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『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第071話

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<降り始めた細い雨が、銀色の緞帳を、下ろすように、幕を閉じた、それが私の初恋♩>

 サイドステージでは篠田 麻里子と小嶋 陽菜が白いドレスを身に纏いピッタリと息のあった“てもでもの涙”を披露する姿があった。
純白のドレスがコンサート会場の独特な明かりに照らされ、モデルとしても活躍する2人のプロポーションをより際立たせながら大人の魅力で観客を魅了していた。

 その様子はステージ裏に設置されたモニターでも流され、優子は神妙な面持ちでモニターに目を向け次となった出番の時を静かに待っていた。

 優子の衣装は麻里子や陽菜のような華やかで清楚なドレスとは対照的に、へそが出るほど短い白のノースリーブのトップスと、パニエのような黒いミニスカートに黒いロングブーツ、そして髪をアップにしたトサカヘアというアグレッシブな印象の装いだった。
其れ許りか優子の側にメンバーは誰1人居らず、居るのはサングラスと全身黒で統一された衣装に身を包んだ4人のプロダンサーが後ろに控えているだけで、その一角だけ“アイドル”のコンサートとは思えぬ雰囲気を醸し出していた。

『……』

 そのような出で立ちで優子が次の出番で挑むのは、元々は板野 友美のソロデビュー曲“Dear J”。
激しいダンスが特徴で2日目の中で唯一のソロ曲シャッフルとあり、高い盛り上がりを期待されている曲である。

 だが、その期待は歌唱力に自信を持てない優子にとってソロで歌うだけで難易度が高く、プロのダンサーを引き連れ行う激しいダンスが見せ場となれば、否応なくハードルも上がりプレッシャーになっていた。
それでも、この日のために厳しいレッスンを耐え重ね、今日のリハーサルまでには優子自身満足のできる完成度に仕上げていた。
そこで普段の優子であったなら出番直前にはリラックスのために、他のメンバーと一緒になり“こじぱはまた適当に振り憶えてるな~”などと陽菜のパフォーマンスを楽しみながら眺めていたことだろう。
それは子役から数えればメンバーの誰よりも芸能界で場数を踏んできた優子の処世術。
自分なりにリラックス方法であったり、俯瞰し自身を見ることで冷静で客観的な判断を下せる術を身に着けていた。
そんな自分を周囲は“仕事に対する意識が高い”と見ていることも理解しているし、自分でも強みだと自覚してさえいた。
実際、ウエンツ 瑛士に別れを告げられた直後は、身が引き裂かれるのではと思う程の辛さを味わったが、仕事に穴を開けるなど支障を来すことは今まで一度もありはしなかった。

 ところが今の優子はどうだ。
会場に居るはずのない“隼人”の姿を発見してからというもの、彼の存在が気になるあまり心が乱れ表情に余裕がないばかりかコンサートに集中出来ないまま出番を迎えようとしていた。

『集中しないと……』

 自分を落ち着かせようと今日何度目かになる言葉を、自身に暗示を掛けるように心の内で呟くがその程度でどうにかなるようなことでもなく、時間だけが過ぎ焦りだけが募ってゆく。
そのためかパフォーマンスこそ身体が覚え何とかこなせていたがアドリブの必要なMCではそうもいかず、今日はまともにMCトークに参加出来ていなかった。

 だが、中核メンバーでMCに定評のある優子に出番がない訳などなく、この“Dear J”披露後にそのままTeam KによるMCの予定があり、そこで優子はトークに参加する場面が存在した。
ところが、前述のように集中力に欠けた今の優子ではアドリブは愚か、普段のように軽快に喋ることなど出来ようはずもなかった。
それが証拠に先程までTeam Kメンバー全員で行われていた“Dear J”披露後のMC練習では秋元 才加に何度も注意を受け、あまりの酷さに最後にはチームメイト皆から心配までされていた。
『大丈夫だから……』と、その場は返した優子だったが内心チームメイトに心配をかけていること、その原因が恋愛禁止のAKB48の中に居ながらの“男性”問題であることが心苦しく余計に焦りを生んでいた。

『しっかりしてよ』

『今はコンサートに集中しよ?』

 高橋 みなみや宮澤 佐江の言葉を思い出すが、どうすれば普段のように振る舞えるのか優子には分からなくなっていた。

『どうしたらいいの……』

 答えを求めるも出てくるのは自分から視線を外す隼人の姿ばかりで、余計に優子の心を掻き乱していた。
ファンやスタッフそしてメンバーを裏切ってでも一緒に居ることを望み、心の闇といえる過去さえさらけ出し数居る男性の中から隼人を選んだ優子。
だが、心から信頼した男は嘘を吐き、殊もあろうことか友人と一緒に会場に居るのだから、失恋の傷から立ち直ったばかりの心が受けるには負担ダメージが大き過ぎたのだ。

『裏切らないって……約束したのに……』

 今日何度目かになるネガティブ思考に陥った優子は、自分の目頭が熱くなっていくのを感じた。

『あたしこんなに涙脆かったかな……』

 隼人と出会ってから泣いてばかりいる自分に、こんな泣き虫だったのかと思う優子。

 彼をストーカーだと思い恐怖のあまり泣いた夜……。

 想いを打ち明け、隼人の胸に抱きしめられ幸せで涙した夜……。

 学ぶの問いに“裏切らず味方でずっといる”と隼人が答えてくれた日……。

 最悪な出会いであったにも関わらず、まるで2人が出会うことは必然だったかのように惹かれ合い恋に落ちた2人。
付き合い始めてから数日と経っていない相手だというのに、胸を締め付ける想いの強さは今までの誰よりも強く激しい。

 『私のことだけを見て』杏と一緒に居る隼人を見つけたとき、今まで思ったことのない位強い独占欲を感じた程であった。

『天罰なのかな……』

 これは“恋愛禁止条例”を破り隼人を好きになったことへの罰なのかもしれない。

『だったらこんなに好きにさせないでよ』

 そうだったとしても隼人を好きだと想う気持ちを抑えることも、この気持ちに嘘を吐くこともできはしなかった。
行き場のない想いは膨らみ、優子の目には涙がそして心には愛しさと悲しみそれぞれ今にも溢れんばかりになっていた。

「大島さ~ん、準備お願いします!」

 男性の声が近くで聞こえたかと思うと視界に突如インカムを付けたスタッフが入ってきた。
突然のことでビクッと身体を震わし咄嗟に俯き涙を拭う優子。
ステージ裏の暗さに助けられ涙を浮かべた表情をスタッフに見られずに済んだ。
優子は考え事をするあまり、いつの間にか“てもでもの涙”が終盤を迎えていることに気付かずにいた。

「は、はい……」

 優子がたどたどしく返事をするが、スタッフは忙しさのせいか気にする様子もなく、スタンバイのために優子たちをステージへと誘導していく。
スタッフを先頭にステージへと続く階段を上がって行く優子とダンサーたち。
だが、出番という現実に引き戻されても何一つ問題を解決できずにいる優子の足取りは重い。
階段を一段一段上る度に“失敗したら”という不安感と、独りで抱え込まなければならない孤独感に襲われていた。

 気持ちは徐々に増し階段を半分程上った所で、限界に達したように優子は立ち止まってしまう。
後ろを歩くダンサーは、優子が突然階段の途中で立ち止まるのを怪訝な表情で見つめていた。

「「「「「優子(さん)(はん)!」」」」」

 すると下から優子を呼ぶ声が聞こえ、その場に居た皆がそちらを向くと、そこにはTeam Kのメンバーが見上げていた。

「「「「「優子~(さ~ん)(は~ん)!」」」」」

「み、みんな!?」

 手を振るメンバーの姿に優子は驚きの声を上げる。
するとメンバーたちが思い思いに口を開く。

「優子なら大丈夫。 思いっきりやんなよ!」

「頑張ってください優子はん!」

「優子、いつも通りリラックス、リラックス!」

「優子ぉ~“何事も楽しみな”って、たかみながいつも言ってるじゃん」

「……」

 “秋元 才加”“横山 由依”“板野 友美”“峯岸 みなみ”“宮澤 佐江”
口々に優子へ声援の言葉を送ったり、ガッツポーズや手を振るなどしてくれるメンバーたち。
事情を知る佐江だけは何も言葉を発さないものの、誰よりも優しい表情で優子を見つめていた。

『みんな……』

 先程のMC練習で自分のあまりの集中できなさに内心きっと呆れられていると思っていただけに、皆の声援は再び優子の内に熱いものを込み上げさせていた。
先程までと違うのは溢れるものが悲しみの感情や涙などではなく、メンバーたちへの感謝の気持ちであった。
家族や恋人、そして親友とは特別な絆で結ばれているように、このTeam Kのメンバーともきっと同じような絆で結ばれているのかもしれない。
そう思うと自分は1人ではないことに改めて気付かされると同時に、こんな身近に自分を案じてくれる人たちが沢山居ることが心強くそして何より嬉しかった。
現金かもしれないが、メンバーの暖かい言葉それだけで“失敗するかもしれない”という気持ちなど何処かに消えてなくなり、今目の前にあるソロ曲と、そしてコンサート自体に全力を注げる気がしていた。
普段のポジティブさを取り戻したかのように優子の表情に笑みが戻る。

「みんな、ありがとう! 頑張って来るね!」

 そう言ってメンバーたちの気持ちに応え、手を振りながら階段を上がって行く優子。
その足取りは先程までと違い軽やかでしっかりとしていた。

 それを見たメンバーは一様に安堵し、ステージに上がって行く彼女の姿を喜びながら見送った。

「どうぞ皆さん」

 スタッフに促されステージに上がると、暗がりの中を蛍光テープのバミリの放つ薄らとした光を頼りに所定の場所に着く優子とダンサーたち。
眼前には数万の観客と、今正にパフォーマンスを終えようとしているサイドステージの陽菜や麻里子の姿が遠くに見えた。
デッキアップしていたステージが徐々に降りると共に“てもでもの涙”の音楽もフェードアウトしてゆく。

 後ほんの少しで出番を迎えようとしたとき、ポーズをとっていた優子はふとある言葉を思い出す。

 『何事も楽しみな』それは“高橋 みなみ”が緊張するメンバーに良くかける言葉で、さっき峯岸 みなみが自分に声援として言ったのを聞き、似た言葉を隼人が口にしていたことを思い出したのだ。
『女優を演じるつもりで楽しんで』隼人の言葉も緊張を解すためのものでなんら珍しい言葉でもないが、優子の人生でその言葉を連日聞くことなどなく不思議と気になったのだ。
だが、気になったのも束の間、優子は隼人のことを考えていた。
ネガティブループから抜け出し、落ち着いて隼人のことを考えられるようになった優子は1つの結論に達すると瞼を閉じた。

ワーッ!!

 “てもでもの涙”が終わると会場は大きな歓声に包まれる。
そして曲間なく歓声とオーバーラップするように“Dear J”が流れ始めると、メインステージに居る優子たちをピンクのライトが照らしていく。

ワーーーーーッ!!!!!

 観客が優子の姿を認めると、一際大きな歓声が会場を揺るがすように響き渡る。

『優子、行くよ!』

 大歓声を肌で感じながら優子は自らを奮い立たせるように心の内で呟くと、閉じられていた瞼が開きそこから強い意志を湛えた瞳が姿を現した。

 その眼差しは真っ直ぐ隼人へ向けられていた――。


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