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『恋愛禁止条例』

第27話:AKB48グループ集合

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―優子side―

「何これ……」

 ドンキホーテ周辺の異様な光景に思わず驚きの声を上げてしまった。
今まで見たことのない台数のマイクロバスがドンキホーテを取り囲むように停められていて、本当にグループのメンバーが集められていることを物語っていた。

 事情を知っていた私でさえ驚いたのだから、当然の如く事情を知らずに側を通る人々は何事かと目を丸くし見ていた。
中には携帯電話で写メを撮ったり、車の中を覗き込んだりする人まで現れ始めていた。

「騒ぎになるから早く入ろう」

 マネージャーさんに促され、私は顔を隠すようにしながら裏口のエレベーターに乗り込んだ。

………………

…………

……

「当然こうなるよね……」

ザワザワ……

 劇場のロビーに出ると、そこは人で埋め尽くされていた。
あれだけの台数が停まっていたのだからこうなるのは当然なんだろうけど、それでもロビーに溢れかえる人の数に圧倒された。

 これが公演に訪れたファンの人ではなく、全てメンバーなのだから如何にAKB48が大きなグループに成長したかを実感させられる。

 そして、これだけメンバーの数が増えると、会話をしたこともないメンバーが多い。
取り敢えず状況を把握しようと“あるメンバー”の姿を探した。

 私はあまり高くない身長で必死に背伸びをしながら周囲を見渡すと、人垣を挟みちょうど反対側のステージ出入口の前にいるそのメンバーを見つけた。

 モデルの仕事がくるだけあって、やっぱり沢山メンバーが居ても彼女は目立つなぁ……。
頭一つ飛び出ているその姿は見つけ易く、こういうときに目印にすることがあるのは本人には内緒だったりする。

「ごめんね。 ちょっと通してね」

 人垣を掻き分けながら、彼女のところまで行こうとするけどたかみなと私は“チビーズ”と言われる位に背が低く中々前に進めない。
そのせいで私の存在に気付いた周りに居た娘たちから「大丈夫でした?」「もう平気なんですか?」と、前に進む度に声をかけられてしまう。
心配されることは嬉しく嫌じゃないんだけど、その度に笑顔で「平気だよ」「大丈夫」と答える羽目になり余計に彼女の元に辿り着けずにいた。

「つ、疲れた……」

 何人に“平気”“大丈夫”って言ったんだろ……。
ようやくステージ出入り口まで辿り着くと、目印にしていた“麻里子”があっちゃんやたかみな、にゃんにゃんと一緒に居るのが見えた。

 でも、なんだか普段のように、たかみなをみんなで弄ることもなくトークも弾んでいるようには見えない。
あんなことがあった後に集められれば、こうもなるか……。
私だって自分自身のことを考えると楽しくトークできる気分じゃない。

 でも、こうなったのは自分に責任の一端があるのだからと思い、私は平静を装いみんなに声をかけた。

「おはよう、麻里子、あっちゃん、たかみな、にゃんにゃ~ん!」

「あっ、優子……おはよう」

「「「おはよう。 優子(優ちゃん)もう平気なの?」」」

 みんなが心配そうな視線を投げかけてくるから「ん~ 平気~」と呑気に答えながらにゃんにゃんこのふわふわな胸に顔を埋める。

「……」

「もう、優ちゃん、くすぐったーい」

「だ、大丈夫そうッスね……」

「そうだね、意外と元気そうで良かった」

 事情を知る麻里子こそ顔色を変えず何も言わなかったけど、普段と変わらない行動に他のメンバーの顔は綻び、段々といつもの笑顔が浮かぶようになっていた。

 やっぱり、AKBはこうでなくちゃ。
みんなの笑顔が沢山咲いているからこそAKBでありアイドルなんだと改めて思う。

 だから、私はいつまでもみんなと一緒になって笑っていてはいけないんだ。
いつかAKB48を壊してしまうかもしれないから。
にゃんにゃんの胸に触れながら、自分はあと何回この人と触れあうことが出来るんだろうって考えてしまった。

「ちょっと、優子こっち来て……」

「えっ、ちょっ、麻里子、なに?」

 麻里子が突然、私の手を引くと壁際まで連れて来られた。
私が何? といった顔をしていると、麻里子が心配そうな表情になる。

「優子、そんな無理しなくたっていいんだよ」

「無理だなんて……麻里子に隠しても仕方ないよね。 でも、原因は私だからさ……みんなに心配かけられないよ」

「だからって、一番ショック受けているのは優子なんだから」

「ショックか、そう……かもね」

「うん……ところでさ、優子は秋元先生からこうなるって聞いてた?」

「ううん。 さっきマネージャーさんに聞いて知ったばっかり。 秋元先生なにするつもりなんだろう?」

 みんなに背を向けヒソヒソと話す私たち。
麻里子も私と同じ状況なのだと分かった。
昨日あれだけ色々なことを直接聞いていたはずなのに、いざ蓋を開けてみれば分からないことだらけで、秋元先生が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

ザワザワ……

「優子、麻里子。 みんなステージに集まれだってさ」

 そうこうしていると後ろのロビーが騒がしくなり、背中越しにあっちゃんの声が聞こえた。

………………

…………

……

 私たちAKB48を先頭にSKE48、NMB48、HKT48の順でステージに入ると、前の方から次々客席へと座っていく。

 その光景はまるで、行事で体育館に集められた生徒のようにも見える。
そればかりかステージ壇上には秋元先生を筆頭に各劇場支配人、私たちが所属する事務所“AKS”の関係者など普段一同に集まることのない人たちが立っていた。

ザワザワ……

 これだけの関係者が集まることはかつてなく、いつもは“静かに!”と注意する側のたかみなでさえ、異様な雰囲気に私や麻里子の隣であっちゃんやみいちゃんと何事かと話し込んでいた。

 グループのメンバーが全てステージに入るのを見計らうと、戸賀崎さんが壇上に置かれたマイクを取った。

「みんな静かに……」

シーン……

 客席に注意を促すと、それまで賑やかだったステージは静まりかえり、何が始まるのか固唾を飲んで見守っていた。

「これから昨日あった握手会での件についての報告と、今後の運営方針について話したいと思う……まずは昨日ビックサイトで行われた大握手会でのことは、参加していない者もニュースで報道されて知っているだろうが改めて経緯を説明する……第四部において大島 優子のレーンに並んでいたファンの1人が、突然刃物で彼女を脅そうとする事件が発生した……」

 私の名前が戸賀崎さんの口からでると、視線が自分に集まるのを感じる。
私は気付かないふりをしながら戸賀崎さんを見ていた。

「……幸い大島に怪我はなかったが、残念なことに彼女を庇った男性スタッフが怪我を負い病院に搬送された……命に別条はなく暫く入院することになってい「ちょっと待ってください!」……どうした松井?」

「お兄ちゃん……新城さんは、刺されたんですよ? それなのに怪我って簡単に言わないでください……」

 珠理奈の突然の抗議に戸賀崎さんは少し戸惑いの表情を浮かべる。
珠理奈が新城君と仲良くしているのは戸賀崎さんも知っているだろうから、複雑な気持ちなのかな?

 珠理奈は珠理奈で、新城君が刺されたことを“怪我”という一言で片付けられたことに不満があるのか険しい表情を崩さない。

「ちょっと珠理奈! 戸賀崎さんに失礼でしょ!」

「でも、玲奈ちゃん……」

 珠理奈の隣に居たもう1人の“松井”姓を持ち珠理奈と共にSKE48を牽引する存在“松井 玲奈”が失礼な態度の珠理奈を叱る。
いつもはもやしっ子と言われる位になよっとしてるんだけど、こういうときの迫力は凄まじい。

 珠理奈も彼女の迫力と妥当な意見に思わず言い淀んでいたけど、それでも納得いかないという表情を崩さなかった。

「戸賀崎、あとは私から話そう」

「しかし……」

「どちらにせよ、私から話さなければならないこともある」

「申し訳ありません」

 雲行きの怪しくなってきた3人のやり取りを一歩後ろで聞いていた秋元先生が、戸賀崎さんと二三言交わす。
戸賀崎さんは頭を下げ後ろに下がると、秋元先生がマイクを持った。

「ここからは私から説明しよう……まず珠理奈、戸賀崎をあまり責めないでくれ。 メンバーの中には君よりも若い者もいて直接的で物騒な言葉を聞かせられないという配慮なんだよ」

「あっ……戸賀崎さんすみませんでした!」

 秋元先生の言葉に、戸賀崎さんの真意が伝わったみたいで、珠理奈は本当にすまなさそうに深々と頭を下げながら謝る。

 “次世代のエース”と呼ばれ頭角を現す珠理奈。
でも、どんな持ち上げられても純粋な所はちっとも変わらない。
時には純粋が故に間違いや勘違いをすることもあるけど、何に対しても真っ直ぐぶつかっていく様は、結成当初の自分たちの姿を思い出させた。
いつしかアイドルの頂点に立ち、その上に居ることが当たり前だと思い始めてしまったAKBにとって、珠理奈のような直向きさを持つメンバーは貴重な存在だと思う。
その直向きさはAKBとしては歓迎すべきなんだけど、同じ眼差しを新城君に向けられるのは困るんだけどな……。

 秋元先生は珠理奈の様子に、それ以上何も言わず微笑むと再び話を再開する。

「珠理奈の言うとおり、1人のスタッフが犯人の持つ刃物で“刺され”病院に搬送された。 暫くは入院が必要となるが、命に別状はないし後遺症もないそうだ」

「あの……刺されたっていうんはシンちゃんってほんまですか?」

 そう言って、辛そうに手を上げたのは“みるきー”ことNMB48の“渡辺 美優紀”ちゃん。
彼女はAKBも兼任していて、劇場公演の度に新城君で“釣り方”の練習してたぐらい仲が良かったはず。
だから、いつもの愛くるしい笑顔が消えていた。

「そうだ。 AKBを兼任している渡辺や珠理奈などは知っているだろうが、今回入院したのは、このAKB劇場で働く“新城 隼人”というスタッフだ」

ザワザワ……

 ニュースては名前が公表されないから知らないメンバーも多く、新城君の名前がでるとAKB問わず客席の至る所から「ウソ!」という声が上がる。

「ほんまなんや……」

 みるきーは呟くと、あまりのショックにガックリ肩を落とし座り込んでしまう。
隣に居た“さや姉”こと“山本 彩”がフォローしてるようだったけど耳に入っていないみたいだった。

 周りを見渡すと、多くのメンバーがみるきーや珠理奈のように肩を落とし新城君の身に起きたことを悲しんでいる。
彼がどれだけみんなの中で大きい存在になっているかを窺わせていた。

「彼には握手会のスタッフに欠員が出たため、急遽スタッフをしてもらったのだが、事件に巻き込まれてしまった。 手荷物検査の不備や、スタッフの数を事前に揃えることの出来なかった我々運営側の落ち度だ。 申し訳なかった」

 秋元先生が頭を下げると戸賀崎さんや他の支配人も私たちに謝罪をした。
頭を下げるなど思ってもみなくて、その場にいたメンバーは驚きを隠せなかった。

 その後、当面の仕事をキャンセルしたことや握手会と劇場公演の見合わせ、メンバーに対する心のケア、そしてセキュリティ強化の話が秋元先生からされた。

「握手会がなくなったりしないですよね?」

「ファンの人たちと距離ができたりしないですか?」

 秋元先生の話について、ファンの人たちとの交流する場を失うのではと不安がる声がメンバーから出た。
それについては「問題さえ解決すれば再開する」と秋元先生が明言し多くのメンバーが安堵していた。

 私は彼女たちがテレビや映画で活躍したとしても大きな会場でパフォーマンスしようとも、握手会をAKBの個性アイデンティティとして、劇場公演をホームグラウンドに捉えてくれていることが嬉しかった。

 そんな想いが引き金になったように私の胸がズキンと痛んだ。

『もう私はそこに立つことができないから……』

 そう、私はAKBにいつまで居られるのか分からない身。
握手会や劇場公演が再開されたとしても、きっとそこに私の姿はない。

 こうやってメンバーに囲まれグループの一員だと感じれば感じる程、ここに居られなくなる寂しさが増してゆく。
況してや、この場に新城君はいないとなれば、孤独感が私を苛んだ。

 今日なのか、明日なのか、それでも確実に訪れる“審判の日”を前に、私は思わず客席だというのに身体を丸め膝を抱えると顔を埋めた。

「……」

 隣にいた麻里子は無言で、母親が子供をあやすように私の背中を摩る。
無言だからこそ触れた部分から伝わる気持ちもあるのかもしれない、そんな風に思える麻里子の手の温もり。
私はこんな優しさに守られながら夢に向かい走っていたのだと思うと、自分が恵まれていたことに改めて感謝し、そこから離れることが恐くなった。

「以上が、昨日の事件についての話だ……そして、私からもう一つ話がある……」

 一呼吸を置く秋元先生の言葉に、私は自分の審判が降されるのだと直感で感じ身を固くした――。


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