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『世界がいくつあったとしても』

第5話:「紙切れ」

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「「?」」

 後ろから“すみません”と女性の声で呼び止められる七瀬たち。
振り返ると、そこには先程の2人組の女性の方が立っていた。

 走ってきたのか女性は息を切らし、艶やかなブラウンの髪間から見える額は薄ら汗が浮かび、少し乱れ頬に掛かった長い髪が色っぽかった。

『色っぽい女性ひと……』

 そればかりか女性は165cmはあろうかという身長に、コートを着ていてもスレンダーだと分かるモデル体型。
顔は乃木坂屈指の美女“まいやん”こと“白石 麻衣”にも似て、とても大人びた女性だった。

 七瀬は二人に出会ったとき男性ばかり気にし、女性の方をちゃんと見たのはこの時が最初で、奈々未が先程言っていた“美男美女”の意味をこの時初めて理解した。

「……あの」

 暫くし女性は息が整ったのか、七瀬を見ると何か言い掛けた。

「ちょっ、圭子。 走るの早いよ 」

 すると、男性が遅れてやって来ると、女性のことであろう名を呼び、その隣で立ち止まる。

「ちぇっ、隼人もう追いついてきたんだ。 もう少しだったのに」

「はいはい。 追いついて悪かったね」

「あぁ! 全然、悪いって思ってないでしょ?」

「誰が急に走り出したんだっけ?」

「むぅ、それはそうだけどさ」

“圭子”と呼ばれた女性は、思いの外早く男性が追いついたことに不満を漏らし、“隼人”と呼ばれた男性は一方的に言われているのに、いつものことだと言うように苦笑しながら軽く受け流していた。
まるでそのやり取りは長年連れ添う夫婦のようで、圭子と隼人の関係を表しているような会話だった。

 そんな二人のことなど知る由もない七瀬たちは、突然の夫婦漫才のようなものを目の前で見させられポカンとせざるを得なかった。

 奈々未は声を掛けてきたと思ったら突然のこのやり取りを前に驚き、七瀬は男性の名が“隼人”ということを偶然知ることが出来たことに驚いていた。

『息ピッタリやん。 やっぱり彼女さんなんかな……』

 だが一方で、七瀬は息の合ったやり取りをする二人の関係が気にもなっていたから、心中複雑な思いで隼人を見ていた。

「まぁ、いいや」

 そんな七瀬の気持ちを余所に、終わりというように隼人との話を途中で終わらせる圭子。
すると、七瀬と奈々未の二人の方へ向き直ると、今度は圭子から口を開いてきた。

「あの! お二人は橋本さんと西野さんですよね?」

「ちょっ、圭子。 こんな道のど真ん中で何言ってるのさ」

 突然、往来のある道のど真ん中で直球な質問を始めた圭子に、驚いたのは言われた当人たちではなく隣にいた隼人だった。

 相手は今をときめく“乃木坂46”の橋本 奈々未と、隼人の推しメン“西野 七瀬”。
過去に北海道で一度だけ催された全国ツアー公演で観られたのは、表情など読み取れないくらい遠くであった。
それが、変装しているとは言え、七瀬が今目の前、それも手の届く距離にいる。
しかも、周りを見渡せば人通りのない路地。
今も隼人を含む4人以外誰も居らず、人知れず声を掛けるには絶好の状況と言えた。

 これだけの好条件が揃えば圭子でなくとも、声を掛けてみようと思うことだろう。
勿論、それは七瀬という推しメンを目の前にした隼人も例外ではない。

 ……はずだった。

「すいません」

 ところが、隼人は七瀬たちに一言そう告げると、圭子の手を取り少し離れた場所へ連れて行ってしまう。

「なにし……さ」

「だっ……折角会っ……じゃん」

 七瀬たちへ背を向けた二人の会話が、微かに背中越しに漏れ聞こえてくる。

「何なんだろうね。 あの二人?」

「う、うん」

 突然に声を掛けられたかと思ったら、今度は背を向けられ何か言い合いを始める二人に、奈々未と七瀬は再び呆気にとられる。
このまま黙って行ってしまうことも可能だったが、自分たちの正体を知っているような素振りを見せられては無下に出来ようもなく、結局二人の会話が終わるのを待つより他なかった。

「隼人は遠慮しすぎ!」

 そんな七瀬たちを余所に、二、三言何かを交わしていたかと思うと圭子が突然声を上げ、隼人に掴まれていた腕を振り払う。

「ごめんなさい、西野さん」

「えっ」

 すると、踵を返しこちらへやって来たかと思うと、今度は圭子が七瀬の手を取り路地裏のような所へと連れて行ってしまう。

「ちょっ!」

「くんな馬鹿っ!」

 その突飛な行動に、隼人が驚きのあまり素っ頓狂な声が出るのも構わず近付こうとするが、圭子は眉を寄せ強い口調でそれを拒否すると背を向けてしまう。

 口調のみならず向けられた表情で、圭子が本気で拒否していることを幼馴染みであるが故に知る隼人は「はぁ……」と溜息を吐きながら諦めた様子で、トボトボと奈々未の所まで戻ることに。

 奈々未の隣にくると、彼女は余りの目紛しさに笑えてきたのか、クスクスと笑いを堪えながら七瀬たちの様子を見ていた。

「本当にすいません橋本さん」

「あっ、やっぱり分かってたんだ?」

 隼人が名を呼ぶと、奈々未は正体がばれてまでする必要もないとばかりに付けていたマスクを外す。

「えぇ、橋本さんに西野さんですよね。俺たち乃木坂のファンなんで直ぐ分かりました」

「じゃあ、事務所の前で声かけたらよかったのに」

「でも、迷惑かなって思って」

「でも、あの子は随分と積極的みたいだけど?」

 そう言って、奈々未が向ける視線の先には、何やらヒソヒソと七瀬へ耳打ちをする圭子の姿があった。

「本当にすいません……」

 いくら年が近いからと、アイドル相手に友達のように接する圭子に、頭痛にも似たものを感じ隼人は俯き手で顳顬こめかみを抑えた。

「ふふ、彼女さん?」

「えっ? 違います。 圭子とはそんなんじゃないです」

「圭子ちゃんって言うんだ。 彼女じゃないってほんと?」

「はい。 本当です」

「あんな“まいやん”級の美少女滅多にいないよ?」

「うーん……見慣れているのかな? 小学校からの付き合いなんで……」

「幼馴染みってやつだ」

「そうなんです。 東京から北海道に引っ越してきて初めての友達だったんですよ」

「北海道なの?」

「はい。 俺は生まれは違いますけど、圭子は生まれも育ちも橋本さんと同じ北海道旭川です」

「へぇ! 同郷のファンと会えるなんて嬉しいな」

「俺たちもこんな間近でお二人に会えるなんて思ってなかったんで嬉しいです」

「ありがと。 圭子ちゃんと、えーっと……」

「“新城 隼人”って言います」

「その新城くんたちは何であんなとこにいたの?」

「俺たち――」

 奈々未の疑問に隼人は、これまでの経緯を掻い摘まんで説明した。
自分たちは奈々未たちが出る“ミュージックステーションスペシャル スーパーライブ2016”の観覧に当選したので上京してきたこと。
会場に行くまでに時間があり、都内を観光がてらブラブラしていたら、乃木坂に迷い込んで来てしまったこと。
そして、偶然にも二人がそれぞれ推す七瀬と奈々未がビルから出て来るところに遭遇し、驚きのあまり声をかけられなかったことを話した。

「クスクス、嬉しい反応してくれるね」

 そう言って自分の話を楽しそうに聞く奈々未を見て、それまで少し緊張気味だった隼人の気持ちが緩む。
緩んだついでに、隼人はふと感じた疑問を口にする。

「でも、それで圭子が、あぁやって怒る理由が分らないんですよね……」

「ふーん……それはさ、新城くんが推しメンの七瀬に声かけなかったからじゃないの?」

「それでなんですか?」

「まぁ、多分そうだと思うよ。 せっかくのチャンスなのに!!ってね。 思い立ったら動いちゃう感じだもん圭子ちゃんって。 そうじゃなかったら、私を推してるわけだしさ、七瀬のとこに話に行ったりしないと思うんだよね」

「確かに……圭子がそんな風に思っているかもなんて想像できなかったです。 橋本さん、ありがとうございます」

 奈々未は隼人と話をしていて、初めこそイケメンだけど女心の分らない奴かもなと思っていた。
ところが意外にも、指摘に対し真剣な眼差しで自分の至らなさに言い訳もせず認め、相手に対しても素直に感謝の意を表わす隼人に奈々未は感心した。

『ふぅん、筋通ってんじゃん』

 奈々未はファンだからと、おいそれと男性を信用する程純粋でもなく、それまで警戒しながら隼人へ接していた。
それが思いの外、隼人が誠実だったことで、警戒心が薄らぎ逆に“同郷”二人への興味を抱くきっかけとなる。

「いいって、いいって。 ところでさ二人は何処の高校なの?」

「高校は――」

 出身高校の話題から始まった隼人への奈々未からの質問。
ひょうんなきっかけとはいえ、隼人への警戒心が薄れ気を許したからか奈々未はついつい色々な質問をする。

「あそこの角っこのお店はまだある?」

「それがおじいさん引退されて、今は○○に変わってしまって」

「えっ、うそ!? ショック」

 しかも、旭川出身の殆ど同年代の相手だから、学生時代の共通話題に懐かしさも加わり盛り上がる奈々未。

 一方、乃木坂メンバーとこんな親しくできる機会に巡り会えたことが嬉しく、舞い上がり気味で地元の話をしていた隼人だったが、先程、奈々未から言われたことを思いだしていた。

『きっと、俺より圭子の方が、橋本さんと話したかっただろうな……』

 ライブの時米粒の様な奈々未に、誰より大きな声援を送っていたのは、他でもない隣にいた圭子だった。
奈々未の卒業宣言に周囲のファンの多くは残念がる一方、芸能界から引退すれば見る機会がなくなってしまうというのに、圭子は数少ない応援派だった。

 そんな圭子を間近で見てきて、奈々未への強い想いを知っているはずだったというのに、自分の融通の利かない性格が、一生に一度あるかないかのチャンスを潰そうとした。
そう思うと、圭子のために何かしたいと隼人は強く感じ、あることをしようと持っていた鞄の中を探り始めた。

「どうしたの?」

 今の今まで、楽しく話していたかと思っていたのに、突然鞄に手を突っ込む隼人に何事かと奈々未が尋ねた。

 すると、隼人は「えーっと……」と言いながら、鞄から小さなメモ帳とペンを取り出した。

 それを見て奈々未は、一瞬、サインかなと思ったが、隼人はそれを渡してくることはなく、自分で何かを書き始めた。

「???」

 奈々未の頭に疑問符が浮かぶ。
そうこうしているうち何かを書き終えたのか、隼人がメモ帳から書いていたページを破ると、奈々未に差し出して来た。

「無理は承知していますが、これ受け取ってもらえないですか……」

 奈々未は差し出された紙片を見ると、何やらLINEやらTell、Mailなどの連絡先らしきものが書き添えられていた。

「ごめん、こういうのは受け取れないよ」

 最初は素直に驚いた奈々未だったが、卒業間近とはいえ現役アイドル、連絡先など受け取れる訳もなく、差し出された紙を突っぱねるように直ぐさま断りをいれる。

 内心では、同郷で気が許せるような実直な相手と思っていたから、結局他の男と一緒かと呆れていた。
ところが、拒否されてもなお隼人は頭を下げるようにしながら、紙を差し出してくる。

「奥寺 圭子。そこにも書いていますが、それが彼女の名です。 圭子は、本当に橋本さんのこと応援していて「ちょっと待って」?」

「これ新城くんの連絡先じゃないの?」

「いえ、圭子のです。 橋本さんが言うように、本当は圭子の方がこうやって話たかったはずなんです……」

 隼人はそこまで言うと、背を向けたままの圭子と七瀬の方をチラりと見やり、再び奈々未に視線を戻すと続きを口にする。

「卒業後でも……一度だけでも良いので、圭子に連絡してもらえませんか、お願いします!」

 紙を差し出し頭を下げる隼人が冗談を言っているようにも見えず、顔を上げ奈々未を見つめる瞳もこれまでで一番真剣なものだった。

「……約束はできないからね」

 その様子に一瞬考え込む奈々未だったが、そう言って今度は紙を受け取った。
隼人の真剣さに絆された理由わけでもなかったが、一瞬でも他の男たちと同じ部類かと呆れたことにばつの悪さを感じたのは確かではあった。
同時に、自分が卒業する間近なことで、これまでと違った出会いに対し寛容になっている部分があり、改めて奈々未の中で隼人と圭子に対し興味が湧くのを感じていたのが、大きな理由となっていた。

「ありがとうございます。 圭子も喜ぶと思います」

「いや、必ず連絡するとは言ってないって……」

「そうでした。 でも、受け取ってもらえただけで感謝しています」

 自分の早とちりな発言に苦笑する隼人。

 その様子を見ながら、何となく奈々未は“連絡しちゃうんだろうな”と、予感めいたものを感じていた――。


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