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『世界がいくつあったとしても』

第20話:『この人が好きなんや』

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「じゃあ、ななの事は?」

「えっ!?」

「ななの事はどう思ってるん?……好き?」

「それは……」

 七瀬のあまりに唐突で、あまりに直球な質問に、隼人は言葉を濁す他なかった。
こうなるそもそもの原因は、隼人が七瀬に何と答えるのが“正しい”のかを知らないことにあった。
それはいつも見る“夢”では2人は既に“恋仲”で、付き合い初めの情報など断片的にしか知り得ないのだ。
きっと夢の中での自分であったなら、迷わず彼女が望む言葉を伝えられたことだろう。
だが現実はそう甘くなく“経験”ではなく“追体験”をした程度の自分では、七瀬に何と返事をすれば一番“最適な解”なのかが分からず、隼人は答えることができなかった。

 その間も真正面から七瀬に見つめられ視線を外せないまま、隼人はそれを見つめ返していた。
自信を持った答えを持たない自分の目はきっと泳いでいるだろう、そう思いながらも七瀬の瞳を見続けている。
七瀬の茶色の瞳は真っ直ぐこちらに向けられ、そこにはただ唯一の感情だけが見て取れた。
それは“好意”という単純明快な感情であり、いくら鈍感な隼人でも読み取ることができた。
だからこそ間違ってはいけないのだと必死に隼人は“解(こたえ)”を探し求めようとした。
だが、考えれば考えるほど、もう1人の自分との“差”を痛感するばかり。
夢の中では数年付き合っていたはずの2人。
それに比べ自分は昨日会ったばかりで、追体験で得たと思っている情報で何とか会話をするばかりで、西野 七瀬かのじょを知らなさ過ぎるのだと。

『……本当にそうなのかな?』

 そこでふと自分の考えに違和感を覚える隼人。
確かに目の前にいる“西野 七瀬かのじょ”のことは、アイドルとしての姿しか知らないという意味では間違ってはいない。
だが違和感の正体はそこではなく、夢の内にあった。
夢の内にいたもう一人の“新城 隼人じぶん”は本当に“こたえ”を持っていたのだろうか。
心の片隅にでも彼女を喜ばそうと思いながら話していただろうか。
“もう一人の新城 隼人じぶん”を追体験していたとき、何を感じ、どう考えていたのか思い返してみる。

 “七瀬が1日の終わりに帰る場所として、俺を選んでくれたことが嬉しい……”
一緒に暮らしているであろう部屋——。

 “どんな世界で出会ったとしても、俺は七瀬が好きだよ”
日の出を待つように一緒に寄り添う海岸——。

 “俺が七瀬のために出来ることって何なんだろうって、ずっと考えていたんだ”
俯く七瀬の表情を覗き込むようにする自分——。

 過去に見た事のあるものだけでなく、初見となる“こうけい”までもが思い浮かんでくる。
どの“新城 隼人じぶん”も、幸せであれ、幸せになれ、その気持ちが“西野 七瀬かのじょ”に届きますようにと、相手への“想い”を素直に伝えていただけであることに気付く。
それに気付いた隼人は、自分が七瀬に伝える言葉は“ただ1つ”しかないことに思い至った。

 自分の伝えるべきと想った気持ちを伝え終えた七瀬は、彼の視線を見つめた。
誤魔化しようのない言葉をぶつけられ、隼人の視線は彷徨っていた。
隼人の瞳の中に“好意”を垣間見ていた七瀬にとって彷徨う視線はまるで、両想いでもなくて、片想いでもない、勝手なような一人想いのようで心が痛んだ。
“アイドルと一般人”そんな2人にとって、この恋は重過ぎたのだろうか。
そう思っても、この気持ち手放せずしがみつくのは何故だろう、そんな考えだけがグルグルと頭を巡る。

『そうか——』

 グルグルと頭を巡った思考がやがて終着点に着いた。

『——この人が好きなんや』

 それが七瀬が考え抜いて導き出した“こたえ”であった。
後悔しないのも、手放せないのも、それ以上考えても出てこないのは、七瀬が“新城 隼人かれ”を好きだからに他ならないのだ。
それ以上でもそれ以下でもない、それが七瀬の内にある唯一の“解(こたえ)”。

 だが、同時に七瀬も理解していた。
答えは人の数だけ存在し、それはその人間だけのものだということを。

 僅かながら隼人の瞳が揺らぐと、それまで彷徨っていた視線が七瀬だけを映す。
その様子で彼の内で答えが導き出されたのだろう、と七瀬は窺い知る。
どのような終止符ピリオドが待っているのか七瀬には想像もつかない。
だが、七瀬は隼人の“こたえ”を静かに待った。

「俺は——」


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