自由な空に、君と愛を。
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地上へと繋がる石造りの階段は、崩落の砂塵を被りながらも、橙色に染まった夕光を反射して、地獄からの脱出口のように眩しく輝いていた。
一段、また一段と上るたびに、足元に沈めたはずの冷酷な闇が遠ざかり、代わりに生ぬるい夜の気配が頬を撫でる。 だが、階段の途切れた踊り場、その奥の壁が大きく崩れているのを、ナマエの鋭い視線が捉えた。
「……エルヴィン団長、あそこを見てください。崩れた壁の奥に、空間があるように見えませんか?」
ナマエの指差した先、瓦礫の山に隠されるようにして、不自然に整えられた石材の縁が覗いていた。 エルヴィンは碧眼を細め、崩落箇所を検分するように一歩踏み出す。
「……ああ。どうやらここは、正規の通路ではないようだ。隠し部屋、あるいは緊急時の避難路か」
二人は瓦礫の隙間に身を滑り込ませるようにして、その未知の空間へと足を踏み入れた。
そこは、長い年月をかけて埃と沈黙が堆積した、秘密の酒場のようだった。 壁の棚には、ラベルの剥げ落ちた無数の酒瓶が整然と、けれどどこか寂しげに並んでいる。 空気に漂うのは、饐えた葡萄の香りと、金属の冷たい錆の匂い。 部屋の隅、影の濃い場所に、その主はいた。
「……! どなたか……いえ、これは……」
ナマエは思わず口元を覆った。 椅子の背もたれに身を預けたまま、物言わぬ骸と化した者がいた。その傍らには、古びた、けれど手入れの行き届いた立体機動装置が、主の再起を待つようにひっそりと置かれている。
エルヴィンは迷いなくその遺体の前で膝を突いた。
「……この立体機動装置は、まだ使える。ナマエ、君の装置は完全に破損していたな。これと取り替えるんだ。予備のガスボンベもある」
「あの……でも、この方は……」
「彼はもう、これを使うことはない。だが、その遺志を受け継ぐことはできる。常に戦いに備えていたのだな……たとえ、この閉ざされた深淵にあっても」
エルヴィンの手によって、遺体から装置が外され、ナマエへと手渡される。 ひんやりとした金属の質感。重厚な革ベルトの感触。ナマエは震える手でそれを自身の腰へと装着した。
「操作に問題はないか?」
「……はい。なんとか、大丈夫そうです。ガスも、ブレードの予備も……。これで、戦えます。立体機動ができるというだけで、こんなに心強いなんて」
「ならば、よかった。その兵士のぶんまで、君の命を繋ぐ糧にしてくれ」
ナマエは、静かに眠る骸に向かって深く頭を下げた。 ふと、彼女の胸の中に、ある疑問が込み上げた。この地下に隠された数々の痕跡。そして、今ここで見つけた元兵士と思われる遺体。
「あの、エルヴィン団長……。ここで、本当は何があったのか……私にも教えてください」
ナマエの真っ直ぐな瞳が、エルヴィンを射抜く。 エルヴィンは窓のない壁に背を預け、夕闇の差し込む隙間を一度見上げた後、静かに唇を開いた。
「……君が知る必要のないことだ、と言っても、君は納得しそうにないな。……いいだろう。君には、話しておくべきかもしれない。あくまで私の想像に過ぎないがな」
彼の声は、低く、峻烈な響きを帯びていた。
「五年以上前……まだ私が団長になる前のことだ。とある壁外調査の際、忽然と姿を消した十名の調査兵がいた。いずれも精鋭だ。当時の凄惨な状況下では、帰還しなかった者はすべて死亡と判断された。……だが、彼らが壁内に戻る姿を見たという報告も、一部で囁かれていたんだ。彼らは生きていた。そして、自らの意志でこの城にやってきたのだ」
「自らの意志で……? なぜ、そんなことを」
「王政とは違うやり方で、人類を救いたいと考えたからだ。彼らはこの古城の主である貴族の思想に感化され、ここで『革命』の牙を研いでいた。……だが、城主は彼らが望んだような英雄ではなかった。己の権力を守るために大工や石工を惨殺するような、卑劣な男だった。それに気づいた彼らのリーダーは怒り、決別した。……だが、その代償は大きかった。彼らはこの地下に閉じ込められたのだ」
エルヴィンの語る物語は、石壁に染み付いた血の匂いのように、生々しくナマエの心に突き刺さる。
「地上に響く数多の巨人の足音。ウォール・マリア陥落の振動。……閉ざされた地下でそれを聞き、彼は何を思っただろう。武器も食料もあるこの場所に籠城し、いつか来る『安全』を待ち続けた。だが、救いは来なかった。絶望の中で正気を失い……最後には、こうして独り、死を迎えたのだ」
エルヴィンは、遺体の傍らに落ちていた「自由の翼」の紋章を拾い上げ、指先でその埃を払った。
「……内通者とこの古城が関係している可能性は、もはや低いだろう。だが、ここでの真実を暴くことは、壁内の闇を暴くことに等しい。……ナマエ、改めて問う。君には、その覚悟があるか?」
「……はい。あります」
ナマエは新しく手に入れたブレードの柄を、強く握りしめた。
「どんなに恐ろしい真実が待っていても、私はあなたの隣で、それを見届けたい。……それが、私がここに来た理由の一つでもあるから」
「……そうか。力強い瞳だ。……少し長話をしてしまったな。そろそろ行こう。日が落ちるまで、あまり時間はない」
エルヴィンはそう言うと、ナマエの肩にそっと手を置いた。その掌の熱が、彼女の不安を溶かし、新たな勇気へと変えていく。 二人は隠し酒場を後にし、再び地上へと続く階段へと戻った。
背後で、名もなき兵士が眠る闇が、ゆっくりと閉ざされていく。 かつて絶望に死んだ者が遺した「翼」を背負い、ナマエはエルヴィンの隣を歩く。 その足取りは、もう迷いに揺らぐことはなかった。 地上の風が、少しずつ、強くなってきている。
一段、また一段と上るたびに、足元に沈めたはずの冷酷な闇が遠ざかり、代わりに生ぬるい夜の気配が頬を撫でる。 だが、階段の途切れた踊り場、その奥の壁が大きく崩れているのを、ナマエの鋭い視線が捉えた。
「……エルヴィン団長、あそこを見てください。崩れた壁の奥に、空間があるように見えませんか?」
ナマエの指差した先、瓦礫の山に隠されるようにして、不自然に整えられた石材の縁が覗いていた。 エルヴィンは碧眼を細め、崩落箇所を検分するように一歩踏み出す。
「……ああ。どうやらここは、正規の通路ではないようだ。隠し部屋、あるいは緊急時の避難路か」
二人は瓦礫の隙間に身を滑り込ませるようにして、その未知の空間へと足を踏み入れた。
そこは、長い年月をかけて埃と沈黙が堆積した、秘密の酒場のようだった。 壁の棚には、ラベルの剥げ落ちた無数の酒瓶が整然と、けれどどこか寂しげに並んでいる。 空気に漂うのは、饐えた葡萄の香りと、金属の冷たい錆の匂い。 部屋の隅、影の濃い場所に、その主はいた。
「……! どなたか……いえ、これは……」
ナマエは思わず口元を覆った。 椅子の背もたれに身を預けたまま、物言わぬ骸と化した者がいた。その傍らには、古びた、けれど手入れの行き届いた立体機動装置が、主の再起を待つようにひっそりと置かれている。
エルヴィンは迷いなくその遺体の前で膝を突いた。
「……この立体機動装置は、まだ使える。ナマエ、君の装置は完全に破損していたな。これと取り替えるんだ。予備のガスボンベもある」
「あの……でも、この方は……」
「彼はもう、これを使うことはない。だが、その遺志を受け継ぐことはできる。常に戦いに備えていたのだな……たとえ、この閉ざされた深淵にあっても」
エルヴィンの手によって、遺体から装置が外され、ナマエへと手渡される。 ひんやりとした金属の質感。重厚な革ベルトの感触。ナマエは震える手でそれを自身の腰へと装着した。
「操作に問題はないか?」
「……はい。なんとか、大丈夫そうです。ガスも、ブレードの予備も……。これで、戦えます。立体機動ができるというだけで、こんなに心強いなんて」
「ならば、よかった。その兵士のぶんまで、君の命を繋ぐ糧にしてくれ」
ナマエは、静かに眠る骸に向かって深く頭を下げた。 ふと、彼女の胸の中に、ある疑問が込み上げた。この地下に隠された数々の痕跡。そして、今ここで見つけた元兵士と思われる遺体。
「あの、エルヴィン団長……。ここで、本当は何があったのか……私にも教えてください」
ナマエの真っ直ぐな瞳が、エルヴィンを射抜く。 エルヴィンは窓のない壁に背を預け、夕闇の差し込む隙間を一度見上げた後、静かに唇を開いた。
「……君が知る必要のないことだ、と言っても、君は納得しそうにないな。……いいだろう。君には、話しておくべきかもしれない。あくまで私の想像に過ぎないがな」
彼の声は、低く、峻烈な響きを帯びていた。
「五年以上前……まだ私が団長になる前のことだ。とある壁外調査の際、忽然と姿を消した十名の調査兵がいた。いずれも精鋭だ。当時の凄惨な状況下では、帰還しなかった者はすべて死亡と判断された。……だが、彼らが壁内に戻る姿を見たという報告も、一部で囁かれていたんだ。彼らは生きていた。そして、自らの意志でこの城にやってきたのだ」
「自らの意志で……? なぜ、そんなことを」
「王政とは違うやり方で、人類を救いたいと考えたからだ。彼らはこの古城の主である貴族の思想に感化され、ここで『革命』の牙を研いでいた。……だが、城主は彼らが望んだような英雄ではなかった。己の権力を守るために大工や石工を惨殺するような、卑劣な男だった。それに気づいた彼らのリーダーは怒り、決別した。……だが、その代償は大きかった。彼らはこの地下に閉じ込められたのだ」
エルヴィンの語る物語は、石壁に染み付いた血の匂いのように、生々しくナマエの心に突き刺さる。
「地上に響く数多の巨人の足音。ウォール・マリア陥落の振動。……閉ざされた地下でそれを聞き、彼は何を思っただろう。武器も食料もあるこの場所に籠城し、いつか来る『安全』を待ち続けた。だが、救いは来なかった。絶望の中で正気を失い……最後には、こうして独り、死を迎えたのだ」
エルヴィンは、遺体の傍らに落ちていた「自由の翼」の紋章を拾い上げ、指先でその埃を払った。
「……内通者とこの古城が関係している可能性は、もはや低いだろう。だが、ここでの真実を暴くことは、壁内の闇を暴くことに等しい。……ナマエ、改めて問う。君には、その覚悟があるか?」
「……はい。あります」
ナマエは新しく手に入れたブレードの柄を、強く握りしめた。
「どんなに恐ろしい真実が待っていても、私はあなたの隣で、それを見届けたい。……それが、私がここに来た理由の一つでもあるから」
「……そうか。力強い瞳だ。……少し長話をしてしまったな。そろそろ行こう。日が落ちるまで、あまり時間はない」
エルヴィンはそう言うと、ナマエの肩にそっと手を置いた。その掌の熱が、彼女の不安を溶かし、新たな勇気へと変えていく。 二人は隠し酒場を後にし、再び地上へと続く階段へと戻った。
背後で、名もなき兵士が眠る闇が、ゆっくりと閉ざされていく。 かつて絶望に死んだ者が遺した「翼」を背負い、ナマエはエルヴィンの隣を歩く。 その足取りは、もう迷いに揺らぐことはなかった。 地上の風が、少しずつ、強くなってきている。
