『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』
第069話
コンサートは時折MCを挟みながらAKB48の楽曲を中心に国内姉妹グループ“SKE48”“NMB48”“HKT48”、そしてジャカルタを拠点とする国外組“JKT48”も参加して40曲以上が披露された。
AKB48の次世代と呼び名の高いユニット“島崎 遥香”“川栄 李奈”“高橋 朱里”がパジャマ姿で歌う“パジャマドライブ”や、AKB48と姉妹グループ混成ユニット松井 珠理奈、“渡辺 美優紀”“加藤 玲奈”の激しいダンスが光る“制服レジスタンス”。
他にはAKB48人気メンバー柏木 由紀と宮澤 佐江による息の合った“炎上路線”など、グループやチーム、正規メンバーも研究生も関係なく構成されたコンサートでしか観られないユニットに加え、中には自身の主演ドラマのソロ主題歌を渡辺 麻友や指原 莉乃が歌ったり、姉妹グループの代表曲を自身でパフォーマンスするなどAKBグループ総力を挙げたセットリストに観客は沸いた。
そして、一際会場を沸かせたのは優子の歌う“Dear J”だった。
元々は板野 友美のソロデビュー曲なのだが、それを本人ではなく優子によるシャッフルユニットだと会場のファンが知った途端、それまでで一番の歓声が会場に響き渡った。
ビートの効いたクールなクラブ系ダンス・ナンバーを、本家である友美の甘めな声とは対照的なハスキーボイスで歌い上げつつ、トサカヘアーにへそ出し衣装でダンサーを引き連れながらのパフォーマンスは正に圧巻であった。
非凡な才能を持ちどちらかと言えば天才肌な優子。
一見評価され易いように思えるのだが、何でも簡単にこなしているように見えてしまう優子は評価され難かった。
『流石、優子……』
それでも、リハーサルも含め繰り返し何度も練習を重ねているのを見ていた高橋 みなみは、その成果を遺憾なく発揮する優子の姿に心の中で讃辞を贈っていた。
バックで一緒に踊るダンサーにも引けをとらない圧倒的なダンスは、直後の優子自身も所属するTeam KによるMCでも話題となる。
「(腹筋)バリバリ割れてましたよ」
佐江が優子の腹筋が割れていたと表現したように、その激しいダンスは本家の友美も絶賛する程だった。
それはステージ裏のモニターで“鏡の中のジャンヌダルク”の衣装のまま観ていたみなみも同感のようで『才加みたいに腹筋われてんな』と思いながら、そのMCを眺めていた。
そして話は内田 眞由美の唐突な一言で突然様変わりし、会場全体を巻き込みステージで円陣時の掛け声を始めるTeam Kの面々。
「さいたまいくぞ!」
「ジャンジャンジャン「「RESET!!」」」
Team Kキャプテン秋元 才加が最初の掛け声を上げると、続けてメンバー、そして会場の観客も声を上げる。
台本通りのMC進行に見守るみなみは安堵しつつ『体育会系やな』と、改めてTeam Kが自分のいるTeam Aとはチームカラーが違うなと改めて思っていた。
だが、みなみの目的はTeam Kの円陣を観ることや、チームカラーの違いを感じるためでもなく、不安の所在を確かめるためであった。
「やっぱり……」
しかし、みなみの不安は的中しモニター越しにチームメイトと笑いながら話す優子が、時折客席を気にする仕草を繰り返す様子が映し出されていた。
それは、ほんの僅か客席へ視線を向ける程度の些細な行動。
先程のようにパフォーマンスを中断するなどあった訳でもなく、人間誰しもあるようなことだった。
『優子、何がそんなに気になるんスか?』
それでもみなみは優子の行動をずっと気にしているのは、優子が前田 敦子に並ぶAKB48の
優子自身、自分のAKBでの立ち位置を良く理解していて、劇場公演は勿論、バラエティやグラビア撮影そしてコンサートなど、どんな仕事に対してもメンバーの中で一際高い意識を持っている。
物静かでマイペースながらストイックで努力を惜しまない敦子。
それとは対照的に、笑顔を絶やさず自らの非凡な才能に甘えず高みを目指す優子。
2人の
特に優子は今回のコンサートについて理由は分からないが、リハーサルのときから並々ならぬ意気込みで挑んでいた。
それが今日になっての急な優子の変化に、周囲が動揺し以前あった“よっしゃぁ~ 行くぞぉ~!in西武ドーム”の時のような失態に繋がるのを心配していた。
『違う……嘘ばっかしや……』
みなみは自分自身の気持ちに嘘を吐き、言い訳をしていることに気付き自嘲した。
するとみなみの脳裏に“ある人たち”の顔が浮かぶ。
「……」
そんな彼女を背後から見つめ近づく人影があることなど気付く訳もなく、みなみは浮かんだ者の名を心の中で呟いた。
『隼人……こんなとき隼人ならどうしまスか?』
嘗ての恋人を想い胸は熱くするみなみ。
決して嫌いになり別れた訳ではない2人。
それでも時に何かを犠牲にしなければ為し得ないこともあり、それがみなみにとってはAKBを選択するか、AKBを捨て隼人と交際し続けるのかだった。
結果として、みなみはAKBとその先にある“歌手”という夢を選択した。
その選択にみなみは今でも後悔していないし、寧ろ後悔を感じないよう必死になってやってきた。
それは一方的な別れを切り出した自分を、それでも笑顔で送り出してくれた隼人のためにも絶対に夢を叶えなければならないと心に誓ったからでもあった。
そして数人しか観客の居なかった劇場から、今では数万の観客の前でコンサートができるようになり“国民的アイドル”とまで言われるようになった。
努力は報われ、みなみはこれ以上にない喜びを感じる反面、みなみはその代償に多くのものを失った。
“笑顔”深い悲しみや後悔、そして苦しみを必死に隠しながら、自分を応援し送り出そうとする隼人の笑顔を忘れることができなかった。
愛する者を傷付けた罰かそれとも良心の呵責なのか、隼人と別れてからみなみは心から笑うことができなくなった。
“家族”段々と離れ離れになっていく家族。
自分が有名になるにつれ家族を犠牲にし、不幸せを呼び寄せている気がしていた。
“愛する人”隼人という誰よりも自分を深く理解し、応援してくれていた最愛の人を失う。
失ってその存在の大きさを知り、どれだけ自分が隼人を愛し、そして愛されていたかを気付かされた。
年齢も離れ、ドラマチックな出会いでもなく平凡な恋愛だったと思う。
それでも今のみなみを形作ったのは隼人との出会いがあったからに他ならず、その存在は今でもみなみの心の拠り所であり行動の規範でもあった。
『茶髪だろうが、礼儀さえちゃんとしてれば誰も文句なんて言わないさ』
みなみの頭をポンポンと撫でてくれる優しい表情の隼人。
『やっぱり、みなみの歌声好きだな。 俺がファン1号な』
歌を聞かせる度に笑顔で褒めてくれる隼人。
『歌手になるのが夢なんだろ? 努力を続ける限り、最後には必ず報われるんだよ』
自分の目線に合わせるように屈み真剣な眼差しで諭し夢を応援してくれる隼人。
『深く考え過ぎんな。 何事も楽しまなくちゃ』
頑固で考え過ぎたり緊張し過ぎた自分を見かね言ってくれた隼人。
『不良? 馬鹿なこと言わないでください。こんな礼儀正しい不良がいますか?』
髪の色で判断する大人から自分を守ってくれた隼人。
『みなみの言う通り俺が間違ってた。 ごめん、みなみ』
自らが間違っていると感じれば、年下の自分にも非を認め頭を下げ謝る隼人。
隼人は大層な言葉であったり突飛な行動などしない、ただ当たり前のことを当たり前のようにするだけ。
だが、間違っていることを間違っていると言える人も、間違っていると注意され謝れる人も決して多くはない。
隼人はそれを当たり前のようにできる人であったからこそ、みなみは彼の言葉を素直に頷くことができた。
何時しか、みなみの内にそれは根付き、AKBを束ねる存在となった今、隼人の影響力を物語るように彼女のメンバーに対するアドバイスなどの言動や自身の考え方など彼に似ていた。
隼人のことを思い出しながらモニターを真剣な表情で見つめるみなみ。
そんなみなみの背後に人影が近づいたかと思うと、突然それは後ろから彼女に抱き付いた――。