このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第061話

design


 “業務連絡。頼んだぞ、片山部長! in さいたまスーパーアリーナ”と映し出されたステージ両サイドの大画面モニターを背に、優子は1人ステージに立っていた。
普段ここ“さいたまスーパーアリーナ”は、多目的ホールとして格闘技やスポーツ、そしてコンサートを行う場として広く利用されている。
ここで優子たちAKB48は姉妹グループSDN48、SKE48、NMB48、HKT48、JKT48と共に“AKBグループ”として、明日からの3日間で述べ75,000人という大勢の観客を前にコンサートを行うことになっていた。
そして、今日はその前日リハーサルのため一日中、優子達は会場にいた。

「う~ん、何処だ関係者席は~」

 1日で3日分のセットリストを通しで行ったためか、リハーサルが終わり楽屋に戻るなり殆どのメンバーはグッタリとしていた。
この後、仲の良いメンバーで食事をする事になっていたが、みんなの様子を見るなりまだ時間が掛かりそうだと思った優子は、シャワーで軽く汗を流し手早く着替えると、1人部屋を抜け出し再びステージに足を運んでいた。

 今回のコンサートステージは“さいたまスーパーアリーナ”のアリーナ部分をフルに使い、大小5つのステージに分け設置されていた。
メインステージは横スタンド側に設置され、残った横スタンド側にサブステージ、縦側スタンドにサイドステージが設けられていた。
各ステージは中央の円形ステージから伸びる花道から全て行き来できる。
また、メインステージ両脇からも花道が伸びサイドステージへ直接行き来できるセッティングとなっていた。

 メインステージから中央を通り、一番奥側にあるサブステージへと続く花道を歩きながら、優子は関係者席を探しキョロキョロ会場を見回していた。
ステージ上の映像や音響機材のセッティングはリハーサル開始前に既に終わっていたが、リハーサル後に作業開始となったアリーナ席の設置は未だに続きスタッフが慌ただしく椅子をセットする姿が見えた。
そのせいか、それとも学から渡された手書きの客席図が大雑把過ぎるせいか、いまいち目の前の光景と地図が一致せず探すのに苦労していた。

「もぉ! 学の下手くそ! これじゃわかんないじゃん!」

 天地をひっくり返したり色々してみたが、結局何処なのか分からず諦めかけたその時だった。

「な〜にキョロキョロして騒いでんの優子ぉ!」

「ぬぉっ!? 誰?」

 紙を見ながらキョロキョロとしていた優子は背後から突然抱き付かれ、思わず変な声を上げていた。
優子は抱きつかれたまま誰なのか確かめようとすると、肩越しに宮澤 佐江の顔がヌッとキスできる程近くに迫ってきた。

「何してるの優子ぉ~」

 普段であればキスなどは挨拶代わりにしていたので別段恥ずかしがる事もないのだが、今日は何故だか隼人とのキスが脳裏を過ぎり恥ずかしさのあまり思わず優子は顔を背けてしまった。

 「ごめん」そう小さく言い顔を背ける優子の行動に、自分とのスキンシップが嫌なのかと戸惑った佐江だったが、どうもそうではないと顔を真っ赤にした優子を見て察した。
朝から様子が変だった事と関係があるのかもしれないと、佐江は気になっていたことを尋ねた。

「今日の優子変じゃない? リハは人一倍力入ってたけど、休憩の時になるとフラッと居なくなったり、居てもいつもみたいにはしゃがないって言うか抑えてたみたいだし……佐江さずっと気になってたんだ。 何かあったの?」

 佐江の言うように今日の優子は隼人がコンサートを観に来ることになり、いつにも増してリハーサルに気合いが入っていた。
休憩の時にフラッと居なくなったのは、隼人の座席が取れたと聞き座席場所の書かれた紙を受け取るため学と会っていたからだった。
また、休憩室でメンバーと何時ものようにはしゃげなかったのは、交際の件やコンサートに隼人が来ることが嬉しくて、つい話してしまいそうになるテンションを抑えていたのだ。

 確かにいつもであれば小嶋 陽菜が『ゆうちゃん、おも~いっ!』などと邪険に扱うぐらい積極的に抱き付きちょっかいを出したり、他のメンバーと戯れ合っている優子が、それを控えていたのだから佐江には“いつも”のように見えなかったのだろう。
だが、それはあくまでも程度の問題で、陽菜にもキスはしなかったが抱きついたし、渡辺 麻友とも『おしりぃ~♪』などと戯れ合い、表面的に普段と変わらぬ言動をしていたつもりだった。
それなのに、佐江は優子が普段とは異なることを当たり前のように感じとっていた。
心友が自分の事を気に掛け、追いかけて来てくれたことが嬉しかった。
佐江の屈託のない笑顔に、優子もチャームポイントの笑窪が浮かぶぐらいの満面の笑みを返した。

「昨日ね、最高に嬉しいことがあったんだ……ところで佐江」

「なに?」

「この席が何処にあるか分かる?」

 優子がニッコリと微笑んだのはてっきり“最高に嬉しいこと”を教えてくれるのだとばかり期待していた佐江だったが、代わりに優子は手に持っていた紙を見せながら赤い印と青い印の付いた席の赤い方を指差し何処か訪ねてきた。
危うく最近絡みの多くなった“山本 彩”ばりに『何でやねん』とツッコミを入れそうになったが、優子が眉を八の字にさせ困り顔でこちらを窺われると、そうもいかず結局紙をマジマジと見始めた。

「どれどれ……“レベル200”と……優子、これ赤いのも青いのも、どっちも2階席のことだよ」

「えっ、2階席なの?」

「そうみたい。 えっと“1-112”ね。 ん~……あった! あそこに席の無いスペースあるでしょ? その向こう側の一番最前列の左端のとこだと思うよ」

 佐江は2階席の中央よりやや上座側、優子達のいるサブステージの端からだと丁度正面にある席を指差した。

 優子はその席を見ながら、コンサートの動線を思い出し、何やら思いを巡らし終えたのかデヘっと笑う。

「何度か顔見えるかも……」

 いつも以上にリハーサルに気合いを入れていたり、座席の場所が分からず困っていたかと思うと、今度は気持ち悪い笑いを浮かべている優子を目の当たりにし、佐江は思わず素直な感想を述べる。

「気持ち悪い笑いして……何があったのさ?」

「ひどっ! 佐江ちゃん、それはあんまりだ」

 優子は“気持ち悪い”という言葉にショックを受けた様子だったが、それでも佐江のことを“ちゃん”付けしているのは何処か浮かれている証拠だった。
余程良いことがあったのだろうと思った佐江は、優子への追及の手を緩めなかった。

「じゃあ、何があったか白状なさい」

「んー、ちょっと耳貸して」

 その言葉に周りをキョロキョロ見回す優子。
佐江は言われた通り優子の話し易いように顔を下げ気味に近づけると、優子は手で口元を隠しながら佐江に告げた。

「“隼人”……昨日話した“新城さん”とね。 彼と付き合うことになったの。 それでスーパーアリーナの3日目に観に来てくれることになったの!」

「へぇ……えっ!? えぇーーーーー! ウソ! 何それ本当なの優子っ!!」

 嬉しそうにニコニコしている優子とは対照的に、話を聞いた佐江は突然の報告に一瞬話が見えずキョトンとしていた。
しかし、言葉の意味を理解すると驚きの声を上げた。
その声はアリーナに木霊し、それを聞いたスタッフが何事かと2人に注目した。
まさかそんな大声を上げるとは思わなかった優子は佐江の口を咄嗟に抑えると、こちら見ているスタッフに「何でもないでーす」と何もないことをアピールした。
スタッフは2人の何時もの戯れ合いだと思ったのだろう、それぞれの作業に戻っていった。
そんなスタッフらを見て一安心したのか優子は盛大に溜息を吐く。

「はぁ~、もう佐江驚かせないでよ」

「ぅうふぉ、ふふひい!」

 肝を冷やした優子が佐江に一言いうが彼女から返ってきたのは声にならない声だった。
見ると優子は口を押さえられたままの佐江が『優子、苦しい!』と言っているようだった。
顔を真っ赤にしている佐江を見て、優子は直に手を離す。

「死ぬかと思った……はぁはぁ」

「ごめん! 佐江!」

 やっとのことで優子の手から解放された佐江は、足りなかった酸素を肺に取り込もうと目一杯息を吸った。
一方、咄嗟の事とはいえ佐江に悪いことをしたと思った優子は、済まなさそうな表情で両手を合わせ謝った。
佐江は優子の行動を非難するでもなく、それよりも息が整うのを待つと状況の説明を優子に小さな声で求めた。

「平気だよ優子。 大声だした私も悪いからさ……でも、突然過ぎて驚いちゃったよ。 それで、どういうことなの?」

 「うん……」と優子が答えると、2人は自然と寄り添うようにステージに座り込み、優子は佐江の肩に頭を預けた。
何故かこうするのが2人の習慣になっていて優子は不思議と心が落ち着き何でも話せる気がし、佐江も優子から大事な話をされる合図だと思っていた。

 改めて周囲を見ると大勢居るスタッフは、2人の事など構っている余裕などないように慌ただしく設営作業に追われていた。
周囲の様子に安心したのか優子は凭れ掛かりながら、昨夜のことを振り返るように遠くを見つめながら、佐江だけに聞こえる小さな声で昨夜から今朝にかけての事をゆっくりと語り始めた。

「実は昨日の夜ね……」

 エレベーターでのことに始まり、食事に誘い念願だったオムライスを作り褒められたこと、ヒップやワインのことなど優子が楽しそうに語るのを、佐江は終始驚きながら聞いていた。
いくら優子が人を見る目が養われているとはいえ、その日の朝までストーカーだと思っていた相手を家に招待するなど無防備にも程がある話だが、優子は「会えば分かると思うよ~」とニコニコしながら言うばかりで全く危険性を感じていない様子だった。

『その男性ひとを信用し過ぎだって……』

 そう考えながら、ここまではやきもきしながらも幸せそうな優子の様子に、佐江も何処か嬉しそうにしていた。

 だが、優子が大事にしているブレスレットについて隼人に話した辺りから、佐江の表情に変化が現れ始める。
徐々に険しい表情へと変わる佐江の顔は、彼女の肩に凭れ掛かる優子からは見ることはできなかったが、見ることが出来ていたら口を噤んだであろう表情をしていた。

 もっとも、隼人の言葉を反芻する度に胸を熱くしている優子がそれに気付く訳もなく、話はどんどん進行していく。
そして、話が終わる頃には佐江の眉間にはしっかりと皺が寄り、感情の状態をハッキリと示していた。

「……だったの。 それでね、あ「優子ちゃんっ! 何してるの!」へ? あっ珠理奈」

 優子が交際することになったことを話し終わるや否や、後ろから優子の名を呼びながら2人に突進してくる“松井 珠理奈”の姿があった。

「えいっ!」

 珠理奈は優子の名を呼ぶも、佐江に飛び込んで行った。
佐江の方が優子と比べ体格が良いので珠理奈はいつも佐江に飛びつき、佐江も普段であれば難なく彼女を抱き止めるはずだった。

「えっ!?」

 しかし、珠理奈の予想に反し佐江は抱き止めることは疎か珠理奈の方を向くこともなかった。
そのせいで勢い余った珠理奈は佐江の背中にダイビングすることとなる。
ボーリングの玉と化した珠理奈は佐江というピンにぶつかり、2人はボーリング宜しく弾け倒れた。
その拍子に佐江は持っていた座席番号の書かれた紙を落としていた。

「っうぅ、珠理奈!? あんた何してるの?」

「いったぁ~い!!」

 突然何かに追突され倒れた佐江は、ぶつかられた背中を摩りながら、突如背中に飛来したであろうものを見て驚き声を上げた。
飛来したした“もの”の方である珠理奈も、顔面から佐江の背中にぶつかり鼻を押さえながら涙目で声を上げた。

「珠理奈、鼻大丈夫? 血でてたりしない? 平気?」

「うん」

 鼻を摩る珠理奈に、被害者である佐江の方が相手を心配していた。
だが、それはいつものことで、事の一部始終を見ていた優子も初めは佐江が気付かないことを疑問に思ったが、その後の対応が普段通りだったので佐江の感情の変化に気付くことはなかった。
その代わりどうして珠理奈がここに来たのか疑問に思った優子は、未だ佐江に鼻を見てもらっている珠理奈に尋ねた。

「珠理奈、そう言えば何でここにいるの?」

 尋ねられた珠理奈はキョトンとしていたが、メインステージから誰かが走ってくるのを見るや、佐江の後ろに隠れてしまう。
その直後、走って来た人物が珠理奈に大きな声を上げた。

「コラーっ! 珠理奈、2人を呼んで来てって行ったのに、一緒になって何やってるの!」

「ご、ごめんなさい、たかみなさん……ん? 優子ちゃんどうしたの?」

 走って来たのは高橋 みなみだった。
予想外のことが起きたとは言え、みなみに言われたことを守れなかったことを悪いと思ったのか、佐江の背中から顔を少し出すと申し訳なさそうな顔をし謝る珠理奈。
だが、その視界に優子が立ち上がり周りをキョロキョロする姿が見え、思わず何をしているのか尋ねてしまう。
すると優子はキョロキョロしながら、それに答える。

「ん? いや、たかみなの声が聞こえるけど姿が見えないなと思って……」

「あぁ……」

 聞いてしまえば何のことはない、いつもの“たかみな弄り”であった。

「そんな訳あるか~い! 目の前に居るっしょ!」

「えっ? ドコ? おーい、たかみな~」

 大して身長の違わないみなみを優子が見えない訳がなかった。
みなみが視界に入る度にわざとキョロキョロする優子と、それがわざとだと分かっていてもピョンピョン跳ねながら付き合っている姿に思わず珠理奈は吹き出してしまう。

「ぷっ、優子ちゃん、たかみなさんが可哀想ですよ。 クスクス」

「そう? あっ、たかみな居た。 小っちゃいから分かんなかったよぉ」

「ちょっと待て~い!って、あれ?」

 お約束となったやり取りにみなみがオチをつけようと一歩前に出ようとしたとき、何か踏んだ感触に気付いた。
下を見るとみなみは靴で紙のような物を踏んでいた。
靴を退けると、踏まれクシャクシャになった紙があった。
それを拾い上げ中を確認すると、そこには手書きの絵と何か書き込みがされていた。

「レベル200の1-96、97と1-112……座席番号じゃん。 誰の?」

「あっ……それ私の……」

 紙に書かれた物が座席番号だとすぐさま理解したみなみは、周囲に居るメンバーに持ち主がいないか確認する。
それを聞いて、思わず名乗り出てしまう優子だったが言ってから後悔した。

「あっ、そうなの。 はい、優子。 ところで誰か知り合いでも来るの?」

 みなみは紙を返してくれたが、案の定されたくない質問を投げかけられ、隼人のことをどう答えるべきか迷う優子。
だが、幸いにして学の親切心で2日目に来る友人の座席番号も紙に青字で書かれていたのを思い出す。

「えっと……実はね、2日目に“杏”が彼女の友達と一緒に来ることになっているの」

「あん?」

 みなみは“杏”と呼ばれる人物に、いまいちピンと来ていない様子で首を傾げていた。

「杏っていうのは“渡辺 杏”って言って、“渡辺 謙”さんの娘さん」

「「えっ-!?」」

 優子の言っている人物が誰であるか知り、みなみは横で聞いていた珠理奈と共に驚いた。

 杏と言えば渡辺 謙の娘としてだけでなく、パリコレなどで活躍した元モデルとしても有名だった。
だが、珠理奈は優子と杏の接点が分からず、子供のように手を上げ優子に尋ねた。

「はいはーい、優子ちゃん質問です。 何処で知り合ったんですか?」

「以前映画で共演して、それで仲良くなったんだ。 今でも食事したり、買い物行ったりしてるよ」

 「へぇ~」と言いながら納得している珠理奈に対し、みなみは新たな疑問が湧いた。

「でもさ優子。 杏さんって突然芸能界引退しちゃったじゃん。 今何しているの?」

「昔からイラスト描くのが好きだったらしくて、今はデザイナーをやってるって言ってたな。 最近任されてた大きな仕事が終わったみたいで、私も久しぶりに会うんだ」

「マジっすか? いいなぁ。 私も会ってみたい」

 みなみが羨ましそうにしているのを見て、優子はある提案をした。

「あっ、そうそう。 秘密にしとこうと思ってたんだけど、コンサート終わったら楽屋に杏が来てくれるんだ。 その後に御飯行くんだけど一緒に行く? 中華だよ~♪」

「えっ、ほんとっすか?」

「はいはいーい。 珠理奈も行きます行きます!」

 “元”とはいえパリコレなどで活躍したモデルとプライベートで話せる機会は芸能界に居てもそう多くはなく、手を上げた珠理奈もみなみも参加することになった。

「佐江……?」

 先程から話に一切加わって来ない佐江が気になり優子は彼女を見ると、はしゃぐ珠理奈やみなみを見ることなく無表情に優子の方をジッと見ている佐江と目が合った。
佐江は目が合うと、それをはぐらかすかのように笑う。

「何でもないよ。 杏さん来るんだ。 私も行こうかな……」

「うん……多い方が楽しいよね。 それよりどうしたの?」

 杏との食事に参加すると言う佐江だったが、何か隠しているように思え優子は再び尋ねた。

「何もないって。 それより、みんな“あっちゃん”が呼んでるよ?」

 笑いながら優子の問いに答えると視線をメインステージの方に移し、そちらを指差した。

 その場に居たメンバーがメインステージの方を向くと、前田 敦子を筆頭に私服に着替えた数人のメンバーがいた。
そして、敦子がこちらに手を上げながら何やら叫んでいた。

「こらぁー! たかみな置いて行っちゃうよ!」

 ステージに居た優子達を珠理奈が呼びに行き、中々戻らないのでみなみが連れ戻しに行ったのだが肝心のみなみも戻って来なかったので我慢できず叫んだようだった。
いつもはマイペースなAKBの絶対的エースも、食べ物のこととなると人が変わるようで、かれこれ10分程待ちぼうけを食っていただけなのだが敦子の表情は不機嫌だった。

「「あー……あっちゃん怒ってるよ」」

 遠くからでも分かる敦子の不機嫌な様子にハモりながら優子とみなみが困ったようにしている。

『『御飯のことになるとあっちゃん怖いからなぁ』』

 2人して同じことを思いながら、ゆっくりと歩き出す優子とみなみ。

「さっ、早く戻りましょうよ!」

 そう言いながら珠理奈は歩みのゆっくりな2人の背中を押しながら足早に歩き出す。
先程まで佐江の様子を気にしていた優子だったが聞く機会を逃し、いつの間にかみなみや珠理奈と一緒にはしゃぎながらメインステージに戻って行った。

「……」

 そんな3人の輪に入ることなく佐江は後ろを無言で歩いていた。
その表情は何処か苛立ちや悔しさの交じる複雑な感情を湛え、笑いながら楽しそうに前を歩く優子の後ろ姿に誰かを重ねると佐江は拳を強く握りしめた――。


5/24ページ
スキ