『恋愛禁止条例』
第21話:守ることならできるはず
―隼人side―
午後からの部で俺は大島から隣の前田 敦子さんの担当に変わった。
前田さんも大島と同様にどんな相手でもニコニコして握手している。
そんな彼女のファンの人を剥がしながら、俺はさっきの麻里子さんの言葉を思い出し凹んでいた。
『見損なったか……』
大島という大事な
でも、俺を引き取って我が子のように思ってくれる叔父さんたちを裏切ることもできない。
そんな何方付かずでは、何も反論などできようもなくマスクの下で今日何度目かの溜息を吐いた。
「おい、何か隣のレーン変じゃないか?」
ザワザワ……
そうしていると、隣の大島のレーンがにわかに騒がしくなり、前田さんのレーンに並ぶファンの人たちもそちらを見て何か言っている。
「どうしたんだろ……うそ!」
周囲の様子に前田さんも気になるのか握手を中断すると、外の騒ぎを見に出ていった。
だけど、その先にあった光景があまりに衝撃だったのか両手で口を覆った。
俺も前田さんの異常な反応が気になりテントをでると、そこには驚愕の光景があった。
剥がしのスタッフが大島のいるレーンのテントから慌て逃げ出てきたのだ。
それだけではない。
テントの外にいた、もう1人のスタッフも中の様子を見るとその場で動けないでいた。
テントの中からは大島のものではない男の興奮した叫び声が聞こえる。
「ぼ、ぼくと一緒に誰にも邪魔されない所に行こうよ優子!!」
その声に異常な事態になっていることを知った俺は弾かれるように、もう1人のスタッフに前田さんを任せると大島のテントへ走った。
俺はテントの裏側へ回り、大島の真後ろにある出入口の布を少し捲り中を探る。
『!?』
俺が見たのは、大島の視線の先、正確には机を隔てた場所に立つナイフを持った男だった。
肩で呼吸する様は異常に男が興奮していることを表し、表情も何処か普通ではなかった。
大島はその男の様子に怯え、顔は青ざめ恐怖のあまり動けないでいる。
そんな大島に、男は一歩近づく。
大島は「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、少し後ずさった。
そんな大島の様子を男は拒絶と捉えたのか、ゆっくり近づくと2人を隔てる机を引っ繰り返し強引に退かす。
ガシャンッ!
「いやぁっ!!」
その音に大島は悲鳴を上げ、男はそこに襲いかかろうとする。
男の動きがスローモーションのように見え、その先にいる大島に迫る。
両親を失ったあの日、後部座席に居た俺は対向車線を乗り越えてくる車が、今と同じようにスローモーションで迫るのを見た。
あの時は唯々恐怖でどうすることも出来ず、目の前で両親が潰れていく様を見ることしかできなかった俺。
でも、今なら……今の俺なら何かできるんじゃないか?
決してこの手を大島と繋ぐことはできない。
でも、この手でも彼女を守ることなら……できる。
そう思った瞬間、俺は駆けだしていた。
「大島!!」
俺は男と大島の間に入り彼女の身体を抱くようにして庇う。
グサッ!
その瞬間、俺の背中に男の持っていたナイフが突き刺さった。
「ぐっ!」
男は人を刺したことなどなかったのだろう。
ナイフを刺した感覚に恐怖し「邪魔した、お、お前が悪いんだ」と言いながらナイフを引き抜くと、手からそれを落としながら身を引いた。
その様子を外から見ていたスタッフたちが、今だとばかりに男を取り押さえにかかる。
「くっ……大島、なんとも……ない?」
「う、うん」
「良かった……」
俺は刺された箇所から走る激痛に耐えていた。
自分が想像していたよりも傷が深いのか、ナイフが抜かれたせいなのか、体から流れ出した血が赤黒い水溜まりを作り床に拡がるのが見える。
「何で!? なんで、私なんかを庇ったりするのよ!」
覆い被さったままの俺の胸のなかで大島は突然のことに気が動転し、恐怖のあまり泣きながら疑問を叫ぶ。
「……好きな奴を守るのに、理由なんかいらないだろ……」
痛みで顔を上げることが出来なかった俺は、大島の髪に顔を埋めるようにして何とか答える。
普段、彼女が近くを通るだけで漂うシャンプーの香りも、今はこんなに近くにいるのに感じることができない。
「ぼ、僕の大事な優子に触れるなぁ~」
後ろではスタッフに取り押さえられた男が、何か俺に喚きながら連れていかれる。
背中越しに喚く男に『大事な
「もう、大丈夫か……ごめん大島、限界かも……」
犯人が連れて行かれ大島も無傷だと分かり、俺の中で張りつめていた緊張の糸が切れたのか全身から力が抜け、俺は自分の身体を支えきれず大島に抱くように倒れ込む。
「えっ、新城君!?」
大島は俺の身体を抱き返すように支えながら、突然の俺の変化に驚いていた。
やばい、意識が薄れ徐々に視界が狭くなってきた。
「新城君しっかりして! 隼人! はや……」
遠くなる意識の中で、大島がずっと俺の名前を叫び続けているような気がする。
最後に大島を守れたんだから、俺の人生も満更じゃなかったなと思ったところで意識が途切れた――。