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『恋愛禁止条例』

第29話:降ろされた審判

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―優子side―

「秋元先生。 そのメンバーはここに居るんですか?」

 客席からそんな声が聞こえ、秋元先生はそれに答える代わりに私を呼んだ。

「大島、前に出て来なさい……」

「はい……」

 私は言われた通りステージに上がると、秋元先生の隣に立つ。

ザワザワ……

 客席からはメンバーの大きな響めきが上がり、誰もが目を丸くし驚きの表情を浮かべていた。
客席を見渡していると、まるで自分ごとのように心配そうな表情の麻里子と目が合った。
落ち着いている私とは対照的な麻里子。
私は麻里子を安心させたくて、声を出さず口だけで『大丈夫だよ』と言って見せた。

「大島 優子は、私にこの劇場で働く“スタッフ”との交際を認めて欲しいと、直談判して来た……大島そのとき私に何と言った?」

「“彼を諦めるくらいならAKBを辞めます”そう言いました」

「ちょっと、優子! 自分が何言ってるのか分かってるの? 優子はAKBの選抜メンバーなんだよ?」

 たかみなは信じられないという顔で私を見据える。
それは何処か“裏切り者”を見るような目に見え、私は改めて自分がみんなに迷惑をかけていることに心が痛んだ。

「ごめんね、たかみな……みんなも本当にごめんなさい。 こんなときに何を言い出すんだって思ってるよね。 でも、今だから言わなきゃならなかったの……」

 事情を知らないたかみなからすれば、AKBの存続にも関わる状況の中で私の行動は許せないのかもしれない。
だから、たかみなは私に一言いおうと口を開いた……。

「何それ。 意味わか「相手って、もしかして新城さんですか?」ちょ、麻友?「どうなんです?」えっ、みるきー……」

 でも、たかみなが最後まで言葉を言うことはできなかった。
それまで何も言うことのなかった麻友とみるきーが、たかみなの言葉を遮るように私に問い掛けてきた。
2人の表情は真剣で言葉を遮られたはずのたかみなも黙ってしまう程だった。

コクン

「「はぁ……やっぱり……」」

 私が静かに頷くと、2人は溜息と共に落胆するように肩を落とす。
珠理奈同様、彼女たちも新城君のことが気になっていたんだろうな……。
ごめんね、でも新城君だけは誰にも譲れないんだ……。

「優子ちゃん、お兄ちゃんとはいつから?」

 私が、2人に心の中で謝っていると、窺うような表情で直球の質問をしてくる珠理奈。

「まだちゃんと付き合ってはいないの……昨日、珠理奈たちが帰った後に秋元先生が病室に来られて、そのとき2人で交際を許して欲しいってお願いしたから……」

「「「えっ?」」」

 私の説明を聞いて予想外だったのか、珠理奈や肩を落としていた麻友やみるきーも目を丸くし驚いていた。

「付き合っていたのがバレたとかじゃないの?」

 たかみなのこの問いに、私は一応首を横に振り否定した。
たしかに、付き合ってもいないと言うのに何故、秋元先生に許しを請わなければならないのか、普通だったら理解出来ない状況だろうなと私も思う。
でも、ここからは私も、どう説明すべきなのか迷った。
彼のプライベートなことも含まれているんだから……。

「そこは私から話そう……」

 すると、秋元先生が経緯について話してくれることになった。

「まず“新城 隼人”は私の“甥”だ」

「「「「「甥っ!?」」」」」

 秋元先生と新城君の関係が公になった途端、みんなからこれまでで一番の声が上がる。

 にゃんにゃんだけは“甥”の意味が分からなくて、あっちゃんやたかみなに聞くけど、驚く2人に無視され「えーん」ってなっていた。
でも、それ以外のメンバーは純粋に驚きの表情を浮かべている。

「まぁ、驚くのは無理ないだろうな……本人も言わなかったようだし、私も公にしたことはなかったからな。 知っていたのは各劇場の支配人だけだ」

「じゃあ、優子ちゃんも知らなかったんですか?」

 珠理奈の問いに、私は昨日を2人の関係を聞いた瞬間のことを思い出し苦笑する。

「うん……私も昨日まで知らなくて、最初聞いたときは、みんなみたいに驚いた」

「まぁ、隼人が私との関係を言わなかったのには理由わけがあるんだが、それは他の機会にしよう……本題に戻ろう。 叔父の立場として私は隼人と大島が付き合うことに“反対”するつもりはない……だがAKBは“アイドル”である以上、プロデューサーとして何も処分を降さない訳にはいかない……」

「でも、さっき“命懸け”の覚悟があるなら良いと仰っていたじゃないですか。 なのに処分だなんて、おかしいですよ」

「篠田、最後まで話を聞きなさい。 現在、AKBに在籍しているメンバーは全てAKSとマネジメント契約をしている。 だが、AKSはあくまでアイドルを前提とした事務所だ。 私が恋愛を認めると勝手に発言したとしても、やはり恋愛は禁止だ。 それは理解出来るな?」

「それは……はい……」

 秋元先生の言葉に反論した麻里子だったけど、事務所の方針と言われれば反論の余地はなく頷くしかなかった。

 私に“女優”という夢があるように、他のメンバーにもそれぞれ夢がある。
でも、それは夢であって実現するまでは生きていくための糧にはなり得ない。
AKBという有名なグループに居ても同じで、芽が出ることなく現実的な選択肢を選んだメンバーの数は計り知れない。
それは私たちを支える事務所も同様で、私たちメンバーが色々な活動を通して稼いだ報酬があるからこそ運営し続けることができ、そこで働く人たちの生活を支えることができている。
事務所にとってアイドルは言葉を変えれば大事な“商品”なのだ。
綺麗事をいくら並べたとしても、その商品の価値を下げ事務所を潰す訳にはいかない。
だから、私ひとりの我が儘を許し、他のメンバーの商品価値まで低下させることなどできないのは当然なのかもしれない。
厳しい現実に、それが生きていくことなんだと痛感すると、自分のとった行動が正しいのかと今更ながら決意が揺るぎそうになる。

「それも含め昨晩、事務所や関係者含め協議した結果……大島 優子を本日付でAKSから“解雇”処分することを決定した……」

 とうとう秋元先生の口から“解雇”という言葉が出た。
AKSから解雇されるということは、今までの解雇者同様AKBをクビになるのと同じだということを意味している。
明日から自分が“AKBの大島 優子”から“大島 優子”になるんだと思うと、胸が苦しくなる。

 秋元先生が私を見つめていた。
何を考えているのか読み取れない表情で私を見る。
その表情が今の私には怖く、自らの意思とは関係なく膝が震えだし、逃げるように目を閉じた。
目を瞑れば秋元先生の表情から逃れることはできるけど、当然の如く暗闇に支配された世界が広がっている。
何もなく何処までも続く暗い世界に、私は再び恐怖する……はずだった。

 でも、私の耳に誰かの声が聞こえた……。

『好きな奴を守るのに、理由なんかいらないだろ』

 メンバーじゃない……。

『“死んでも守る”って思えたのは大島だったから……』

 そうだ、この声は新城君……。
私を庇い苦しそうに顔を歪めながら呟く彼の顔。
握られた手から伝わる彼の温もり。
どれもまるで彼が近く居るように感じられ、それまで怖いと思っていた気持ちがスッと消えていく。

『私は独りじゃない……』

 私は目を開けると、さっき逸らした秋元先生の顔を今度は自ら見た。
そこに変わらない秋元先生の表情があったけど“怖い”と思うことはなく、いつの間にか膝の震えも収まっていた。

 私の様子をジッと見ていた秋元先生が不意に、ほんの僅かだけど表情を揺らがせると再び話し始めた。
私にはそれが笑みを溢したように見えた。

「……また同時に、現在AKSに在籍するAKBグループのメンバーを順次他の事務所へ“移籍”させる。 今後AKBでの活動自体のマネジメントは引き続きAKSが担当するが、個人の活動並びに恋愛については移籍先の事務所の方針が適用されるだろう。 だが、AKBはアイドルグループであることには変わりはない。 何か問題を起こせば、AKBでの活動辞退などそれなりの処分は免れないことは呉々も注意するように……それと大島」

「はい」

「暫く事務所探しで休業となるだろうが、AKBに籍を置くことに変更はない……話は以上だ」

 秋元先生はそう言い終わると戸賀崎さんたち支配人と共にステージを降りて行き、私にそれ以上何も言わず出入り口の方へ歩いて行ってしまう。

 私は、私で秋元先生の言ったことに理解が追いついていなくって色々と考えていたけど、麻巳子さんが昨夜言っていた『秋元 康もプロデューサーの前に人間ってことかしら』という言葉を思い出し自分の口元を押さえた。

「……優子?」

 麻里子やメンバーは私と秋元先生のやり取りをジッと見ていて、麻里子は私が口元を押さえたのを見て名を呼ぶ。

 私はその声に弾かれるようにステージを降りると、部屋を出ようと扉の所に居た秋元先生の所まで駆け寄った。

「私はまだ……AKBに居てもいいんですか……」

 秋元先生が、今度は見紛うことない笑みを浮かべ頷いた。
その笑みは病室で見た“親”としての表情だった。
そう、麻巳子さんはこのことを知っていて『もう少し待ってあげてね』そう言ったんだ。

 私の視界はみるみる歪み、鼻の奥がツンとする。

「……ありがとうございます……」

 私はもう涙と鼻でぐしゃぐしゃになりながら頭を深々と下げた。

「後で、病院へ来なさい。 昨日の様子だと隼人に説明するには大島が居ないと口も聞いてもらえなさそうだからな」

「はい……」

 私が頭を下げたまま答えると、秋元先生たちが部屋から出て行った。
出て行く間際に戸賀崎さんが「隼人の奴が、口をきかない程怒ることもあるんですね」と言っているのが聞こえた。

 ポタポタと涙なのか鼻からなのか分からないものが床に落ちていたけど、構わずそのままにしていると私の視界に何か差し出された。

「優子、床そんなに汚すと隼人が掃除するの大変だよ?」

 声に顔を上げると微笑みながらハンカチを差し出してくれる麻里子がいた。
でも、そこに居たのは麻里子だけじゃなくって、あっちゃんやにゃんにゃん、それに佐江や才加、グループのみんなが居た。

「良かったね優子。 2人の気持ちが秋元先生たちを動かしたんだよ」

「麻里子……」

 母を思わせる柔らかい表情を浮かべ、私の涙や鼻を拭いてくれる麻里子の優しさに再び涙が溢れそうになる。
でも、私はそれをグッと堪え、麻里子の後ろから私に注がれる視線に目を向ける。

 何故ならば、視線の先には私がまだ納得させなければならない相手が居たから――。


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