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『世界がいくつあったとしても』

第7話:「どうしたらえぇ?」

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ガヤガヤ

 ここは幕張メッセ内に設けられた“乃木坂46様”と書かれた楽屋。
出演予定であるミュージックステーション スーパーライブ2016のリハーサルや挨拶回りも終え、残すところは本番という状況でメンバーたちは思い思いの過ごし方をしていた。

 大所帯の大部屋ということもあり、皆それぞれ好き勝手なことをしている。
ある者は鏡の前で振付を確認したり、ある者はこれから踊るというのに差し入れを頬張っていたり、ある者は夢の世界に旅立っていたりと、概ね和やかな雰囲気が部屋の中に流れていた。

「うーん……」

 だが、一人だけ様子の違うメンバーがいた。
そこは部屋の中央に置かれた大きいテーブル席の一つ。

 ガヤガヤと騒がしい部屋の中で、その席周辺一角だけが、彼女を残し誰も座っては居なかった。

 そんな周りとは別世界ともいえる席でぽつんと座るメンバーは、自分の置かれた状況など気付いていないように、何やら手に持った紙切れを唸りながら見ていた。
その紙には“新城 隼人”という名前と、電話番号、LINEのIDなどが書かれていた。

「……やっぱ、あかんよな」

「何が”あかん”なの七瀬?」

「きゃっ!? ななみん、急になん? 驚くやない」

 突然、斜め後ろから声を掛けられ、紙を見ていたメンバー、七瀬は小さな悲鳴をあげた。
すると、斜め後ろに紙を覗き込むようにする奈々未が立っていた。

「いや、何度か声かけたよ」

「そ、そうやったんや。 ごめん」

「まぁ、良いんだけどさ。 七瀬、それなに?」

 後ろに居たことに全然気付かなかったことを謝る七瀬。
それに対し奈々未は気にする様子もなく、手に持った紙を不思議そうに指差した。

『まぁ、圭子ちゃんのことだから、新城くんの連絡先かなんかだろうけど……』

 実のところ奈々未は、隼人から圭子の連絡先を渡されていたから、七瀬の持つ紙の正体に薄々気付いていた。
だから、七瀬が楽屋入りしても誰ともくっつくこともなく、ジッと紙を見つめ始めたので、どうするのかと興味津々で近付いたのだ。

 奈々未は好奇心を抑えられず少々ニヤけていたが、七瀬は本気で悩んでいるのかそんなことに気付いた様子はない。

「あぁ、これな……声かけてきたさっきの子に、隼人って人の連絡先押し付けられたんよ」

「マジ?」

「ななみん、どうしたらえぇと思う?」

 縋るような表情で奈々未を見る七瀬だったが、“押し付けられた”という言葉とは裏腹に、困ったようなそれでいて嬉しそうなとても曖昧な表情をしていた。

 それが奈々未には、受け取った事に対し迷惑がっているのではなく、隼人の連絡先へ連絡をするかしないか悩んでいるように見えた。
確かに、奈々未もさっき道ばたでの会話を思い出し、隼人とは昔からの友人のように、距離を持たず普通に話せていたように思える。
それは容姿という外面的な部分で嫌悪感を抱かなかったからというより、雰囲気というか隼人の持つ空気感や実直さが、そうさせたのだろうと感じていた。

『そう言えば……』

 奈々未は以前、七瀬本人から聞いた話を思い出す。
最近まで乃木坂46に入る前、高校生の時から付き合っていた彼氏がいたという。
親公認で、とてもラブラブな様子を、地元の友達の前では見せていたらしい。
でも、彼氏が居ても他の男子とはあまり仲良く話せず、男友達は多くなかった七瀬は言っていた。
結局、その彼氏とも、乃木坂の仕事で多忙となり、遠距離ということもあってか、すれ違いが続いたのをきっかけに、別れてしまったというのだ。

 そんな七瀬だから、乃木坂に入って幾分か鍛えられたようだが、普段の握手会でも気を抜くと緊張し、今でもファンの人と話せなくなるばかりか、どうして良いか分からず無表情になってしまうことがあるらしい。
言ってみれば、人一倍人見知りな一方、気を許せる相手にであれば表情豊かな七瀬を見せるということになる。

 そんな七瀬が、連絡先の書かれた紙を奈々未が隼人から受け取る様子を、“なんで、ななみんなん?”と言いたげな、感情が遠くからでも読み取れる程の表情でこちらを見ていた。
その表情は正しく“嫉妬”であり、隼人は相当気になる相手なのだということが窺えた。

『これはひょっとして、ひょっとする?』

 目の前で「うーん」と悩む七瀬は可愛らしく、それが恋愛が絡むとなると、そこは奈々未も若き女性、興味が湧かない訳はなかった。
奈々未自身は、“お金のため”にアイドルをしていた面もあり、他のメンバーとは違い恋愛に対し否定的ではないし、加え卒業予定の身でいささか状況も異なっていた。

 だが、七瀬がこれからもアイドルを続けていく意志があるのならば、恋と仕事の両立は相当な覚悟が必要となるため、七瀬の本気度を確かめる事にした。

「……七瀬、まずは連絡しちゃ駄目」

「えっ……うん」

「あと、捨てるとき注意ね。 シュレッダーかけるとか、とにかく分からないくらいにして捨てること。 ゴミ漁るとかキモイ奴いるから」

「う、うん……あとは?」

「以上」

「え、それだけ?」

「だって私たち恋愛しちゃいけないんだから、それ以外ないじゃん」

「そうなんやけど……」

「あの男の子のこと気になる?」

「えっ、そんな訳ないやん」

「まぁ、イケメンだったから仕方ない。 でもさ、私推しだって言ってた子が彼女でしょ?」

「違うんとちゃうかな……これ渡すぐらいやし」

「あれれ、七瀬こそ彼女有り説を否定しますか?」

「ちゃうって……ななみんこそ連絡先もらったんちゃうん?」

 “彼女”という言葉に、七瀬は自分でも分からないうちに根拠のない否定をしていた。
それどころか奈々未に、そこをツッコまれると話題を変え始めた。

「貰ったよ。 圭子ちゃんって言うらしいけど、同郷の子だし面白そうだから後でLINEでもしてみようかな~」

「えっ!? それはええの?」

「若月と玲香じゃないんだし、私はそっちに興味ないもん。 それに卒業するしね~」

「うぅ、なんかそれズルい」

 “乃木坂46の皆さんステージ裏に移動お願いしまーす”

 話に夢中になっている内、楽屋にスタッフが現れ、他のメンバーが移動を始めていた。
奈々未たちも、その様子に移動の準備を始める。

「まぁ、一期一会、出会いは大切にしたいしさ。 あっ、行こっ七瀬」

「……うん」

 人との出会いは一期一会である。
たとえ同じような状況で同じ相手と巡り会っても、既にそれは別の出会いであり、同じ運命を辿るとは限らないのだ。

 “出会いは大切にしたい”
だから、奈々未は芸能界を引退したのなら、心に従うと言っているのだ。
当然、アイドルを続ける者ならば“出会い”は選ばねばならないことは、これまでの七瀬であれば疑問に思うことすらなかったことだろう。

 “じゃあ、私は?”
しかし、さっき会ったばかりの相手に、知っているような、懐かしいような感覚を持ったのは、これが初めてのこと。
その感覚を素直に信じるならば、本当にこの出会いを無駄にしていいのだろうかと、七瀬は心を激しく揺さぶられた。

 それでも時間ときは立ち止まることを許さず、七瀬を追い立てる。

 七瀬は紙をスマートフォンのカバーに付いた小さなカード入れにしまうと、何となく後ろ髪引かれながら楽屋を出て行った――。


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