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『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第060話

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「嘘だろ……」

 予想だにしない出来事に画面に写し出された女性を見ながら、隼人は思わず呟くと暫く微動だにすることが出来ずにいた。
やっと動いた指で彼女の画像の上にカーソルを合わせるとカーソルの形が変わり、リンク先が存在することを示す。
名前と写真が表示されているのだから、もはや彼女以外の何者でもないことは隼人も理解していた。
何処か頭の片隅に“同姓同名”ではないかという思いがリンクをクリックさせていた。
画面が切り替わると先程の女性の画像が拡大され、名前や生年月日だけでなく出身地やニックネームなどが載っていた。

『間違いない……』

 画面に映し出された画像を見て、やはり女性が“高橋 みなみ”だと確信した。
4年ぶりに画面の中で再会した“みなみ”は“あの日”彼女が宣言した通り“アイドルの高橋 みなみ”として隼人の前に現れた。

 隼人はこの4年間ずっと彼女を応援すると決めてはいたが、優子と同じアイドルグループに居たことは予想外で、彼女が夢を1つ叶えていたことを手放しには喜べずにいた。

 みなみとは互いに嫌いになって別れた訳ではない。
ただ、みなみの“夢”という船に、隼人という“恋人”が乗る余地がなかったのだ。
彼女との別れに心残りがないと言えば嘘で、あの時彼女が望んでくれていれば別れることはなかった。
それでも時は戻る事なく過ぎ行き、今は隼人の隣には優子という新しい恋人が居て、彼女と共に自分は生きて行こうと決めた。
その気持ちに嘘はなく、優子を裏切る気持ちはない。
だが、別れたからといって無関心になれる程浅い付き合いでもない。
みなみに対し恋や愛とは違う、どこか近親感にも似た感覚が自分の心の奥底に未だ燻っているのを感じていた。
そして、目の前で“不自然でぎこちなく微笑む”みなみの画像が、燻っていたものを再燃させつつあった。

『何があったんだ。 みなみ……』

 たった4年の間に自然な笑顔は消え、検索で出てくる画像はどれも不自然で“心からの笑顔”は存在しなかった。
ファンや周囲の者からすれば笑顔を作るのが苦手だったり、そもそもみなみの笑顔はこういうものだと捉えられているのかもしれない。
だが、少なくとも自分と付き合っていた頃のみなみはもっと自然体の笑顔だった。
この4年間に彼女に何か起きたのは確かだったが、何処にもそれに関することは書かれていなかった。
このことを優子に聞ける訳もなく彼女のマネージャーの学に聞こうとも考えたが、それにはみなみとの関係を話す必要があり出来るなら避けたかった。
結局、他に知る術のない隼人はもどかしい思いで一杯になっていた。
いつの間にか外出する時間であることは頭から抜け、AKBについて調べることに集中していた。

 集中すると隣で誰かに声をかけられても気付かない程で、現にいつの間にか目の前で杏が声をかけていたが隼人は気付く様子もなく画面を見続けていた。

『どうしたのかな?』

 外出時間になったにも関わらず一向に動こうとしない隼人を不思議に思った杏は、彼のデスクまで行き声をかけるが返事が返って来るどころか、隼人は杏の存在にも気付いていない様子だった。
隼人は何かに集中すると声をかけても気付かない時があることを、この半年で学んだ杏は彼の顔の前で手の平をヒラヒラさせて視界を遮ってみた。
大概はそれで気付くのだが、今日に限ってはそれでも反応が返ってこない。
何をそんなに集中しているのだろうと疑問に思った杏は、画面が見える所まで回り込む。
すると、Webブラウザーには少し前に話題となったAKB関連のニュースが映し出されていた。
見出しには大きく“AKB48 高橋 みなみの母 淫行罪で逮捕!!”と書かれた記事を、食い入るように隼人が見つめていた。
少し前に“高橋 みなみの母親、息子の友人と淫らな関係。みなみはクビか!?”とWebで話題となったが、テレビや雑誌には殆ど出ることがなく違う意味で話題になっていた。
それを何故、今頃になって隼人が見ているのか不思議だった。

「新城先輩?」

「あっ、えっ!? 渡辺さん。 いつからそこに?」

 杏は無駄と思いつつも改めて声をかけながら顔の前で手をヒラヒラさせる。
すると、画面を見入っていた隼人が気付いたのか、突然現れた杏を見て盛大に驚いていた。

「さっきからずっと声をかけていたのに気づかないから……ところでどうしたんですか、そんな記事なんか見て?」

「あっ、いや、偶然見かけたから……でも、この記事本当なのかい?」

 普段は芸能ニュースなどに興味がなかった隼人が、この話題だけは何故か興味を持ち、しかも自分に振ってきたことに何か思うところがあったのか杏は少し表情を曇らせた。
それでも直ぐに、いつもの表情に戻ると隼人の質問に答え始めた。

「多少、実際とはニュアンスが違うようですが、事実みたいです。 罰金も既に“みなみちゃん”が払ったと聞いていますし……」

「そうなのか……」

 この記事を見つけたとき心臓が飛び出すかと思った。
実は杏が顔の前で手を振っていたのに気付かなかったのは、集中していからではなく絶句していたのであった。
記事の中にあるみなみの母親と弟を隼人は知っていた。
面識があるどころか大学に入り東京で1人暮らしをし始めてから、高橋家には色々お世話になっていた。
だから、内心“事実ではない”という言葉を期待し杏に聞いたのだが、期待に反し“事実”であると知った隼人は表情にこそ出さないもののショックを受けていた。
それでも、杏や周囲に関係を知られないために、努めて平静を装う隼人は話題を変えた。

「渡辺さんAKBに詳しいんだね」

 話題を変えようと言ってみたものの動揺していたのだろう、結局AKB関連の話題を自ら振ってしまっていた。
心の中で“墓穴”を掘ったことを後悔したが、これが隼人とAKBの関係をより複雑にする切っ掛けになろうとは本人も思いもしなかった。

「そんなことより、そろそろ出ないと間に合いませんよ」

「あぁ、そうだね……」

 杏は質問をはぐらかすように外出の準備を隼人に促すと、自分も席に戻り外出の準備をすると「打ち合わせ行ってきます」とオフィスを足早に出て行った。
事実、出発の時間を少し過ぎてはいたのだが、余裕を見ているので急ぐ必要はないはずだった。
そのことは杏も知っているはずだと思いながら、ハンガーに掛けたスーツの上着を着ると鞄片手に「行ってきます」と言いながら隼人は杏を追うようにオフィスを後にした。
「行ってらっしゃい」の言葉に見送られながら廊下に出ると、杏が廊下の壁に凭れながら待っていた。
その表情は別段変わった様子はなかったが、廊下に誰も居ないことを確認した隼人は杏に急いで出た理由を尋ねた。

「どうしたの、そんなに急いで?」

「あまり社内の人間には知られたくないことがあって……そのことは移動の車の中で話しますね」

 抑えめな声でそれだけ言うとロビーへと歩き出す杏。
その言葉に何か言い知れぬものを感じ、ロビーへと向かう足取りが重くなるのを感じる隼人であった――。


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