『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』
第067話
『夢叶えたんだな……』
隼人の見つめる先には、恋人である“大島 優子”でも前田 敦子や柏木 由紀でもなく“高橋 みなみ”の姿があった。
昔から歌は上手く、少しやんちゃな容姿が誤解されやすい部分も多かったがとても優しく、それでいて見た目とは裏腹にダンスは疎かスキップさえ出来ない程鈍くさかったみなみ。
<ある日森の中で、見つけた♪ どこかへ続く、洞穴を……♫>
それが今、目の前に居る“AKB48の高橋 みなみ”はどうだ。
他のメンバーと同じフリルの付いた白とゴールドを基調とした衣装に身を包み、誰にも負けじと小さな身体をダイナミックに動かし踊り歌っている。
『アイドルになる』そう言って隼人の前から消え、こうして再び彼の前に現われた彼女は宣言通り“国民的アイドル”となり、数え切れない程の観客の前でパフォーマンスしているのだ。
何だかその光景に夢を見ているような気持ちの隼人だったが、頭に相変わらずトレードマークの“リボン”を付けている姿は、紛れもなく彼の知る“高橋 みなみ”だった。
夢を1つ叶えたみなみの姿に自分事のような嬉しさが込み上げるが“作り笑いのような笑顔”で観客に手を振る彼女の姿に違和感を感じざる得なかった。
『夢叶えたのに、どうしてそんな風に笑うんだ……』
何が起こったのかは定かではないが、何かが4年の間にみなみの身に起こったことだけは表情を見て明かだった。
<傷つくこと、恐れはしない♫ 何があっても、怯まずに♪ 自分の夢を探しに行く、たとえ 何が行く手を阻もうとしたって♬ 傷つくたび、大人になるよ♩ 涙流して、胸傷めて♬
それでも夢をあきらめない、最初のうさぎになろう♪>
笑顔の裏にある“何か”は気掛かりであったが、今歌う曲を体現するように夢を諦めず努力しそれを叶え成長していたみなみ。
<走り出すバス、追いかけて♫ 僕は君に、伝えたかった♪>
そして楽曲が変わり人数の増えたステージのセンターで、ソロパートを歌うみなみは力強く輝いていた。
それに比べ自分はどうだ。
4年前、みなみに別れを告げられた隼人の内には“夢を叶えられたか”“どうしているのか”そんな彼女を強く想う気持ちと、それとは真逆といえる消えることない
頭ではたとえ恋人ではなくなり側に居られなくとも、彼女の夢を応援し何かあれば力になりたいと思い、一方でそれとは裏腹に心に刻み込まれた
そんな相反する2つの感情と、その感情が元で優子に嘘を吐いたこと、そして嘘を吐きながらもこの場に居ることに対する後ろめたさが罪の意識を助長し隼人の心を苛んでいた。
目の前の大型モニタ越しに映る優子を観て、ちゃんと事情を話すべきだったと後悔し、それをしなかった自らの行動が4年前と比べ何も成長出来ていないのだと、隼人は自分のことをそう思わずにはいられなかった。
<大好きだ、君が、大好きだ♪ 僕は全力で走る♫ 大好きだ、ずっと、大好きだ♬ 声の限り叫ぼう♩ 大好きだ、君が、大好きだ♪ 息が苦しくなるよ♩ しまっておけない♫ 大声ダイヤモンド♬>
額にうっすら汗を浮かべながら弾けるような笑顔を浮かべ歌い踊る優子やみなみ、そして他のメンバーの姿。
その姿に会場のファンたちは、熱い声援とサイリウムを一生懸命振っている。
自分の隣でも杏が楽しげにサイリウムを振りながらパフォーマンスを観ている。
全ての人に共通しているのは、会場にいる誰もがステージに立つ彼女たちの姿に魅了され釘付けなのだ。
そして日本中には、この場に来ることの出来なかったもっともっと沢山のファンがいて、その人達もAKBに魅了され応援している。
AKBはファンを食い物にしていると言う人がいるようだが、このステージに立つ彼女たちの想いは本物で、優子の語っていたAKBへの想いもパフォーマンスをする彼女を観ていて確かに実感する隼人。
ファンもその真剣さや想いを感じとっているからこそ、こうやって一生懸命応援するのだ。
そんな皆に愛されるAKBの中でトップとも言える場所にいる優子が“掟”を破るようなリスクを負ってまで、自分を好きだと言ってくれたのだ。
優子の想いに自分も応え、彼女がAKBとして女優としても全力でいられるように精一杯できることをするつもりだった。
しかし、結果は自分のみなみに対してのエゴが、優子の想いを台無しにしてしまうかもしれないのだ。
『俺は一体何をしているんだ……』
それも優子が大事にしている“AKB”という場所だと思うと、自分が許せそうになくサイリウムを持つ手に力が篭る。
心の内に
隼人が計らずこの場に居合わせてしまったのは、多くの偶然と想いが重なった結果である。
誰もが良かれと思いながら行動した結果がこうなってしまっただけで、隼人にもこれに関わった人々にも非はない。
だが、隼人は『行けない』と告げた時の優子の電話越しの声を思い出し、自分の姿を見つけたときの彼女の気持ちやコンサートへの影響が心配であり、それを偶然という言葉で片付けることは彼女に対して不誠実に思えたのだ。
そんな隼人を神は嫌っているのか、それとも優子に愛される彼に嫉妬しているのか、更なる試練を与えた。
<好きって言葉は最高さ、好きって言葉は最高さ、好きって言葉は最高さ♫ 感情吐き出して、今すぐ素直になれ!♩>
曲最後の決めポーズをし満足げな表情を浮かべる優子がモニタに映し出されると、会場は大歓声に包まれ暗転する。
次の楽曲が始まりパッとステージが明るくなるとメンバーたちが、それまで居たステージから花道を移動しながら会場全体に設置された他のステージへ、それぞれ駆け足で移動し始める。
<太陽が、昨日より、眩しく照りつけ始めたら♬ 真っ白な、Tシャツに、今すぐ着替えて、君を誘いたい♬>
花道を通るメンバーに、アリーナの観客は自分の存在を知らせるようにサイリウムを激しく振るファンたち。
それは、まるで地上に輝く星のように彼女達を淡く照らす。
メンバーはそれに手を振り応えながら、一面サイリウムの川を貫くように光煌めく花道を通り、それぞれのステージへと歌い移動していく。
「先輩、こっち来ますよ!」
杏は自分たちの前にあるステージに向かってくるメンバーを見るや、興奮した様子で横の隼人に話しかける。
だが、隼人はサイリウムを振ることもせず、呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「先輩!?」
「……」
杏が呼びかけるが、隼人にその声は届いてはいなかった。
何故なら目の前のステージに駆けてきたメンバーの中に、あろうことか優子とみなみが交じっているのを発見してしまったのだ。
小さくジャンプし元気な様子で一番乗りにステージへやって来たのはみなみ。
それに優子が頭の大きな羽根飾り揺らしながら続き、敦子などの主要メンバーなどと共にステージへとやってきた。
会ってはならないと強く思えば思う程近づいて来る2人の姿に、隼人の心臓は早鐘のように脈打ち、視線は優子とみなみを交互に追っていた。
隼人から僅か10m程離れたステージで、優子とみなみが2人並んで踊っている。
そんな2人も自分たちが同じ男を好きになったことや、僅か10m先の客席でその彼が見ていることなど知る由もなかった。
一方、隼人たちの居る観客席を何度か照明で照らされるが、2人がこちらに気付く様子もなく、見つかることはないと一瞬安堵したように顔を少し伏せ前の手摺りに手で寄り掛かった。
しかし、惹かれ合った者たちは数万という観客の中であっても、互いを惹き付ける何かを持っているのかもしれない。
<心の隣で、同じ景色見ながら……>
『あれ?』
異変に気付いたのは杏だった。
モニターに映るメンバーの中で明らかに歌っていないメンバーが映し出されていた。
それどころか一点を凝視するように立ち尽くしてさえいるのだ。
目線を彼女のいるステージに移すと、明らかに“こちら”を見ていた。
だが、それは自分ではなかった。
「先輩……先輩!」
杏は視線はそのままに、隼人を叫ぶように呼んだ。
隼人は杏の急迫したような声に伏せていた顔を上げる。
「ん、どうし……」
すると、上げた先にあった瞳に吸い寄せられるように、視線と視線がぶつかり見つめ合う。
その瞬間、流れる歌も数万の人間の歓声も全てが消え失せ、世界は2人の間で静止した。
「「……」」
数万の中から出会った2人の瞳は、互いを見つめ合い外れることはない。
神の悪戯か、嘘を吐いた罰か、薄暗くあちらからはこちらが見えないはずなのに彼女の視線は間違えることなく怒りとも困惑とも泣きそうともとれないあらゆる感情の籠った微妙な表情で、客席の隼人をステージの上から見つめていた。
「優子……」
こちらを見る彼女の表情に、自分の引き起こしたことの罪深さを感じ『