『恋愛禁止条例』
第20話:握手会
―隼人side―
次の日。
お台場にある国際展示場の東ホールは数万の人で埋め尽くされていた。
どの人も列の先にいる推しメンと数秒握手するためにワザワザ会場へ足を運び、並んでくれた大切なファンの人たちだった。
今日の俺の仕事は、そんな大事なファンを時間になると問答無用に退出させる“剥がし”という業務。
「……はぁ……」
俺はマスクの中で今日何度目かの溜め息をつきながら業務をこなしていた。
その溜め息の原因は、剥がしという仕事のせいか、それとも付いたメンバーが大島だったからなのか、とにかく俺を憂鬱にさせていた。
「……時間です」
何百人目かのファンを大島から剥がした俺はクタクタになっていた。
横にいる大島は変わらぬ笑顔でファンの人たちと握手していたが、足元には疲れが見て取れた。
それでも、ファンから見える部分では疲れなど感じさせないのは流石プロといったところだろう。
「大島さん休憩入ります」
暫くして握手会は休憩時間となり、大島は「新城君、お疲れ~」と俺に一声かけると裏の休憩室に入って行った。
「お、お疲れ様でした……」
昨日、あんなことがあったのに大島は今までと変わらず和やかで、それに比べ俺は気にするあまりまともに喋れず、今日も大島と会話したのは朝の挨拶と、今の一言だけだった。
相変わらず小心者だと思っていると、他のスタッフさんがブースにやって来て声をかけられた。
「君も休んでいいよ」
スタッフさんに許可が貰え、俺も裏のスタッフ休憩室に入った。
「剥がしってこんな大変なんだな……」
飲み物を片手に俺はあしたのジョーよろしく、うなだれると数時間立ちっぱなしだった足に疲労が一気に押し寄せてくる。
「君、剥がしの仕事は初めて?」
俺の呟きに横で同じように休んでいた剥がしのスタッフさんが聞いてきた。
「えぇ、今日が初めてで……大変なんですね」
「体力勝負ってところだね。 それに中には変なファンもいるし。 でも俺たちよりも彼女たちの方が大変だろうさ。 なんせ俺たちみたいに表情隠せないんだから」
「確かにそうですね。 俺も文句なんて言ってられないな……」
この人の言うとおりメンバーはどんな相手にも笑顔を絶やさない。
それをさっきまで大島の横で見ていたのだから、文句など言ってられない。
「あっ、隼人いたいた」
そうしているとメンバーが訪れることのないスタッフ休憩室に麻里子さんがやってきた。
「あっ、まり、じゃなかった。 篠田さんどうしたんですか?」
「聞きたいことがあってさ。 ちょっといい?」
「えぇ、わかりました。 お先です」
そう言って俺は隣の男性に挨拶し休憩室を出た。
男性はメンバーと仲がいい俺をみて驚いたような表情だった。
俺と麻里子さんは人気のない所に移動した。
「それでどうしたんですか?」
俺が聞くと麻里子さんは少し怪訝そうに尋ねてきた。
「昨日さ“あの後”優子と何かあったの?」
“あの後”とは告白された時のことだろう。
あったと言えば大きなことがあったのだが、それを言うべきか俺は悩む。
麻里子さんは年齢が離れていたせいか姉のように感じ、彼女も俺を弟のように可愛がってくれていた。
だけど、昨日のことはあくまで大島と俺のプライベートなこと。
それに内容が内容なだけに大島のことを考えると言うべきではないんじゃないかと思い言い淀む。
そんな俺の様子に麻里子さんは業を煮やしたのか口を開く。
「昨日からだけど、ずっと元気ないんだよ。あの後、告白したのかって聞いたら頷いたっきり答えないし。一体、昨日何があったの?」
「……大島さんに告白されました」
「もちろんOKしたんでしょ?」
「いいえ……断りました」
事情を知っているのなら隠し立てしても仕方ないと思った俺は顛末を言うと、麻理子さんは目を丸くし驚き、その後烈火の如く怒りだした。
「はぁ!? 何で断ったりしたのよ!」
「大島さんからの告白は凄く嬉しかったですよ。でも、劇場で働くようになって毎日が楽しくて、失いたくないんです……それに、大島さんと俺が付き合えば、彼女はAKBに居られなくなる……」
「そんなの私たちが黙っていればいい話じゃない」
「違うんだよ、麻里子さん……そんな簡単なことじゃないんだ……」
そう簡単なことじゃない……。
俺と付き合えば叔父さんたちにバレない訳がない。
そうしたら大島は何らかの処分は免れない。
それだけは大島のために避けなければならない。
だから俺は付き合えないんだ。
「学校でのこと優子から聞いてる。それについては優子もかなり悩んでたんだよ。自分のせいだって。 それでも隼人だったら優子を赦してくれるって思ってた……見損なったよ。 隼人はもっと男気がある奴だと思ってたのに、篠田の勘違いだったみたいだね……」
そう言うと麻里子さんは握手会の会場へと戻っていた。
辛辣な麻里子さんの言葉が、胸に突き刺さり暫く俺はその場に立ち尽くした。
………………
…………
……
《第4部が始まります》
「やばッ!」
どれぐらいそうしていたのか、いつの間にか流れていたアナウンスを聞いて俺は急いで会場へ戻った――。