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『恋愛禁止条例』

第26話:解雇

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―優子side―

「大島 優子を解雇する」

 秋元先生の言葉に私は『あぁ、やっぱり……』と心の中で呟いた。
100人を超える大所帯となったアイドルグループの中で、自分だけが恋愛解禁を許される訳がないのは分かっていたのに、新城君となら大丈夫なんて淡い期待をしていた自分。
ショックがないと言えば嘘だけど、秋元先生の判断はプロデューサーとして考えれば当然のものだと私も思った。

「……どうして?……どうしてなんです! 叔父さん?」

「そうですよ、秋元先生。 何とかならないんですか?」

 でも、新城君は違った。
“解雇”と言われた私よりも悲痛な表情で絞り出すような声で問い質し、麻里子もその言葉に縋るように続く。

「隼人、大島が身を置く芸能界はそんな甘いところではない。 篠田も分かるだろう? 特に君たちAKBのメンバーが所属するAKSは、アイドルグループを前提とした事務所だ。 恋愛を解禁する訳にはいかない」

「だからって「新城君、秋元先生の言ってることは正しいよ。 迷惑がかかるのはメンバーだし、私は覚悟を決めていたことだから平気」……大島……」

 秋元先生の言葉に私もその通りだと思ったから、新城君の言葉を遮った。
何か言いたそうだったけど、私が首を横に振ると唇を噛み締め沈黙する新城君。

 ごめんね……。
でも、秋元先生と新城君の間に溝を作って欲しくない。
それに秋元先生はAKBのこと、そこに居るメンバーのことを誰よりも考えているんだから、私は従うべきだと思ったの。

「話は終わりだ。 隼人、今日はゆっくり休みなさい。 さぁ、みんな今日は帰るぞ」

 そう言って秋元先生は荷物を纏めると病室を出て行く。

「……そうね。 さぁ、優子ちゃんも麻里子ちゃんも今日は帰りましょう」

 さっきまであんなに新城君を心配していた麻巳子さんまで荷物を纏め始める。
私や麻里子も麻巳子さんに促され荷物を纏めさせられると、病室を出されてしまった。

 だけど、私は新城君が心配になり病室を覗くと、麻巳子さんの背中越しに布団を強く握り締め俯く姿が見える。

 私は戻ろうとするけど、支度を終えた麻巳子さんが病室の扉の所に来て首を横に振った。
麻巳子さんは病室を出るとき新城君にぽつりと言った。

「隼人、私も芸能界に居た身だから、あの人の言っていることが正しいと思うわ。 でもね、芸能界って何が“正解”か分からない所なの。 だから、もう少し貴方の“叔父、秋元 康”という男を信じてあげて……」

それだけいうと「おやすみなさい」という言葉を残し病室を出てきた。

「さぁ、帰りましょう2人とも」

「あの……もう少し秋元先生を信じろってどういうことですか?」

「秋元 康もプロデューサーの前に人間ってことかしらね……それより優子ちゃん、あまりショックじゃないみたいね?」

「そんなこともないんですけど……新城君の様子の方が心配で」

「あの子は、ちょっと真面目過ぎる部分があるから……でも、優子ちゃんが居れば平気よ。 隼人をよろしくお願いね」

「あっ、いえこちらこそ、よろしくお願いします」

 何だか上手く話をはぐらかされた気もしたけど、新城君の“親”ともいえる人によろしくと言われ私は違う意味でドキドキしてしまう。

 私たち3人が病院のエントランスまで来ると一台の高級車が停まっていて、近づくとウィンドウが降りる。

「大島、篠田。 2人共乗りなさい。 送っていこう」

 外はネオンや街灯がなければ歩くことすらできない時間。
私は規則的に過ぎ去っていく街灯を見つめながら、秋元先生の運転する車の後部座席で揺られていた。

 さっきまで麻里子も乗っていたけど、今は秋元夫妻と私だけの車内は、会話の代わりに沈黙が流れていた。
そんな沈黙を破るように秋元先生がバックミラーで私をチラリと見ると、私にあることを告げた。

「大島。 さっき篠田にも言ったが明日、話があるので劇場に集まるように」

「何をなさるつもりなんですか?」

 さっき麻里子も同じ質問をしていたけど、秋元先生は答えてくれなかった。
だから、私はバックミラー越しに怪訝そうな視線を秋元先生に送りながら質問した。
秋元先生は私に対しても答えてくれず、車を降りる間際に麻巳子さんが「もう少し待ってあげてね」と言っていたけど、明日劇場で何が行われるのか結局内容は分からず終いだった。

 部屋に着くなり私はベッドに倒れ込んだ。

「今日は色々あり過ぎだ……」

…………………………

……………………

………………

…………

……

……ブーッブーッブーッ……ブーッブーッブーッ……ブーッブーッブーッ……

「んもぅ、うっさい!」

 鬱陶しい程に震え続けるiPhoneのバイブレーションに、まだ半分頭が寝ていた私は悪態を吐くと、目を閉じたまま手だけでそれを探す。
手を右往左往させていると固い物が指先に当たり、私はそれを拾い上げると画面を確認した。

「何だ。 マネージャーさんか……もしもし……」

 マネージャーさんからの着信を知らせる画面に、再び悪態を吐きながら私は電話にでた。

「……嘘! もう、そんな時間!? わかりました。 直ぐ準備します!」

 電話を切った私はベッドから飛び起きた。

『いつの間に寝ちゃったんだろう……』

 重く気怠い頭を掻きながら、私は下着類など着替えを取るとお風呂場に向かう。

 電話の内容は劇場に向かう時間だというもの。
秋元先生に直接言われていたというのに忘れて寝坊するなんて、何してんだろう私。

「!?」

 私の足が洗面所の前で止まる。
本当は急いで準備しなければならないというのに、私は鏡に映った自分の姿に足を止めざる得なかった。

 着ていた服に生々しく残る血の跡。
私はそのシミを手で触れる。
乾いたそれは他の部分と同じ肌触りだけど、普通だったら血を、それも他人のを触るなんて何だか気持ち悪くなりそうなもの。
でも、その跡は新城君が私を守ってくれたという証であり、気持ち悪いどころか女として守られたことに彼の愛情を感じ嬉しくもある。
寧ろ、広範囲に広がる血の跡が彼の怪我の程度を物語り胸が苦しくなった。

 そして同時に思い出す。
昨日、最後に見た新城君が布団を強く握り締め俯く姿を……。

『また、私間違ったのかな……』

 “解雇”を言い渡されたことへのショックより、互いの気持ちを伝え合ったがために、再び彼を苦しめることになってしまったことに対する自責の念を強める。

 やっと分かり合えたのに……。
そう思いながら私は覚束ない足取りで、お風呂場へと向かった……。

………………

…………

……

 身支度を終えた私は、マネージャーさんの車に揺られ秋葉原にあるAKB劇場に向かっていた。
助手席から見る景色はいつもと変わらないのに、昨日までとは違って見える。

 違って見えるのは、もう直ぐ自分がAKBのメンバーではなくなるからなのか、それとも新城君の痛みを取り払うどころか傷口を広げることをしてしまったからなのか……。

 流れる景色を眺めながら色々考えたけど、何一つ答えがでることなんてなかった。
寧ろ気になる言葉を思い出してしまう。

『もう少し待ってあげて』

 昨日、別れ際に麻巳子さんに言われた、あの言葉は一体何を意味しているんだろう。
“待つ”って何のことなんだろう?
私に言ったんだから私に関わることなんだろうけど、解雇されるのを待つ身の自分に秋元先生が何かしてくれるとはあまり想像できない。

「はぁ……」

 色々考えたあげく、待つことしかできないことをただ再確認しただけになった私は大きく溜息を吐いた。

「大丈夫かい大島さん?」

「あっ、ごめんなさい。 幸せが逃げちゃいますね」

「いや、色々あったんだから、仕方ないさ……」

 心配そうに声をかけてくれるマネージャーさん。
いつも優しく気を遣ってくれるんだけど、今日は一段と言葉を選んでいるように感じる。

「もしかして、昨日握手会でのこと触れないように言われてます?」

「うっ、流石は大島さんだね……実は……」

 マネージャーさんが言うには、事務所から昨日の事件に関して聞かないようにと言われているらしい。
でも、何故か私の解雇の件は伏せられているらしくマネージャーさんも、その事実を知らされていないみたいだった。

「今日は何で劇場に集まるのか聞いてます?」

「さぁ、僕も全ての仕事をキャンセルして、劇場に大島さんを連れて来るようにって言われただけなんだよ……」

 それに今日劇場に行く理由も知らないみたい。
一体、私と麻里子を集めてどうするつもりなんだろう?

「あっ、そう言えば……今日集まるのはAKB全グループのメンバーと各劇場の支配人もらしい」

「え? 私と麻里子だけじゃないんですか?」

「どうも違うみたいだよ。 コンサートや選抜総選挙でもない限り集まらない人数だし、それに他の関係者も集まるって言っていたから、相当重要なことなんじゃないのかな?」

 ますます、呼ばれた理由が分からなくなる。
私、1人解雇するだけのためにグループメンバーを、それどころか劇場支配人まで呼ぶはずはない。

 麻巳子さんが言った謎の言葉、そして劇場に集まるAKBグループのメンバー。
何かが大きく動こうとしているのを感じ、視界に見え始めたドンキホーテの建物に思わず身を固くした――。


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