『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』
第072話
歓声と暗闇に包まれていた会場に音楽が響き始め、それまで真っ暗であったメインステージに一筋の光が差し込みその場をピンク色に照らし出す。
音楽と共に強まるライトの中で、徐々に5つのシルエットが浮かび上がってくる。
ワーーーーーッ!!!!!
ピンクに染まり艶めかしくさえあるシルエットの
大型モニターに映し出された優子の姿に思わず息を呑む隼人。
それまで披露されていたものは、どれも正に“アイドル”らしく可愛いものだった。
それに対し今目の前で優子がパフォーマンスしようとしているのは、曲調であったり衣装であったり、アイドルというにはあまりにアグレッシブ過ぎるように隼人の目には映っていた。
「優子ちゃんソロで歌うみたいですね!」
渡辺 杏が大歓声に負けぬよう隼人の耳元で叫ぶ。
優子の思わぬ形での登場に、その声は弾んで嬉しそうだった。
そんな楽しげな杏であったが、コンサートが始まり最初に優子の異変に気付いたのは彼女で、優子の視線の先に隼人がいることに気付くと『先輩を見ているんじゃないですか?』と言ってきた。
実際に優子と見つめ合う形となっていた隼人には、その言葉は自分たちの関係を知られた気がし、心臓が止まる思いをした。
だが、それは隼人の杞憂に終わり、杏の中では優子のパフォーマンスが止まったことの方が気になるようで『優子ちゃんの様子おかしい・・・』と首を傾げていた。
そんな杏も高橋 みなみが優子に近付き何やらやり取りをした後、優子のパフォーマンスを再開すると一度だけ『どうしたんだろう……』と心配していたが、今は隼人の隣でサイリウムを振り声援を送りながらコンサートを楽しんでいた。
一方、杏の“優子がソロで歌う”という言葉に「そうなんだ……」と生返事を返す隼人の視線はステージを見据えていた。
それは何か確証があった訳でも、ましてや互いの居る場所から相手を見ることなどできる距離でもないのに、何故か隼人には優子がこちらを見ているように感じ、視線を感じる方向を見つめ返していた。
「優子……」
他の観客が送る声援と同様に隼人の口から優子の名が漏れるが、そこに込められた“想い”は他の者たちと全く異なっていた。
自分と視線を合わせてから、優子のパフォーマンスは明らかにそれまでと変わり、彼女の表情も心情を表すように“深い悲しみ”に満ちていた。
ポジティブで天真爛漫、裏表もなく誰にでも好かれ、何でもそつなく独りでこなせる努力家。
大凡欠点の見当たらない、それが“大島 優子”の皆が知る表向きのイメージで、隼人が会場に居ることを知る直前までの彼女の姿でもあった。
だが、それは愛を渇望し、嫌われること、延いては裏切られることに対し怯える心が、自らを守るために作り上げた“もう1人”の大島 優子にすぎない。
それを知る隼人は深い悲しみに満ちた優子の表情を目の当たりにしたとき、自分の嘘が彼女に与えた影響の大きさを痛感した。
隼人は“あの夜”それまで誰にも言うことなく封印されてきた“優子の過去”を本人から打ち明けられた。
誰にも言えなかった過去を明かし、“本当の自分”を曝け出す決意に至るまでの葛藤を隼人は知ることはできない。
だが、そこに彼女の内にある“新城 隼人”という存在がどのようなものなのかを知るには十分だった。
優子の告白を全て聞き終えた隼人は、彼女の過去を受け入れた上で人生を共に歩むことを選んだ。
それまで、自分の内で4年間止まっていた時の針が動き出すのを感じながら、再び過去の過ちを繰り返さぬため、そして優子と幸せを掴むために行動すると決めた・・・はずだった。
しかし、現実は残酷で、隼人の優子に心配掛けまいとした行いは
たとえそれが優子のことを考えての善意から生まれた行為だとしても、自分の不用意さが彼女の心を傷付け信頼を失い、剰え大事な場所を奪いかねないという事実が変わることはないのだ。
『何が守るだ……』
まして、ほんの10m先に居た優子に声をかけることも、手を差し伸べることも、何もできないまま観客席で観ていることしかできないことが歯痒く無力さを感じていた。
<Dear J♬ 振り向いた君は、You're J!♫ 美しすぎて、僕は もう気絶しそうだよ♪ 君より、もっと、輝いているものはless than zero♩>
歌が始まると、引き締められた肉体が奏でる切れのある激しいダンスは周囲で踊るプロダンサーにも引けを取らず、歌唱力も自信がないことなど微塵も感じさせぬ堂々とした歌声を披露する優子の姿がステージにはあった。
表情は自信に満ち、強い意思を湛えた眼差しは観る者を惹き付け魅了している。
『えっ……』
先程までとは明らかに異なる彼女の躍動感溢れるパフォーマンスに隼人は驚きを隠せなかった。
優子自身が本気で演じているからこそ生まれる迫力がそこにはあり、先程見せた悲しみに満ちた表情は微塵もなかった。
『これが優子の本気……』
彼女の様子が復調したからと言って自分の過ちが消えることはないと自覚しつつ、彼女が普段見せることのない“アイドル”としての“新たな一面”を見たこともあり、優子の持つ魅力に中てられたかのようにパフォーマンスに見惚れる隼人。
「優子ちゃんのダンス凄い!」
「本当だね……」
優子の激しいダンスの様子に杏が思わず感想を漏らすと、隼人も釣られて相槌を打つ。
杏や周囲の観客と同様に、食い入るように優子のパフォーマンスを見入っていた隼人の内で、いつしか罪悪感は心の片隅に追いやられ、コンサートを楽しみ始めていることに本人は気付いてはいなかった。
だが、そこで隼人は気付くべきだったのかもしれない。
優子の表情が心からのものであったのかを――。