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『恋愛禁止条例』

第36話:思いと想い:前編

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―優子 side―

 私に不満を抱いているだろう珠理奈とみるきーの隣に、並ぶように立った麻友がこちらを見てニコリと微笑む。

「!?」

 てっきり、麻友も私と新城くんとのこと納得していないのだとばかり思っていたから、隣の二人とは正反対な感情を向けられ思わず驚きが顔に出てしまう。

 そんな私の様子に麻友の瞳の奥が僅かに揺らぐのを見たけど、次の瞬間には何事もなかったように笑顔が戻っていた。

「良かったね、優子ちゃん」

「麻友……」

 麻友の名を呼んだところで、私はその後の言葉を呑み込む。

 さっき麻友の瞳の中で一瞬揺らいでいたのは“悲しみ”。
それなのに麻友が口にしたのは、私たちを祝福してくれるような言葉だった。
麻友は何も考えなしに喋ることはしない。
きっと麻友の中で沢山の葛藤や思いがあった中で、それでも最後は全てを許してくれたんだ。

 なのに麻友の一言に、安堵する身勝手な私がいることに気付き、今何かを口にしても彼女の気持ちを踏みにじるような気がし口を噤んだ。

「ちょっ、まゆゆさん」

「良かったって……」

 突然現れ自分たちとは相容れない言葉を口にした麻友に、隣にいた珠理奈とみるきーが何か言い掛けるけど、私をチラリと見るとそこで途切れた。

 私には二人が言いたいことは分かってる。
ううん、きっとここに居るみんなも分かっているはず。

 だけど……私という“存在”がそれを許さないでいた。

 珠理奈にとっても、みるきーにとっても、そして麻友にとっても、私は先輩でありグループの中でも彼女たちよりも影響力を持っている。
それは自慢ではなく“事実”だし、そうでなければ毎年行われているシングル選抜総選挙で、ファンの人たちが投じてくれた票に意味がなくなってしまう。
メンバーの中でも特に上位の三人であれば、そういった人気がどれだけ重要なのかを身に染みて理解しているからこそ、私に彼女たちは強く言えないでいた。

 その反面、人気があるからこそ注目される存在としても、グループを代表する者としても、身勝手な振る舞いをしてはいけない立場にいる。
なのに私は、アイドルとして越えてはならない境界線を越え、破ってはならない決まりを破るだけでなくルールそのものを変えてしまった。

 一方、アイドルであることに青春を捧げ、アイドルでなければ普通に経験したであろうことを全て我慢セーブしてきた彼女たち。
当然、恋愛だって禁止の中、許される範囲内で少しでも新城くんとの距離を縮めようとアプローチしていたはず。
なのにぽっと出の私が何もせず全てを奪っていったのだから、彼女たちからすれば到底納得いかないことだと思う。

 そう思うと自分のしたことを棚に上げ、秋元先生の言葉に許され、麻友やあっちゃんの言葉に救われ喜びさえ感じたことは最低で、再び私の中に罪悪感が込み上げる。

「珠理奈、みるきー、麻友……ごめんなさい」

 それなのに私の口を吐いて出たのは、ありふれた謝罪の言葉だった。
解決も好転もしない、ただただ事態の“沈静化”を図ろうとするときに使う言葉を口にしていた。

 口を吐いて出た言葉に自分でもハッとなり珠理奈たちを見ると、やっぱり二人の表情は険しさを増し、麻友は困ったような顔で私を見ていた。

「謝られたって……」

「ちょっ、やめやみるきー。 大人げないで」

「せやかて、優子さんと居るとき、シンちゃんが笑顔になってるの殆ど見たことない。 なのに何で……」

「……私もそう思います」

「珠理奈!」

「だって、お兄ちゃんが優子ちゃんと居て笑っていることなんて、私だってないんだよ……」

 みるきーの一言が切っ掛けで、二人の中に押し留めていた感情が爆発する。
近くに居たさや姉や玲奈が止めに入るけど、みるきーの言う通り謝って解決するほど“恋愛”は簡単な問題じゃない。

 新城くんは同じ地球ほしに住む70億の人の中から私を選び、私も新城くんを“大事な人”に選んだ。
珠理奈やみるきー、麻友、それに他にも可愛い子は沢山いるのに、それでも私を選んでくれたのは“奇跡”なんだと思う。

 だから、AKB48グループに属するメンバー、それを支えてくれるスタッフや関係者の人たちに、迷惑を掛けたとしても想いを貫き通した。

 だけど、それをみんなに胸を張って言えないのは、彼女たちの言うように私がこれまで彼にとってきた態度だったり、学校でのことが原因。

 全ては私が新城くんの告白を無碍にしたことから始まり、ずっと彼に冷たい態度をとって傷付けてきた。
そんな姿を間近で見てきた彼女たちからすれば、当然といえる言葉に何も言えなかった……。

「先に好きになったのは新城くんだよ」

「!?」

「なっ!?」

「えっ!?」

 私が彼女たちに返す言葉を見つけられないまま沈黙していると、横からそんな言葉が聞こえてくる。
惚けたような口調でそう言うのは、近くで麻里子たちと一緒に私たちのやり取りを静観していたにゃんにゃんだった。

 突然の発言に、驚く私含めその場に居た全員の視線がにゃんにゃんに集まる。
麻友に続き、又もや横やりを入れられた珠理奈とみるきーも一瞬驚きの声をあげたけど、その言葉に信じられないといった様子で眉を寄せにゃんにゃんを見る。

 それなのに当の本人はと言えば険しい視線など気にも留めず、珠理奈たちに普段と変わらないフワフワした笑顔を向けていた。

 にゃんにゃんの言葉に自分の血の気が引いていくのを感じる。
“先に”という言葉が、学校での新城くんの告白を意味しているのは明白だった。
確かに先に告白をしたのは彼からで間違いない。
でも、その告白に対し私がしたのは最悪な返答で、何よりその後の彼の学園生活を滅茶苦茶にしてしまった。

 そのことをにゃんにゃんが言おうとしているなら、出来ればメンバーには伏せておきたかった事実だけど、嘘を突き通すことは新城くんを裏切ることになり、それだけはしたくなかった。
だから、全てを打ち明けようと私は口を開きかけた。

 だけど、私が言葉を発する前に、珠理奈がにゃんにゃんの言葉に苛立つように声をあげる。

「どういうことなんですか、それって?」

「んー、そのままの意味。 新城くんはずっと優ちゃんのこと好きだったんだよ。 陽菜が言うんだから間違いなし!」

「だけど!」

「珠理奈さ、優ちゃんと新城くんが同じ高校に通っているのは知ってるよね?」

「はい……同じクラスなのも聞きました……」

「新城くんはね、2年になってから直ぐに転校してきたの。 でも、その頃はみんなが知ってる新城くんじゃなくて、誰に対しても壁を作ってたんだよ」

「「「「「「「えっ……」」」」」」」

 クラスメイトの私やみいちゃん、それに全てを知る麻里子は別として、にゃんにゃんの口から語られた当時の新城くんの様子に珠理奈を含め、それまで静かに聞いていた他のメンバーからも驚きの声が漏れる。

 今の彼からは想像もつかない様子なのだから、みんなが驚くのは無理ない。
私だって今の彼しか知らなかったら、きっと同じ反応をしたと思う。

 だって出会った頃の彼は今と違い、本当の意味で私たちの前で笑顔を見せることはなかったから――。


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