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『恋愛禁止条例』

第14話:優子とまゆゆとセンターと:中編

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 昨日はコンサート前日だというのに多くのメンバー、スタッフさん共々相当な無理をした。
それでも、たかみなさんの言葉“努力は必ず報われる”ではないけど、これさえ乗り越えればコンサートは上手くいくと誰もがそう思っていたはず。
だけど、そんなみんなの努力を嘲笑うかのように、それは突然やってきた。

 コンサート当日のこと……。

 俺は最終リハーサルで出来を確認している叔父さんや戸賀崎さんなど関係者の人たちへ飲み物を配るためアリーナを横切っていた。

 ステージを見れば最終のリハーサルが行われ、順調にセットリストを消化していた。

「それにしても暑いな……」

 まだ、午前中で日が昇りきる前だというのにドーム内の室温は既に高く、リハーサルをアリーナで眺めているだけで俺の身体を汗が伝うのを感じる。

 予報によれば今日は9月後半としては異例の“猛暑日”で、例年であれば26度程度の気温が何と最高で36度にも達するという。
今朝のニュースでそれを観たときは“冗談でしょ”などと思っていたけど、実際に予報通りになりそうな気温になっていた。
その上、今回コンサートが行われる西武ドームは“ドーム”という名称通りに屋根は付いていたが、緑に囲まれた場所に建設されたこともあって壁面のない“フルオープン”式で空調設備が完備されていない。
時期的に気温が下がるだろうと予想して選定された会場なのだろうけど“予想外”の事態にどうすることもできず、外気温に左右され易い構造が仇となって会場は異常なほど暑かった。
歩いているだけの俺でさえこの有様なのだから、リハーサルとは言え踊るメンバーは相当堪えているはずだ。
事実、大型モニタにはメンバーたちは軽く流すように踊っているだけだというのに、タオルで汗を拭く姿が映し出されていた。

『今からこんなんで大丈夫なのか?』

 昨日あれだけ無理をしているんだ、果たして今日の本番を乗り切れるのだろうかと一抹の不安を感じながら、俺はみんなの様子を気にしながら見ていた。

「失礼します。 どうぞ、お水になります」

 ミネラルウォーターのペットボトルを邪魔にならない所に置いていく。

「ありがとう」

「おぉ、隼人かすまないな」

 叔父さんたちは一瞬だけ俺を見ると、再び視線をステージに戻す。
誰もが額に汗していたが、真剣な表情と何とも言えないピリピリした雰囲気が、本番を控えていることを感じさせた。

「失礼しま「隼人」は、はい」

 頭を下げ静かにその場を去ろうとすると戸賀崎さんに呼び止められた。
何だろうと思いながら近づくと、戸賀崎さんがステージを指差す。

「隼人はどう思う?」

「えっ? 俺は素人なんで分からないですよ」

「その素人目から観てどう思う?」

「そうですね……」

 戸賀崎さんの言葉に改めてステージで踊るメンバーの様子を眺めていく。
大島や前田さんなど選抜メンバーは当然だけど、昨日は思い出すようにぎこちなく踊っていたメンバーもスムーズで自然な動きになっていた。
粗も所々見えていたが、昨日からすれば大きく進歩している、それが俺の素直な感想だった。

「位置の入れ替えの時に一瞬戸惑いが見えますけど、ダンスは昨日に比べて形に……ん?」

 俺はステージを観ながら感想を述べていると、あるメンバーのところで様子に違和感を感じ途中まで言いかけた言葉を飲み込みジッと視線を凝らした。

「どうした隼人?」

「あれって……ヤバい!」

 俺は戸賀崎さんの問い掛けに応えないばかりか、叫ぶとステージへと駆けだした。
暑さで汗が噴き出すのも構わずアリーナを駆けステージに上がると、俺は最終リハーサルをする集団の中に飛び込んだ。

ガタンッ! ピッー!

 その直後、マイクの落下音とハウリング音が会場に響き渡る。
ステージに居た多くのメンバーはその音に足を止め何事かと騒然となり、俺が飛び込んだ付近のメンバーは一斉に俺ともう1人に視線を集めた。

 もう1人とは俺が走った先に居たメンバーであり、今は俺が抱き留めている女の子のこと。

「しっかりして加藤さん! 加藤さん!」

「はぁはぁはぁ……」

 俺の呼びかけに研究生“加藤 玲奈”さんはグッタリしたまま応えることもできず肩で息をしていた。
そればかりか触れている部分からリハーサル中であっても異常な位の高い体温を感じ、汗の量も尋常でない様子に、俺は彼女に何が起きたのか理解した。

「誰か早く救急車を呼んでください! それと体を冷やせる氷とスポーツドリンクもお願いします!」

 俺は加藤さんをゆっくり床に寝かせながら叫ぶ。

………………

…………

……

 近くの病院に運ばれた加藤さんの診察結果は、やはり俺が予想した通り“熱中症”だった。
医師の話では、加藤さんの容態は安定しているものの今日一日は安静が必要とのことで、今は病院のベッドで点滴を打たれ安静にしていた。

 暫くし意識の戻った加藤さんは、ベッドサイドに居た俺から自分の状態を聞かされると瞳一杯に涙を溢れさせた。

「ごめんなさい新城さん……ごめんなさい」

 溢れる涙は努力したことを発揮できなかった自らに対しての悔しさから、その言葉は必死に覚えたパートを再び変更させてしまうことに対する仲間への罪悪感から出たものだった。

 ずっと練習を見てきた俺は痛いほどその気持ちが分かったが、だからこそどんな言葉を掛けて良いのか迷う。

「加藤さんが謝ることはないですよ。 今日の暑さは予想外でした」

「でも……倒れたのは……私だけですよね?」

「そうです。 でも、加藤さんが倒れていなくても、他のメンバーが倒れていたかもしれない。 そんな状況だったのは確かです」

そう……倒れたのが偶々、加藤さんだっただけで他のメンバーが同じような状況にいつなってもおかしくないほど、会場の状態は悪かった。

「だから加藤さん、今日はゆっくり安静にしてください」

「でも……私だけ……」

「AKBはチームなんですから、互いをカバーし合うのは当然ですよ。 それに加藤さんの分も頑張ろうってことで、みなさんお見舞いに来たいのを我慢して練習されてましたよ」

「……」

「コンサートは明日もありますよね? 今日安静にした分、明日は目一杯元気な姿をファンの人たちに見せましょう」

「はい」

 笑顔の戻った加藤さんに一安心し、俺は病院を後にし会場へと戻った。

………………

…………

……

 会場へ戻るとリハーサルは既に終わり、ステージでは研究生が再び変更となった箇所を練習する姿があった。
俺の姿に気付くと練習を中断し駆け寄ってきた。

「玲奈の容態はどうですか?」

「えぇ、今日一日安静にすれば明日はコンサートに参加できるそうです」

「「「「「良かった……」」」」」

 最初に心配そうに声をかけてきたのは加藤さんと同じ10期生の“阿部 マリア”さんで、俺の言葉に他の研究生と共に心底ホッとしたような表情を浮かべていた。

「それと“大変な時にごめんなさい”ってみなさんに謝っていました」

「もう……真面目なんだから。 練習一番頑張ってたの“れなっち”なんだから……悔しいだろうな……」

 そう言って涙を浮かべるのは“あんにん”こと“入山 杏奈”さんで、その言葉に周囲も「うんうん」と頷いていた。

「こうなったのは俺たちスタッフの責任です。 だから、俺がこんな「それは違います!」阿部さん?」

「こうなるなんて誰も予想なんてできない。 それに新城さんが玲奈のこと気付かなかったら、もっと大変なことになっていたかも知れないんです。 私たちの方こそ新城さんには感謝しているんです。 私たちが玲奈の分まで頑張るんで任せておいてください!」

 阿部さんの言葉にさっきまで涙を浮かべていた入山さんや他の研究生も笑顔で俺を見ていた。
年下に見えない彼女たちの強さに俺は驚かされ、これがAKBを支えてきた強さなんだと改めて実感する。

「あっ、でも新城さんも“いつも”みたいにサポートお願いしますね」

「えぇ、分かりました」

 みんなの明るい様子に俺は希望の光が見えた気がしていたが、この加藤さんの一件はまだ悪夢の始まりに過ぎないことを俺は知る由もなかった。

…………………………

……………………

………………

…………

……

〈A、K、B、48!!〉

 時刻は17時となり、AKBグループ初のドームコンサートはOvertureによって幕を開けた。
それまで客席に座っていたファンが曲の始まりと共に一斉に立ち上がり歓声を上げる。

 この時間はまだ外も明るく、壁面のない西武ドーム内部にもその光が差し込み照明がなくとも観客1人ひとりの顔が見える。
どの顔も初ドームコンサートへの期待に心躍らせ、アリーナは疎かスタンド席まで埋め尽くすファンによって、嘗てないほどの熱狂の渦に会場は包まれていた。

「マジ女、気合い入れていくぜぇ!!」

 それに応えるようにメンバーは加藤さんの欠場というアクシデントを乗り越え、オープニング“ヤンキーソウル”を皮切りに始まった“マジすか学園”の寸劇群をやり切った。

 ファンもこれがまさか前日から練習したものだとは思わなかっただろう。
会場に大歓声が上がり好調な滑り出しを迎えたかに見えた。

 だが、メンバーがパフォーマンスを終え次々とバックステージに戻り始めると異変が起きた。

バタンッ

「きゃっ、智美! 誰か来て! 智美が倒れた!」

「ちょっと、くーみん大丈夫? 誰か!」

 倒れる者、ふらつき座り込んでしまう者、次々に体調不良を訴えるメンバーたち。
そう、ここからが悪夢の本当の始まりだった……。

 昨夜の練習が原因だとは言いたくないけど、メンバーはそれぞれ何かしらの形で今日のドームコンサートのために練習に励み、翌日に備え休む時間を削ってしまったのは事実。
そこに今日の予想外の暑さと、加藤さんの欠場という状況が緊張と疲労をピークに押し上げてしまっていた。
それ故に大きな山場を乗り越えたという達成感が緊張を緩ませ、ピークに達していた疲労が身体へ一気に押し寄せてきたのだろう。
二十歳にも満たないメンバーにそれに抗える術はなくこうなってしまった。

「そこ退いて!」

「誰か冷たい水とタオル持ってこい!」

 バックステージにスタッフたちの怒声が飛び交い、ある者はメンバーを運び、ある者は応急処置を施している。
それに加えセットリストが進むに連れ、変更で進行の段取りに狂いが生じスタッフとメンバーの連携が上手くいかなくなったバックステージは混乱の渦に巻き込まれていた。
入れ替わり立ち替わり不調を訴えるメンバーを、捌ききれず溢れたバックステージの通路は野戦病院のような光景へと変わっていた。

 そして、とうとう絶対的存在である彼女にもそれは襲いかかった。

バタンッ

「あっちゃん!」

「敦子!」

「おい! 前田も倒れたぞ!」

 “前田 敦子”さんまでも初めての大舞台と、次々と倒れて行くメンバーを目の当たりにしセンターポジションとして過度のストレスを感じてしまったのか過呼吸に陥ってしまっていた。

 彼女まで倒れてしまったらどうなるんだコンサートは……と最悪なシナリオが頭に浮かびそうになるけど、そんなことを考える隙もなく指示が飛んでくる。

「新城は前田を医務室に運んでくれ……おい! 前田、呼吸を落ち着いてするんだ。 今、隼人が運んでくれるからな!」

 前田さんの傍らで応急処置をするスタッフさんの一人がそう告げると、
肩を激しく上下させ苦しそうに息をする彼女が虚ろな目を俺に向けた。

「前田さん、ゆっくり、ゆっくりでいいから呼吸しましょう」

 担架も足りていない状況で俺は前田さんをお姫様抱っこするように抱え、時折彼女に声をかけながら医務室に走る。

「ごめん……ね……」

 俺の首に腕を回し苦しそうにしていた前田さんが切れ切れに呟く。
前田さんはセンターである自分が倒れたことを謝ったのだろう。

 でも、これは彼女のせいじゃない、そう思った俺は首を横に振り先を急いだ。

「失礼します」

「そのベッドに寝かせて」

「はい」

 医務室に着くと医師と看護師の方が居て、部屋に並んだベッドへ寝かせるように促された。

 部屋にあるのは二つのベッドの奥の方に前田さんを寝かせると、医師と看護師の方が診察をしていく。

「……過呼吸もあるが軽く熱中症の症状もあるから少し安静が必要だね」

 医師は前田さんの様子についてそう診断すると、点滴の準備を看護師の方に指示していた。

「そうですか……」

 “前田 敦子”彼女はAKB48の絶対的エースと言われる存在、そしてグループ全体の精神的支柱。
その柱が欠ければコンサートへの影響は極めて大きく、このまま続けられるのか俺は不安になった。

《こちら戸賀崎。 隼人、前田の様子はどうだ?》

 そんなとき無線機から戸賀崎さんの声が聞こえる。

「こちら新城です。 前田さんは暫く安静にだそうです……」

《そうか……戻って来てくれ》

「分かりました」

 無線を終えた俺は、前田さんに点滴を終えた医師にどれくらいで復帰出来るかを訪ねた。

「少なくとも1時間は安静にだろうね」

「そうですか……分かりました。 彼女をお願いします」

 そう言って俺が部屋を後にしようとすると、腕を掴まれた。

 掴んでいたのは前田さんで、少し落ち着いた表情をしているが、やはり苦しそうに口を開いた。

「優子を……優子ならセンターを任せられるから……」

 苦しそうに切れ切れと、それでも瞳に込められた強い意思と言葉ははっきりと俺に伝わり、そして俺は自分の中で大事なことを忘れていたことに気付かされた。

 AKBは1つの大きなチーム。
時にはそれぞれの夢に向かい切磋琢磨し、それでも寄り添い互いをカバーし合ってきた。
それはセンターのポジションも同じで、前田 敦子と大島 優子はそのポジションを切磋琢磨しながら争ってきた存在。
でも、俺は前田さんが倒れたときコンサートの先行きを不安に感じた。
それは即ち大島を、もう一人のセンターを信じられていなかったことになる。
昨日の直向きな大島の姿を見ていながらだ。

「そうでしたね。 大事なことを俺は忘れていたのかも……ありがとうございます」

 大事なことを気付かせてくれた前田さんに俺は頭を下げると、何のことか分からないであろう彼女はキョトンとした。

「秋元先生に前田さんの言葉は伝えます。 だから前田さんは安心して休んでいてください」

 俺の言葉に納得してくれたのか、コクンと頷くと前田さんは再び目を閉じた。

 それからして直ぐに前田さんから規則正しい寝息が聞こえ始める。
その表情が和らいで見えるのは、大島に任せれば大丈夫だと信頼があるからこそなのだと俺が思うのは、きっと気のせいじゃないはずだ……。

………………

…………

……

 俺が戸賀崎さんの所に戻ると、戸賀崎さんや叔父さん、上のスタッフさんなど偉い人たちに混じり高橋 みなみさんや大島もそこに居た。

「失礼します」

 俺が部屋に入ると、待っていたかのように一斉に全員の視線が集まる。
その視線は真剣そのもので緊迫した状況であることが窺い知ることが出来た。

「敦子の様子は?」

 高橋さんは椅子から立ち上がり今にも部屋を飛び出し前田さんのところへ行きたい、そんな表情で俺に彼女の容態を聞いてくる。
隣では眉を下げ心底心配そうな表情で大島も俺を見ていた。

「過呼吸以外にも軽いですが熱中症になっているらしく、今点滴を受けています。 受け答えもしっかりしているので大丈夫です。 でも医師の話だと1時間は安静が必要だそうです」

「そう、なんだ……」

 高橋さんはそれを聞くとストンと椅子に力なく座り複雑な表情を浮かべ、その場にいた者も俺の報告に肩を落とした。

 そんな中、大島だけは眉をより深く下げ何か考え事をしているように俺には見えた。

「曲順を変えて前田が戻るのを待ちますか?」

「でも、それじゃあ衣装チェンジや移動の時間がないじゃないですか」

「だがな高橋、そうでもしないと前田の穴は埋められんぞ。 センター不在のままじゃどうにもならん」

 目の前ではスタッフさんや高橋さんが、前田さん不在の間どうするかという議論が行われていたが、叔父さんはどうしてか腕組みをしながら目を閉じ話を聞くばかりだった。

「あっちゃんのポジションに私が入ります」

 平行線のまま続くかのように思われた議論を、大島の一言が沈黙させた。

 考え事をしているようにも見えていたものの正体はこれだったのか……。
大島が見せるのは前田さんが見せたものと同じ、強い信念や決意を持つ者だけができる瞳。
改めて前田さんが大島をセンターに指名した理由が分かった。

 それでも腕組みしたまま動かない叔父さんの姿に、否定と受け取ったスタッフさんの一人が口を開く。

「だがな、おおし「すみません」……なんだ新城?」

「バイトが口出してすいません。 前田さんは“優子ならセンターを任せられる”と言っていました。 大島さんへの負担などの問題があるかもしれませんが、前田さんがセンターを大島さんに託し、大島さんにそれをやる決意があるというなら、やってもらうのがAKBにとって最善じゃないでしょうか? 俺も大島さんがセンターに入ることに賛成です」

 俺はスタッフさんに悪いと思いながら言葉を遮り、さっき前田さんに言われたことを伝えた。
俺だって無理をさせては大島まで倒れるのではという不安がない訳ではない。
けれど、前田さんが大島にセンターというバトンを託し、大島がそれに応えようとしているなら、それを全力でサポートするのが自分の役目だろうと思った。

「大島」

「はい」

 それまで目を閉じやり取りを聞いていた叔父さんが大島の名を呼ぶと、眼鏡の位置を直す仕草をする。
叔父さんがこうするときは、何か大きな決断をするときだと知っている俺は、固唾を飲んだ。

「今のセットリストでは曲や振りを覚え直す必要もある。 それにステージに出る時間も長い。 そうなれば大島も倒れるかもしれない……それでもやれるか?」

「はい。 せっかくこんな大舞台で踊れるようになったAKBの歩みを止めたくありません。 やります。 やらせてください」

「わかった。そこまでの覚悟があるならやってみなさい」

「はい! ありがとうございます」

「高橋もそれで異論はないな?」

「はい、ありません。優子頑張ろうね」

 高橋さんはおじさんに問われると真剣な表情で頷き、大島に笑顔で小さくガッツポーズをとる。
高橋さんが前田さんに絶大な信頼をおくように、大島に対しても信頼しているからこその笑顔なのだろう。

「ありがとう、たかみな」

 微笑み合う二人の間に、これまで共に時間ときを過ごしてきた強い絆を感じ、二人の笑顔がどことなく似ているなと俺は思った。

 大島と高橋さんは叔父さんに頭を下げ急ぐように部屋を出て行った。

………………

…………

……

 そしてコンサートは前田さんを含め数人が欠場した状態のまま進行する。

 幸いなことに、事前にセットリストは公表されていないこと、運良く前田さんの出演するパートが少なかったこともあって、大きなトラブルが起きることなく進行していった。

 大島が前田さんのポジションに入ることにメンバーの誰もが異論はなかった。
寧ろ積極的にサポートするために自分たちからポジションの変更であったり、セットリストの調整を申し出て協力をしてくれさえした。
元々、大島はセンターとして前田さんと争うだけの実力と人気を持っている。
だけど、それまでは積極的にメンバーを纏めるという役目をしてこなかった。
前田さんもそうだけど大島も“センター”と呼ばれるメンバーは、ひたすら前を見続け他のメンバーの道標となるような存在。
それが昨日の一件で大島は人を纏めることの難しさや大切さを学び、そして何より他のメンバーとの関係に変化が生まれ“絆”がより強くなったのだと、俺はメンバーの表情を見ていて思った。

 何より大島が口だけでないことをパフォーマンスで見せたことも大きかった。
前田さんと“板野”さんのデュエット“君と僕の関係”を、大島が板野さんと僅かな練習時間で違和感なく息の合ったパフォーマンスを披露してみ見せた。
誰もが彼女のポテンシャルの高さに驚かされ“センター”として認めた。

 大島は前田さんから託されたバトンを受け取り、センターとしての役割を見事に果たすだけでなく、新しい形の“センター”像を作り上げたのかも知れない、そう俺は思いながら彼女の姿を見続けた。

………………

…………

……

〈世界をひとつの、家族にしようぜ!♬ 喜びも、悲しみも分け合うんだ♬~〉

 コンサートはスタートしてから10曲を超え、今ステージには大島も所属する“Team K”が“僕にできること”という楽曲を披露していた。
メンバーの誰もが額に汗を滲ませ汗だくになりながら、弾けるような笑顔をファンに向けパフォーマンスしていた。

 その中には当然ながら大島の姿もあった。
他のメンバーよりも出演時間が長く激しいダンスを控えるようにと振りとポジションを変更していたけど、それでも全力でパフォーマンスをしている姿があった。

『体力持ってくれよ……』

 さっきの大島の様子が気掛かりで、俺は祈るようにバックステージのモニターで、彼女の踊る姿を見ていた。

 それは数分前……。

「もう少し抑えないと最後まで体力保たないんじゃないですか?」

 そう言って俺はペットボトルを、出番を待ち座る大島に差し出す。
気遣うつもりで言ったその言葉が気に障ったのか、大島はそのペットボトルを奪うように取ると勢い良く立ち上がった。

「やっと掴んだ大舞台なのに、そんな中途半端なことできる訳っ!?」

「大島っ!」

 しかし、急激に立ち上がったせいで、立ちくらみを起こしたのか大島は膝から崩れ落ちそうになる。

 俺は咄嗟に手を伸ばそうとするけど、すんでのところで踏み止まる大島。

「大丈夫……大丈夫だから……」

 俺の助けを拒み、ゆっくり座り直し水を口にした。

「これは私にとってもチャンスなの。 だから……好きにさせて……」

 そう言って見つめる大島の瞳は強い意志を持っていたけど、その反面足下も覚束ない様子が俺の脳裏を離れることはなかった。

〈Wow Wow Wow♬ Wow Wow Wow♩ Wow Wow Wow♫〉

 彼女が望むことならば叶えさせてあげたいと思い、背中を押してしまった自分。
限界はとうに超えていただろう大島の決意に、間近に居ながら止められなかった自分。
自分の選択が間違っていたのか、いなかったのか俺には分からない。

 ただ、大島の心に体の状態が伴っていないことは明らかで、俺は片時もモニターから目を逸らさず、彼女の様子を見守ることしかできなかった。

ワァァッ!!

 曲が終わりを迎えステージは俺の耳にも聞こえる程の歓声に包まれる。
会場は暗転し歓声に送られながらTeam Kのメンバーがステージから次々と捌けていく。

 俺は直ぐ様、彼女たちが降りてくるであろう階段下へ移動すると、ペットボトルと濡れタオルを準備し待機した。

 微かに次の曲のイントロが聞こえ始めたとき、階段を降りてくるメンバーの気配がした。

 でも、何人かの足が見えたかと思うと、そこで立ち止まってしまう。

 どうしたのだろうと俺が階段を上がって行くと、階段の途中で秋元 才加さんと宮澤 佐江さんに支えられるような状態の大島が居た。

「大丈夫だって……ほら、歩けるから、平気だって……」

 余程、支えられることが嫌なのか、2人の手から逃れると階段を1人で降りようとしていた。
暗がりで表情は見えはしなかったが、足取りはステージ前よりおぼつかず、手すりに掴まりながら降りる様子は明らかに無理をしていた。

 よく見れば階段には3人の他に、上の方に他のTeam Kメンバーが降りるに降りられず下の状況を窺っている姿もある。

「無理すんなって優子!」

「そうだよ。才加の言う通りだよ!」

 心配なのだろう、手こそ出さないまでも秋元さんと宮澤さんの2人は大島を説得していた。
2人とも汗を手で何度も拭っている。

 それもそのはず混雑している階段は、会場の中でも空調がなく蒸し暑い上に、空気が淀んでいる場所の1つ。
そんな場所で長居しても無駄に体力を消耗させるだけなのだ。

「大島さん大丈夫ですか?」

 そう思った俺は、大島に声をかけながら階段を上がって行く。

「新城く、ん……」

 すると大島と不意に目か合った。
一瞬、驚きの表情をしたかと思うと、大島の身体がガクンと崩れ落ちるように傾くと階段下へと倒れ込んだ。

「「「大島(優子)ッ!」」」

 あまりに唐突なことに、反応の遅れた秋元さんと宮澤さんは掴もうとするも間に合わず手が宙を切る。

『間に合え!』

 俺も一瞬反応が遅れたが、階段の下の方に居たことが幸いし、咄嗟に地面と倒れてくる大島の間に身体を滑り込ませることができた。

 大島の身体がスローモーションのように俺へ倒れ込んでくるのが見え、手を広げ彼女を受け止めた。

ガゴンッ!!

「「「「「キャーッ!!!」」」」」

 その瞬間、大きな金属音と共に複数の悲鳴がバックステージに響き、俺の背中と胸に強い衝撃が走った。

「ぐっ……」

 背中の鈍く強い痛みと、胸が圧迫されたせいで一瞬息が出来ず、俺の口から声にならない音が漏れる。

「優子、新城君!」

「2人とも大丈夫!?」

 痛みのあまり目を閉じ唸っていると、秋元さんと宮澤さんだろう声と共に気配が近づいてくる。
意識が朦朧とした頭にカンカンカンという金属音がやけに大きく沢山響く。

「俺は大、丈夫……です……」

 俺はやっとのことで声を出し目を開けると、
すると、俺と大島の周りには秋元さんや宮澤さんだけでなく、Team Kのメンバーが周りを取り囲むようにしてこちらを心配そうに見ていた。

 どうりで頭に響く訳だと1人納得すると、俺は胸の中にある存在に目を向けた。
咄嗟のことでちゃんと大島を抱き留めることが出来たのか不安だったけど、彼女が自分の胸に縋り付くようにして居る姿を見て安堵した。

「大島?」

「……ぁ……はぁ……」

 名前を呼び少し肩を揺すっても大島から反応がない。
そればかりか苦しそうな呼吸や高い体温と汗などが、俺に加藤さんや前田さんの姿を思い起こさせ、それまであった安堵した気持ちなど一気に吹き飛んだ。

「くっ!」

 自分の痛みなど気にしている場合ではないのが分かり身体を起こそうとするけど、背中に激痛が走り俺は思わず顔を顰めた。

「新城君、動かない方がいいって」

「そうだよ。 凄い音してたよ。 優子のことは私が運ぶから安静にしてなって」

「いえ、大、丈夫です」

 そんな表情をすれば当然メンバーにも心配をかけてしまい、宮澤さんと秋元さんに安静にと言われてしまう。
それでも胸の中の大島の様子を見るといてもたってもいられなくて、痛みに耐えながら身体を無理矢理起こした。

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 そう言って秋元さんが慌てて手を貸してくれようとしたけど、俺はそのまま大島を抱き上げながら立ち上がった。

 “どうしてそんな無理するの?”そんな表情を浮かべる秋元さんと宮澤さん。
他のメンバーも大島と俺の両方が気になるようで交互に見比べている。

「大島を……俺に任せてもらえませんか?」

 秋元さんに運んでもらう方がいいのかもしれないけど、大島だけは俺自身の手で運びたかった。
エゴだし、そんな場合じゃないのは分かっている。
でも、それでも大島のために何かしたい、そう思った俺は意識しないまま、その言葉を口走っていた。

「「「「……」」」」

「ふぅ……優子といい、新城君といい本当に強情だよね。 さっ、早く医務室に優子を連れて行ってあげて」

 俺の言葉に一同が沈黙していたけど、宮澤さんだけは呆れたようにそれでいて笑顔で俺を送り出してくれる。

「ありがとうございます」

 俺は礼を言うと大島をお姫様抱っこするようにしながら、残りの階段を降りる。

「あっ、そうだ。 宮澤さん」

「何?」

「ここに、お水やタオルがあるので使ってください」

「分かったから、早く行きなって……」

 階段下から見上げ宮澤さんに言うと、呆れたように手で追い払われてしまった。
苦笑すると、俺は踵を返し医務室へと走った。

「もう少し……もう少しだけ辛抱して大島……」


―佐江side―

「やっと行った……」

 私は苦笑し新城君を見送る。
優子の容態が心配じゃないと言ったら嘘になる。
だけど、優子を抱き抱える新城君の姿を見ていたら、彼に任せれば大丈夫なんじゃないかって気にさせられた。

 問題はそれより……。
私が振り返ると才加も含めTeam Kのみんなが、優子が連れられて行った方向をこの世の終わりかって表情で見つめていた。

 はぁ……。
思った通りの光景に私は心の内で溜息を吐くと、気持ちを切り替え笑顔を作る。

「さっ、みんな降りよ。 下に水とかタオルあるって」

 そう言って私は階段を降りていくけど、才加も含めみんな動かなかった。

「ほら、才加がそんなんでどうすんだい。 シャキッとせい」

「そ、そうだけど……」

 才加にいつもの覇気を期待したけど、チームリーダーだからこそ考えてしまうことが沢山あるんだろうね。
でもさ、才加や私たちが不安がっちゃ駄目なんだよ。

「ねぇ、リーダーの才加が元気でいてくれないと、後ろに居るみんなも不安なままなんだよ? それにさ、才加がそんなんだと優子が帰ってくる場所、このチームKは誰が守るのさ? 誰がセンターをするにせよ、佐江たちは優子が帰ってくるチームKここを場所を守らなきゃじゃないの?」

「……そうだね。佐江、ありがとう……」

 私の言葉が届いたのか才加から迷いみたいなのがなくなり、ふと顔を伏せるけど次に上げたときには、普段の凜とした表情に戻っていた。

「さっ、みんな降りた降りた。 優子が帰ってくるまで、うちからは一人も欠員ださないかんね」

 そう言うと才加は、階段に残っていたメンバーを巻くし立てるようにしながら降りて行った。

 流石リーダーというべきか、流石“体育会系”と言うべきか、メンバーもさっきまでとは打って変わり不安な顔をするメンバーは居なかった。

「うんうん、その調子、その調子」

 この心友はやっぱりリーダーに向いている。
そして、もう一人の心友“大島 優子”もセンターが誰よりも似合っていたと私は思う。

『だから、早く帰って来てね優子』

 既に誰も居なくなった階段を一人降りながら私は優子に届くか届かないか分からない想いを伝えた……。

ザワザワ

 階段を降りていくと、下の階にはいつの間にか人集りが出来ていた。
きっと大きな音とメンバーの誰かが上げた悲鳴を聞いて集まってきたんだろう。

 才加の周りにはスタッフさんや他のメンバーが集まって何やら話している。
きっと、さっきのことを聞かれ説明でもしているんだろう。

 大変だ才加……。
そういったことが苦手な私は、才加には悪いと思いつつ他人事だと態度を決め込み、新城君が言っていた袋からペットボトルとタオルを取る。

 ゴクゴク……
乾いた喉が水で潤っていく。
あまり急激に沢山飲んではいけないと普段から言われているのに、会場の異様な暑さについつい忠告も忘れ、一気に飲み干す勢いで飲んでいた。

「佐江ちゃん!」

「ブホッ!? ケホケホ」

 すると、突然後ろから声を掛けられた私は、驚きのあまり気管に水が入ってしまい咽せた。

「え!? ごめんなさい!」

 咽せながら振り向くと、そこには私の背中を摩りながら突然声を掛けたことを謝る麻友の姿があった。

「麻友かビックリした……」

 元はと言えば一気飲みなんてしてるのが悪いんだけど、それでも突然のことで驚いた私は暫く麻友に背中を摩ってもらった。

「ありがとう麻友。 もう大丈夫」

 麻友は私の言葉を聞くと摩ってくれていた背中から手を退かし、不意に真剣な表情になる。

「さっき新城さんが誰かを抱えながら走って行くのを見たんだけど……」

 あぁ、麻友はまだ聞いてないんだ。
仲の良い優子が倒れたことを知ったらどうなんだろう……。
言って大丈夫なのかな?

「あー、うん……優子がね、倒れたの……」

「えっ……」

 私は麻友の反応を確かめるように告げた。
すると一瞬驚いたような表情になるけど、直ぐに伏せるように視線を落とした。

「だから……あんな真剣な顔してたんだ……」

 そう呟いた麻友の表情は、何だか私が思っていた反応とは違うものだった――。


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