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『世界がいくつあったとしても』

第2話:「田舎もん」

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「隼人! やっぱ東京って何処もかしこも大きいビルばっかだね」

「圭子さ、あんまキョロキョロしてると田舎者だってバレるよ」

「ほんとに田舎もんじゃん私たち」

「まぁ……否定はできないけどさ」

「でしょ? それよりさ……ココってどの辺なんだろ?」

「えっ? 分かってて前歩いてるんじゃないの?」

「私が分かる訳ないでしょ。 東京初めてなんだから」

「……だよね」

 前を歩いていた“奥寺 圭子”が振り向くと、笑みを浮かべつつ自慢の長い髪を掻き上げ、腰に手を当てながらしれっと問題発言をする。
まるで楽しんでいるような圭子とは対照的に、それを聞いた“新城 隼人”はガクリと項垂れた。

 “思い立ったら即行動”
圭子が後先を考えず行動することは、別に今に始まったことではなく、隼人もそれは理解しているつもりだった。
しかし、隼人はまさか初めて訪れた“東京”でも同じ事になるなど思ってもおらず、自分の見通しの甘さをごちた。

 新城 隼人と奥寺 圭子の二人は“幼なじみ”である。
共に18歳の二人だったが、出会いは古く小学生の頃まで遡る。

 隼人が小学生に上がって暫くした頃。
銀行員である父の転勤を期に、隼人たち一家は北海道旭川市へ移り住むことに。
当然ながら隼人も地元の小学校へ転校することになる。
そこで偶々クラスメイトの一人として、隼人が圭子の隣席になったことが切っ掛けとなり、二人の関係は始まった。

 当時の圭子は、女性特有の柔らかさの出る前で、髪型も遊ぶのに邪魔だと言ってショートカットにしていたから、まるで男の子のようであった。
そこに輪を掛けるように男勝りな活発さとストレートな物言いもあり、隼人は初めて会ったとき中性的な“男の子”だと見間違えるほどだった。
だが、それは粗暴とも違い疎まれるようなことはなく、人情に厚く裏表のない性格から誰からも好かれクラスの中心にいた。

 そんな性格をした圭子だから、遠く離れた東京からやって来た転校生を放っておける訳がない。
偶々、席が隣同士になったこともあり圭子からすれば“転校生だから私が面倒見てあげなくちゃ”という、親切心から声を掛け色々と面倒をみたのが始まりだった。

 かたやもう一方、隼人はというと元来穏やかで、良い意味で一歩引いた立場で周囲へ気配りをするタイプ。
グイグイと前のめりの圭子の様子に、対照的な人間過ぎて正直面食らったというのが第一印象だった。
だが、転校が初めてな上に遠く離れた土地に来て不安を抱いていた隼人にとり、そんな圭子の存在は大きかった。
初めこそ一方的にお節介を焼かれることが、母親みたいだと疎ましく思う時もあったが、圭子のお陰でクラスにも早く馴染むことができた。

 縁とは不思議なもので、以来一緒に行動するようになった二人は、小中高は疎か来年志望する学部こそ違えど同じ大学を受験する予定になっていた。

 そして……。
地元旭川から遠く離れたここ“東京”でも、二人は“仲良く”道に迷っていた。

 先程から何故か満面の笑みを浮かべている圭子は別としても、10年ぶりに訪れた東京で道に迷ったのだから隼人は右往左往するところだろう。
ところが、それまで項垂れていた隼人が顔を上げると、そこには困っている様子は微塵もなく、何処か圭子に対し”仕方ないな”といった感じの苦笑を浮かべていた。

 二人の様子からは、迷子になり困っている様子など微塵もないのには理由わけがあった。

 今は12月。
受験生にとって追い込みの時期で、それは東京の大学を受験する隼人や圭子の二人も例外ではない。
しかし、ある“イベント”に参加するため東京へ来た二人は、今日だけは受験勉強のことを忘れ楽しもうと考えていた。
幸い参加するイベントも夜からで、だいぶ時間もあった。
何より道に迷ったとはいえ外国ならいざ知らず、ここは日本の首都“東京”である。
分らなれば大勢人がいるのだから聞くか、交番も道すがら地元に比べたら多すぎる程あった。

 そんな状況もあって、余った時間を利用し都内をうろうろしたいと目を輝かせ子供のようにはしゃぐ圭子を、彼女が極度の方向音痴だと知りながらも隼人は止めはしなかった。
それは二人共成績は学年でも上位だったが、毎日勉強していたことには変わらず、久々に参考書から開放されこともあり受験前の息抜きにと隼人も思い、前を行く圭子と共に行きたいところを見つけてはあっちもこっちもと観光を楽しんでいた。

 そんなこんなで二人とも東京を満喫していたが、自分たちの知るランドマーク的なものも見当たらなくなり、いい加減ここが何処なのか知っておきたいと隼人は周囲を見渡した。

 すると電信柱に赤坂9丁目と書かれているのを見つけるが、東京に住んでいる者でもなければそれで見当がつく筈もなく、隼人は仕方なくスマートフォンを出すと地図アプリを開こうとした。

「ねぇ、ねぇ、隼人。 ここに見て!」

 すると、スマートフォンを見ている隼人を尻目に、看板を眺めていた圭子が呼んだ。
圭子は凄い発見をしたとばかりに手招きしながら看板を指し示す。

「今度は何見つけたのさ一体……」

 やれやれといった感じで圭子の指差す場所を見ると、看板には“乃木坂”と書かれているのを見つけた。

「ん? 乃木坂? もしかして……」

 その3文字に隼人の様子が一変し、それまでと違う色に目を輝かせ周囲を見渡し始めた。

「あっ、あれってもしかして“あの”ビルかな?」

 隼人は嬉しそうにビルを指差すと、圭子も指す方向を見て微笑む。

「そうかもよ。 行ってみよ隼人!」

 そう言って圭子は隼人の手を取ると、そのビルの方へと足早に歩き出す。

 この“乃木坂”は秋元 康プロデュースのアイドルグループ“乃木坂46”の名前の由来になった場所であり、地方からでてきた二人にしてみれば東京で訪れてみたい場所の一つだった。

 それは、隼人と圭子の二人が“乃木坂46”の大ファンだからで、どれだけファンなのかというとCDを全部持っているのは勿論のこと、北海道でライブがあったときは二人で観に行ったし、圭子のカラオケの十八番は乃木坂46な程なのだ。

 迷子になった先で、思わぬ幸運ラッキーに出会い隼人は喜んでいた。
目の前で点滅し始めた信号を、期待に目を輝かせた二人が足早に渡って行く。

 SonyMusicのロゴが掲げられたビルの前までやって来た二人は、正面玄関らしき場所を探しながら建物をぐるりと半周したところで、落ち着いた石畳の階段とそれを上がった先にガラスの自動ドアがある場所を見つけた。

 地上6階建てのビル“ソニーミュージック 乃木坂オフィス”は、レコーディングスタジオなどを備えた施設ではあったが、外観は六本木という立地の中では平均的であった。
だが、ファン心理も手伝ってか二人にとっては何処よりも立派に感じられ、暫くの間ここへやって来られたことに胸躍らせながら見上げていた。

「ここが乃木坂か」

「うん。 これでメンバーと会えれば最高なんだけどなぁ」

「圭子、流石にそれはちょっと……」

 東京は殆どの芸能人が集まる都市。
しかも、ここは東京でも有数の歓楽街“六本木”が存在する場所なのだ。
だから、芸能人が歩いていてもおかしくはないと隼人も思う。

 だが、そこでおいそれと乃木坂メンバーに会えるわけがないだろうと、圭子の我が儘をたしなめながら隼人は苦笑する。

 その達観したような隼人の言葉に、圭子は更に不満気な声をあげた。

「えーっ、折角ここに来たんだから、一回くらい出待ちして“ななみん”に会いたいじゃん! 隼人だって“なぁちゃん”に会いたくないの?」

「また、圭子そんな無茶な……それに生でなら、この後見られるじゃないか……」

「分ってないなぁ、隼人くんは。近くだからいいんだよ。 それに万が一にも、いきなりそこからななみんが出てくるかもしんないじゃん」

 少しも“そうだね”と言わない隼人。

 夢見がちというかとにかく大き目に目標を立てる圭子とは対称的に、昔からそういったものを現実的なものに落とし込むのが隼人の役どころだった。
だから、今のことも隼人の言うことが正しいと圭子は内心では感じていたが、言葉では表せない“何か”を感じていた。
でも、それを上手く伝えられず、少しも“そうだね”と言ってくれない隼人の態度も手伝って、圭子は不満といった様子で口を尖らせながら自動ドアの方を指差した。

 圭子本人も指差したところで、どうこうなるとは考えていなかったのだが……。

 何となくの勢いで指を差した先で“奇跡”が起きた――。


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