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『世界がいくつあったとしても』

第19話:『ななの事は?』

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 一人として同じ人間など存在しない。

 容姿や性格に始まり、生き方や趣味趣向、それは恋の仕方もまた然り。
ゆっくりとした時の中で育まれる恋があれば、燃え上がるように真瞬く間に落ちる恋もある。
何が正しく、何が正しくないのか、正解など存在しないのが“恋”なのだ。

 そして、この2人もまたそんな世界にあって、不思議な恋の始まり方をしていた。

「なぁ、隼人――」

ブーッ、ブーッ、ブーッ――

 七瀬が隼人の名を呼ぶタイミングと同時に、遮るように何処からかバイブレーションが響くのが聞こてきた。

ブーッ、ブーッ、ブーッ――

 止む気配のないバイブレーション、それはメールなどの通知ではなく電話であった。
現代に生きる者、況してや自らが穿いているズボンのポケット内にあるスマホの事となれば、隼人本人が一番それを理解していた。
それでも七瀬の言葉の続きが気になった隼人は、電話の無視を決め込むと、手をヒラヒラとさせ気を遣わせないようにと伝えた。

「いや、大丈夫です」

ブーッ、ブーッ、ブーッ――

 だが、本人の言葉とは裏腹に止む気配をみせないバイブレーションに、七瀬は隼人に電話へでるように促した。

「……電話なんやから、でぇへんとまずいんちゃう?」

「でも——」

「緊急の話かもしれへんやろ」

 七瀬の言い掛けた続きが気になる隼人であったが、“緊急かも”というのも最もだった。
何より彼女はこういう場合譲らないことは、これまでの“夢”で知っていた。
そのため、隼人は一言「すみません」と詫びると、ポケットからスマートフォンを取り出す。
隼人が画面を見ると、そこには“奥寺 圭子”と表示されていた。
七瀬の言っていた“緊急性”とは無縁な気がし、やれやれといった様子で通話ボタンをスライドさせた。

「もしも『ちょっと、早く電話に出てよね!』」

 安心しきった耳に、圭子の怒った様な大きな声が響き、隼人はビックリしてスマホを耳から遠ざけた。

『#〒※○〃◇☆♂〆――』

 遠ざけても聞こえる圭子の声に、隼人の様子を見ていた七瀬をも驚かせた。
驚いた様子を見せた七瀬に、隼人は顔の前で“すみません”とでも言うようなポーズをすると、再び電話を始めた。

「もう、一体どうしたっていうんだよ、まったく――」

 電話口での応対の仕方に人柄や相手との関係性がでるという。
そんな言葉を隼人の様子を見ながら七瀬は思い出していた。

「……えっ、そっちはそんなことになってるの?」

『どうしたんやろ……』

 七瀬には電話越しの会話が聞こず内容を推し量ることは出来なかったが、隼人の驚く様子に何かあったことだけは理解出来た。

「……そうだったのか……うん、わかった。 そうするよ――」

 驚き少し困った顔を見せたのも束の間、すぐその表情は落ち着きを払ったものに戻っていた。

「――圭子、わざわざ電話ありがとうな」

 暫く話をしていたが「じゃあね」という言葉で会話を閉めると、電話を終えたのか隼人はスマートフォンを操作しポケットへしまった。

「お待たせしました。 すみません話の途中で……」

「何かあったん?」

「えっ、あぁ、大した話じゃ――」

「ほんまに?」

「……えぇ。 本当です」

 自分の返事に被せ気味に聞いてくる七瀬の言葉に、気圧される様に返事をする隼人。
返事に一瞬の間が存在したが、直ぐさま隼人は何事もなかった様に七瀬に笑顔をみせた。

「それならえぇんやけど……」

 一方、七瀬はというとその言葉とは裏腹に、何処か複雑な感情を含んだ表情を隼人へ向けていた。
まるで隼人の返答に納得いかないとでも言うような表情ではあったが、実際の所それとは異なる事を七瀬は思っていた。
そして、それは普段の七瀬であれば決して言わない様なことだったが、この時はどうしても抑えきれず口を衝いて出た。

「なぁ、隼人……圭子ちゃんのことどう思うとるん?」

「どうって……」

「好き?」

 口を衝いて出た言葉。
それはこれ以上なく親密に話す2人の様子をみせられた七瀬の嫉妬心から来る言葉。
だが、そうやって確かめるような言葉とは裏腹に、その声は少し掠れ感情が揺らいでいた。

 “好意を持つ相手”が異性と親しげにする様子を、何も思わないでいられる者はどの位いるだろうか。
少なくとも七瀬は無関心でいられる程大人ではなかったし、それが無意識に表情へと出てしまうタイプでもあった。
それでも七瀬の性格上気持ちを押し殺してしまい、自らの気持ちを相手に伝えたことはこれまで殆どなかった。
それが後に後悔へ変わり泣くことが分かっていたとしても“これまで”の七瀬であれば口に出来なかった。
ところが走馬灯の様に流れた自分ではない七瀬(じぶん)と隼人たちの物語ストーリーを垣間見たからだろうか、この男性ひとにだけは言わなければ、確かめなければという焦燥感に駆られると同時に無意識に言葉となって出ていた。
だから七瀬は言ってしまってから、自らの口から出た一方的な言葉にハッとなり、初めての自分の行動に戸惑いつつ恐る恐る隼人の表情を窺った。

 すると、窺った先には困っているような、驚いているような複雑な表情を浮かべる隼人がいた。

「圭子とは単なる幼馴染みで――」

 だが、隼人の口から語られた言葉は曖昧で、七瀬の求めるものではなかった。
寧ろ七瀬の内では、そんなぼんやりしたものではなくハッキリした“答え”を求めたいという“衝動”に駆られる。
それは気持ちとは裏腹に何処かでブレーキが働き、感情を押し殺し後悔を重ねてきた過去とは異なるものであった。
冷静になる暇も与えぬとばかりに、燃え上がった衝動が再び七瀬の口を開かせた。

「じゃあ、ななの事は?――」


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