『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』
第073話
ザワザワ……
だが、Baby Blossomのメンバーが楽器から離れる間もなく客席が騒がしくなり、気になったであろう(高橋)みなみがギターを肩に掛けたままステージの方に視線を向けると、何かを見て「あぁ!」と驚きの声を上げた。
その声に、同じくギターを肩に掛けたままでいた優子や敦子も、視線をそちらに向けると驚きの表情をみせる。
彼女たちの視線の先には、舞台裏からステージへと姿を現したタキシード姿の男性がおり、大型モニターにその姿が映るとメインステージ以外に居たメンバーたちも驚きの表情を浮かべていた。
それは客席のファンも同じようで、何かこれまでとは異なる響めきの声があがる。
「みなさんこんばんは! AKB48劇場支配人、戸賀崎です」
“戸賀崎”と名乗るその男性の登場で、メンバーたちの表情が明らかに硬くなり、嫌そうな表情さえする者も中にはいたが、戸賀崎はメンバーたちのことなど気にも留めないように淡々と言葉を続ける。
「えぇ、これから発表をいたします。 研究生の昇格の発表です。 メンバーは一度ステージ上の方へ、移動してください」
そう言うと、観客から上がっていた響めきは歓声に変わり、先程まで嫌そうな顔をしていたメンバーたちに笑顔が溢れた。
『なんなんだ?』
その光景は初めてAKBのコンサートに訪れた者に理解できるはずもなく、隼人は状況を飲み込めず“?”マークを頭に浮かべていた。
「先輩。 戸賀崎って人は優子ちゃんが公演をするAKB劇場の支配人で、コンサートではよくサプライズを発表するときに登場するんです。 あと、AKBには“研究生”っていうシステムがあるんですよ」
すると、隼人の様子に気付いた隣の杏が戸賀崎という人物やAKBのシステムについてフォローの説明をしてくれる。
「研究生?」
「はい。 オーディションに合格した娘たちは、正規メンバーになる前にみんな“研究生”としてスタートするんです――」
だが、隼人にとってはどの言葉も聞き慣れないものであり聞き返すと、杏は研究生について詳しく説明をしてくれた。
それによると優子などの1~3期生のオーディションに合格した者はレッスン直後に正規メンバーになっているが、それ以降のメンバーは“研究生”としてスタートしレッスンや公演での経験を積み上げ運営に認められた者が、個々に“昇格”という形で正規チームの正規メンバーになるというシステムらしい。
杏が説明をするその間にも、それまで各ステージに散らばっていた者も含め、全てのメンバーが(高橋)みなみの号令の下、メインステージへと集まって来ていた。
そして、戸賀崎が名前を呼ぶ度に客席から歓声が上がり、計五人のメンバーが呼ばれるが殆どの者は驚き瞳に涙を溢れさせていた。
「だけど、正規メンバーに全員が昇格できる訳ではないから、みんな自分の事のように喜ぶんだって優子ちゃんが言ってました」
杏の言う通り喜ばしいことなのだろう、周囲のメンバーは呼ばれた者が中央に集まるため自分の前を通る際、口々に“おめでとう”と祝福の言葉を掛けていた。
「一言ずつ……大丈夫かな、喋れるかな? ファンの人たちへ、メッセージお願いします」
(高橋)みなみが優しく、そして慈しみさえ感じられる眼差しを向け、呼ばれた者たちへ一言いうようにと促す。
「川栄 李奈です―」
昇格を果たしたメンバーは誰もが突然のことと嬉しさのあまり、辿々しくなりながらも今の心境を思い思いの言葉で語っていく。
ステージの大型モニターに映し出された昇格メンバーは皆うれし涙を浮かべ、ファンはそれに温かい声援を送り、メンバーは目を細め嬉しそうに見つめていた。
コンサートで熱気を帯びていた雰囲気は、昇格という喜びで満たされていき、会場全体はいつしか優しさで包まれていた。
そんな雰囲気の会場の中にあって、隼人が視線の先に映していたのは昇格したメンバーの姿ではなく、其れ許りか優子ですらなかった。
隼人が視線を注ぐのは、先程からメンバーたちを取り纏めるように振る舞う“高橋 みなみ”の姿であった。
『どうしたら隼人みたいに大人になれるんスかね』そう言いながら、リボンを揺らし自分の腕にじゃれつくように引っ付き笑顔をみせる(高橋)みなみの姿を、隼人は思い出していた。
隼人の知る(高橋)みなみは歌以外、踊りは疎か中学の時に友人とバンドを組んだときでさえエアバンドだったほど楽器もからきしで、勉強も全然駄目な典型的落ちこぼれタイプだった。
それに出会った頃の彼女は自分を“オレ”と呼び勝ち気なのかと思っていると、何かあると直ぐに隼人の後ろに隠れてしまうような少女だった。
だから(高橋)みなみがダイナミックに踊る姿や、楽器を器用に弾いてみせる姿、人前で喋ることが上手くなったことを“成長”として、嬉しく思いながら見ることができていた。
「……」
だが、現実はどうだ。
今目の前にいる嘗ての恋人は、4年の月日を経る間に隼人が想像していた以上に成長し、100人を超える大所帯を束ね上げる存在となっていた。
戸賀崎の一言一言に不安げな表情を浮かべ、涙を目に溜める姿こそ昔と変わっていなかったが、誰かの後ろに隠れることなく前を見据え皆を纏め上げ、後輩であろうメンバーへ言葉を掛ける姿は、隼人が考えていたよりもずっと大人びていた。
不自然な笑顔や家族に起きたことなど、自分と別れてから原因こそ分からないが何かが起きたのは事実であろう。
もしかしたら過去に優子の身に起きたことと同じようなことが(高橋)みなみにもあったのかも知れない。
だが、目の前の(高橋)みなみは、それらを乗り越え“未来”を見据え歩みを進めているように思えた。
『自分はどうなんだ?』そう隼人が自問自答したとき“過去”に囚われていたのは自分だけなのだと気付かされる。
そして、今更ながら本当に守らなければならない大事な存在を、自分がおざなりにしていたことに隼人は気付いた。
………………
…………
……
「申し訳ありません。 もう一つ発表がございます」
そう言って戸賀崎が、Team 4の再始動を祝うファンとメンバーの「チーム4」コールの間に割って入る。
「もう何なんスか、もう……」
思ってもみなかった二つ目の発表に、今度は何事かと(高橋)みなみは嫌そうな表情を浮かべるとしゃがみ込み、同時に会場からもざわめきが起こる。
だが、それも戸賀崎の口から欠員のでていたTeam KとTeam Bに加入するメンバーの発表だと告げられると一変。
(高橋)みなみの表情は真剣なものに変わり、会場は歓声に包まれメンバーもファンも期待に胸膨らませた。
優子もそれをステージの中心から少し外れた所で、一緒に居た同じチームメンバー(峯岸)みなみと共に見ていた。
自分たちのチームに加わるメンバーの発表とあって喜びと緊張をミックスしたような表情で待つ(峯岸)みなみに対し、優子はそれと対照的な静かな面持ちで発表の様子を眺めていた。
普段の優子であれば新たなチームメイトを迎える
このイベントを、まるでお祭りの如く楽しんだだろう。
相手の全てを受け入れるような笑顔で、これから加わるメンバーがチームに馴染みやすくなるように振る舞い、同時にチームの
それが今の優子は冷ややかというか何処か他人事のように、距離を置くように眺めていた。
その姿は大型モニターに(峯岸)みなみと共に映し出されるが、一瞬で別の映像に切り替わる。
それもそのはず、運営側は(峯岸)みなみと優子が笑顔で発表を待つ様子を想定しカメラを向けたのだが、予想に反しあまりに対照的な二人の姿に直ぐさま別のカメラに切り替えたのだ。
幸いメンバーは皆モニターを背にし、ファンの中にも重大発表を前に大型モニターに映し出された一瞬の映像を気に留める者はいない……はずだった。
だが、大型モニターの下に立つ戸賀崎を注視していた(高橋)みなみだけが、画面に映る優子の姿をハッキリと瞳に映していた。
『一体、どういうつもりなの優子……』
視線こそ戸賀崎の方を向き、発表を戸惑いの表情を浮かべ待っている(高橋)みなみだったが、内心怒りを覚え拳をきつく握り締めていた。
………………
…………
……
コンサートが閉幕し、廊下で行われていた(高橋)みなみの総括なども終わると、メンバーは各自の楽屋へと戻り始めていた。
「優子、今日のコンサート一体どういうつもり?」
優子も他のメンバーと同じように楽屋へと続く廊下を歩いていたが、突然その言葉と共に肩を掴まれ壁へと押しやられる。
不意なことにされるがまま身体を壁へと打ち付けた優子は、ドンッという衝撃と共に背中と掴まれたままの肩に鈍い痛みを感じ顔を顰めた。
だが、それも一瞬のこと、優子はまるでこうなることを予想していたかのよう、相手の顔を見ると小さく呟いた。
「たかみな……」
優子の瞳に映る(高橋)みなみは、眉を顰め誰の目に見ても明らかな程、怒りの感情を露わにしていた。
普段の優子なら、非が自分にあれば素直に認め謝罪するだろう。
しかし、この時の優子は(高橋)みなみの名を呟くと視線を外し、それ以上何も語ろうとはしなかった。
そんな優子の態度に(高橋)みなみの怒りが爆発した。
「どういうつもりであんなパフォーマンスしたのかって聞いてるんスよ!」
掴んだ優子の肩を揺さぶりながら語気を荒らげる(高橋)みなみの声が廊下に木霊する。
シーン……
コンサートが終わったばかりとも言える廊下は、楽屋へと戻ろうとするメンバーと、明日の三日目の準備などを始めていたスタッフが入り交じり、その場はかなりの喧騒に包まれていた。
しかし(高橋)みなみの声が響き渡ると、多くのメンバー、スタッフは手を止め足を止め、たちまちその場は静まりかえる。
幾つもの視線が何事かと二人を見つめる中、その視線にいち早く反応したのは優子でも(高橋)みなみでもなかった。
「ちょっ、ちょっと二人とも、こんなところで……」
佐江は慌てたように、肩を掴んだままいる(高橋)みなみの手と、そんな彼女を見つめる優子の手を取ると、強引に二人を引っ張って行く。
バタンッ
近くの使われていないであろう部屋を見つけると、佐江は二人を押し込め扉を急ぎ閉めた。
「何考えてるのたかみな? 廊下であんなこと言って!」
「何考えてるのか分からないのは優子の方でしょ! 最後のあれは何? あれじゃあ珠理奈が不安なままじゃないか!」
佐江が廊下での(高橋)みなみの行為について問い詰めるが、(高橋)みなみは逆に優子へとその矛先を向けた。
「さ、才加と私がフォローに行ったんだから、珠理奈は大丈夫だよ……」
(高橋)みなみの言葉に、咄嗟に優子のフォローをした佐江だったが、内心(高橋)みなみの言ったことに思い当たるところもあり、強く反論することができなかった。
………………
…………
……
戸賀崎の口からコンサート終わりに研究生の昇格の後にサプライズ第二弾として、Team K/Bに加入するメンバーがそれぞれ発表された。
だが、それは異例の姉妹グループからの加入だったこと、そしてそのメンバーが各グループを代表するSKE48の松井 珠理奈とNMB48の渡辺 美優紀だったことが大きな波紋を呼んだ。
名前を挙げられた本人たちからすれば“異動”という文字が頭に浮かび血の気が引き、各人が所属するグループのメンバーたちからすれば引き裂かれる思いがし、ステージの各所から悲鳴にも似た声が上がった。
実際は、珠理奈も美優紀も“異動”ではなく“兼任”であることを告げられ、ステージでは安堵したような雰囲気になる……はずであった。
しかし、問題はここからだった。
“異動”ではなく“兼任”であるから、愛着を持つグループから離れずに済んだことは救いであったし、美優紀は他のNMBメンバーに囲まれ混乱しながらも、落ち着いた様子を見せ始めていた。
だが、先に呼ばれSKEのメンバーたちから離れステージ中央に居た珠理奈の顔には、不安の表情が色濃く出ていた。
それは当然で、SKEのメンバーの前で気丈に振る舞っていた珠理奈も、まだ15歳の少女なのだ。
その幼い心に“兼任”という事実は重く、込み上げてくる漠然とした不安に、口を手で覆い溢れ出る涙を堪えていた。
このとき他のTeam Kメンバーと共にステージの前列端の方に居た佐江は、珠理奈の様子を見て動いた。
こんな時だからこそ、新しく加入する先“Team K”のメンバーが声を掛け歓迎していることを伝え、不安を少しでも和らげなければと考えたのだ。
それはTeam Kキャプテンも同じで、珠理奈に佐江と才加が寄って行くと声を掛ける。
佐江と才加が一言二言声を掛けると、珠理奈は涙ながらも笑みを浮かべる。
二人の掛けた言葉は大袈裟な言葉ではなかったが、珠理奈の不安を多少なりとも和らげることができたことに佐江は安堵した。
しかし、それも束の間、何かに気付いた珠理奈は少し顔を強ばらせる。
その様子に気付いた佐江と才加は、珠理奈が見る方に視線を移すと、発表を何処か他人事の様にして聞く優子の姿があった。
優子は複雑な表情を浮かべ、視線は珠理奈や美優紀、そしてモニターやステージなどではなく、自分たちの前に広がるサイリウムの先にある“何か”を見ていた。
『優子……』
それが客席に居る恋人“新城 隼人”を見ているだろうことは佐江には直ぐ理解できた。
しかし、事情など知らない珠理奈が優子の様子を見て、Team Kの絶対的エースから加入を歓迎されていない、そう受け取っても仕方ない状態でもあった。
結局その場は、佐江と才加がそれらしい理由を付け説明したが、珠理奈の不安を払拭できたとは二人とも思ってはいなかったし、才加に至っては怒りすら感じていた。
二つのグループを“兼任”するには珠理奈がまだ若過ぎることを心配していた才加にとって、このときの優子の態度は一日不調だったことを差し引いても許せるものではなかった。
それはTeam Kキャプテンとしてメンバー間の軋轢を良しとできないことは当然だが、それ以上に才加にとって掛け替えのない“心友”だからこそ、優子の普段では有り得ない後輩への態度に怒りを感じていたのだ。
怒りの収まらない才加は、コンサートが終わり舞台裏へとメンバーが捌けるタイミングで優子に声を掛けようとしていたのだが、既の所で佐江がそれを宥め賺し大事になることはなかった。
だが佐江自身、才加が怒った理由に間違いがあると思ってはいないし、寧ろ珠理奈のことを考えれば優子の行動は決して良いと言えはしない。
その一方、真実かどうかは別として、全てを委ねられると信じた相手に裏切られた優子の心情を思うと、ああなってしまったことを理解できる部分もあった。
同じ女として、同じグループのメンバーとして、相反する二つの立場の狭間で苦悩する優子を、誰よりも近くで見てきた佐江もまた自分自身がどうするべきなのかを迷い苦しんでいた。
それが結果として(高橋)みなみの言葉に強く反論できない理由となっていた。
「ごめん、たかみな……」
「ごめん、ごめんって。 今日はずっとそればっかり……自分のパート飛ばして立ち止まったり、MCだって殆ど参加しない。 挙げ句の果ては珠理奈に、あんな態度までとって、今日の優子はプロとして失格だよ」
ようやく口を開いた優子から出た言葉は、今日何度目かの謝罪だった。
事を荒立てたくなくてコンサート後の総括で敢えて優子に対し何も言わずにいた(高橋)みなみも、何の説明にもなっていないその言葉にもう苛つきを隠そうとはしなかった。
「……」
辛辣な言葉を放たれても、優子はなおも沈黙を続けていた。
優子とて今日のコンサートでのパフォーマンス、言動のどれもが正しいなどと微塵も思ってなどいなかった。
集中力に乏しかったパフォーマンスは精彩を欠き、アイドルの武器である“笑顔”も十分に作れず、MCとしても場を盛り立てることもできなかった。
この日のために遠路はるばる埼玉の地まで足を運んでくれたファンにとって、今日という日は再び訪れることのない一期一会のコンサートだったろうことを考えると、自分のしたことは(高橋)みなみの言うようにプロとしても、一人の人間としても失格だと自覚していた。
しかも、兼任発表で見せた姿は、夢へ向かって歩む後輩に、先輩がすべきものではなかったと後悔していた。
ただ、自分でもどうすることも出来ない程“新城 隼人”の存在が、優子の内で日に日に膨れ上がることが理由であるのは確かで、その存在を明かすことの出来ないこの状況では沈黙を守るしかなかった。
だがこの時、今日一日募った絶望や不安の感情が、自分の内でフラストレーションへと形を変え溜まり続けていることを、優子本人さえ気付いていなかった。
そんな何時爆発してもおかしくない状態であることなど知らぬ(高橋)みなみは、複雑な表情を浮かべ沈黙を守る優子の態度に苛々は募らせ、言わなくとも良いことまで口走ってしまう。
「ねぇ、優子。 自分のしたこと分かってるの? 優子はAKBの“センター”なんだよ! こんなんじゃ、これから先どうするつもりなの? 」
「分かってる。 分かってるけど……センターは“あっちゃん”でしょ! 何でこんな時だけ、そんな風に言うのよ! 」
「そ、それは……」
優子はAKBのエースであったが“不動のセンター”と呼べる立場にはない。
“絶対的エース”そして“不動のセンター”は“前田 敦子”であり、それは秋元 康が思い描く理想の“AKB48”像であるのは周知の事実であった。
そうであるにも関わらず、この様な時だけ自分をセンターだと言う言葉に、優子の溜まり続けていたフラストレーションが一気に口をついて出てしまう。
思わぬ形で反論された(高橋)みなみも、敦子の卒業はまだ誰にも言えぬ秘密とあって、それ以上何も言えず閉口してしまう。
遣り場のない感情のまま口にしてしまった言葉の重さに戸惑う優子と、何か思い詰めたままの(高橋)みなみの間に沈黙が訪れた。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは佐江だった。
「優子、どんな理由があったのかは私らは分からない。 でもね、優子がAKBにとって大事なメンバーで、それだけの責任があるのは確かだよ。 優子もセンターだろうがなかろうが、アイドルとしてファンの人たちの前で不甲斐ないパフォーマンスをするのは許されないことは分かるよね? 今日起きたことはもう変えることはできないけど、明日のコンサートではいつもの優子に戻って、誰にも負けないパフォーマンスを見せてよ。 それが今日ファンの人たちやメンバー、スタッフに迷惑をかけた優子に課せられた使命だよ」
その言葉に沈黙していた優子は顔を上げると頷き、それを見た佐江は今度は(高橋)みなみに語り掛けた。
「たかみな。 今日の優子のパフォーマンスは、アイドルとして正しいとは私も思わなかった。 でもさ、今まで優子が理由もなくパフォーマンスを疎かにしたことある? ないよね? だったら、その
(高橋)みなみは佐江の言葉でハッとしたような顔をすると表情から棘が抜けていく。
それを見た佐江は、優子と(高橋)みなみの首に手を回し引き寄せ、ニッコリ微笑んだ。
「みんな東京ドーム前に浮き足立ってんじゃないの? まずは目の前のコンサートに集中、集中! 」
満面の笑みを浮かべる佐江に、何時しか(高橋)みなみの顔にはいつものぎこちない微笑みがあり、優子の表情も心なしか明るさを取り戻したように見えた。
『良かった』
そんな二人の様子に佐江は内心ホッとする。
“恋愛禁止条例”がある中で優子が密かに交際を続けるためには、普段の公演は勿論、特にコンサートで不調になるなどあってはならない。
何故ならば、Team Kの
だから、それをさせないためにも(高橋)みなみを納得させる必要があり、運良く自分の言葉でそれが出来たことに安堵していた。
『でも……』
だが、その一方で優子の気持ちを弄ぶように振る舞うまだ見ぬ相手“新城 隼人”に対し、佐江は憎悪の気持ちが一段と膨らんでいくのを自分の内で感じていた――。