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『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第070話

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「コラ、たかみな。 いつまでボーッとしてるの衣装替えしないと」

「わっ、敦子!? どした?」

 考え事をことをしていた高橋 みなみは、突然抱きつかれ驚きのあまり声を上げ振り返る。
振り返ると、そこには前田 敦子が笑顔で自分に抱きついていた。
普段からよく抱きつき合っている2人だったが、敦子が隼人と共に脳裏に浮かんだもう1人の人物とあって突然の登場はみなみを驚かせた。

「なぁに、折角呼びに来てあげたのに! たかみなのクセに生意気!」

 みなみの驚きように一瞬ムッとしたように眉を顰めたが、ニコリとすると敦子は突然みなみのほっぺを抓った。

「あっひゅこ、いひゃい」

 そう言いながらもみなみはされるがまま嫌がる素振りもなく、まるで猫のようにじゃれ合う2人。

「ほら、たかみな。 楽屋戻るよ!」

 みなみの様子に満足げな表情を浮かべると敦子は頬から手を離し、踵を返し楽屋へと歩き出す。

「ちょっ、敦子待ってよ」

 みなみは頬を摩りながら、前を行く敦子の背中を見つめ追いかける。

『敦子の意志は変わらないんスね?』

 表面的に普段と変わることのない敦子の様子に、返ってくることのない問いかけを心の内でした。
“意思”それはみなみを含め極僅かなメンバーと関係者だけが知る“前田 敦子の卒業宣言”のことであった。
以前に一度話が出たのだが、その後暫く話題として敦子本人が上ることはなく、てっきり白紙になったものとみなみは思っていた。

 だから、コンサート初日に『たかみな、あたし最終日に発表するよ』と敦子本人から打ち明けられたときは耳を疑い、衝撃のあまり思い留まるよう説得さえしようとした。
しかし、敦子の自分を見つめる瞳に強い“決意”を感じたみなみは言葉を飲み込み、このコンサートを敦子が卒業宣言するための最高の舞台にしたいと心に決めたのだった。

 それが現実はどうだ。
2日目がつつがなく始まったと安堵していた矢先、もう1人のエース“大島 優子”の突然の不可解な行動に心中穏やかではなかったみなみ。
普段であれば大切なメンバーであり、大事な友人でもある優子を心配することだろう。
しかし、みなみにとって“前田 敦子”とは同じ一期生であり“AKB48”が産声を上げた瞬間から苦楽を共に過ごした掛け替えのない大事な女性(ひと)。
そしてAKB内で唯一“新城 隼人”の存在を打ち明けた相手でもあった。
その敦子の今後を決める大事なコンサートとなれば、優子の不可解な行動は心配よりもみなみに苛立ちを憶えさせていた。
“何でこんな大事なときに”そんな感情が結果的にみなみに優子の腕を掴ませるという強引な行動をとらせていたのだ。

「えっと、あたしのは……あったこれだ」

 敦子はみなみと共に楽屋に戻ると衣装が所狭しと並べられていた。
敦子はカラーや柄が沢山ある衣装の中から、自分のために誂えられた次の出番用のグリーンのトップスとイエローのスカートを取ると着替え始めた。

「ねぇ、たかみな。 優子のダンス凄かったね」

 着替えながら“Dear J”での優子のダンスを褒める敦子。
“省エネダンス”とも揶揄される自分と比べ、優子のダンスの切れや表現力に感心するばかりだった。
選抜総選挙で1位を争い、世間からもどちらが真の中央センターかと比べられることも多く“女優”という共通の夢を持つ者として切磋琢磨していたはずが、いつの間にか無意識の内にライバルとして互いを見るようになってしまっていた。
だからだろうか、自分が卒業することを決めてからはしがらみから解放されたように、今までよりも素直に優子のパフォーマンスを見ることができるようになっていた。

「でもさ。 何だか優子の様子おかしくなかった……って、ちょっと、たかみな聞いてる?」

 実はオープニングで優子の様子がおかしいことに敦子も気付いていた。
そのことが気になっていた敦子は、みなみに優子の様子について聞こうとしたが、先程から全くといって反応がないことを不審に感じ、後ろで着替えるみなみの方に振り返る。

『……』

 心此処に在らずといった状態で黙々と着替えをするみなみの姿があった。

『優子といいみなみといい、さっき何かあったのかな?』

 “Everyday、カチューシャ”の途中から優子の様子がおかしかったが、みなみがフォローに入ったので何も言わずにいた。

 だが、オープニングトークを終え舞台から楽屋に戻るとき、みなみが声を上げ優子の腕を掴むのを佐江が止めに入っている光景を見てしまった。
後でみなみに何があったのかと聞いたが、みなみは『何でもない』と答えるばかりで教えてくれなかった。
そればかりか、その後からみなみの様子もおかしく、それとなく気に掛けていた矢先の出来事に、敦子も黙っていることが出来なくなり覗き込み声をかけた。

「みなみ?」

「えっ?」

 一方、みなみは楽屋に戻り次の衣装に着替えながら、優子に対する強引なやり方について反省したり、隼人であったらどうするのだろうかと改めて考えていた。
それもあってか敦子の話は耳に入っておらず、自分の名を呼ばれ気が付いたときには敦子の顔が目の前にあった。

「どうしたの、ボーッとして? やっぱりさっき優子と何かあったの?」

「な、何でもないっスよ」

 敦子の卒業のことで感情的になったとか、昔の彼氏のことを思っていたことを言える訳もなく誤魔化すように微笑んだつもりだったが、笑顔が普段よりもぎこちないことを本人は気付いていなかった。

「はぁ……あたしは本番中にボーっとしてる、たかみななんて見たことないんですけど?」

「う、それは……」

 敦子は嘘つきと言わんばかりのジト目をするが、心底困ったようなみなみの表情にため息を漏らす。
それは嘘を吐いても顔に素直に表れるみなみに今更ツッコミを入れる気さえなかったのと、それでいて頑なに一度言わないと決めたら親友の自分にも話そうとしないことを、嫌という程思い知らされていた敦子のいつもの反応だった。
だが、それは決して落胆したとか嫌みとかそういった類いのものではなく、寧ろみなみを心配してのもの。
みなみにしても相手に言いたくないとか誰も信じていないとかネガティブなことではなく、心配させまいとする気遣いなのである。
互いの性格を知り尽くしている2人だから普段の敦子であれば『そっか』と言って話を終わらすのだが、今日のみなみの様子は何処かいつもと違う気がし普段飲み込んでいた言葉を口にする。

「何があったのか、みなみが言いたくないんなら言わなくてもいいんだけどさ……全部独りで抱え込まないでよ」

「敦子……」

 メンバーの中にはコンサートだけでも精一杯の者も多い。
その中で中央センターの重責と、卒業という重大な発表を控え自身のことで精一杯であるはずなのに、自分のことを気に掛けてくれている敦子の気持ちがみなみは嬉しかった。
敦子の気持ちに触れ、目頭が熱くなり今にも溢れそうになる涙を堪えようと俯くみなみ。

『敦子を笑顔で送り出すんだから、泣くなみなみ!』

 AKBとして苦楽を共に歩んできたメンバーであり最高の親友“前田 敦子”のために、みなみは泣くなと自分に言い聞かせ再び顔を上げた。

「ホント、何でもないんスよ」

 優子との間にあったことも含め、これ以上は敦子に負担をかけるべきではないと判断したみなみは努めて明るく振る舞った。

『嘘が下手なんだから……』

 精一杯明るく振る舞いながら“何でもない”と言われても、はいそうですかと納得出来はしない敦子だったが、みなみが自分に言わないと決めたときは大抵何かしらの理由わけがあってのことなので無理に聞き出そうとはしなかった。

「そっか……」

 それでも、みなみが優子の腕を掴むところなど見たことがなかった敦子は、そのことを思うと複雑な表情を浮かべていた。

「チームAの皆さんスタンバイお願いしまーす!」

 そうこうしていると開けっ放しにされた楽屋のドアの方から、スタッフがみなみたちTeam Aのメンバーを呼ぶ声が聞こえた。

「はい。 分かりました」

「はーい」

 扉に近いところに居たみなみと敦子が返事を返すと、スタッフは「お願いします」と言い残し慌ただしく部屋を出て行った。

「ねぇねぇ麻里ちゃん、次の曲って何だっけ?」

「ニャロ、次は“ただいま恋愛中”だよ。 振り平気? 篠田は心配だよ」

 するとその様子を楽屋の奥に居た小嶋 陽菜や篠田 麻里子などメンバーたちにも聞こえたようで、ぞろぞろとTeam Aキャプテンであるみなみの周りに集まってくる。
メンバーが集まると、目を赤くしたまま笑顔を作ったみなみが篠田に声をかける。

「麻里子様たちも準備はいいッスか?」

 麻里子はみなみが目を赤くしていることに気付き“何事?”という顔をしていたが、みなみの隣に居る敦子が首を横に振ると状況を察する。

「……篠田はバッチリだよ。 ニャロは?」

「うん、バッチリ!」

「ちょいちょい。 さっき麻里子様に次の曲聞いてたっショ?」

「まぁまぁ、にゃんにゃんのは、いつものことなんだから」

「あっちゃん、それひど~い。 次の曲は振り付けはバッチリなんだよ」

「にゃろ、じゃあ次の曲名は?」

「麻里ちゃんも陽菜のこと馬鹿にしてるな! “ただいま恋愛中毒”に決まってるじゃん!」

「「……」」

 陽菜の天然か計算してなのか自信満々な発言に一同沈黙する。

「ま、まぁ、いつも通りで安心したっス……」

「ん? たかみな、私変なこと言った?」

「何でもないでス……」

「「クスクス」」

 沈黙した他のメンバーに代わりみなみがフォローするも、自分が曲名を間違えていることに気付く様子もない陽菜はみなみに人差し指を口元に持って行き不思議そうな顔をする。
その様子にメンバー一同笑いが漏れ、適度に緊張が解れたのを感じ取ったみなみ。
何も聞かずにいてくれるメンバーに感謝すると、それまでの和やかだった表情を一変させる。

「じゃあ、本日最初のチーム Aの曲になります。 気合い入れていきましょう!」

 みなみの表情や言葉がキャプテンのそれに変わると、メンバーたちは自然と円陣を組む。

「せーの!」

みなみの最初の一声を皮切りに、メンバーたちは慣れ親しんだTeam Aの掛け声を叫ぶ。

「「冷静丁寧性格に!!」」

「やりたいことやってるか?」

「「Yes,sir.」」

「チーム!」

「「「A!!」」」

 掛け声が終わると、みなみを先頭に気合い十分といった表情で楽屋を出て行くTeam Aの面々。

<ねえ 君は、覚えてるだろうか?♩ 慣れて来てしまった、あのステージ♪>

 舞台裏に着くとステージ上ではTeam Kの“RESET”が始まっていた。

「うわ、才加のダンスキレキレ!」

「見せパンだからって脚上げ過ぎじゃない?」

 Team Kのパフォーマンスを楽しそうに観て騒いでいるメンバーたち。

 一方それとは対照的に、みなみだけステージの音に耳をすましながら神妙な面持ちで舞台裏のモニターを観ていた。

「優子ならきっと大丈夫っスよね……」

 その願うような呟きは、会場に響き渡る優子たちのパフォーマンスと声援で、誰かに届くことはなく掻き消されていった――。


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