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『恋愛禁止条例』

第35話:納得なんてできない:渡辺 麻友編:後編

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 “新城さんに愛される人は無条件に幸せ”
私はいつの間にかそんな風に思い込んでいた。

 でも、秋元先生の話を聞けばそれが間違いで、無条件どころか大きな代償と引き替えにする覚悟が必要だということを思い知らされる。

 とは言え、結果だけ見れば覚悟と移籍先事務所の方針次第では、恋愛を暗黙のルールとして認められることになった。
そして、今回のことで優子ちゃんが新城さんのハートを射止めたことになるけど、二人が仲良くする姿なんて誰も見たことがなかった。
寧ろ犬猿の仲だとさえ思っていただろうから、一部のメンバー、特に積極的だった珠理奈やみるきーは納得出来ないという顔をしていた。

「ごめん。 たかみな……言わなくてごめんね……」

 だけど、目の前でたかみなさんを抱きしめ“ごめん”と繰り返す優子ちゃんを見たら、みんなの前で流した涙も覚悟の言葉も全て嘘偽りはないんだと、私は改めて感じた。

「優子のレーンで何かあったって知ったときの彼の走って行く姿見てたら、あぁ、優子を本当に想ってるんだなって分かったの。 あんな風にできる男性に出会える事なんか滅多にないよ」

 そして、このあっちゃんの言葉に、私は妙に納得するところがあった。
普段、優子ちゃんは新城さんに辛くあたることが多く、決して仲が良いように見えない。
なのに、二人の間に時折“違和感”のようなものを感じる不思議な場面があり、私はそれが何なのかずっと気になっていた。
だから、あっちゃんのこの言葉で、それまで感じていた違和感の正体を知る。

 コンサート前夜の練習――。
新城さんが練習中に無理矢理に割り込んだのは、きっと優子ちゃんを心配したから。

 コンサート初日――。
新城さんが見たこともない表情で、倒れた優子ちゃんを抱え走るのは、きっと彼女のことが心配で仕方なかったから。

 楽屋――。
優子ちゃんが苛立った様子で「ばーか」と言い残し楽屋を出て行ったのは、きっと私たちが新城さんを囲んでいるのに嫉妬したから。
その気持ちを新城さんが知る由もないだろうけど、きっと追っていったのは必然だったように思う。

 私が思う二人の気持ちは、全てが“想像きっと”でしかない。

 でも、素直に言えば私も新城さんに恋した一人。
優子ちゃんの気持ちは何となく分かるし、新城さんに選ばれることのなかった私だから、自分に向けられることのない彼の“特別な想い”に気付いてしまう。

 一見、優子ちゃんと新城さんの関係は、繋がることない点と点のような存在だと、私たちは思っていた。
でも、そこには他人が見ることのできない“想い”という繋がりが、二人をしっかり結んでいた。

 だから、新城さんは好きな女性ひとを守ろうと身を呈し、優子ちゃんはそんなことができる男性ひとのために全てをなげつ覚悟を決めた。

 二人の想い合う気持ちと覚悟を垣間見、私は自分の中にあった付き物がストンと落ちるのを感じる。
僅かに残る胸のつかえも小さな吐息と共に追い出したら、何だか晴れ晴れとした気分になった。

 目の前では、握手会での新城さんの様子を、あっちゃんから聞いた優子ちゃんが僅かにはにかんでいた。
普段理性的な優子ちゃんの心の内から滲み出たような自然な表情が、彼女の嬉しさの度合いを示しているように思えた。

 敵わないな……。
感情の種類こそさっきまで胸の内にあった“諦め”と同じものだったけど、優子ちゃんがこれまで見せてきたものとは違う微笑みに、自然と私も微笑みが零れるのが分かった。

「……麻友?」

「ん。 なぁに、ゆきりん?」

「なにって……良いの?」

 隣に居たゆきりんが、私の変化に驚いたのか、戸惑い気味に小さく尋ねてくる。

 まぁ、ゆきりんの言わんとすることは分かってる。

 私に恋することを教えてくれたのは新城さん。
近くにいる珠理奈やみるきーと同じように、今も新城さんを“好き”だという気持ちに変わりはない。
寧ろ人となりを深く知り、もっと彼を好きになったようにも思う。

 だけどね、知れば知るほど新城さんを笑顔にすることができるのは、優子ちゃんを置いて他にいないことに納得する自分もいた。
何より、過去に囚われ幼かった私を成長させてくれた二人には、してもしきれないほど心から感謝していた。

 そして、私は気付いた。
目標、ライバル、そして大好きなお姉さんのような存在の優子ちゃん。
初恋の相手であり、そして誰よりも優しく兄のような存在の新城さん。
周りを見れば、こうやって自分を心配してくれるゆきりんだったり、メンバーやスタッフさん、大勢のファンの人たちがいる。
その中で私はアイドルとして次世代のエースだと言われたり、コンサートや劇場公演でセンターをさせてもらえている。

 改めて、自分が沢山の人に大事にされ、どれだけ恵まれているのかに気付き、私は幸せなんだと実感した。

 そう思える切っ掛けをくれた二人には、心から幸せになって欲しいと思う。
だから、ゆきりんの戸惑うような言葉に、私は微笑み小さく返した。

「良いも何も、私はアイドルだよ? 恋愛なんてしてられないって」

「麻友……」

 私の言葉に、ゆきりんは察してくれたのか目を細め慈しむような表情をみせると、それ以上何も聞いてこなかった。
その表情はまるで強がる娘を見守る親のようで、やっぱりゆきりんは私にとって“お母さん”なんだと感じる。

 ごめんね、ゆきりん、心配かけて。
でも、私はもう大丈夫だよ。
そう思いながら目配せすると、ゆきりんはしょうがないなという風な顔をする。
こうやって目配せだけで通じる相手がいることが私は嬉しかった。

 でも、その一方ちゃんと思いを伝えなきゃいけない人がいて、私は大事なことを伝えるためその人の元へと歩き出す。

 歩いた数歩でいえば数歩で、そこは今にも何か言い出しそうな表情を優子ちゃんに向けている珠理奈とみるきーたちの隣だった。
何の前触れもない私の行動に、その場に居たメンバーの視線が自分に集まるのが分かる。

「えっ……」

「あっ……」

 勿論、そこには珠理奈やみるきーの視線もあって、隣に立つと私を何とも言えないような表情で見つめている。
彼女たちからすれば、新城さんに表だって好意を持っているメンバーの参戦のように感じられて、気が気でないのかも知れない。

 だけど、今の私は彼女たちとは違った思いでここに立っていたから、二人の視線を受け流すと代わりに優子ちゃんを見据えた。
優子ちゃんも周囲のメンバー同様に、私の行動を見ていたから直ぐに目が合った。

 何を考えているんだろうという、優子ちゃんの途惑いと推し量るような視線に、私はニッコリと微笑む。

「!?」

 きっと、珠理奈やみるきー同様今回のことを納得していないと思っていたのか、優子ちゃんは目を丸くし信じられないといった表情で私を見る。
それは優子ちゃんだけではなく、珠理奈やみるきー、周囲のメンバーも同様の表情を私に向ける。

 こうなると予想はしていたけど、寧ろ考えていた通りの反応に私は悲しかった。
だからこそ大事なことをちゃんと伝えたくて、私は悲しみを笑顔に隠しながら彼女に言った。

「良かったね、優子ちゃん」

 だって、二人は多くの人に祝福されているんだって、少しでも知って欲しいから――。


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