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『恋愛禁止条例』

第30話:納得なんてできない:高橋 みなみ編

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―優子side―

 視線の先には、たかみなが不満そうな顔をしていた。
その後ろでは、珠理奈やみるきーも何か言いたそうな顔をし、更に一歩引いたところでは麻友が複雑な表情を浮かべ私を見ていた。
それに加え、麻里子やあっちゃんとか何人かのメンバーが、私たちの様子を静かに見守っていた。

「たかみな……」

「人を好きになるのをやめてなんて言わないし、新城さんが良い人なのは、グループのメンバーなら誰だって知ってるよ……でも、優子の行動はメンバーみんなを馬鹿にしてる」

「ちょっと、みなみ! それは言い過ぎよ。 優子にだって色々あったんだよ」

「麻里子様、みんな何かしら抱えているじゃないですか。 それでも夢のために諦めたり、我慢したり、何より一緒に頑張ってきたじゃないですか。 なのに優子は……」

 そこまで言ったたかみなは感情を抑えきれず涙をボロボロと零していた。
その様子に、部屋に残り話していた者、部屋を出ようとしていた者、周りにいた者全ての視線が私たちに集まる。

「そうだね……私のしたことで今まで頑張ってきたみんなの努力に傷をつけるかもしれなかった……ううん、恋愛のことや事務所のこととか実際に規則を変えてしまったんだから、もうみんなに迷惑かけちゃってるね。 それについては本当にごめんなさい」

 私は深く頭を下げる。

「でも、新城君とのことは誰にも譲れない。 もし、たかみなが許せない……そう言うんだったら、私はAKBを“卒業”する。 それな“パンッ!”」

 言葉を遮るように乾いた音と私の頬に痛みが走る。
突然のことに私は痛む左頬を抑えるのも忘れ、目の前で怒りを露わにするたかみなを見た。

「そう言うことを言ってるんじゃないっス!」

 そう声を張り上げるたかみなの表情は心から悲しそうだった。

「優子も、今までのみんなもそう……私たちメンバーに何にも相談してくれないから、力になることも出来ないで……」

 そこまで言うと、たかみなは感情の高ぶりに耐えきれないように顔を手で覆い、その場に泣き崩れた。

「たかみな……」

 たかみながこれまで“恋愛”に対して否定的な様子だったから、私の行動を裏切りだと言いたいのだと勝手に勘違いしていたけど、真実はそうじゃなかった。
たかみなは“仲間”なのに相談されないまま去っていったメンバーたちに、きっと心を痛めていたんだ。

 言ってくれれば、気付けたら、自分に何か出来たんじゃないかと、人一倍メンバーの“力になりたい”と想う気持ちの強いたかみなにとって、その背中を見送ることしかできなかったことは本当に辛いことだったんだと思う。
だから、何も相談しないままこんな形になってしまった私に憤りを感じたんだと思う。

 たかみなの心中を推し測る術はないけど、泣き崩れた姿がその想いの強さを表しているようで、濡れるのを厭わず私は彼女を抱きしめた。

「ごめん。 たかみな……言わなくてごめんね……」

 抱きしめながら私は唯々たかみなに謝り続けた。
許されたいとかそんなためなんかじゃなくて、私が自分だけの問題だと勝手に思い込み傷付けてしまった、たかみなの心が少しでも救われればと想う気持ちが“ごめん”という言葉になり口から止め処なく溢れでた。

「優子、大丈夫だよ。 たかみなは本気で優子を責めてる訳じゃないから」

 謝り続ける私にそう言ったのは“あっちゃん”だった。

「……ただ、力になれなくて寂しかったんだよね、みなみ?」

 あっちゃんがしゃがみ、たかみなの頭を優しく撫でると、たかみなは下を向いたまま“コクッ”と頷く。
目を細めながら優しく撫でるあっちゃんの姿はまるで母親のようで、時折鼻を啜りながらそれに身を任せるたかみなはあやされる子供のように見えた。

 そんな二人を見て私は驚く。
でもそれは、いつもはしっかりとリーダーシップをとるたかみながあっちゃんの前では年相応の表情をみせることや、あっちゃんがいつもより大人びて見えたからじゃない。

『何でそんなあっちゃんは平然としていられるの?』

 アイドルグループにとって中央センターは特別な意味を持つ。
自分たちの前に邪魔になるものなど存在しない唯一無二で、メンバーなら誰もが夢を見るグループの頂点とも言える場所ポジション
そこでしか見ることの出来ない景色がある一方、孤独とグループの未来を担わなければならない重責あるポジションでもある。
あっちゃんと私は共に、そんなAKB48の頂点を争い切磋琢磨してきた仲。

 たかみなの言う通り、私たちはアイドルであり続けるため、そしてセンターになるために多くのものを犠牲にしてきた。

 部活動で皆と一つの目標に向かったり……。

 帰りに友達同士でキャッキャ言いながら寄り道したり……。

 学園祭や修学旅行なんかの学校行事だったり……。

 好きな人ができ、手を繋いで帰ったり……。

 普通の女の子だったら当たり前のように過ごすありふれた日常。
それでも人生で一度きりしか訪れることのないかけがえのない“青春”と、引き替えにしなければならない。

 その中でも、あっちゃんは初期メンバーであり、秋元先生からAKBのセンターであることを運命づけられた特別な存在。
初めはセンターになりたくないと泣きじゃくったあっちゃん。
そんな彼女がセンターで居続ける覚悟を持つまでの葛藤は、私には想像もつかない。

 けど、センターとして覚悟を決めたあっちゃんは、不器用な彼女らしくストイックだった。
アイドルに専念するため通信制の高校を選び、学園生活を知らないままずっとセンターに立ち続けている。

 それに比べ、昔から要領が良かった私は、芸能人が多く通っている高校とはいえ普通に通い、事務所やマネージャーさんに無理を言って行事にも極力参加させてもらったりして、学園生活をそれなりに謳歌していた。
勿論、そのために私自身影で誰にも負けない位努力をし、実力で今のポジションを勝ち取ったと思っている。

 だからといって、恋愛禁止のAKBにあって新城君との関係が許される訳などないと分かっていた。
センターらしく、そっと心に秘めていれば良かったものを、それなのに私は彼を選んでしまった……。

 そんな身勝手をした私の存在は、多くを犠牲にしグループを支え盛り上げてきたあっちゃんからすれば只の迷惑な存在のはず。

 なのに、何でそんなに平然としていられるの?

 たかみなが心配だから?

 私がいない方が都合が良いから?

 私は湧いてくる疑問を口にした。

「あっちゃんは……あっちゃんは、怒ってないの私のこと?」

 すると立ち上がりキョトンとした表情をしたかと思うと、次の瞬間満面の笑みを浮かべるあっちゃん。

「怒る? どうして? 優子と新城君ならお似合いだから、早く付き合っちゃえば良いのにって思ってたんだよ。 でも、たかみなにそれを言ったら“何処をどう見たらそうなるんスか”って言ってたっけ。 ほら、ばかみな! 私の言った通りだったじゃんか!」

 そう言ってあっちゃんはケラケラ笑っていたけど、不意に目を細めると私を見ながら思い出すように言葉を続けた。

「……それにね。 優子と新城君が事件に巻き込まれたとき、私の付き添いスタッフが新城君だったの。 優子のレーンで何かあったって知ったときの彼の走って行く姿見てたら、あぁ、優子を本当に想ってるんだなって分かったの。 あんな風にできる男性に出会える事なんか滅多にないよ。 だから、優子が本気なんだったら私は応援するよ」

「あっちゃん……」

 そう言って笑うあっちゃんの表情はとても優しくて、私はそんな彼女を少しでも疑ったことに気が咎めた。

 でも、その反面、あっちゃんから聞かされた自分の知らないところでの新城君の行動に、自分がどれだけ彼から大事にされているかを改めて感じ、嬉しさのあまりつい表情が緩むのを止められなかった。

 だけど、私はこのとき気付くべきだった。
私の幸せが誰かの不幸せだということを――。


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