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『恋愛禁止条例』

第38話:思いと想い:後編

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 私が新城くんに関心を寄せたのは“大島 優子”という存在を、アイドルではなく一人の人間として見てくれたから……そう思っていた。
だけど、私はこの後、笑顔の裏に隠された“違和感”の正体を知り、新城くんへの見方が変わることになる。

 それは、新城くんが私を推すクラスメートの男子達から絡まれた後の話。
AKB48自体を知らないと分かり、男子達は新城くんへの口撃がただの言い掛かりになると察すると、悔しそうな視線を彼に送りつつ大人しく自分たちの席に着いていた。
その様子に、それまで巻き込まれるのを嫌い離れていた他のクラスメートが、再び新城くんの前に集まってきた。
集まると、さっき聞けなかった質問を次々と新城くんに聞き始めた。

「前住んでいた所ってどんなとこ?」

「方言ってどんな感じなんだ?」

「部活入ってた?」

 新城くんを囲んだクラスメート、彼に対し次々と質問を浴びせていく。

「えっと――」

 その質問の多さに苦笑交じりになりながらも、一つ一つ丁寧に答えていく新城くん。
一向に収まらない質問の嵐に、握手会も端から見ればこんな感じなのかなと、私はその様子を眺めていた。
すると、一人の女生徒の質問が、新城くんの様子を一変させる。

「今頃の転校って珍しくない? 親の転勤かなにか?」

「あっ、えっと……そう。 転勤でこっちにくることになったんだ」

 一瞬、ほんの僅かな間が存在したけど、直ぐに「こんな時期にしなくても良いのにね」と新城くんが笑い話にするから、周囲も「本当だね」とつられて笑っていた。

 でも、その僅かな間の内に、私は新城くんの闇を見てしまう。
笑顔の下には、未だ“喪失感”“孤独感”“後悔”という、高校生らしからぬ感情を隠していた。
それだって、一見普通に笑顔でいるから、周囲のクラスメートの誰もが新城くんの内にある感情に気付いてはいないだろう。

 だけど、私には分かった……いや、分かってしまった。
“家族”の話題が出た瞬間、確かに新城くんの内で新たな感情が姿を現したのを。
私は、それで彼に感じていた“違和感”の正体を知り、気になった理由(わけ)を理解した。

 違和感の正体とは、彼は昔の私に似ていたのだ。
何故なら、新城くんの見せた感情こそ、私自身過去に抱いたことのあるものだったのだから。
幼い頃、家族で栃木へ引っ越し、その矢先半年経たぬうちに両親が離婚した。
父も母も口々に誰も悪くないと言うばかりで、頭では事情を理解出来たつもりでいても、当時幼い私の心が納得出来るわけもなかった
母親に捨てられたという“喪失感”“孤独感”と、両親のために自分に何か出来たのではないかという“後悔”。
そして、新城くんが新たに見せた感情に、一時私は支配された。
その感情の名は“拒絶”。
幼かった私の場合、救いを求めながらも拒絶し、相手の愛情を測っていたんだろうと思う。
だけど、彼の瞳の奥深くにあるのは、何人たりとも誰も立ち入るなという“拒絶”。
一片の希望ひかりすら拒むような、強烈な感情が確かに潜んでいた。

『どうして、そんな自分を苦しめるの?』

 心と体、拒絶と笑顔、全く異なる感情を内と外に持つことは、苦痛でしかない。
それは母との事があって以来、芸能界でも生き抜くため否が応にもそうせざる得なかった私も感じ続けてきた痛み。
だけど、私には逃げ出す場所が存在した。
“友人”“男”“お金”気を紛らわせる方法なんて幾らでもあった。
でも、新城くんにそんなものはない、そう思えてならなかった。
だって、逃げ場のある人がするではないから。
優しい笑顔の反面、何処までも哀しさを帯びた瞳は、彼の抱えたものが如何なるものか物語っているようだった。
それなのに周囲の誰一人として、彼の抱える闇の存在に気付く様子はない。
もしかしたら、新城くんはそれすら知られることを拒絶していたからかも知れない。

 たとえそうだったとしても、生きていることすら“拒絶”してしまいそうな瞳で、目の前でクラスメートと笑い合っている新城くんを見ていると、その感情に気付いてしまった私は無関心でなどいられるはずもなかった。

………………

…………

……

 あの日から私は、彼を目で追うようになっていた。
もし時間に溶けてなくなるようなものだったなら、無関心にもなれたと思う。
でも、来る日も、来る日も変わらぬ拒絶という名の壁を瞳の奥に持ち続けながら、周囲にはまるで友人だというように振る舞う彼の姿は否応なしに私の関心を引いた。

 そして、新城くんの転校から少し経ったある日のこと。
私は数少ない登校日に学校へ来ていた。
1日はあっと言う間に過ぎ全ての授業、そしてHRホームルームが終わり放課後となっていた。

 私は、机から鞄へ教科書などの勉強道具を鞄に詰めながら、隣の席へチラリと目線を向ける。
当然、隣には新城くんの席があって、彼は帰り支度もそのままにスマホを触っていた。
その表情は心なしか嬉しそうに見え、私は少し驚いた。

『何か良いことでもあったのかな……』

 私がそんな事を考えていると、クラスメートの男子数人が新城くんの元へやって来て、その中の一人が彼に話しかけた。

「これからさ、駅んとこにあるゲーセンに、格ゲーの新台入ったって言うから行くんだけど、新城も行こうぜ」

「ん?……あっ、ホント? でも、ごめん……今日はどうしても他に寄りたいところがあって――」

 見ていたスマホから顔を上げると、すっかりクラスに溶け込んだ様子で、寄り道についてクラスメートと話す新城くん。
手を合わせて申し訳なさそうにする姿は、まるで心を許した友人のように見えた。
あながちそれも嘘ではなくて、すっとクラスメートの輪の中に入って行ったのは事実。

「なんだ、残念。 また今度な」

「うん、ごめんまた誘って。 じゃあね」

 その証拠に、断られたクラスメート達は悪態を吐くどころか残念そうな様子で、踵を返すと手を振りながら教室を出て行った。
それに対し、新城くんも軽く手を振り返す姿は、端から見れば彼らとは友人同士に見えていたと思う。

 だけど、その一部始終を帰り支度をしながら横目で見ていた私には、全くその光景は違って見えていた。
彼の内に拒絶という壁があり続けていることを、隣で見て分かっていたこともある。
でも、何より彼らを見送る新城くんの横顔が、心底楽しそうだと思っている人がする表情に、私にはみえなかったのだ。

「優ちゃん、そろそろ時間~」

「マネージャーさん、下に来てるって」

 すると、それまで盗み見していた新城くんの姿の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
そちらを見ると、いつの間にか“小嶋 陽菜にゃんにゃん”と“峯岸 みなみみいちゃん”たちが、鞄を肩に掛け帰り支度万端な状態で、教室の出口で私を待っていた。

「あっ、うん。 いま行くー」

 新城くんの様子に気を取られ、これから夜の劇場公演があるというのに、私は帰り支度の手が止めてしまっていた。
彼女たちの声で、現実に引き戻された私は返事をすると、急いで鞄に筆記用具やらノート、教科書などを詰め込んでいく。
さっさと荷物を詰め込んだ私は立ち上がろうとしたのだけど、にゃんにゃん達の方を見て動けなくなった。
正確には、にゃんにゃん達ではなく、その後ろにいた“私推し”の男子達の姿を見てだけど。
まるで、待ち構えるようにしている“私推し”の男子達の姿が、視界に入り思わずたじろいでしまった。
彼らからすれば好意の現れなのだろうけど、私には手薬煉引いて待っている様に感じ正直苦手だった。
だけど、あそこを通って笑顔を向けて出ていくのも、アイドルとしての立派な“仕事”だと思うと、心の内で諦めの溜息を吐きつつ私は立ち上がった。
近づきたくないからだろうか、荷物をそんなに詰めていないはずの鞄が手にひどく重く感じられ、新城くんの後ろを通る足取りは重かった。

「大島さん、公演頑張ってね」

 すると背中越しに新城くんの声がし、私は振り返る。
振り返ると、そこには先程彼がクラスメートに向けていたものと同じ笑顔がこちらを向いていた。

「うん……ありがとう。 また、明日ね」

 笑顔であっても拒絶の感情を秘めた瞳で見られては、彼が本心で笑っていないことなど一目瞭然だ。
でも、そんな彼の“秘密”に気付いているのは自分だけしかいない。
かと言って、それを知ったからと自分が何とかしようなんて私自身考えられなくて、見て見ぬ振りをする罪悪感に、持っていた鞄の重さが増したように感じ、頭が下がりそうになった。
だけど、私はそこで踏み止まると、言葉を詰まらせながらも、今できる精一杯の笑みを作ると手を振った。

 だって、私が気付いていることを彼が知ったら、偽りの笑顔さえ消えてしまいそうな気がしていた。
そして、手を振り返してくれる新城くんの偽りの笑顔から逃れるように、私は足早に教室を出た……。

………………

…………

……

「ぉおしま――おおしまさん――大島さん、起きて――」

 それまで暗闇に包まれ“無”と言える状態だった私は、自分の名を呼ばれ急速に意識が覚醒していくのを感じた。

「んんっ……」

 視界は一筋の光によって暗闇を徐々に晴らしていき、次第に私は自分が何処で何をしているのかを理解させられる。

「ん-、ここぉ……あっ!! 新城くん!」

 そして、視界に制服姿の新城くんと黒板が朧気に見えた頃、ここが教室であると寝惚けた頭が理解する。
予想外だったのは新城くんがここに居ることだったけど、それも直ぐに理由を知ることになる。

「おはよう、大島さん。 ごめんね、折角寝ていたのに起こしてしまって――」

 申し訳なさそうな表情で私に謝る新城くん。

「クラスのみんなが登校して来たらまずいかなって思ったんだけど……」

 私は彼の言葉に周囲を見渡す。
新城くんが言うように、教室には“私と彼”の2人だけ。
見渡した視線の先に、壁に掛かった時計が目に入る。
時計の針は8時9分を指し、登校してからさして時間が経っていないことを私に教えた。
後10分もすれば真面目な生徒が登校してくる時間。

 現役アイドルが教室で寝ている姿を、他の生徒に見せて良いものかと、新城くんは考えてくれての事だった。

「あの後、すぐ寝ちゃったのか……」

 だけど、私は新城くんが気を遣ってくれたことよりも、やりたいことがあって早く登校したにも関わらず、出来なかったことに対しぼやいた。

 すると、新城くんはそんな私のぼやきを聞いて、不思議そうな表情をする。

「あっ、こっちの話。 それよりありがとう。 アイドルなのにこんなとこで寝てる姿なんて、恥ずかしくて見せられなかったよ」

 適当に笑って誤魔化した私だけど、実際“私推し”の男子たちだけには寝顔見せたくはなかったから、あながち嘘ではなかった。

「良かった……ん? “これ”大島さんの?」

 私の話を信じてくれたのか、新城くんが安堵したような表情を見せる。
ところが途中、何かを見つけたのか、私の席の前で屈んだかと思ったら“ある物”を差し出してきた。

 差し出されたのは、一冊の“本”。
ブックカバーの付いたこの本こそ、私が学校に早く登校した理由だった。

「ありがとう。 寝てて落としたの気付かなかった」

 私は新城くんにお礼を言うと、本を受け取った。
この本は、以前一度発売された小説で、そこに番外編や新たに書き下ろしを加え、最近なり発売し直されたもの。
私はこの著者のファンだったから、番外編などが読みたくて、発売日に届くようにネットで注文をにしていた。
それが昨夜、帰宅したら届いていたんだけど、夜遅かったのもあって、こうやって朝早く来て読もうとしたのだ。
そうしたら、この有様で数頁読んだくらいで寝てしまっていた。

「それ読もうとして、早く学校に来てたんだ?」

「昨日発売で家には届いてたんだけど、仕事が遅くて読めなくて。 来て読み始めたのは良いんだけど……寝ちゃった」

 理由を聞かれ、私は隠すことでもないと思って話した。
寝落ちという体の良い落ちもあったから、それで話は終わるかなと私は思っていた。

 ところが……。

「昨日発売……もしかして、この本?」

 私の話に何か思い当たる節があったのか、新城くんは自分の鞄から一冊の本を出した。
彼の本にもブックカバーが掛かっていて、新城くんは表紙を捲ると扉部分のタイトルを指差した。
すると、なんとそこには私が読んでいた本と同じタイトルが。

「あっ、一緒だ!……ね?」

 驚きという言うか同じ趣向を持った人がいたことが嬉しくて、私も自分の本の表紙を捲ると、タイトル部分を新城くんに見せた。
ところが、私と新城くんの本には大きな違いがあって、私は全4巻の1巻目、新城くんは2巻目だった。

「新城くん、もう2巻目なの? 早い」

「あぁ、うん。 前に出ていたのも読んでいたけど……文字を通して郁たちの躍動感溢れるシーンが浮かんできちゃって、気付いたら1巻目、昨日の晩の内に読み終わってたんだ」

「じゃあ、新城くんも続き読むために早めに登校だったとか?」

「そうそう、番外編が思いの外良かったから、2巻の書き下ろしが楽しみで」

「あっ、まだ私、番外編読んでないんだから、言っちゃだめだよ」

「あっ、そうだったね。 番外編はね――」

「ちょっと~」

 私たちはいつの間にか読んでいる小説のことで盛り上がっていた。
昨日まで、私は新城くんとこんな風に話せるとは思ってもいなかった。
きっと、好きな物の話だったから、彼も無意識だったのだろう。
新城くんが私を見る瞳に“拒絶”する感情の一片もなかった。

「でね――」

「……」

 私は新城くんに見取れていた。
好きな物で繋がれたこの瞬間、彼は柵から解放され本来の姿を私に曝け出している。
隔てるものが何もない世界で、新城くんの瞳は透き通り、優しさを湛えたような光を宿していた。
普段見せる大人びた笑顔とは違い、今彼の笑顔は唯々純粋で年不相応に幼く見える。
それこそ彼が背負ったものの大きさを現すようで、胸がキュッと締め付けられた。
この胸の痛みの出所は疎か同情なのか、哀れみなのかさえ、今の私には分からない。
確かなのは、新城くんがこの笑顔を私に見せてくれるのが、この一時だけだろうこと。
クラスメートが登校を始めれば、きっとその瞳には再び“拒絶”が生まれる。
再び彼にとって以前と変わらない日常が始まると“思う”のだ。

 ただ、そんな世界にあって変化が生まれた。
私の内で新城くんが心から笑う姿を、見たいと“想う”気持ちが芽生えたのだ。

 この日から見て見ぬ振りをすることをやめた私は、彼に積極的に関わっていく。

「ねぇ、新城くん……」

 それが、その後どんな結果をもたらすかも、知らないまま――。


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