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『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第079話

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 学は自分の目を疑った。
それは視線の先に、この場に居てはならない者の姿がそこにあったからだ。

 居てはならないことは、本人が一番理解しているはず……にも関わらず“彼”はこのコンサート会場にいる。
それも関係者しか立ち入れない場所で、しかも優子と親交の深い“渡辺 杏”と一緒なのだ。

 何故このような状況になっているのかを考える間もなく、学は居てはならないはずの者“新城 隼人”と視線が交差し、互いの存在を認め合ってしまう。

『何で貴方が会場ここに居るんだ……』

 存在に懐疑的眼差しを向ける学とは対象的に、隼人は目を合わす以前から彼を見ていた。

 それは、隼人がエントランスへ足を踏み入れ、目の前から来る集団の中に“秋元 康”を見つけた時のこと。

………………

…………

……

 目の前から近づいて来る秋元とは面識がなく、相手が自分のことなど知る由もないのことは理解していた。
それでも、過去に(高橋)みなみ、そして現在は優子と、恋愛禁止のルールを破り交際している事実は、隼人に後ろめたさを感じさせていた。

 しかし、一方で優子の過去に“黒い影”を落とす切っ掛けとなった張本人を目の当たりにし何もない訳はなく、黒い感情が自分の内で湧くの感じた。

 それは、優子という最愛の女性ひとを傷付けたことに対する、秋元への”怒り”という感情。
表情こそ普通にしていたが、視線には“負”の感情が籠められていた。

 感情の起点として、隼人が愛する女性を傷付けた者に負の感情を持つことは、至極当然で正しい。
“過去”の出来事を打ち明けられた夜、優子が見せた心苛まれ苦痛に満ちた表情を目の当たりにしていれば尚更であった。

「……」

 無言で握り締められる拳。
これでもかという程の力でグッと握られた拳は、血こそでないものの本人の怒りを表しているかのように皮膚を真っ赤に染めてゆく。

 末端から伝わる痛みに、自分が無意識に拳を握っていることに気付く。
それでも今の隼人にとって、その痛みさえ“怒り”の糧となり秋元へと向かっていく。

『優子の受けた仕打ちは、こんなものじゃ……』

 だが、そこまで心の内で言い掛けていた隼人の脳裏に”何か”が掠め、そこで言葉がぷつりと途切れた。
同時に、それまできつく握られていた拳が、まるで事切れた人形のようにぶらりと垂れ下がり、鋭く秋元に向けられていた視線からも”負”の感情が失せていく。

 取って代わるように隼人を支配していたのは”悲しみ”の感情だった。

 それは優子が、あの夜過去を明かす際見せたときの顔と、先程ステージから自分に向けられた彼女の表情がオーバラップするように重なって見えたのだ。

 そして、隼人は気付いた。

 自分こそが優子を最も傷付けている存在であり、秋元を非難できる立場にないということを。
そればかりか、先程まで優子を傷付けたことを自覚していたというのに、秋元の姿を見ただけで忘れたように責任転嫁し、怒りの矛先を向けた利己的な自分の行為に言葉と感情の行き場を失っていた。

 確かに秋元のしたことは優子の人生を変えたとも言え、決して許されるものではない。
だが、隼人はそんな現実から優子を守ると“約束”をしたのだ。
それなのに優子に同じ思いをさせたのだから如何なる理由があろうと同罪、いや秋元よりも罪は重かった。

 今しがたまで外に向いていた感情が、ブーメランように内向きへと変わり、綯い交ぜになった感情が心に重くのし掛かる。
厳しい現実を突き付けられる隼人だったが現状に為す術もなく、次第に秋元をも直視できなくなり遂には視線を外していた。

 視線の先には、このまま何処までも行っても底知れぬ闇が拡がっているかのように思えたが、秋元を取り囲む人垣の中に隼人に“光”となり得る者の存在を見つけた。

 それこそが秋元の隣にいる“山本 学”だった。

………………

…………

……

 隼人、学、それぞれ気付くタイミングに差こそあったものの、二人は互いの存在を認識した。
この場に居る理由を知らない学は険しい表情を見せ、隼人はその向けられた視線の理由わけが優子の様子にあると感じとり、自らの犯した罪の大きさを思い知らされた。

 しかし、隼人の隣には杏が、学の隣には秋元が居り、近付くことは疎か言葉も交わせず、お互い何処か表情に焦りを感じとりそれぞれの状況を把握しようと目配せする。

『何で貴方が会場ここに居るんだ……』

 学にしてみれば、そんな状況で突然現れた隼人の存在は、寝耳に水とも言えた。
だが、隼人にとって学は現状を打開できるやも知れない唯一の存在といえ『なんとか山本さんと話すことができたら……』と、そんな淡い期待を抱いていた。

 だが、隼人は知る由もなかった。
二人が会遇するには遅過ぎていたことを――。


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