『恋愛禁止条例』
第11話:釣り師が釣られ:後編
―隼人side―
「えぇ、2名でよろしくお願いします。 はい、それじゃあ……」
片付けを終え関係者用エレベーター前へと足早に向かうと、丁度電話を切ったところの渡辺さんが居た。
「お待たせしました。 2名って?」
「お店に電話して個室取ってもらったんよ。 さぁ、いこ」
そう言うとエレベーターのボタンを押し鼻歌を歌う渡辺さん。
「ふふ~ん。 シンちゃんとご飯、ご飯♪」
「あれ? いつの間にか眼鏡なんですね。 普段はコンタクトなんですか?」
「そうやよ~。 こんな時間やし待ってる間に外したんよ。 似合ってる?」
「えぇ、眼鏡美人ですね」
「んもぉ、シンちゃんってすけこましやな」
「えぇ!?」
そんな、やり取りをしながらドンキホーテの裏口から出ると、渡辺さんの案内で秋葉原駅そして昭和通りを越え少し歩いたところにあるビルに入って行った。
その1階の奥まった場所にあるそこは、看板も入り口も目立たず落ち着いた雰囲気の日本料理店だった。
俺だったら緊張して絶対入れないような雰囲気の店に、渡辺さんは何でもないかのように入っていく。
「すいません。 予約してた“戸賀崎”ですけど」
「いらっしゃいませ。 承っております。 どうぞ、こちらへ」
“戸賀崎”って?
あっ、偽名か……それにしても高そうなお店だな。
店の中も外と同じように落ち着いた雰囲気で、見るからに高そうな古伊万里の皿なんかが飾られたりしている。
俺はたちは店員……というか女中さんに案内されると“個室”に通された。
畳に掘り炬燵という何とも落ち着いた部屋。
その雰囲気に逆に落ち着かない俺に渡辺さんが和やかに言う。
「シンちゃん奥に座ったら?」
「え、あぁ。 うん。 じゃあ、お言葉に甘えて……」
俺たちが座るのを見計らい女中さんがメニューなどを並べてくれる。
「お飲み物はどうされますか?」
「ウーロン茶で」
「あっ、じゃあ俺も同じ物で……」
「かしこまりました」
そう言うと、部屋を出て行く。
それを見届けた俺は、渡辺さんに小声で質問する。
「あ、あの……ここって高くないんですか? そんなに俺財布に余裕は……」
質問の内容があまりに情けないが、学生、それも叔父さんに養ってもらっている身。
恥を覚悟で聞くと、渡辺さんはニコリとする。
「大丈夫やよ。 ここは私が出すから」
「え、それは駄目ですよ」
「えぇって。 大事なピアス見つけてくれたんやもん。 それ位させてよ」
「でも……」
「それにどうせなら落ち着いて美味しいもん食べたいやん?」
「まぁ、そうですけど……」
結局、色々言ってみるけど場数を踏んでいるであろう渡辺さんに、高級店初心者の俺に抗う術はなかった。
………………
…………
……
「うーん。 この時期の太刀魚は美味しいわ♪ どお? このお店いいでしょ?」
「料理も美味しいし、個室で落ち着いていて良いですね。 でも、渡辺さんはなんでこんなお店知ってるんですか?」
「ここ、戸賀崎さんに教えてもらったんやけど、他のメンバーともお魚食べたくなったら来るんよ」
「こんな高そうなお店に? 凄いな……」
「一応、私も芸能人やしファミレスって訳にもいかんやん? お値段は張るけど、スタッフさんとはいえ男の人と来るんやったらこういう所しか来れへんねん」
「あぁ、確かに……すいません」
確かに俺はスタッフだけど生物学上はれっきとした男で、アイドルが一番一緒に居る所を見られてはいけない存在なのだ。
そう考えると色々気を遣わせているんだと思わず謝っていた。
「何で、シンちゃんが謝るんよ? お礼だって言ったやん。 シンちゃん気い使いすぎやわ」
そう言ってケラケラ笑う。
「そういう時には“ありがとう”って言ってくれたら、私は嬉しいな」
その言葉に俺は“確かに”と思うところがあった。
俺は麻巳子さんにも他人行儀だとよく言われるけど、それは俺が“感謝”の気持ちより先に“謝って”ばかりいたからなのかもしれない。
人に気を遣い過ぎていつの間にか、一緒にあった感謝の気持ちだけ置き去りにして伝えられていなかったからなんだと思うと、それに気付かせてくれた渡辺さんに自然と言葉が出る。
「そうかもしれない……そうですね。 “ありがとうございます”渡辺さん」
「あ、う……反則やわ……どっちが“釣り師”か分からんやん……」
急に顔を真っ赤にしたかと思えば俺が釣り師?
「俺がですか? 全然そんなことないでしょ……寧ろ「私の方が“釣り師”って言いたいんやろ?」……え……」
俺の言葉を遮った渡辺さんは何処か悲しげな表情だった。
“釣り師”って呼ばれるの嫌なんだろうか?
「もしかして釣り師って言われるの嫌でした?」
「嫌って言う訳でもないねんけど……本当の自分がどっちなんやろうって思うときがあんねん……」
そう言うと、渡辺さんは箸を置いて俯き、場が一転し重苦しい雰囲気となる。
「いつも笑っている渡辺さんばかり見ていたから……そういったことで悩んでいるって知りませんでした」
「いつも笑ってるって……何か私馬鹿な子みたいやん。 そりゃあ、みんなからは“いっつもみるきーは笑顔やね”って言われるけど……」
口を尖らせ冗談っぽく言ってるけど、その場の空気が更に重くなるのを感じる。
そんな渡辺さんの姿に“感情を失った自分”が重なって見え、俺は自然と語りかけていた。
「劇場でバイトし始めてまだ一月ぐらいですけど、それでも常に笑顔でいることが生半可な気持ちで出来ないことはずっと見ていて知っているつもりです……。 その上、渡辺さんはファンのみならず、その場の空気さえ変え、会った人たちみんなを笑顔にしている。 たとえ他の人からは釣っていると言われたとしても、それで笑顔になる人がいるのなら、それは誇れることだし何よりも渡辺さんの大事な魅力だからなくさないで欲しいです……。 でも……やっぱり、笑顔で居続けることって大変だし立ち止まって休みたい日もあると思うんです。 そんなときは俺たちスタッフを頼ってください。 俺たちはそのためにいると思うし、年上ばかりで言いづらいことがあるかもしれないですけど、俺でもいいので何でも言ってください」
俺が言い終わると、渡辺さんはそれまでとは違う驚いたような表情がそこにあった――。
―美優紀side―
“みるきーの良いところ”そう友達から言われ、いつもニコニコとしている自分であろうと心がけてきた。
それがNMBに入るまでは苦痛やなかったし片親やった私は“ムードメーカー”そんな風に言われ、みんなと仲良うできるんが嬉しかった。
NMBに入ったとき秋元先生に“魔性の魅力”を持っていると言われ、やっぱりそれが私の武器やって思って色々頑張ってたら“釣り師”って言われるようになっていた。
そのお陰なんか“みるきー”としてお仕事も沢山できるようになったし、今ではAKBさんの選抜や兼任メンバーになることだってできた。
でも、全国の人に知られるにつれ、いつの間にか“みるきー”というキャラクターが一人歩きをするようになり“渡辺 美優紀”自身に戻れる時間がなくなっていた。
常に“みるきー”でおることを求められるようになり、段々本当の自分がどんなだったか分からなくなっていた。
「そんなこと言ってくれたんはシンちゃんだけや……」
でも、シンちゃんは違ってた。
私が“みるきー”として接していても、シンちゃんが接してくれてたんはその奥に居る“渡辺 美優紀”だった。
自分自身の存在を認めてもらえているんが嬉しかったし、素の自分を見せれる場所があるんやと思うとホッとし、涙腺が緩んだのかポロポロと涙が溢れた。
「わっ、嘘、なんで……えっと、これ使ってください」
私の涙に予想外みたいな顔をして、シンちゃんはあたふたしてる。
あんなカッコええこと言うから、泣かしにかかってたんやと思ってたけど違うみたい。
それでも、さりげなくハンカチ貸してくれるのはイケメンさんな行動やけど、これも無意識なんやろうか?
たぶん、無意識なんやろうな……。
それがシンちゃんの良いところやけど、他のメンバーにもそんなことばっかりしてると後で大変やで……。
何はともあれ、いつの間にか私の中にあった不安は消え、スッキリした気分になっていた。
「グスッ、ごめんな急に泣いたりして……でも、なんかスッキリしたわ。 ありがとうシンちゃん」
そう言って私が微笑むと、シンちゃんはホッとしたような表情を浮かべた。
………………
…………
……
「「ごちそうさまでした」」
私たちは食事を終え店をでると、ビルの前に車が一台停まっていた。
さっき、お店の人に呼んでもらったタクシー。
タクシーに近づくと運転手さんは私たちの姿を認めドアを開けてくれた。
「渡辺さん、今日はごちそうさまでした」
「どういたしまして。 今日は探し物だけじゃなくて食事まで付きおうてくれてありがと……それに元気がでたわ」
「良かったです。 俺なんかで良ければいつでも相談にのりますから」
そう言って笑うシンちゃんの姿に後ろ髪引かれる。
だって、もう夏休みも終わり二学期が始まる。
そうしたら私もなかなか東京で泊まることなんてできなくなって、今日みたいにゆっくり話したりできない……そんなん嫌や。
「ほんまに乗っていかへん?」
「俺と居るところ見られたら大変じゃないですか? それに、まだ電車ありますし、俺のことは気にしないでください」
「うぅ……」
食い下がるけど、シンちゃんの言葉は正論過ぎて何も言えんかった。
それにしても私がここまで言ってるのに顔色一つ変えんのは……もしかしてあっち系?
いやいや、シンちゃんに限ってそんなこと……でも、女心を掴むん上手いしな……。
「ほら、早く乗らないと運転手さんも困ってますよ?」
こっちは悩んでいるというのに呑気な顔をして言うシンちゃんに、私は思わぬ行動にでた。
チュッ
私は彼の顔を引き寄せ頬にキスをした。
「!?」
ほんの数秒のたわいもないキス。
メンバーの間では日常茶飯事な行為。
でも、私の中ではっきりとした形になっていないけど、それでも今日一日で芽生えた確かな気持ちを少しでも彼に伝えたくて身体が動いていた。
彼が突然のことに身を固くするのが目を閉じていても分かる。
今はこれだけでもええと私は思い彼から離れた……。
「今日のお礼……おやすみシンちゃん」
そう言って私はタクシーのシートに滑り込むと、車を出してもらう。
『顔真っ赤にして可愛い♪ ちゃんと男の子で良かったわ』
私は行き先を告げながら、遠ざかるシンちゃんの姿をバックミラーで見ながら満足していた――。
―隼人side―
“お礼”そう言われ頬にキスをされたけど、突然のことに俺は車に乗り込む彼女に何も言えないまま見送ることしかできなかった。
………………
…………
……
それからというと、俺と渡辺さんの関係は少し変わった。
「シンちゃーん♪」
俺が仕事をしていると前よりも声をかけてくれるようになった。
それは、それで距離が近くなって良いことなんだけど……。
「これな、今度の握手会で着てこうと思うんやけど、どう?」
そう言って俺の前で白いワンピースの裾を持ち上げて見せる渡辺さん。
「わっ、駄目ですって、上げちゃっ!!」
徐々に露わになる渡辺さんの素足に思わず俺は目を逸らす。
「なーんてね。 下にショートパンツ穿いてるから大丈夫やって♫ もしかして期待した?」
クスクスと笑う渡辺さんに、俺は“また”やられたと顔を真っ赤にしながら肩を落とした。
そう……、こうやって“釣り”の練習台にさせられるようになった。
「……」
「シンちゃん怒らんといてぇ~♪」
まぁ、渡辺さんの笑顔が前よりも輝いて見えるから良いんだけどさ――。