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『世界がいくつあったとしても』誕生記念:第三弾

煌めき:Previous Day

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「なぁちゃん、おめでとう!!」

 周りを友人たちに囲まれ祝福される“西野 七瀬”。
嬉しそうな笑顔を浮かべる七瀬の姿に、男は“あの日”の出来事を重ねていた——。

…………………………

……………………

………………

…………

……

「は、はじめまして。 七瀬さんとお付き合いをさせてもらっています新城 隼人です」

 そう言って自分の両親へ頭を下げる隼人かれの表情がいつになく硬く緊張しているのを、隣にいた七瀬は珍しく感じながら見ていた。
普段口篭もる事など殆どない人だから、それ程に緊張しているのだろう……と思うのと同時に、その言葉セリフがまるで結婚の挨拶のようであったことが七瀬の苦笑を誘った。

 そんな言葉セリフを聞いたからだろう。

『お前なんぞに娘はやらん‼』そう言って物凄い剣幕をした父親の姿イメージが、七瀬の脳裏に一瞬浮かんで消えた。

『何考えてるんやろ……』

 脳裏に浮かぶ飛躍したイメージに、七瀬は思わず自らにツッコミを入れる。
人知れず恥ずかしい妄想を抱いていたことに、頬はみるみる朱く染め上がり本人も自覚するほど熱を帯びていた。
とは言え、七瀬とてそういった場面シチュエーションに憧れが無い訳ではない。
寧ろ隣にいる隼人となら……と、考えている自分がいた。
だが、今日はそんなことのために隼人が実家ここに来たわけではないことを思い出す。

 そんな状態から気を逸らすためか、七瀬は自分たちとは茶の間テーブルを挟み反対側に座る両親をチラリと見る。
すると、娘の彼氏が家に来たというには父親の様子は些か普段と変わらぬものだった。
その態度に若干の拍子抜けと、何事もなくて良かったと安堵の気持ちの両方を抱く七瀬。

「娘から君の話はよぉ聞いとるよ。 まぁ、そない緊張せんで」

「そうやね。 七瀬ったら帰ってくる度、新城くんの話ばっかりするもんやから、初めてうた気がせぇへんのよ」

 隼人のぎこちない挨拶から伝わる緊張感とは裏腹に、七瀬の両親は関西人特有のフランクさで彼を出迎えた。

「ちょっ、お父さんもお母さんも恥ずかしいからやめてや」

 父親の隼人への態度に七瀬が安堵したのも束の間、突然秘密を本人を前にしてニコニコ顔で暴露を始めた両親。
それに対し恥ずかしさのあまり、赤みの引け始めた頬が再び熱を帯びるのを感じながら、七瀬は思わずテーブルへ身を乗り出すように2人を止めに入る。

 一方、そんな七瀬と両親のやり取りを見る隼人の表情は、先程までの緊張した面持ちから変化を見せていた。
それは自分の挨拶に精一杯で余裕のなさそうな表情から一変、目の前で起きている西野家のやり取りを微笑むように見ていた。

「だってほんまの事やない。 聞いてこの子ったら――」

 止めに入る娘を遇いながら、隼人に何やら新たな暴露つげぐちを始めようとする母親。
その何かを企むような表情、特に目鼻立ちなどの面影が七瀬へ色濃く受け継がれたのだろう事が見て取れた。

「まぁまぁ、お客さんが来てるんやから……」

 そんな2人のやり取りを、まるで毎度のことだと言うように呆れ顔で宥める父親。
その風貌がファンの間で“ナインティナイン 岡村 隆史”に似ていると噂されている人物。
風貌やそれほど高くない身長こそ岡村に似ていたが、その柔らかい物腰と七瀬を見る瞳に全てを包み込む父親としての度量の深さを感じた。

『どの世界でもお二人は変わらないんだろうな……』

 七瀬の両親の人となりを見て隼人は何処か懐かしむ、そんな表情へと変わっていく。
隼人が“実際”にこうして七瀬の両親と顔を合わせたのは、この時が初めてである。
だが、その実こうして七瀬の両親のやりとりを見るのは“初めて”ではなかった。

 それもそのはず今日この日を隼人は既に“夢”の内で、追体験していたからに他ならなかった。
だから、この後何が起きるのかも当然知っており、隼人は視線を先程自分たちが入ってきた廊下へ続くドアに向けた。
直後、遠くで玄関の扉を閉めたような、バタンという硬質な音が聞こえた。

「ただいま~」

 その物音の直後、帰宅を告げる何者かの声と、その者であろう足音が段々と近付いてくるのが聞こえる。
隼人にとって聞き覚えのある足音は、やがてリビング前で止まるとドアが開いた。

ガチャッ

「ただいまっ」

 その言葉と共にリビングに現れたのは、西野家の長男であり七瀬の兄である“西野 大盛”だった。

「おっ、隼人もいんじゃん」

 大盛はリビングに入って早々家族と共にいる隼人を見つけると、手にしていたボストンバッグを置くのもそこそこに、さも当たり前のように皆がいるテーブルへやって来た。

「「おかえり、大盛」」

 普段東京に住む息子の帰省とあって喜ぶ両親へ「ただいま」と改めて言葉を掛ける大盛。

「よっ!」

「先にお邪魔してます、大盛さん」

 大盛はその流れで隼人にも声を掛けるが、まるでそれは親しい間柄のようであった。
それは隼人側も同様で、彼もまた大盛を知っているような口ぶりで挨拶を交わす。
 
 実はこの2人、“夢”に限らず“現実”でも既に面識があるのだ。
七瀬との同棲を切っ掛けに知り合うのだが、最初はじめ乃木坂46アイドルとして苦労する妹の邪魔をするなと、大盛は隼人へ辛く当たりその存在を認めなかった。
しかし、ぶつかりながらも人となりを知るにつれ、大盛は次第に隼人を認めるようになっていく。
そして、今では隼人を妹である七瀬の彼氏としてだけでなく、自分の友人としても付き合う間柄となっていた。

 一方、隼人はというと夢で既に事の顛末を見ていたからという理由を超え、自分の七瀬を想う気持ちと、片や妹を想う大盛の気持ちに同一性シンパシーを感じ、彼と衝突しても嫌うことはなかった。
それどころか兄弟のいない一人っ子である隼人には、大盛が兄のようにも感じられ彼を慕ってもいた。

 そんな事もあり場の雰囲気は総じて和やかであったが、唯一ご機嫌斜めでブスッとした様子の者がいた。

「“よっ!”ちゃうやろ。 隼人と一緒にこっち帰って来てってお願いしたやんか? なのに何で隼人1人で大阪こっちに来させてんねん。 お陰で隼人大変やったんやで」

「しゃあないやろ。 急に仕事が入ったんやから……隼人勘弁な」

 悪びれた様子を全く見せない兄の不遜な態度に七瀬が憤慨するも、それもまた大盛によって軽く遇われてしまう。
一方、態度こそ変わらないものの最後に隼人へ謝罪するあたり、少なからず大盛も罪悪感はあるようだ。

「何やその軽い感じ……隼人も何か言った方がえぇで」

 だが、兄のそんな態度に暖簾に腕押しと感じ呆れた様子の七瀬は、今回の“当事者”であろう隼人にも加勢させようとする。

 それというのも今回こうして西野家を訪ねるにあたり、“仕事”都合で前入りをしなければならない七瀬に代わり、隼人は大盛と共に東京から新幹線で移動する予定となっていた。
ところが当日、東京駅に着いたというタイミングで大盛から連絡があり、単身大阪にやって来る事になってしまった隼人。
そして隼人が単身大阪に着いてみたは良いが、大盛から教えられた実家の住所も全く土地勘のない場所とあって、地図と乗り換えアプリ、何より世話好きな大阪のおばちゃんに助けられながら、何とか辿り着いたのだった。
しかし、実家に着いてみたものの、1人で訪ねることは流石に憚られた隼人は結局、七瀬に連絡をするしかなかった。
そして、そんな隼人から連絡を受けた七瀬は急遽仕事を抜け出し、今こうしてこの場にいるという経緯があった。
これだけの状況となれば、七瀬が隼人に一言いえというのも頷ける状況ではあった。

 だが、それはあくまでも七瀬たちへ伝えた表向きの事情。
実際は夢で大盛が仕事で来られないことも知っていたし、四苦八苦したという大阪から七瀬の実家までの道のりも、実は完璧に覚えていた。
それもあって実際はスムーズに実家まで辿り着いていた隼人は、大盛に何か言おうとは考えていなかった。
何より大盛も七瀬同様芸能人の身であり、急遽仕事が入ることがあるのは隼人も理解してもいたのも理由として大きい。

「確かに大阪に来るの初めてだったから迷いはしたけど……この辺で七瀬が育ったんだなって思いながら歩くのは楽しかったよ」

 だから、隼人は道に迷っていなかったことは伏せつつ、実際周辺を歩いていた時に感じた気持ちを素直に伝えた。

「そ、そうやってすぐおにいを甘やかす……」

 それに対し一応の反論らしき事を言う七瀬だが、隼人の言葉と屈託ない笑みに顔を赤らめた。
付き合い始めてから2年経つというのに、隼人の言動は未だ七瀬をドキリとさせるようだ。

「「……」」

 まるで付き合い立てのような初々しさを見せる娘の姿に、七瀬の両親は思わず顔を見合わせる。
両親にとって娘のそのような表情を見るのは、幼馴染みと恋をしていた頃以来であった。
だが、何より2人を驚かせたのが、娘が見せた表情の深さだろう。
“好き”の先にある、心の深い部分からなる純粋な想いだからこそ見せる“愛”という感情が、そこには芽生えつつあった。
そんな純粋な想いとは裏腹に、彼と共に歩んだこの2年という期間ときは、アイドルとしての教義に反し、ファンや同じ乃木坂46メンバーからも後ろ指を指されるであろう行為。
当然、センターという場所にいる娘が、それを分からぬはずがなく、況してや卒業の原因となった“別の男”のこともあり、娘がいつも楽しそうに話す恋人はやとの存在に両親は多少の疑問を持って今日を迎えていた。
ところが彼と相見え言葉を交わし、こうして娘の様子を見た結果、“新城 隼人かれ”を何故選んだのかを両親は察したのだった。

 一方、隼人の笑顔に当てられた自分の表情を、両親に見られていることなど露知らず、未だ頬に赤みを残す七瀬。

 その時だった。

ブッブー……ブッブー……ブッブー――

 七瀬の持つスマートフォンが震え着信を知らせる。
七瀬は画面を確認すると、そこには“マネージャー”の名が表示されていた。

「あっ、ごめん。 マネージャーさんからや……はい、西野です――」

 そう言って七瀬はチラリとリビングに居た者たちを見ながら静かにと言うように、唇に人差し指を当てると部屋から出て行った。
廊下で話しているのか声こそ聞こえないが、電話をする七瀬のシルエットがドアの磨りガラス越しに映る。

 隼人はその姿シルエットを見ながら、それが夢の内では何の電話かを思い出していた。

 そもそも当初の予定であれば、この場に七瀬は居ないはずであった。
ところが先述のような事があり、彼女は仕事の本番前の僅かな空き時間を利用し、こうやって同席してくれていた。
そして、その空き時間もそろそろタイムリミットであることを知らせる電話であったことを、ガラス越しの七瀬の姿シルエットを見ながら思い出していた。

『そろそろか……』

 未来であろうビジョンが視え始めた頃。
無邪気にも“西野 七瀬”と疑似恋愛できることを、隼人は単純に喜んでいた。
だが、現実世界で七瀬と交際することになると、それは意味合いを変えた。
未来さきを知りながらそれを隠し続ける不誠実さ、事実を打ち明けた結果や選択を違えることで七瀬かのじょを失うかもしれない恐怖。
その相反する2つの感情が、“呪縛”となり隼人を縛り付けた。

ガチャッ

 すると隼人の思っていた通りのタイミングで、電話を終えた七瀬がリビングへと戻って来る。

「ごめん、そろそろ戻らんと……」

 その表情に笑顔はなく、申し訳なさそうに眉を八の字に下げ隼人を見る七瀬。
彼女の晴れない表情の訳を知っている隼人は、七瀬を安心させるように優しくそれでいて済まなさそうな表情を見せた。

「いや、 急に連絡したのは俺の方だし、七瀬にはこうして無理に抜け出して来てもらったんだから、謝るのはこっちだよ」

「隼人……せやけど元はと言えば馬鹿兄貴のせいやから謝らんといて」

 目を細めしおらしく隼人の名を呼ぶ七瀬だったが、次の瞬間それは別として……とでも言うようにジト目で近くにいた大盛を見ながら嫌味たっぷりな言葉を投げかける。
投げかけられた大盛は、自身に指を指すと盛大に驚いたという風な様子を見せた。

「俺のせいなん?」

「ちゃうんか?」

「こわっ。 隼人、今からでも遅くないで七瀬だけはやめとき」

 七瀬の棘のある言葉尻に対し、大盛は茶化しているのか態とらしく恐がってみせると、そのまま自分への問いだと言うのに答えもせず、隼人へと話を振ってしまう。

 幼い頃、七瀬にとって兄とは力でも知恵でも敵わず、泣かされてばかりで怖い存在だった。
年齢も離れその圧倒的な差は当時一生埋まることはないだろうとさえ感じていた。
それがいつしか兄に対し強気な態度を取るようになった七瀬とは対照的に、大人になるにつれ大盛はめっきり怒ることは減っていた。
それは七瀬が自分へきつめの言葉を投げ掛けてきたとしても、迷惑を被ったであろう隼人の事を想っての事である……と、大盛が他人の気持ちを汲み取れるようになったからに他ならない。
そうして成長した大盛であったが、其れまでの兄妹の関係値もあり素直に接することが気恥ずかしく、それを隠すように七瀬を揶揄うような言動が増えていた。
隼人へ話を振ったのは素直には謝ることは避けつつ、妹への気持ちを語らせ機嫌を直させようとした大盛なりの愛情表現の一種だった。

「もう遅いでしょうね。 俺は“七瀬”じゃないとダメなんで」

「ど、どんだけ好きやねん」

 そんな事とは露知らぬ隼人だったが、話を突然振られたというのに大盛の問いに対し、然もありなんというように七瀬への想いを返す。
だが、この言葉セリフ、事前に知りうる情報ゆめから出た言葉ものではなく、自然と隼人の口を衝いて出たものだった。

 あまりにナチュラルボーンモテな隼人の返答に、聞いた本人の大盛ですらツッコミを上擦ってしまう始末。
近くで聞いていた両親は感心し、言われた当の本人は顔を真っ赤にさせていた。

………………

…………

……

「ほな、ななは行くけど、隼人の事よろしゅうな」

 屈むようにして靴を履き終えた七瀬は、上体を起こし顔を上げながら玄関に集まった家族にそう告げた。

「任せときっ!」

「はぁ……あんたが一番怪しいんやからな、わかってる?」

 七瀬の言葉に対し、いの一番に応えてみせる大盛。
それに対し1人で隼人を大阪へ来させたとあって兄を全く信用していないとばかりに、七瀬は溜息を吐くと険しい表情で指を指しながら大盛へツッコミを入れる。

 全く真逆な2人のようで、実は猫のじゃれ合いのようなやり取りをする兄妹を、傍らで見ていた隼人は思わず微笑ましくて笑ってしまう。

 そんな隼人に、今しがたまでの険しさは何処へやら七瀬は表情を綻ばせ、静かに身体を寄せる。
自分の存在を示すように、七瀬は隼人へ撓垂れ掛かりながら背中に手を回し抱き締める。
そして、七瀬は何をしてもこのひとなら大丈夫と思っているだろう安心しきった表情かおを隼人へ向け一言告げる。

「行ってきます」

 一方、隼人は七瀬の期待通り、咄嗟のことでもしっかりと彼女を抱き留めると微笑みを返した。

「うん、いってらっしゃい。 七瀬なら今日も大丈夫だよ」

 七瀬は隼人の言葉を聞くと満足そうに頷き身体を離した。
そして、晴れ晴れとした表情で、家族へ「いってきます」と告げると家を出て行った。

………………

…………

……

ピッ……ガチャッ

 カードキーを翳すと電子音と共に部屋の鍵が解錠され、隼人はその扉を開け中へと入っていく。
部屋へ足を一歩踏み入れると、それまで暗かった室内の照明が自動で点灯し辺りを照らした。
室内はシングルタイプになっていて、隼人の酔った足でも数歩で辿り着く場所にベッドがあった。
隼人は荷物を置くのもそこそこに、酔って少しふらつく足取りで近付くと、ベッドへと倒れ込むようにダイブする。
ボフッという音と共に固めのスプリングが、ベッドが隼人の体重を心地良い反動で抱き留める。

「ふぅ……」

  少し前まで飲んでいた酒が衝撃で食道を少し逆流するのを感じ、寝返りを打つと隼人は天井見つめながら気分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
色々あった一日からやっと解放されたからなのだろうか、先程まで何事もなかったはずの身体にドット疲れが押し寄せてくる。
いつもと違うベッドの硬さや肌触りに、ここがいつもの部屋でないこと、そしてここまでの道中を思い出し、自分が今大阪に来ているのだと改めて実感した。

『2人とも大胆やったな?』

 先程までお邪魔していた七瀬の実家、そこで彼女を見送った直後、大盛から言われた言葉が脳裏を過る。

 七瀬が玄関で身を寄せ抱き締めてくるのは、仕事前など家を出る時いつも行っている儀式おまじないのようなもの。
日常の中で極当たり前の行為であったし、七瀬からだったこともあって、隼人は無意識にそれを受け入れていた。
ところが、目の前にいるのが大盛だけならいざ知らず、彼女の両親の前であったことが問題であった。
夢というある一つの可能性からなる結論を知っている身とはいえ、100%の確証がない隼人からすれば同じ事であっても、一つ一つ結果を確かめていく他ないのだ。

 だが幸いにして両親の反応は、隼人の予想を裏切るものではなかった。
勿論、父親として複雑な想いが表情の中に見え隠れしていたが、七瀬が置かれている状況もあって好きにさせることが最善ベストであると、何も言わずにいてくれたようだ。

 それというのも大阪で暮らす両親であれば、七瀬が今置かれている状況を身近で感じていたことは想像に難くない。
何故ならば東京からやって来た隼人でさえ、大阪に足を踏み入れこうやってホテルに辿り着くまでの間、至る所で“それ”を目にしていたからだった。

 大阪は東京や名古屋に並ぶ大都市である。
そんな都市の街中を歩き、聖地など局所を除けば“同族”を見つけることは多くはない。
ところが隼人は大阪に足を踏み入れ、七瀬の実家からホテルへの道中、沢山の“ファンそれ”であろう者達とすれ違った。
勿論、これは自然と集まったという偶然の話などではない。
では、彼ら彼女らファンを惹き付けたものとは何であったのか。

“Nogizaka46 7th YEAR BIRTHDAY LIVE”

 それが大阪という都市にファンが集まった理由であった。
今、大阪は乃木坂46のバースデイライブで盛り上がりを見せ、今日はそのライブの3日目にあたる2月23日だった。
公式では不参加とアナウンスされていた七瀬も、連日サプライズ登場し会場のファンを沸かせた。

 そう、これが七瀬が大阪に仕事で前入りしなければならなかった理由わけであった。

 だが、大阪がこれ程まで盛り上がっているのは、7度目を迎えたバースデイライブだからでも、関西で初の開催だからでもなかった。
もう一つ、ファンにとっては忘れられない日が迫っているからだった。

 それは、バースデイライブ4日目にあたる明日2月24日に“西野 七瀬 卒業ライブ”が行われる予定なのだ。
その人気ぶりは凄まじく、バースデイライブ1日目から3日目のチケット販売への応募総数50万件を、七瀬の卒業コンートは単日で達成してしまったのだ。
その当選倍率は10倍となったばかりか、全国の映画館では当日にライブの模様をライブビューイングとして上映するというのだ。
このアイドル1人の卒業ライブとしては異常とも言える過熱ぶりに、テレビやネットニュースでも取り上げられる程であった。

 まるで“西野 七瀬”一色となった大阪の状況を、きっと彼女の両親も肌で感じ取っていたことだろう。
だからこそ隼人かれしと会場で当日いきなり会ってギクシャクしないよう、前日に顔合わせすることを快く承諾してくれたのだと思っている。
そうでなければ彼氏とは言え、他の男との抱擁という父親からは受け入れがたい行為を黙認できはしないだろう。

 そんな親としての真心を目の当たりにし、隼人は改めて自分が“狡い人間”だと感じずにはいられなかった。

 2690日――。
それが七瀬の乃木坂46での活動期間。
それも明日の2月24日をもってアイドルとしての最後を迎える。
隼人はその最後の2年間を七瀬と共に過ごし、絶頂期とも言える時期に卒業するという選択をした彼女を誰よりも近くで見ていた。
卒業の決定打となったのが過去の交際の暴露記事(スキャンダル)であったが、隼人はそれすら事前に知る立場であった。
言い換えれば隼人は何かしら行動を起こせば、現実世界で何かしらの変化をもたらせる選択肢を持っていたのだ。

 選択肢のある世界を悪だと断罪するような人間は多くない。
ところが、その枝分かれした選択肢の先が何処に向かうかについて、誰も気に留めてはいない。
何故ならば、選択肢を持たない者にとってそれは憧れであり、手にすることの出来ないものだからだ。
だが、先に起こりうる事を知っていたとしても、本当にそれは多くの選択肢となり得るのか?

 隼人は皆が望む選択肢を増やすであろう“先を見られる力チートスキル”を手にした。
なのに、隼人は“暴露記事スキャンダル”の時も、それ以外の時でもそれを使い七瀬を救うことはなかった。
それは夢の中で暴露記事スキャンダルがあった際苦しみながら、それでも七瀬は立ち直ったことを知っていたからであった。
結末を知っているからと自らの手でより良いと思った未来へと勝手に改変したと仮定する。
ところが改変したことで余計に悪い方向へと変わってしまったら……と、思うと気遣うことは出来ても思い切ったことは出来なかった。

 その力を使い七瀬の心を散々欺いてきた隼人。
いつか自分の都合ばかり優先してきた代償つけを、支払う日が来ることを覚悟していた。

『それでも明日だけはどうか……どうか七瀬の姿をこの目に焼き付けたい……』

 誰に言うでもなく隼人は心の内で願うのだった。

「すぅ……すぅ……すぅ――」 

 暫くし、いつの間にか寝息をたて始めた隼人。
そんな彼の意思とは関係なくベッドサイドの時計は時を刻み続ける。

 やがて時刻が0時を回るとカレンダーの日付が1日進む。

“2月24日 00:00”

 隼人が眠る部屋の窓からは、彼の知らない澄んだ夜空が広がっていた――。


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