『恋愛禁止条例』
第06話:叔父とAKB48
時刻は午後10時。
だいぶ日が出ている時間が長くなったとはいえ、この時間になると流石に空は暗闇に包まれていた。
今、俺は帰宅し夕食を終え、もう一仕事をしている叔父さんの部屋の前に居る。
コンコン
「隼人です。今いいですか?」
ドアを軽くノックし声をかけると中から「いいよ」と叔父さんの返事が返ってきた。
ガチャッ
扉を開けると沢山の資料に囲まれ、スーツ姿のまま机に向かう叔父さんの姿があった。
少し太り気味だけど、普段の温和で優しい表情や、黒縁メガネが何とも叔父さんらしくて好きなのだが、今は真剣な表情で仕事をする叔父さんを前に俺は少し緊張した。
それもそのはず、叔父は作詞家で“大物”と呼ばれるアーティストに詞を提供する一方、クラスメイトの大島が所属するAKB48のトップに君臨する“総合プロデューサー”でもある“秋元 康”なのだから、普通の俺みたいな高校生が緊張しない訳がなかった。
叔父さんは走らせていた筆を止め、それまで真剣だった表情を崩し俺を見た。
「どうしたんだい?」
そう言って俺を見る表情は優しく、いつもの叔父さんに戻ったようでホッとした。
「お願いがありまして……」
「お願い?」
「はい。バイトをしたいと思って……」
それでも俺は遠慮がちに叔父さんにバイトをしたいと話すのは、親を亡くした俺を引き取り何不自由なく生活をさせてくれている叔父さんを、困らせているようで気が引けたからだった。
叔父さんは筆を置き、人差し指で眼鏡の位置を直すと俺を見る。
「小遣い足りてない?」
「いえ、十分過ぎる程貰ってます」
「じゃあ、何で急にバイトしたいだなんて?」
「……面倒をみてもらってるだけでもありがたいし、俺を本当の息子のように接してくれてる叔父さんたちには本当に感謝しています。 なのに、俺は叔父さんの誕生日すら祝っていないから……。 せめて麻巳子さんの誕生日ぐらい祝いたくて……ダメですか?」
俺がそう言うと叔父さんは笑みを増しながら「いいよ」と即答してくれた。
「本当ですか? 良かった……」
「けど、麻巳子は寂しがるだろうな」
「麻巳子さんが?」
「あぁ、せっかく息子が出来たのにバイトで忙しくなってしまうんだから」
叔父さんは冗談めかしたように言うけど、確かに俺がここに来たときは本当に喜んでくれていたから何だか悪いような気がする。
けど、感謝の気持ちは自分で稼いだお金で買ったプレゼントで示したいと思う。
「ただし、条件がある」
「条件?」
バイト頑張ろうという気持ちで満ちていた俺だったが、叔父さんの口から出た条件に俺は肩を落とすことになる。
「条件は……“AKB劇場”のスタッフとして働くんなら許してあげよう」
「え、AKB劇場ですか……」
クラスの連中なら泣いて喜ぶような条件だったが、大島の件があった俺は正直喜べなかった。
「他のところは……」
「あれ、喜ぶと思ったんだけど……一応、隼人は高校生だ。 他の所でバイトは認められないな」
「ダメですか……」
「まぁ、大学生になったら好きなところで働くと良い。 それまでは劇場以外ではダメだよ」
「……わかりました。 じゃあ、宜しくお願いします!」
考えた挙げ句、俺は叔父さんに頭を下げ部屋を出ていく。
部屋に戻った俺はベッドに寝転び思わず溜め息を付いた。
「はぁ……よりにもよってAKB劇場か……それにしても……」
現場のバイトまで自由に決められるもんなんだと思いながら、改めて叔父が“AKB総合プロデューサー”なのだと実感した。
「……しゃあない!」
学校での俺の状況を、叔父さんや麻巳子さんには心配させたくなかったので言っていない。
言っていない以上、バイト場所が大島と同じ劇場しかダメというなら、そこでやるしかないと俺は覚悟を決めた――。