァイやハンジたちが巨人を掃討する音が遠くに聞こえる中、エルヴィンはナマエの方へと向き直った。
「印象に残っていたからな。……あの時、地下で私を見上げた君の目は、素直なようでいて、それでいて恐ろしいほどに頑固な色をしていた。……あの時、君に対する認識を改めたよ」
「どういう、ふうにでしょうか?」
「従順そうな人間かと思っていたが……なかなか一筋縄ではいかなさそうだ、と。……誉めているつもりだが」
「あ……ありがとうございます」
ナマエは頬が熱くなるのを感じて、俯いた。
(すごく不思議……。団長と、こんな話をしてるなんて。もっと、近寄りがたい人だと思っていたのに)
エルヴィンの視線が、再び遠くの壁へと向けられた。 その瞳には、先ほどまでの穏やかさは消え、深い、深い、哀しげな色が宿っていた。
「ナマエ……。この城を調べ、わかったことがある。……君ももう、気づいているのではないか?」
「……壁内の、敵のこと、ですか」
「ああ。壁内にも、人類の敵がいる。それは、ほぼ間違いない事実だ。だが……隠された真実を暴くには、誰よりも強い覚悟が必要になる」
彼はナマエの肩に、残された左手を置いた。 その掌の重みは、彼が背負う人類の未来そのものの重さのようだった。
「……改めて問う。君は、人類の勝利のために、その身を捧げることができるか?」
ナマエは、その碧い瞳の奥に隠された、彼の「本当の夢」――地下室へ辿り着きたいという渇望を、透かし見たような気がした。 自分と同じ、あるいはそれ以上に切実な、何か。
「私は……」
ナマエは言葉を飲み込み、代わりに自身の左胸を強く叩いた。
「私は、あなたの傍で…人類の力になりたい。……それだけが、私の覚悟です」
エルヴィンは一瞬、目を見開いた。 そして、その瞳に宿ったのは、部下への信頼を越えた、もっと個人的で、切実な「光」だった。
「……そうか。礼を失した質問だったな。すまない。……君が、調査兵団に入ってくれたことに感謝しているよ。ありがとう、ナマエ」
その瞬間、太陽が完全に地平線に隠れた。 世界は夜の帳に包まれ、冷たい月光が二人を照らし始める。 エルヴィンは、自分を見上げるナマエの瞳から、もう目を逸らすことができなくなっていた。 彼女という存在が、彼の冷徹な計画の中に、予測不能な「特別」として刻まれた瞬間だった。
「さあ、帰ろう。……私たちの、戦場へ」
エルヴィンの言葉と共に、救援の馬車の音が地響きを立てて近づいてくる。ナマエは彼の隣に立ち、夜の風を全身に浴びた。 ここから始まる日々が、どれほど過酷なものであろうとも。 この男の傍らにいられるなら、どんな地獄も歩んでいける。 そう確信した彼女の胸元で、翠緑の石が月光を受けて静かに、けれど力強く瞬いていた。
地下の湿り気を帯びた闇は消え、網膜を焼くほどの鮮烈な橙色が視界を埋め尽くす。 地平線へと沈みゆく太陽が放つ、最期の輝き。 塔の屋上に吹き抜ける風は冷たく、戦場特有の鉄錆と死の臭いを孕んでいた。
「はぁ、はぁ……っ……」
ナマエは膝を突きそうになるのを、手にしたブレードを杖にして堪えた。 乱れた呼吸が、冷えた空気の中で白く弾ける。 屋上の縁から下を覗き込めば、そこには絶望的な光景が広がっていた。 塔を取り囲むように群がる、数多の巨人たち。 十メートル級、あるいはそれ以上の巨躯が、獲物を求めて石造りの塔を執拗に叩き、その振動が足裏を通して心臓まで伝わってくる。
「エルヴィン団長……! 下に、あんなに……」
「ああ、そのようだな」
エルヴィンの声は、驚くほど静かだった。 彼は乱れた金髪を風に遊ばせながら、落日を見つめている。 その碧い瞳には、燃えるような夕空の色と、底知れない冷徹な思考が同居していた。
「……十メートル級もいます。……エルヴィン団長、戦いましょう。まだ、私は動けます!」
ナマエは震える足に力を込め、再び剣を構え直した。 肩の激痛も、肺の灼けるような熱さも、彼の隣に立っているという高揚感の前では些細なことに思えた。 だが、エルヴィンはゆっくりと首を振った。
「待つんだ、ナマエ。君の体力はもう限界だ。……それに、今はその必要はない」
「……? どういう、意味ですか?」
ナマエが問い返そうとした、その時だった。 風を切り裂く、高く鋭い駆動音が四方から響き渡った。 ギュイィィン――!!
「エルヴィン団長! ご無事ですか!」
「第一班、三名戦闘可能です!」
「第三班、四名戦闘可能です!」
塔の縁から、緑色のマントを翻した影が次々と舞い上がってきた。 見慣れた調査兵団の精鋭たち。その最前線、一際鋭い機動で巨人のうなじを削ぎながら降り立ったのは、あの小柄な英雄だった。
「……やっとお出ましか。このクソ忙しい時に、手間の掛かる野郎だ」
「リ、リヴァイ兵長……!」
ナマエの目から、安堵の涙が零れそうになる。 リヴァイはブレードに付着した血を鋭く振り払うと、エルヴィンの方へと歩み寄った。
「リヴァイ、ガスとブレードの残量は?」
「……今のところ足りてるな」
「わかった。では、来たばかりのところ悪いが……状況は見ての通りだ」
「ああ……。まぁ、日没までには済むか」
エルヴィンは静かに頷くと、天を仰ぐように右腕を上げた。
「総員! 攻撃に移れ! 塔周辺の巨人を掃討せよ!!」
「オオォォ――!!」
地を揺らすほどの咆哮と共に、兵士たちが夕闇の空へと散っていく。 信じがたい光景だった。 さきほどまで死の淵にいたはずの自分たちが、今は圧倒的な力によって守られている。
ナマエが呆然としていると、エルヴィンが懐から一本の筒を取り出した。 パアンッ、という乾いた音が響き、空に緑色の煙が尾を引いて撃ち上がった。
「……エルヴィン団長。今の煙弾は、いったい……?」
「別働隊への合図だ。……あらかじめ、別の部隊をこの近辺に待機させていた。日が落ちるまでに合図があれば救援に向かえと。……だが、合図がなければ、私は死んだものとして壁内に帰るようにと伝えてあった」
「……!」
ナマエの胸が、締め付けられるような衝撃に震えた。 彼は、自分が死ぬ可能性を冷徹に計算に入れた上で、この作戦を組んでいたのだ。 自分一人の命を、人類の勝利という巨大な天秤の片皿に、当然のように載せて。
煙弾が夕空に溶けていくのを、エルヴィンは静かに見つめていた。
「驚くのも無理はない。別働隊のことは一部の者しか知らない極秘事項だった。……ナマエ、私のほうが辛いと、今でも思うか?」
その言葉は、地下室で交わした会話の続きだった。 ナマエは、自分を信じて秘密を明かしてくれた彼の、孤独な横顔を見つめた。
「……はい。やはり、団長のほうが、ずっと辛いです」
エルヴィンはふっと、今日一番の人間らしい笑みを零した。
「君は……本当に人が良すぎる。もう少し自分に注意を向けたほうがいい」
「……それは、団長も同じではありませんか?」
「ふ……。記憶力がいいな、君は」
「エルヴィン団長こそ」
二人の間に、戦場に似つかわしくない穏やかな沈黙が流れた。リヴァイやハンジたちが巨人を掃討する音が遠くに聞こえる中、エルヴィンはナマエの方へと向き直った。
「印象に残っていたからな。……あの時、地下で私を見上げた君の目は、素直なようでいて、それでいて恐ろしいほどに頑固な色をしていた。……あの時、君に対する認識を改めたよ」
「どういう、ふうにでしょうか?」
「従順そうな人間かと思っていたが……なかなか一筋縄ではいかなさそうだ、と。……誉めているつもりだが」
「あ……ありがとうございます」
ナマエは頬が熱くなるのを感じて、俯いた。
(すごく不思議……。団長と、こんな話をしてるなんて。もっと、近寄りがたい人だと思っていたのに)
エルヴィンの視線が、再び遠くの壁へと向けられた。 その瞳には、先ほどまでの穏やかさは消え、深い、深い、哀しげな色が宿っていた。
「ナマエ……。この城を調べ、わかったことがある。……君ももう、気づいているのではないか?」
「……壁内の、敵のこと、ですか」
「ああ。壁内にも、人類の敵がいる。それは、ほぼ間違いない事実だ。だが……隠された真実を暴くには、誰よりも強い覚悟が必要になる」
彼はナマエの肩に、残された左手を置いた。 その掌の重みは、彼が背負う人類の未来そのものの重さのようだった。
「……改めて問う。君は、人類の勝利のために、その身を捧げることができるか?」
ナマエは、その碧い瞳の奥に隠された、彼の「本当の夢」――地下室へ辿り着きたいという渇望を、透かし見たような気がした。 自分と同じ、あるいはそれ以上に切実な、何か。
「私は……」
ナマエは言葉を飲み込み、代わりに自身の左胸を強く叩いた。
「私は、あなたの傍で…人類の力になりたい。……それだけが、私の覚悟です」
エルヴィンは一瞬、目を見開いた。 そして、その瞳に宿ったのは、部下への信頼を越えた、もっと個人的で、切実な「光」だった。
「……そうか。礼を失した質問だったな。すまない。……君が、調査兵団に入ってくれたことに感謝しているよ。ありがとう、ナマエ」
その瞬間、太陽が完全に地平線に隠れた。 世界は夜の帳に包まれ、冷たい月光が二人を照らし始める。 エルヴィンは、自分を見上げるナマエの瞳から、もう目を逸らすことができなくなっていた。 彼女という存在が、彼の冷徹な計画の中に、予測不能な「特別」として刻まれた瞬間だった。
「さあ、帰ろう。……私たちの、戦場へ」
エルヴィンの言葉と共に、救援の馬車の音が地響きを立てて近づいてくる。ナマエは彼の隣に立ち、夜の風を全身に浴びた。 ここから始まる日々が、どれほど過酷なものであろうとも。 この男の傍らにいられるなら、どんな地獄も歩んでいける。 そう確信した彼女の胸元で、翠緑の石が月光を受けて静かに、けれど力強く瞬いていた。
