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『恋愛禁止条例』誕生記念

誕生日:後編

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キーンコーンカーンコーン……

 ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り、教師への挨拶を終えると教室はそれまでと打って変わり騒がしくなった。

「何処行く?」

「マック寄ってこうよ」

「カラオケは?」

 毎日の楽しみとも言える放課後のプライベートタイムをどう過ごすかで賑わう教室。

 俺はそんな光景を横目にバイトへ行くため荷物を纏めていた。

 教科書や筆記用具を鞄へ仕舞っていると、中で何かとぶつかる。
鞄の中を見ると、渡すことの出来なかった大島へのプレゼントがあった。

 綺麗にラッピングされた袋が、渡せないというのに鞄の中で存在を主張していた。

『家に帰ったら俺が使うから、今は鞄の中で我慢してて』

 鞄から少しだけ袋を出すと、まるで人に話しかけるように心の内で袋の中の物を見た。

 俺の心を読める奴がいたら危ない奴呼ばわりされそうな言動だけど、大島が使うために生まれてきたように感じていた物だったから、残念で思わずそんなことを思ってしまう。

 袋を鞄に戻し、それ以外の物も全部仕舞うと、俺は教室を後にしようとした。

 すると視界の端で、クラスメイトの男子たちが大島に「今日の生誕祭公演当たったから観に行くから」と興奮したように話していた。

 一緒に居た峯岸さんはそんな彼らの話をさりげなく切ろうとしていたけど、倍率の高い生誕祭公演に当選したのが余程嬉しかったのだろう、大島が帰り支度をしていることを良いことに喋りかけ続ける男子たち。

 それを大島は決して迷惑そうにあしらったりせず「ありがとう」とか「うん。頑張るね」と言って相手をしていた。
でも、大島の眉が八の字気味に下がり視線を泳がせている。
普段、大島が人と話すときに視線を外すことなど普段はあり得ないので、相当困って誰かに助けを求めようとしている。

 峯岸さんはそれに気付いていたから話を切ろうとしていたんだろうけど効果はなく、いつも一緒の小嶋さんは何故かその場に居ない。

 大島は今日の公演の主役。
準備はいつも以上に必要なのだけど、彼らは裏方のことなど分からないから喋り続けている。
悪気があってしていることではなく、大島もそれが分かっているから何も言えずにいた。
お互い不憫な状況が続く中、不意に大島の泳いでいた視線が俺とぶつかった。

 その表情の意味を前なら分からなかっただろう。
でも、公演やコンサートを通し様々な大島を見てきた今の俺には、彼女が助けを求めていることに気付いていた。
出来ることなら、今すぐにでも割って入ってどうにかしたいと思う。
けど、裏方に徹すると決めた俺が出しゃばって、余計な騒動を起こす訳にはいかなかった。
だから、俺はふっと視線を外すと大島の視線に気付かなかったように「おつかれさま」と一言残し教室を後にする。

『ごめん大島……』

 罪悪感に駆られ何度も振り返りそうになるのを、堪えながら教室を出た。

 教室を出た俺は走った。
何段も段差を飛び越えながら急いで階段を下り、誰もこなさそうな使われていない教室を見つけると中に入った。

 ここなら大丈夫だな。

 ポケットからスマホを出すと、大島のマネージャーさんの番号を検索する。
俺があそこで割って入ったとしても丸く話が収まるとは思えなかった。
だから、マネージャーさんから大島に電話をかけてもらえば、それが話を切るきっかけになると思ったのだ。

ガラッ

 番号を検索していると、突然誰も来ないと思っていた教室の扉が開け放たれた。

「何してるの?」

 扉を開け放ち、そこで仁王立ちしていたのは“小嶋 陽菜”さんだった。
少し怒ったような表情で俺を見ている。
いや……正確には睨んでいた。
普段のフワフワした印象とはだいぶ違う様子に俺は戸惑う。

 そんな俺の様子などお構いなしに、小嶋さんは教室に入り扉を閉めると、もう一度聞いてきた。

「何で逃げたの?」

 “逃げた”その言葉で俺が教室から大島の助けを求める視線を振り切り、教室を去ったことを指しているのが分かった。

 彼女が納得できる答えを、俺はきっと持ってはいない。
そして、嘘で取り繕ったところで大島を傷付けた事実は変わりはしないのだから、俺は素直に答えた。

「大島さんのマネージャーさんから、彼女に電話をしてもらおうかと……」

「何で?」

「そうすれば、大島さんもクラスの連中も悪い気分にならないと思ったんです……」

「ふーん……何で優ちゃんに直接かけないの?」

「あぁ……俺、大島さんの番号知らないですから……」

「……」

 言った言葉に何一つ嘘偽りはない。
ただ、そこに大島への気持ちを込めないようにと、出来るだけ淡々と言葉を口にしようと努力する自分がいた。
それは心の奥底に封印しようと決めたはずなのに“大島”と名を口にする度、教室で困っているであろう彼女の姿が浮かんだから。

 そんな俺をジッと見つめた小嶋さんは暫しの沈黙のあと、一つ溜息を吐くと自分のスマホを取り出し何処かに電話をかけ始めた。

「……あっ、優ちゃん? まだ、教室に居る?……じゃあさ、この電話マネージャーからってことにして教室から出なよ……じゃあまた後でね」

ピッ

 それだけ言って小嶋さんは電話を切った。
相手はどうやら大島のようで、正に俺がしようとしていたことを代わりにしてくれた。

「ありがとうございます!」

 俺は小嶋さんに頭を下げお礼を言った。
思えばマネージャーさんから大島に電話してもらうには、きっと時間がかかってしまっていた。
そう考えると小嶋さんがいてくれて、本当に運が良かったと思う。

 そんな風に思いながら顔を上げると、小嶋さんは先程と変わらぬ冷ややかな目で俺を見ていた。

 理由がどうあれ俺が大島を見捨てた形になったのは事実で、それがやはり気に入らなかったのだろう。
そうだとしたら俺は、何を言われても甘んじて受け入れるつもりでいた。

 それが自分の大島への気持ちを封印し、裏方に徹すると決めた俺の覚悟でもあった……。

「他にやり方あったんじゃない?」

 小嶋さんはそんな俺を見つめながら問い掛けてくる。

 確かに小嶋さんの言う通り方法は他にもあったように思える。
でも、これ以上表立って大島に関与しないように思ったら、ああするしか考え付かなかった。

「そうなのかもしれないですけど、俺がでしゃばっても良いことないですから」

 そんな俺の返答に小島さんは「そうじゃなくてさ……」と、溜息交じりに言うと俺を見据えた。

「優ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「えっ!?」

 小嶋さんの思いがけない言葉に俺は絶句した……。


―陽菜side―

「優ちゃんのこと好きなんでしょ?」私がそう言うと、新城くんの動きがピタッと止まり目を丸くし驚いていた。
こんなこと私に言われるなんて思ってなかったんだろうけど、あんな光景を見せられれば言いたくもなるよ。

 それはホームルームが終わり、優ちゃんたちとは別の仕事があった私が先に教室を出た後のこと。

 階段を足早に降りてたんだけど教室に忘れ物をしたことに気付いた私は、踵を返すと急いで元来た階段を戻った。
普段、あんまり時間なんて気にしないんだけど、今夜は優ちゃんの誕生パーティーがあるから、どうしても早く仕事を終わらせたくって珍しく急いでいた。

 『先に出た意味ないじゃん』とひとりごちながら教室の戸の前まで戻ると、何やら教室でクラスメイトの男の子と優ちゃんが話しているのを見かけた。
ううん、正確には優ちゃんが一方的に話しかけられている。

 普段の優ちゃんなら自分で何とかするんだろうけど、男子が生誕祭がどうのって言っていたから、なかなか話を終わらせることが出来ないみたい。
私だったら聞いてないふりして終わらせちゃうけど、優ちゃんは嫌な顔をせずにニコニコしてるから男の子は話続けていた。

 劇場に行く時間も差し迫っていて、みいちゃんも隣で男の子に色々と言ってたけど効果はないみたい。
あぁ~あ、みいちゃんがガチャピンみたいな顔してガックリと肩落としてるよ……。

 私はあまり自分から話しかけるタイプじゃないんだけど、優ちゃんの一大事となればそうも言ってられなくて教室に入ろうとした。
そしたら、彷徨っていた優ちゃんの視線がピタリと止まり、その視線の先には新城くんが居た。

 一瞬、ほんの一瞬、誰も気付かないぐらい一瞬だけ優ちゃんは新城くんに困った顔を向けた。
たぶん私とかみいちゃんみたいに付き合いが長いメンバーでさえ、見落としてしまいそうなくらい微妙な変化だけど、確かに優ちゃんは新城くんに助けを求めるような表情を向けた。
滅多に弱さを見せない優ちゃんがメンバー以外に、そんな表情を見せたりしない。

 私は思うところがあって、優ちゃんの様子を見てクスッと笑うと出しかけた足を止めた。

 やっぱり新城くんは優ちゃんの王子様なんだね。

 きっと本人は無意識の行動だろうし言ったら全力で否定するんだろうけど、優ちゃんがあんな表情を見せたのは相手が新城くんだからなんだと思う。

 新城くんが学校で独りぼっちになった原因は優ちゃんのせいかもしれない。
それでもコンサートのとき頑張り過ぎて自分を追い詰めていた優ちゃんを救ったのは、紛れもなく新城くんだった。
二人の間には私たちには分からない何かがあるんだって思う。

 だから、今度もきっと新城くんは優ちゃんのために何かしてくれると信じていた……。

 でも、現実は私が予想してきない方向に動いた。
新城くんは優ちゃんから視線を外すと教室を出て行ってしまったのだ。

『どうして?』

 目の前で起きてる状況が信じられなくて、驚かずにはいられなかった。
でも、そう思ったのは私だけじゃなくて、優ちゃんも今度は誰にでも分かるぐらい驚きの表情を浮かべ、そして悲しそうに眉を八の字に下げていた。

 私の知る新城くんだったら、絶対に優ちゃんをそんな表情にさせないと思っていたから、裏切られた気分だった。
何にせよ何故逃げたのか問い質さないと、そう思った私は新城くんを追いかけた。

 階段のところで彼の背中を見つけ、普段は使われていない教室に入っていくのを見てガラス戸から中を覗き見したら、扉に背を向けスマホを操作する新城くんの姿があった。

 背中越しで表情は見えなかったけど、優ちゃんを置いて行ってスマホをいじっているなんて理由がなんであれ、許せなくて扉を勢いよく開け放った……。

………………

…………

……

 結局、新城くんは優ちゃんを助けようとしていたんだけど、それでも回りくどくて優ちゃんに誤解されるようなやり方に、他の方法があったんじゃないかって思う。
それなのに新城くんってば「でしゃばっても良いことないから」なんて本心でもないこと言うから、男ならハッキリしろって思って“好きなんじゃないの?”って言ってやった。

 そうしたら、新城くんの動きがピタッと止まり目を丸くし驚いていたけど、陽菜は知ってるんだよ。

 新城くんさ、席替えして席が離ればなれになってからも、斜め前にいる優ちゃんを本読んでるふりして時々チラチラ見たり、他の男の子が優ちゃんに話しかけようものなら眉を顰めたり、端から見てて分かりやす過ぎ。
ドームコンサートのときなんて優ちゃんのために態々小芝居してたよね。
それに佐江ちゃんから聞いたけど、意識を失った優ちゃんを庇って階段から落ちたのに、心配させたくないからって口止めまでしたんだってね。

 今だって、本当は優ちゃんと男子の間に割って入りたかったんじゃないの?

「どうなの?」

 そこまでしておいて好きじゃないなんて言わないよね?
そう言わんばかりに訪ねると、驚きを浮かべていた新城くんの表情がまた変わった。

「それは……」

 返事を催促するように見つめると、私の視線から逃れ目を逸らす新城くん。
それじゃあ、言葉に出さなくても、態度で優ちゃんへの気持ちを認めたようなもの。

「……」

「……はぁ」

 それでも黙って頑なに自分の気持ちを隠そうとする新城くんに溜息が出る。

「……すいません小嶋さん。 でも、恋愛ごとがタブーだって知らなかった前とは状況が違いますから……」

 返事を諦めかけた頃、ぽつりと彼が漏らした言葉で沈黙の理由を知った。

「恋愛禁止条例のこと?」

「はい……」

「……いいのそれで?」

 そう聞くと、新城くんは頷き私を見つめ静かに言った。

「スタッフとしてみなさんを間近でみるようになってから、気持ちだけじゃ駄目なんだって知りました。 大島さんが追いかける夢や置かれた立場、それら背負っているもの全てが違い過ぎるんです。 俺のは単なる“想い”だけで、何かを変える力もない……だから、俺は彼女が夢に進むのを裏方に徹しながら支えようって決めたんです……」

「そんなことしてて、他の男性ひとに盗られちゃっても良いの?」

 私の一言に一瞬表情が曇った新城くんだったけど、直ぐ様苦笑へと変わる。

「……盗られるも何も、俺はもう大島さんには振られてますって……」

「はぁ……鈍感過ぎ……」

 彼の鈍感さに思わず溜息と聞こえるように一言を漏らしたけど、新城くんは苦笑するばかりだった。

ブッブ―、ブッブ―、ブッブ―……

 すると、手にしていたスマホが震え出す。
画面を確認するとマネージャーさんからの電話であることを告げていた。

 新城くんをチラッと見ると、彼はどうぞという風な仕草をしたから電話に出た。

ピッ

「もしもし……」

 電話の内容は学校の前で待っているのに一向に出てこない私を心配するものだった。
私だけ先に出てくるはずだったのにも、優ちゃんとみいちゃんの方が先に出てきたのでマネージャーさんは慌てたらしい。

 取り敢えず「直ぐに行きま~す」と手短に答え電話を切った。

ピッ

「すいません。次のスケジュールあるのに手間取らせてしまって……」

 電話を切ると、新城くんがすまなさそうな顔をしていた。

 変なタイミングで途切れてしまった話を蒸し返すのも憚られたし、優ちゃん同様に新城くんも頑固なことを知った。
だからこのままだと堂々巡りする気がして、私は話題を変えた。

「告白を諦めたって言うのは納得したけどさ……なら何でそれを渡そうとしたの?」

 そう言うと新城くんの鞄を指差した。

「どうしてそれを?」

「さっき男の子たちに紛れて渡そうとしてたでしょ? バレバレだよ」

 私の言葉を聞いた新城くんは肩を落とし項垂れる。

「……最後に一度でいいから大島にプレゼントしたくって……」

「そっか……」

 “最後に”項垂れたまま発せられたその言葉は何処か重く、相槌を打ってみたものの何故そこまで思い詰める必要があるのか、このときの私にはさっぱり理解出来なかった。
ただ、そのときは漠然と“真面目で頑固”だと思った私は、新城くんにある提案をした。

「優ちゃんには黙っておいてあげるからさ、私にそのプレゼント頂戴。 忙しくて買い忘れちゃたんだよね」

「そ、それは……」

 我ながら良い提案だって感心したんだけど、新城くんはちょっと困ったような表情を見せ、やっぱり未練あるのかなって思っていたら彼の口からでた言葉に私の方がビックリした。

「小嶋さん……文房具店って行ったりします?」

「行かない……ん!? どういう意味よ! まるで陽菜が勉強できないみたいじゃない!」

「ち、違いますって! この中身ブックカバーなんですけど珍しいもので、ある文房具店でしか取り扱いないものなんですよ。 そんなもの態々小嶋さんが選ぶのかなって意味です」

「……本当?」

 頬を膨らませ疑念の目を向けた私に、新城くんは「本当ですって」と苦笑する。

「でも、なんでブックカバーなの?」

「大島さんと初めて話すきっかけが本の話だったからかな……それに、このブックカバーをお店で見たとき彼女のためにあるんじゃないかって思ったんです……」

「そっか。 なら、優ちゃんいつも本読んでるからブックカバーにしたいんだけどって、新城くんに相談したってことにするね♪」

「うーん、でも俺の名前出さない方が良いんじゃ……これです」

「ありがと。 そんなに優ちゃんに嫌われてると思ってるの?」

 自信なさげに答える新城くんは、鞄から綺麗にラッピングされた袋を出すと私に差し出した。
私はそれを受け取りながら、あれだけあからさまな態度に気付かない新城くんの鈍感さに呆れた。

「好かれてるようには見えないんですけど……」

「あのさ《ブッブ―、ブッブ―、ブッブ―……》はぁ……」

 鈍感極まりない新城くんの言葉に、優ちゃんがあまりに不憫に思え全部言おうかとしたけど、それを遮るように再び私のスマホが震えだした。
電話の相手が“マネージャーさん”で、仕事に遅刻するという内容だってことは出なくても分かっていた私は、溜息と共に自分の感情を外に吐き出した。
此処で全てを言っても良かったけど、こればっかりは二人の問題で他人が口を出すようなことではないのは私でも分かる。

「何か言われたら適当に誤魔化しとく。 私急ぐから行くね。じゃあね新城くん!」

「えっ、あっ小嶋さん!?」

 だから、私は適当に話を終わらせると何か言っている新城くんを置いて急いで教室を後にした。

………………

…………

……

 新城くんを置いて教室を出た私は、マネージャーさんの運転する車で仕事先へと向かっていた。

 流れる風景を窓の外に見ながら、さっきのやり取りを思い返す。

 あの二人を公私共に近くで見てるけど、本当にもどかしくて仕方ない。
でも、二人の間のことだから二人で答えを出すしかないんだよね。

 はぁ~、それにしてもほんとあの二人は鈍感なんだから……。

 新城くんはあれだけあからさまな態度とってて、バレてないとでも思ってたのかな?
まぁ、優ちゃんは優ちゃんで自分のことになると鈍感なとこあるから隠せてたみたいだけど……麻里ちゃんや佐江ちゃんなんかは気づいてると思うな。

 でも、最初に二人の関係に気づいたのは、この陽菜なんだけどね。
だって、この陽菜には二人が出会ったときから恋に落ちるって分かってたんだから……。

 だいたい新城くんもそうだけどみんな、優ちゃんの性格を勘違いしてる。
アイドルだから振った相手にも優しくしてるとか、新城くんに突っ慳貪しているから嫌いだとか、どうして思うんだろ?

 優ちゃんが自分から関わりを持とうとするのは相手のことが気になるから。
そうでなきゃ、優ちゃんの周りには自然と人が集まってくるのに、態々自分から行く必要なんてない。

 それに小さいときから芸能界にいて周りの人間とどう接すれば波風立たないか知っている優ちゃんが、何でもない相手にそんなあからさまな態度とると思う?
優ちゃんが突っ慳貪するのは、自分でもどうしていいか分からないくらい好きだから。

 それが証拠に新城くんにきつく当たった後、必ずと言って良いほど眉を下げて彼の背中を目で追ってるし、反対に新城くんとの間に何か良いことがあると本当に機嫌が良かったりする。
極めつけは新城くんがスタッフになってから、オジサンみたいに裸で歩いたり下着姿でお尻掻いたりする姿を楽屋で一度も見なくなった。
中学の時とか沢山恋愛してたはずなのに、その優ちゃんからは考えられない乙女モード全開の姿が可愛らしい。

 何だかそんな初々しい優ちゃんを見てたら、私も恋愛がしたくなり思わず想いが口を吐いて出ていた。

「陽菜も恋愛したいな……」

 何気ない一言がマネージャーに聞こえてしまい、その後の車内が大変なことになるなんて私は思ってもみなかった……。


―優子side―

 10月17日。
自分が生まれた日に劇場で公演をし、そこでファンの人やメンバー、スタッフのみんなから祝ってもらえることは、この上ない幸せなこと。
事実、公演も生誕祭も今までにないほど盛り上がった。
劇場に届いたお祝いの花は見たことないぐらい巨大で数も多くて驚いたし、ケーキには私のイラストが描かれているという豪華仕様。
そして何より、私を祝うためにサイリウムに埋め尽くされた劇場と私を呼ぶアンコールに声が詰まり、メンバーからの手紙に私は思わず嬉しくて涙した。

 だから、そんなファンやメンバーのみんなに感謝の気持ちを伝えるため、私は公演も生誕祭も最高のパフォーマンスで応えようと思ったし、実際出来たとも思う。

「はぁ……」

 ……それなのに私は今日何度目かの溜息を吐いていた。

 此処は都内のとあるダイニングバー。
劇場での公演、そして生誕祭のあと、佐江や才加なんかの仲の良いメンバーが中心になってお店を貸し切り、メンバーだけで私の誕生会を開いてくれていた。
誕生会にはあっちゃん、たかみな、それとにゃんにゃんや麻里子、麻友にかしわげちゃんなど、違うTeamのメンバーもスケジュールを合わせて沢山来てくれていた。

 目の前で私を祝うために集まってくれたみんなの手前、笑顔を顔に張り付かせメンバーと写メを撮ったり、今日二度目のろうそく消しを楽しむ演技をしていたけど、ほんとのところ本心から楽しめないでいた。
そんな状態で良い訳もなく段々とみんなに申し訳ない気持ちが強くなり、いつしか私の顔から笑顔という仮面が消えていた。
笑顔のなくなった私にそれ以上演技を続けることなど出来ず、唯々みんなへの罪悪感を募らせさっきみたいな溜息を何度も吐かせた。

 そんな雰囲気を察してか最初は近くに居たメンバーも、今は少し離れたところで談笑するようにしながら、こちらの様子を心配そうに窺っていた。

 心配かけてるな……。
私はそんなことを思いながらソファーに独り身体を預けている。

 本当は楽しい時間になるはずで、何日も前からこの日を楽しみにしていた。
それなのに、私の気持ちは昼間の出来事のあとから沈みっぱなしなのだ。

 何で助けてくれなかったの……そんな烏滸がましいことは思ってなんかいない。
ただ、目が合ったはずなのに、何事もなかったように視線を外されたことがショックだった。
まるで、新城くんの中に私の存在が無いかのようで悲しかった。

 でも……それでも……今日は私の誕生日。
新城くんから一言でも“おめでとう”と言ってもらえれば違ったのかもしれない。

だけど聞きたかった言葉は、生誕祭のあと沢山のスタッフさんに紛れるように『おめでとう』と言われただけ。
結局、個人的に言葉を交わすことも、視線を合わせることもないまま、私は今此処に居る。

 彼との距離が近づいたと思っていたけど、それが私の一方的な勘違いだったんだと知り、気持ちは沈んでいくばかりだった。

「はぁ……」

 俯き今日何度目かになる溜息を吐いたとき、そんな私に声をかけるメンバーがいた。

「今日の主役がそんなんじゃ駄目だよ~」

「にゃんにゃん……」

 顔を上げると目の前には、にゃんにゃんが琥珀色の液体が入ったグラスを持って立っていた。

「優ちゃんの誕生会なのに、主役が盛り下がっててどうするの?」

 そう言いながら私の隣に座ったにゃんにゃんは、グラスの中のものを一気に飲み干す。
何故か頗る機嫌が良いようでニコニコして、頬も心なしか上気しているように見える。

「ごめん……」

 何でそんな笑顔なんだろうって思いながら、それでも誕生会を開いてもらったのに、みんなに気を遣わせてばかりいる私は謝るしかなかった。

「ほんとにそう思ってる?」

「ほ、本当だって」

「ほんとにほんと?」

 和やかだと思っていたら今度は私の返事を疑うように、ジト目で肉感的な唇を尖らせている。

「う、うん」

 普段とは違うにゃんにゃんの様子に気押されるように返事する。

 ジト目と尖らせた唇はそのままに、にゃんにゃんの顔が近づいてくる。

『えっ!? えっ!?』

 終いには目を閉じ迫ってくるにゃんにゃんの唐突過ぎる行動に、私の頭は混乱しっぱなしで思わず顔を背けてしまった。

「あっ、やっぱり悪いと思ってなーい!」

「ち、違うよ。 にゃんにゃんが急にキスしようとするから……」

「ふーん。 前までは優ちゃんからキスしてきたのに。 やっぱり……」

 そこまで言うと私の耳元に顔を寄せ囁く。

「新城くんに操をたててるの?」

「なっ!?」

 私はその言葉に思わず背けていた顔を正面に戻すと、そこにはにゃんにゃんの顔が間近にあり目が合った。

「耳まで赤いよ? 図星?」

「な、何言ってる……ん?」

 にゃんにゃんの言葉が図星かどうかは別として、女子高生それもアイドルの口から出たとは思えない言葉に驚愕した。
けど、私はそこでにゃんにゃんの変化の理由に気付く。

「にゃんにゃんさ、さっき何飲んだの?」

 テーブルに置かれ空になったグラスを手に取ると、中身が何なのかと少し残った琥珀色の液体を飲んでみる。

 口に含んだ瞬間は甘くジンジャーエールかと思ったけど、後味にビール特有の苦みが口の中に広がる。
“シャンディーガフ”ビールのジンジャーエール割で所謂お酒だ。
確かにここはダイニングバーでお酒だってあるけど、私やにゃんにゃんみたいな未成年メンバーはジュースを飲んでいたはず。

「ちょっと、これお酒じゃん! 何でこんなの飲んでるの!?」

「え~、だって麻里ちゃんが飲みやすいから飲んでみなって言うから~」

 にゃんにゃんは私が語気を荒げても、意に介さないようにご機嫌な様子でいる。

 でも、それもお酒を飲んで酔ってからだとすれば、さっきからコロコロ変わる喜怒哀楽の説明がつくというもの。

 私はにゃんにゃんのことは一先ず置いておき、元凶である麻里子の姿を探した。
すると、少し離れたバーカウンターの所で数人のメンバーと話している麻里子を見つける。
私の様子に気付いたのだろう、麻里子は惚けた表情で視線を泳がせ目を合わせようとしない。

 確信犯だな……。
そう思った私は「ま~り~こ~」と言いながら、ソファーから体を起こそうとした。
だけど、起こしかけた体は立ち上がる寸前の所で、手を引かれ再びソファーへと戻されてしまった。

「優ちゃんまだ話終わってないから」

「えっ、でも「一つ新城くんのことで良いこと教えてあげる」……良いこと?」

 口を尖らせるにゃんにゃんに反論しようとするけど“新城くん”という気になる一言に私は思わず興味を抱いてしまう。

「うん。 良いこと」

 予想通りの反応だったのだろう、私を見たにゃんにゃんはニヤリとする。

 にゃんにゃんの言葉に上手く乗せられていると思いつつ、何なのか気になる私は続きを待った。

「昼間、陽菜さ優ちゃんに電話したよね?」

「う、うん……あの時はありがとう……」

 にゃんにゃんの言葉にお礼を言ったものの、新城くんに視線を逸らされた教室での様子を思い出し気分が沈んだ。
なのに、そんな私の様子を見て何故か微笑むとにゃんにゃんは楽しそうな口調で言った。

「どういたしまして……でも、あれ実は新城くんのアイディアだったんだよね~」

「えっ!? どういうこと?」

 あの電話のお陰で私はクラスの男子から逃れることが出来た。
だから感謝してもしきれないと思っていたんだけど、まさかそれが新城君のお陰だなんて思ってもみなかった私は、驚きを隠せず目を丸くするした。

 一方、そんな私の反応をまるで楽しんでいるかのように、にゃんにゃんの笑みが一段と増す。

「新城くんね。 マネージャーさんから優ちゃんに電話をしてもらえば、話を終わらせることができるんじゃないかって思ったらしいの。 でも、自分だと恋愛禁止のこともあるし教室で変に出しゃばって優ちゃんを困らせたくなくって、帰った振りしたんだって」

「そんな……」

「それでね、偶々そこに陽菜が通りかかったんだけど、マネージャーさんから優ちゃんにでしょ? 見ててまどろっこしくなっちゃって、それで陽菜が電話したって訳なの。 傑作なのが“何で本人に直接電話しないの”って聞いたら“俺、大島さんの番号知らないですから”だって」

 「おっちょこちょいだよね~」とケラケラ笑うにゃんにゃんに「そうだね」と苦笑交じりに相槌を打つけど、内心溢れる感情を抑えていた。

 嫌われた訳じゃなかったんだ……。
自分でも不思議だけど、その事実がさっきまでの沈んだ気持ちを嘘のように吹き飛ばし心がフッと軽くなるのを感じる。
新城君の言動に一喜一憂している自分を周りに悟られないように必死に抑えるけど、ずっと沈み落ち込んでいた反動からか自然と笑みが溢れた。

「なに、優ちゃんニヤついてんの? 気持ち悪~い」

「ちょっ、にゃんにゃんどう言う意味だぁ~」

「きゃっ!? 優ちゃんの変態ぃ~」

 そんな様子を冗談交じりにジト目で気持ち悪がるにゃんにゃんに、私も嬉しさと照れを隠すように抱き付くと撓わな胸を鷲掴みにする。

「おっ! やっと優子が元気になったみたいだね。 佐江そろそろやろっか?」

「そうだね。みんなほら集まって~優子にプレゼント渡すよ~」

 じゃれ合うようにソファーで戯れていると、私たちの様子を離れた所から見ていた才加と佐江の一言でメンバーが私の周りに集まって来た。

「やっと元気になったと思ったら完全にオッサンじゃん優子」

「あっ、あっちゃんも思った? 最近大人しくなったかと思ったんだけどね~」

「まぁ、今日ぐらいは良いんじゃないの麻里子?」

「いやいやともちん、ここお店でスから! それににゃんにゃんお酒なんか飲ん「はいはい、たかみなそこまで~」まりふぉしゃまなふぃするんふか!」

 佐江の一言で集まってきたメンバーは私とにゃんにゃんの様子を見て、口々に好き勝手なことを言っている。
たかみなの口を塞いでにゃんにゃんの飲酒を有耶無耶にしようとする麻里子の様子が可笑しくて私が吹き出すと、みんなの顔に今日一番の笑みが見えた。

 それが切っ掛けになったみたいにお店の中が再び騒がしくなっていく。

「優子ちゃん写メ撮りましょ!」

「あっ、私とも!」

 誕生パーティーやり直しとばかりにみんな私と写メを撮り直していく。
撮った写真はどれも演技でない“笑顔”があって、私はやっと今日が“自分の誕生日”なんだと実感した。

 さっきまでの自分が嘘みたいにみんなとはしゃいでいると、佐江がみんなの前に立つと話し始めた。

「はいはい、そろそろ優子にプレゼント渡すから一列に並んで~。 優子はそこに座ってて良いからね」

 その言葉に従うように私は才加にエスコートされソファーに座らされると、メンバーのみんなが私の前に並ぶ。
手には綺麗にラッピングされた袋を持ってニコニコしている。

「あれ? 陽菜どうしたの?」

「最後に渡すの」

「なんで?」

「ん~ 優ちゃんが一番喜ぶプレゼントだからかな?」

「うわっ自信満々だねぇ」

 そうしていると、列の真ん中辺りにいたにゃんにゃんがみいちゃんと話していたかと思ったら、列の一番後ろに並び直すのが見えた。
私はその様子を遠くから見ていたら不意ににゃんにゃんと目が合い、ニヤッとした笑みを向けられる。

 ???
何のことだか分からず“?”が浮かぶけど、目の前でプレゼント贈呈が始まるとそんなにゃんにゃんの笑みの意味など気にしなくなっていた。

「優子おめでとう~」

「ありがとう、あっちゃん」

「開けて開けて!」

「何かな~」

 綺麗にラッピングされた袋を開けていくと、見慣れたというか大好きな“スウッシュ”のロゴが見えた私は目を輝かせる。
開けると中から出てきたのは私の好きなグリーンを基調の、差し色にブルーとイエローが使われたスニーカーだった。
おまけに踵と靴紐プレートに“AKB48”“Team K”“O.YUKO”って入ってるからビックリした。

「あ~! オリジナルスニーカー! これってもしかしてあっちゃんデザイン?」

「うん! そだよ。 前に優子が劇場とかの練習用にって作ってたでしょ? あれがボロボロに見えたから新しいの作ってみました。 今度はチーム Kカラーだよ」

 言われてみればグリーンはTeam Kのチームカラーで練習の時に履くと集中できそうな気がする。

「ありがとう、あっちゃん!」

 私は早速それまで履いていたパンプスを脱ぐと、あっちゃんデザインのスニーカーを履いてみる。

「似合う~」

「優子っぽいね」

「履いて帰ろ~」

「いやいや、今の服には合わんやろ!」

 こんな感じでワイワイとした雰囲気の中メンバー1人ひとりから思い思いのプレゼントと言葉を貰いながら、さっきまで最低だった誕生会は最高に盛り上がりをみせ進んでいった。

 そして、司会役をしてくれていた佐江や才加からもプレゼントを貰った私の前には、最後の一人“にゃんにゃん”が居た。

 “最後”と本人が言っていたけど、まさか佐江や才加の後だとは思ってもみなかった私は、目の前で満面の笑みを浮かべるにゃんにゃんが何を考えているのか分からなかった。
ただ、さっきの笑みは私を揶揄うときの顔だったことを思い出し、何を言われるんだろうとビクビクしていた。

「お誕生日おめでとう優ちゃん」

 そう言って満面の笑みを浮かべたまま私に顔を近付けてくるので“まさかまたキス!?”と思い顔を逸らす。

「……安心して“こっち”は普通のプレゼントだから」

 にゃんにゃんの声が耳元でしたかと思うと、私の首に冷たい感触が走る。

「ひゃっ!?」

「うん! よく似合ってる!」

 私は予想外の首に触れた感触に戸惑い自分の首元を見ようとする。
すると、にゃんにゃんが隣にストンと腰を降ろし、私を引き寄せたかと思うと自分のスマホでパシャリと写メを撮る。

「ほら、良く写ってる。お揃いだよ~」

「へっ?……あっ、ほんとだ」

 スマホの画面にはにゃんにゃんと私が並び、その2人の胸元にはハートを半分ずつに分けたペンダントが光っていた。

「前に優ちゃんこれ欲しいって言ってたでしょ?」

「うん! 言った。 にゃんにゃんとおそろか~」

 私がペンダントを触りながら嬉しがると、にゃんにゃんは不意にまたあの笑みを浮かべ言った。

「じゃあ、これはもっと優ちゃん喜ぶんじゃないかな」

 そう言ってラッピングがされたギンガムチェックの袋を差し出してくる。

「二つ目? 中なに?」

 お揃いのペンダントを貰って気分を良くした私は、さっきまでの警戒は何処へやら目を輝かせ聞き返していた。
他のメンバーも態々用意された二つ目の中身が気になるのか、興味津々な様子で袋を見ている。

 そんな私やメンバーの様子に満足げな笑みを浮かべるにゃんにゃん。

「開けてからのお・楽・し・み。 でもね、優ちゃんが“一番喜ぶ”物だと陽菜は思うな」

「そ、そうなの……」

 何故そんな自信満々なんだろうかと思いながら、赤いリボンを解くとラッピングされた袋の中からプレゼントを出す。

 そこにあったのは一組のブックカバーと栞だった。

「あっ、これ……」

「さすが、新城くん」

 私がそのプレゼントに小さく驚きの声を上げると、何故かにゃんにゃんも驚いたように小さく声を上げた。

「にゃんにゃん何か言った?」

「ううん。なんにも。 それより気に入った?」

 私はにゃんにゃんの言葉に改めてブックカバーを手に取る。

 色は派手な印象になりがちなダンディライオンカラーなんだけど、本革が丁寧に染められ落ち着いた色合いに仕上がって綺麗だし、しっとりとした肌触りが何とも言えず気持ち良い。
普通ブックカバーと言えば一枚の皮で本を覆うタイプのものが多い中、敢えてカバーを二つのパーツに分け艶消しされたスナップで留められたデザインもお洒落だった。
それに一緒に付いていた栞はチェーンタイプで、先端に付いた音符マークには私の誕生石トルマリンが碧く柔らかい光を放っていた。

 自分が好きなものと似合うものが同じとは限らない。
でも、どっちも毎日持ち歩けるし、寧ろ毎日手元に置いておきたいと思えるぐらい気に入った。
そして何より私のことをちゃんと考えて選んでくれたことがプレゼントから伝わってきて嬉しかった。

「……私のためにあるんじゃないかって思うくらいピッタリで気に入っちゃった!」

「!?」

 私がそういうとにゃんにゃんは目を丸くして驚いていた。

「それにしてもニャロが優子にブックカバーねぇ……」

「確かに陽菜と文房具って一番縁遠い気が……」

「麻里ちゃんもみいちゃんもヒド~い! 私だって行くよ~」

 にゃんにゃんは頬を膨らませプンプンと怒る仕草を見せるけど「でも……」そう言いながらクスッと笑うとまたしても私の耳元に近付き囁いた。

「そのブックカバーを選んだのは“新城くん”なんだけどね♪ 彼にアドバイスもらって良かった~ 優ちゃんの好み良く知ってるんだよ♫」

 “一番喜ぶ”それが何を意味するのか分かり耳まで真っ赤になるくらい赤面しながら、私は最後の抵抗とばかりに言い訳をした。

「た、偶々本が好きって共通点があるだけで……」

「へぇ~、そうなんだ。 でも、新城くん“それ”をお店で見かけたとき思ったことがあったらしいよ」

「な、なに……?」

「“大島さんのためにあるんじゃないかって”さっき優ちゃんも同じこと言ってたよね」

 そう言って耳元から顔を離したにゃんにゃんは笑っていた。
でも、そこに揶揄う様子など微塵もなく唯々真っ直ぐな瞳を私に向けながら言った。

「素直になりなよ。 気持ち閉じ込め続けたら、いつか爆発しちゃうよ」

 トクン……
“素直に”その言葉は今の私には重過ぎる。
確かに今日一日で新城君の言動一つで一喜一憂する自分がいて、にゃんにゃんのおかげか、それが彼への“恋心”なんだと痛いほど気付かされた。

 でも、私には大事な夢があって、何より背負うものが沢山ある。
目の前の掛け替えのない仲間と、そのみんなと共に大きくしてきたAKBという存在。
私が素直になんてなれば、今までみんなと築き上げてきたAKBが崩壊してしまうかもしれない。

 それに、にゃんにゃんは勘違いしてる。
新城君はメンバーの飲み物とかお菓子とか、ほんの些細な好みでもちゃんと覚えている。
偶々、私の好みを他のメンバーより知っているのは、クラスメイトでお互い本が好きって共通点があるからに他ならない。
優しいのだって、みんなに平等に優しい……。

 そんなことを思っていると、私とにゃんにゃんがヒソヒソ話をしているのが気になるのか、たかみなが首を傾げながら訪ねてきた。

「さっきから何を素直にとか、爆発とか言ってるんスか?」

「ん~、今まで通り素直にキスして来て良いよって言ったの。 そうしないと優ちゃん欲求不満で爆発しちゃいそうだから♪」

「確かに。優子は我慢するもんね。 別に陽菜じゃなくてもいいんだよ? 私でも!」

「うんうん。この篠田でもいいよ」

「いやいや、それはアカンやろ。あっちゃんも麻里子様も2人共女同士でスから!」

「もうお子ちゃまだな、たかみなは~」

「ちょいまてー! 誰がお子様や!」

 女同士でも裸を見るのも見せるのも恥ずかしがるたかみなを、あっちゃんが揶揄うから再び店内がやいのやいのと騒がしくなる。
麻里子やにゃんにゃんは二人をたき付けてるし、他のメンバーもそれを愉しそうに眺め笑っている。

 この雰囲気が心地よくて私は好きだ……。
個性も夢もバラバラで、まるでひっくり返した玩具箱のようなAKBのメンバー。
それぞれの夢を叶えるため競い合い、それでもなんやかんや私たちは、支え合いながらここまでやってきた。
そんな日々があったからこそ、今日みたいに笑い合っていられる。

 こんな日々が長くは続かないのは分かっている。
夢のためAKBという籠から巣立たなければならない日がいつか来る。

 だから、そのときまでAKBという、この優しい“揺り籠”を守りたい。
守り、そして後ろに続くメンバーたちの道標になる。
たぶん、それがセンターである私やあっちゃんの使命。
そのために、私が“素直”になってはいけないというなら我慢しよう。

 だから、にゃんにゃんには悪いけど、もう少しだけ私我慢するね……。
それに今はこれがあれば我慢できるかな……。

 決意を新たにした私は、本に貰ったブックカバーを付け終えると、それを胸に抱きしめながら微笑んだ――。


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