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『恋愛禁止条例』

第24話:決意

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―優子side―

「新城君を諦めるぐらいなら、AKBを辞めます。それぐらい彼が好きです」

 真剣な眼差しで私を見る秋元先生に、勇気を振り絞り、有りっ丈の気持ちを一言に込めた。

 新城君を他の男子と同じように見ていたこと。
新城君を孤立させるような状況にしたこと。
新城君の想いに気付けず、また傷付けてしまったこと。
ずっと選択を間違え続けていた私だけど、今度は後悔したくなくて心に従って決めた。

 これでAKBに居られなくなったとしても、私に後悔はない。
だって、新城君が私の胸で意識を失ったときの絶望感を二度と味わいたくないから。

「優子、よく言ったね……秋元先生」

 それまで、私たちの話を静かに聞いていた麻里子が、沈黙を破り秋元先生の名を呼ぶ。
秋元先生はそれに応えるように、私から麻里子へ視線を移した。

「私からもお願いします。2人は本当に好き合っています。 “恋愛禁止条例”があるのは分かっていますが、どうか2人を引き裂かないでください。 お願いします!」

 そう言って、麻里子が頭を深々と下げる。

「ま、麻里子!?」

「……篠田は何故そこまで2人のためにするんだ?」

 私の気持ちを代弁するように秋元先生が疑問を口にすると、麻里子は和やかに答えた。

「……優子とはAKBができてから辛いときも楽しいときも、ずっとやってきた掛け替えのない仲間です。 それに隼人は弟みたいな存在なんです……スタッフとして入って来たばかりの頃の隼人は、それはもうびっくりするぐらいAKBのことだけじゃなくって芸能界のことも知らない危なっかしい感じの子でした。 年下だったせいもあって、そんなんじゃスタッフできないよって、何かと世話焼いてたら仲良くなっていて……たぶん、私がずっと弟を欲しかったのと、隼人も一人っ子だって言っていたから、私のことを姉みたいに慕ってくれたのがあったんでしょうね……だから、2人を応援したいんです。 大事な仲間と“弟”が好き合っているなら成就させてあげたい。 それだけです……」

「そうか……隼人の奴は皆から愛されているんだな……」

 麻里子の告白をじっと聞いていた秋元先生は聞き終えると、何か考えるように人差し指で眼鏡を直す。

ブ―ッブ―ッブ―ッ……

 秋元先生の携帯電話が震える。

「麻巳子か。 どうした?……そうか、今戻るよ」

 そう言うと秋元先生は携帯電話をポケットにしまう。

「隼人の意識が戻ったようだ。びょうし……おい、大島!」

 秋元先生が全部言い終わる前に私は走り出していた。

 私は無我夢中だった。
廊下を走ってはいけないことなど忘れ、私は新城君のいる病室に急いだ。

ガラッ

「新城君!」

「大島さん……病院ではお静かに。 それに廊下は走っちゃ駄目ですよ?」

 扉を勢いよく開けた私の目に新城君の優しい笑顔が飛び込む。
二度と見ることが出来ないんじゃないかって思っていた笑顔に再び出会えたことに私は心底安堵する。
それは同時に、私の張り詰めていた緊張の糸を切り、溜まっていた感情が涙となって溢れ出ていた。
涙で視界が歪む様は、まるで新城君が消えてしまうようで、不安を感じた私は大泣きしながら彼にしがみついた。

「わっ!? どうしたんですか?」

「新城君が……新城君が死んじゃうんじゃないかって……心配したんだよ!」

「あぁ……もう大丈夫、安心してください……ねっ?」

 新城君は、不安で無意識の内に抱き付く私の手を包むと子供を諭すように語りかけてくれる。
その優しさに、私の胸は早鐘のように鼓動を増す。

「ねぇ、隼人。 私はお邪魔かしら?」

 その様子を悪戯っぽく見ていた麻巳子さんが微笑み、新城君はばつが悪そうな表情を浮かべる。
そこで、ようやく私は自分が新城君に抱き付いていることに気付き赤面する。
すっかり麻巳子さんがいるのを忘れ、新城君に抱きついていた私は、恥ずかしさのあまり勢いよく彼から離れた。

 なんていう所を麻巳子さんに見せてしまったのだろう……。
そう思うと恥ずかしさのあまり私は耳の先まで真っ赤になって俯いた。

 ガラッ
その直後、病室のドアが開かれ秋元先生と麻里子が入ってくる。

「もう、優子走らないでよ……あれ、優子どうしたの、顔赤いよ? 麻巳子さん、何か合ったんですか?」

「恋する乙女かしらね」

 その一言に新城君も言わんとしたことが分かったらしく慌てていた。

「ちょっ、麻巳子さん!?」

「あら、アイドルだって女の子よ。 恋をしたほうがキレイになれるんだから」

「それは……叔父さんがいるんですから……」

 そう言った新城君は、ばつが悪そうに秋元先生を見る。
すると、それまで黙っていた先生は、私たちに普段向けるプロデューサーとしての態度で新城君に語りかける。

「隼人はどうなんだ?」

「えっ、俺ですか!?」

「あぁ。 隼人は大島をどう思っている? そして、どうしたい?……この質問の意味は分かるな?」

「な、何のことだか……」

 私が秋元先生に気持ちを伝えたことを知らない新城君は、あくまでも知らないとしらを切ろうとする。
だけど、秋元先生はそれを遮るように再び口を開く。

「大島は全て話してくれたよ……もう一度聞く、隼人はどうなんだ?」

「!? そう……ですか……」

 秋元先生の言葉に全てを悟ったのか、はぐらかそうとするのを止め新城君は何か考えるように黙り込んだ。

 誰も言葉を発さなくなった病室は、沈黙に包まれ重苦しい雰囲気が漂う。
時間にすればほんの僅かだったかもしれないけど、私にはとても長い時間に感じられる。
けれど、私は新城君の口から気持ちを聞きたくて、彼の返事をじっと待った。

 たとえ、どんな言葉が新城君の口から紡がれたとしても……。

「俺は……」

 暫く続いた沈黙を破り何か言いかけた新城君は、一瞬だけ秋元先生を見ると再び私に視線を戻すと言葉を続けた。

「“俺も”大島さんが好きです……」

 こちらの目を見ながらゆっくりと告げた新城君の言葉は、正に私の聞きたかったもので嬉しさのあまり頬を涙が伝う。

 幾度となくすれ違い、このまま交わることなんてないと思っていた“想い”。
新城君の隠すことも偽ることもない“想い”は流れ出る涙とは裏腹に、私の心を満たしていく。
たとえ、それが意図せぬことが切っ掛けだったとしても、知られてはならない人の前であったとしてもだ。

 でも、そう思ったのは、私だけだったのかも知れない。

「……」

 新城君は再び沈黙すると、私を映す瞳に宿る感情が変化した。
そして、私は気付いてしまう次に彼が言うであろう言葉を……。

 その沈黙はきっと“付き合えない”って言うんでしょ?

「でも、大島さんには大事な……大事な“夢”がある。 それを叶えるためには、きっとAKBでもっともっと色々な経験をしないといけないと思うんです……」

 ほら……。
予想していた通りの言葉に、私は目を閉じ俯くと押し寄せるであろう哀しみに呑まれないように身構えた。
だって、新城君は私のためを思って決断してくれたことだもん。
だったら、私は笑顔で彼に“私を好きになってくれてありがとう”と伝えたい。
だから、もう泣かないようにしなきゃ。

 でも、身構えていた私が次に聞いた一言は驚きの言葉だった。

「だけど……やっぱり……俺は大島さんを諦めることなんて出来そうにないです。 だって、あのとき絶対失いたくないって思ったから……“死んでも守る”って思えたのは“大島”さんだったから……叔父さん! どうか俺たちの交際を許してください。 お願いします!」

「え……」

 私が目を開けるとベッドに寝たままだったけど、深々と秋元先生に頭を下げる新城君の姿があった。

「“恋愛禁止条例”があるのに虫が良すぎるのは分かってます。 叔父さんの立場や、我慢している麻里子さんが居る前でこうやって言うのも最低だと思います。 でも……大島さんがいたから俺はまた笑ったり、人を好きになることができた。 だから、今度は俺が大島さんを支えていきたい。 そのためなら、どんな努力でもします」

 そう言って新城君は見えていないはずの私の手を、まるで見えているかのようにスッと握った。

『新城君の手、温かい……』

 あぁ、きっと新城君のお母さんは、お父さんにこんな気持ちを抱いたから駆け落ちしてでも結婚しようとしたんだ。
だけど新城君、私は駆け落ちなんて嫌だよ?
ちゃんと両家に……秋元先生たちに認められて結婚したい。
きっと、この優しい温もりがあれば私はどんなことにも負けない気がした。

 だから、一緒に頑張ろう?

 新城君の手をほんの少し握り返すと、私も秋元先生に深く頭を下げた。

「私が言うのは間違っているかもしれません。 けど、新城君は決して、秋元先生の偉功に傷を付けたりしたい訳じゃありません。 私も今まで以上に仕事を頑張ります。 それに、周りには絶対に知られないように努力します。 だから「「お願いします!!」」」

 最後は新城君と2人でユニゾンするようにお願いをする。

 どの位経っただろうか、一向に秋元先生から是非の言葉を貰えない。

 なのに、今は握られた手が私を不安から守ってくれているみたいに何も怖くない。

「隼人、大島も顔を上げなさい」

 私たちが顔を上げると視線の先にあったのは穏やかで、そして慈しむように新城君と私を見る、秋元先生と麻巳子さんの姿だった。

 そんな2人を見て私は気付いた。
直接的な血の繋がりはなくても秋元先生たちは新城君の“親”なんだ。
血の繋がりではない、もっと違うところで秋元先生たちは新城君と繋がっているんだって。
そうでなければ、私たちの前でこんな表情を秋元先生が見せっこない。

 私はそんな“親”の顔をする秋元先生の言葉を待った――。


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