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『恋愛禁止条例』

第34話:納得なんてできない:渡辺 麻友編:中編

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 夏休みが終わると、各地でのイベントに忙しくしていたメンバーの多くが、劇場公演に復帰していた。

 私も久しぶりの公演へ参加するため、劇場を訪れていた。
そんなに空けていないはずの劇場だったけど、夏休みの間他でのイベントに参加していたせいか、独特の空気感に懐かしさを感じていた。

 楽屋に入ると週末ということもあって兼任メンバーも含め、Team Bの正規メンバーが一堂に会していた。

 とは言ったものの、みんなとはイベントでいつも一緒に居たから、劇場での公演だからって特に変わる事なんてないと思っていた。

 でも、私は目の前の光景に目を丸くした。

「これな、今度の握手会で着てこうと思うんやけど、どお?」

 そう言うと、用事があって楽屋に来ていた新城さんを前に“みるきー”こと“渡辺 美優紀”がスカートをたくし上げる。

「わっ、駄目ですって、上げちゃっ!!」

 目の前で徐々に露わになるみるきーの太ももに、一瞬釘付けになっていた新城さんだけど、直ぐさま片手で目を覆い見ないようにしていた。

「なーんてね。 下にショートパンツ穿いてるから大丈夫やって♫ もしかして期待した?」

 あたふたし顔を真っ赤にさせている新城さんを尻目に、みるきーは満足そうな笑顔をしていた。

 一時は“釣り師”と言われることに相当悩んでいる様子だったみるきー。
でも、夏休みが終わり、久しぶりに会ったみるきーの表情は晴れやかだった。

 同時に、それまで少し距離を置いていた新城さんとの距離を、これでもかって言うほど近付けていた。

「渡辺さん、そういうことはしちゃダメですよ」

「えー、なんで? シンちゃんはドキドキせえへんかった?」

「しまし……じゃなかった。 とにかくダメです。 そういうことしちゃ」

「うふふ。 わかった。握手会ではせえへんよ“……”」

「え?」

「なんでもあらへんよ」

 注意されたというのに嬉しそうに答えるみるきー。
最後の方に何か小さく彼女が呟いていたけど、新城さんは聞き取れなかったのか“?”を浮かべていた。

 みるきーは誤魔化すように微笑んでいた。
その様子は周りで見ていたメンバーからすれば“釣り師”の異名を持つみるきーが、いつものようにお気に入りのスタッフさんをからかっていると映ったと思う。
当の本人の新城さんもそう思っているに違いない。

 でも、そうでないことを私は知ってしまった。
だって“シンちゃんがドキドキしてくれたんなら、ええわ”とみるきーが呟くのが私の耳には聞こえていたから……。

 その後も、みるきーが何かとちょっかいを出す度、新城さんは苦笑しつつ嫌がることはせず相手をしていた。

 その度、二人の間に他のメンバーとは違う空気を私は感じる。
それが何なのか分らないけど、少なくとも私と新城さんとの間にあるものとは違い、二人の距離感や雰囲気には安心感を含んでいた。

「羨ましい?」

 いつの間にか隣に居たゆきりんは、私の心を見透かしたような質問をしてくる。

「そんなこと……ないよ」

私はそう答えたものの本音を言えば羨ましく思っていたから、素直に否定できなかった。

………………

…………

……

 それから暫くして、雑誌のグラビアのお仕事でみるきーと一緒になった私は、他のメンバーが撮影している合間、部屋で二人きりになっていた。

 既に水着に着替え終え、今はスタッフさんから防寒にと私は白いガウンを、みるきーは薄ピンクのものを、それぞれ渡され羽織っている。

「……」

「♪~♪~」

 会話らしい会話もない部屋に、みるきーの鼻歌がBGMのように流れている。
私同様、みるきーもスマホを弄っていたけど、愛らしく奏でられる鼻歌と、それに合わせ撮影用にアップされた髪がフワリフワリと左右に揺れていれば、表情を見なくても彼女が上機嫌だと分かる。

「……」

 普段であれば互いに同じTeam Bのメンバーだから何かと話すんだけど、今日の私は少し離れた席でスマホを弄るふりをしながら、彼女の様子を見ていた。

 何故なら、この間の新城さんとみるきーを見て二人の関係がずっと気になっていたからに他ならず、スマホを弄るふりをして、そのことについて尋ねる機会を窺っていた。

 だって、そうでしょ。
少し前まで何かに悩んでいたのが嘘の様に元気を取り戻し、時期を合わせたようにそれまで距離を置いていた新城さんと仲の良い所をみせられれば、二人の関係が気になるのは私でなくても当然だと思う。

 でも、何て聞けばいいんだろう……。
“最近、新城さんと仲良いみたいだけど、何かあったの?”とでも聞けばいいんだろうか。
でも、そんなことをしたら鋭いみるきーのこと、私が何を考えているのかなんて直ぐさま気付かれてしまいそうで聞けるわけない。

 そんなことを考えている間も、会話のない部屋に不満などないかの様に、みるきーの鼻歌は続いていた。

「♪~♪~……うーんっ」

 不意に鼻歌が止み、それまで弄っていたスマホをテーブルに置いたみるきーは、上体を反らせると気持ちよさそうに伸びをした。

「はよ、撮影終わらないですかね」

 伸びをし終わったみるきーは誰に言うでもなく呟く。

 確かに撮影が押しているのは気になるところ。
けど、この後と言えば夜に劇場公演があるだけだから、そんなに急ぐ程でもない。
それに、アイドルを長くやっていれば撮影が押すことなどもう馴れっこなはず。
なのに、みるきーが敢えて漏らした不満が気になり、私は聞き返していた。

「押してるね。 でも、今日は公演だけだし、良いんじゃない?」

「えーっ、まゆゆさんは、はよ終わらせて劇場行きたくなりません?」

 みるきーは私の言葉に驚いたような表情をこちらに向けた。
その表情で、本当に驚いているのが分かったけど、私には何故なのかいまいち分からず、殊勝な心掛けともとれる彼女の言葉に「どうして?」などと不適当な返事を返していた。
すると、彼女の口から出た言葉に、私は驚くことになる。

「だって、劇場って落ち着くやないですか。 それに……」

 そこまで言って、みるきーは少しはにかむと続きを恥ずかしそうに続けた。

「会いたい人もるし……」

 彼女の指す“会いたい人”が“新城さん”だということは、いつもの行動を見ていれば分かる。
でも、その感情を名前こそ出さないまでも、ストレートに表現するみるきーの大胆さに私は驚かされた。

「会いたい人って……“新城さん”?」

 大胆さに驚きつつ、疑問に思っていたことを聞けるチャンスが不意に訪れたことに、私の口は独りでに言葉を紡いでいた。

「そうですね。 まゆゆさんかて、そうやないんですか?」

「わ、わたし?」

「だって、いつもシンちゃんのこと見てるやないですか」

「ぇ……」

「もしかして、バレてないと思おうてました?」

「ぁぅ……」

 質問をするどころか、逆に自分の無意識下の行動を指摘された私は、あまりの恥ずかしさに頬が紅潮し口を鯉のようにパクパクさせた。
相手がゆきりんならいざ知らず、まさかみるきーにまで知られていたなんて、私は思いもしなかったから否定することも忘れ間抜けな表情を彼女に向けていた。

 そんな私を見てみるきーはクスリと笑う。

「でも……まゆゆさんがシンちゃんを見てしまうの分かる気ぃします……」

 てっきり笑うから私のことをからうのだとばかり思っていたけど、いつの間にかそれは微笑みに変わり、今度は何かを思い出すように僅かに俯くと私から視線を逸らした。

 その俯き逸らされた表情はそれまでと全く違うもので、それを見た私の心はざわついた。

 それは撮影で向けられたカメラでも、劇場や握手会、コンサートに会いに来たファンでさえ捉えることは疎か見ることも適わない表情。
愁いを帯び決して満たされることはなく、それでいて不快ではない、まるで恋をした相手に想いを馳せる乙女そのものだった。

 あぁ、やっぱりみるきー“も”新城さんに恋してるんだ。
そう思うと私は無性に新城さんと仲良くなった切っ掛けを知りたくて、みるきーに質問をしていた。

「みるきーさ……いつも新城さんと仲良くしてるよね。 いつの間にあんなに仲良くなったの……かな?」

 どうしてなのかと聞きたい反面、もし二人の間に“何か”があったとしたら……そう思うと今更ながら普通に聞けない私。

 そんな私の質問に、みるきーはそれまで俯き逸らしていた視線を上げた。
互いの視線の先にある思惑を探るように見つめ合う私たち。

 すると、みるきーが突然ニッコリと微笑むと呟いた。

「二人だけの秘密です」

 言いながら唇に人差し指を当て微笑む様子は意味深で、二人の間に“何か”があったことを物語っていた。
きっと、その“何か”が自信を失い塞ぎ込んでいたみるきーに、再び自信と笑顔を取り戻させたんだと女の勘が告げていた。

 話すことは疎か、近づくこともままならない自分とは違い過ぎるみるきーに、私は嫉妬した。
だけど、それが馬鹿げてることだって自分でも理解している。
彼女の様に振る舞える“自信”がないだけで、その裏に何があるのかなんて知ろうともせず、私は唯々身勝手に嫉妬しているんだから。

「はぁ……」

 その日、ニコニコとするみるきーとは対照的に、私は憂鬱な気分がずっと晴れることはなかった。

 昔からずっとそう。
幼い頃から歌を褒められたり、絵が上手だと言われても、ましてやテストで良い点数を採っても、引っ込み思案で大人しかった私は、それを自分の“自信”として受け取ることが出来ないまま生きてきた。

 私自身、そんな風になりたくてなった訳じゃない。
でも、私がこうなったのは小学生の頃、クラスメートに虐められたのが原因になっていた。

 私は元々、人見知りと引っ込み思案な性格で、幼稚園の頃余りにも馴染めず泣きじゃくるから、お母さんが通わせるのを止めた程だった。

 そんな性格をしていたからターゲットにされたのかも知れない。
子供の頃の虐めって理由らしい理由なんてなくて、する側は何となくで虐めている。
けど、受け側は何をどうしたら良いのかも分からないまま、酷く残酷な刃で心に深い傷を負う。
だから、私は自分を空気のような存在にすることで、ずっとその虐めに対し耐え続けていた。

 だけど……。
そんな毎日を過ごしていた時、数少ない友達と言える子たちに、休み時間に廊下で“ちょっと待ってて”と言われ、彼女たちを友達だと思っていたから、私はずっと待っていた。
でも、授業が始まるチャイムが鳴っても彼女たちは誰も来てくれなかった。
そこでようやく自分が仲間外れにされたんだって気付いた。

 それまでの虐めにはなんとか耐えて来られたけど、これが切っ掛けで私の中で積み重なってきたものが一気に溢れ、家に帰っても涙が止まらず一晩中泣きはらした。

 この時、私の中で何かが壊れた……。

 幸い虐めは直ぐに収まり、私を虐めた娘たちともいつの間にか何事もなかったみたいに普通に接するようになっていた。

 普通だったら、虐めを行っていた娘や、見て見ぬ振りをしていたクラスメイトに不満を憶えたり、それを吐露しぶつけるものなのかも知れない。
でも、何かが壊れてしまった私は、その感情を外ではなく内側に向け“自分が悪い”“自分の努力が足りなかった”と思うようになり、この時から自分に“自信”を持つことが出来なくなった。

 何故なのかをきちんと理解できていれば違ったのかも知れない。
けど、幼かった当時の私にはそんなこと分かるわけもなくて、暗がりの中手探りで歩くように努力を重ねても、その努力で生まれた自信という光は暗闇に飲まれては消えていき、出口を見いだすことは出来ないまま、何時しかそれが当たり前になってしまった。

 それでも、AKB48に入ることができたのだから何か変われると信じ、自分なりに努力だって重ねてきた。
理想のアイドル像に近づきたいと髪型や言動も研究した。
歌やダンスの練習のために、レッスン場には誰よりも早く来ては最後までいたし、劇場でだって時間を見つけては人一倍努力したりもした。
それが何時しか秋元先生の目にとまり、次世代のセンターと言われる様になった頃、何か自分の中で変わったと思っていた。

 だけど結局、自信を持つどころか他のメンバーに嫉妬するだけで変われず、私は今も出口を探し暗闇を歩き続けている。
いくら努力しても、いくら頑張っても、いくら褒められても、進んだ先で“自信”なんてこれぽっちも持てず、何時しか私は自分自身に諦めかけていた。

………………

…………

……

 だけど、そんな私を光が照らす。
あれは忘れもしないAKB48グループが初めて行った西武ドームコンサート初日のこと。

「きゃっ、智美! 誰か来て! 智美が倒れた!」

「ちょっと、くーみん大丈夫? 誰か!」

 不運が重なり、始まる前も後も次々とメンバーが倒れ、ステージ裏は地獄絵図と化していた。

「おい! 前田も倒れたぞ!」

 そして続くようにあっちゃんが倒れ、代わりをつとめていた優子ちゃんも、無理のし過ぎで倒れてしまう。
二大センターが倒れ、メンバー、スタッフ、誰もがコンサートが続けられるのかと焦りを感じていたはず。

 だけど、みんなが大変な時に私が考えていたことは、きっと不謹慎だ。
だって、私は目の前で優子ちゃんを抱え走り去った新城さんのことで、頭が一杯だったんだから。

 それまでに見たことのない本当に必死な表情を浮かべ走り去る新城さん。
そこには、いつもみたいな冷静さの欠片もない。
センターが倒れたんだから当たり前なのかも知れないけど、私には強く想う相手だから冷静でいられなかった様に見えた。

 とは言っても、普段から決して仲の良い2人に見えなくて、その時も勘違いなのかもって思った。
だけど同時に、抱えられていたのが私だったとしたら、あんな表情見せてくれるんだろうかって考え、また自分の中で“自信”のなさが首を擡げ気持ちが沈んだ。

 そうやって周囲とはまるで違うことを考え沈んでいる私を、秋元先生が呼び寄せる。
部屋には秋元先生や戸賀崎さん、スタッフの偉い人たちと共に、新城さんも同席していた。

 戸賀崎さんやスタッフさん達は険しく何処か焦っているのに対し、秋元先生はこんな時でも飄々としているから流石だと思った。
新城さんもこんな場と状況でも、普段と変わらずニコニコしていた。

 何だか、その表情にホッとする一方で、優子ちゃんに向けられていた表情とは異なることに一抹の寂しさを感じた。

「センターを渡辺、お前にやってもらいたい」

 だけど、秋元先生から告げられたその言葉に、それらの感情は吹き飛ぶ。

 私だってセンターが誰になるのか朧気には考えていた。
だけど、頭に浮かぶのは珠理奈の姿で、自分ではないと考えていたから、聞かされた瞬間はパニックになった。
冗談なのかもと思ったけど、指名されたのは確かに私。

『センターなんて大役務まる訳ない』

 センターと言われただけで卒倒しそうな私が、あっちゃん、優子ちゃんの後の大役を務められる訳なんてない。
だから、私は全力で断り、周囲もそれで納得してくれると思っていた。

「渡辺さんなら大丈夫ですよ」

 そう言ったのは、その場に同席していた新城さん。
切迫した状態でも、新城さんは普段と変わらぬ穏やかな笑顔を向けてくれるから、私の心を少し落ち着かせてくれた。
けど、冷静になった頭で考えれば考えただけ自分には到底その笑顔にも、気遣ってもらった言葉にも応えられる自信がなかった。

 こんな私の様子を見てきっと他の人は、一歩を踏み出す勇気を持てと言うに違いない。
でも“頑張れ”の一言で全てを解決できないことだってある。
自分一人だけが不幸だなんて思わないけど“頑張れ”の一言で拭い去れない過去が、私に首を横に振ると俯かせた。

 そんなんだから私は“新城さんをがっかりさせてしまった”そう思っていた。

「ねぇ、渡辺さん」

 けど、名を呼ばれ顔を上げた先には新城さんの優しい微笑みと、私がずっと欲しかった言葉があった。

 “ファンの人たちの瞳の中で、夢に向かい直向きに踊る推しメンが、いつも中心センターに映っているんです”

 “渡辺さんをセンターに指名したのは大島さんです”

 “大島さんからの伝言です。いつも通りやれば大丈夫だから”

 “俺たちスタッフが全力でサポートします。渡辺さんは、渡辺さんが思うようにパフォーマンスをしてください”

 “努力する姿は、誰かが必ず見ているんですよ”

 過去は変えられないし、変わることもできない。
そう自分自身のことを諦めながら、それでも私が努力してきたのは心の何処かで認められたいと思う気持ちがあったからに他ならなかった。

 だから、目標でもあり憧れる先輩でもある優子ちゃんが、私を信頼しセンターに推してくれたことは嬉しかった。

 でも、何よりも心揺さぶられたのは新城さんの言葉だった。

 アイドルなんだからと変わることを望むどころか、私らしくありのままで良い、そう優しく言ってくれた。

 人知れず練習していたことを何処かでちゃんと見ていてくれて、それを無駄ではないし良くやっているよと認めてくれた。

 新城さんの言葉は、私の諦めかけていた心の柵から解き放ち、今までしてきたこと全てが報われた気がした。

 只一人の男性ひとに認められることが、優子ちゃんの言葉よりも重みがあるなんて冗談のような話かも知れない。
しかも、新城さんはただのスタッフさんで、芸能界に居た人でもない。
でも、私に向けられた瞳は優しいのに年齢不相応な程大人び、言葉には何かを経験した人だけが持つ重みを感じた。
それに、メンバーを“アイドル”としてではなく一人の“人間”として見て、誰よりも公正に接してきた新城さんの言葉だから、私は素直に信じることができた。

 それまで暗く何も見えなかった目の前がパッと明るく開け、その光が心にスッと差し込むと一つのある感情が芽生えた。

 それこそがずっと前に失った“自信”であり、私に欠けていたものだった。

………………

…………

……

 それから私の目に世界は違って見えた。
コンサートでセンターに立つこと、劇場公演、テレビや雑誌のお仕事、握手会、どれもが輝きに満ち溢れていた。

 ダンスも歌も練習することが楽しく、すればしただけ直ぐに体に馴染んでいき、それと同じように今まで必死になっていたのが嘘みたいに、新城さんと自然にお話ができるようになっていた。

「新城さん、この前紹介したアニメ観てくれました?」

「あ、渡辺さん。 もちろん観ましたよ。 キャラが個性的で面白かったです。 特に――」

 こんな風に、お気に入りアニメの話で盛りあがることだって普通に出来るようになり、私は新城さんの傍らに居られるようになった。

 そうやって自然と接しられるようになると、それが当たり前になり段々欲深くなっていく。

 公演でステージに立ち新城さんが居るのを確認すると、私は自己紹介中わざと視線を合わせ「貴方の視線を~ いただきまゆゆ~」とニコリと微笑みかけた。

 みるきーが新城さんを釣ろうとすれば邪魔をしたし、珠理奈が勉強を教えてもらっているのを知れば自分も教えて欲しいと駄々を捏ねた。

 私はみんなに負けていられないという気持ちと、やっと他のメンバーと同じステージに立てたことが嬉しくてはしゃいでいた。

 きっと、それは他のメンバーもみんな同じだったと思う。
程度の違いはあってもみんな新城さんに好意を持ち、一緒に居られることが楽しくて……そして、切なかった。

 私たちメンバーと新城さんの間には“恋愛禁止条例”があって、それはアイドルを続ける限り付いてまわり、選抜メンバーだからと特別枠は存在しない。
それに新城さんと恋愛をするためにAKB48に入った訳ではなく、それぞれ何かしら“夢”を持ちチャンスを得るためにここに居る。
だから、仲良くなりたいと思いがら、みんなメンバーとスタッフという一線を越えようとはしなかった。

 それに、私たちのやり取りを苦笑交じりに眺める新城さんの心の内に、みんな何処かで気付いていた。
新城さんはメンバーみんなの我が儘を受け入れてくれているけど、それは誰に対しても平等で、誰もが彼の中で自分が特別な存在ではないということを。

 それでも、みんな同じ状況なら自分にも可能性があるんじゃないかって、珠理奈なら“無邪気さ”で、みるきーなら“釣り”で、胸に秘めた想いをのせ新城さんへと届けようとしていた。
私もメンバーに混じり、少しでも新城さんへ想いが届くようにと願いながら笑顔を向けた。

 今思うと、この時期ときが“私”に……ううん“私たち”にとって、一番幸せだったのかもしれない。

 そこに“恋愛禁止条例”があったとしても、可能性を追い求める内は現実味がなくて、寧ろアイドルとか芸能人だとか関係なく、一人の女として純粋に男性ひとを好きになれたことに喜びを感じてさえいた。

 だから、新城さんに愛される人は、無条件に幸せなんだろうって勝手に思い込んでいた――。


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