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『勘違いから始まる恋』第四章『それぞれの想い』

第066話

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 無数に設置されたスポットライトと観客の持つ色とりどりのサイリウムが瞬く星の如く煌めき、音楽と共に流れる声に呼応するように観客は掛け声を発する。
暗闇に包まれステージを見ることが出来なかったが、会場を揺さぶる程の歓声の中に“AKB48”という言葉が聞こえ、隼人は自分の今立っている場所が何処であるか理解させられた。

「天罰だ……」

 隼人の呟きは目の前に広がるコンサート会場の大歓声と音楽によって誰にも届くことなく掻き消される。

 今この場に居る数万の観客の中で“天罰”などと不相応なことを思う者など隼人だけかもしれない。
しかし隼人にとって、これ以上適切な表現など見つからなかった。

 そんな隼人の心の内など無視するように前方にある暗闇の一角、それも上の方から光が漏れ入ると音楽がフェードアウトするのに合わせ、人影がゴンドラでゆっくりと降りてくるのが見えた。

 それまで流れていた序曲overtureが終わり、一瞬の静寂の後軽快でポップなリズムの音楽と共に、暗かった会場にライトがパッと点灯すると、ステージをそして降りるゴンドラの上に居る人物を照らした。
ライトに照らされ会場に居るファンの歓声を一手に浴びたのは、AKB48の中で最年長で高橋 みなみの所属するTeam Aのメンバー篠田 麻里子だった。
AKBについて調べていたときに主要メンバーとして何度も出てきたので、流石の隼人もステージ両端に設置された大型のモニターに映し出された彼女が誰なのか分かった。

 それまで腰に手を当てるようなポーズをとっていた麻里子は曲が流れライトに照らされると、ファンの大きくなった歓声に応えるように手を振りながらリズムを刻む。
降りてくるゴンドラの周囲には麻里子と同じような衣装を着たメンバーであろう沢山の女性たちが取り囲んでいた。

<年上の君は……♪>

 軽やかなダンスと共にポップな曲に乗り歌が始まると、沢山のメンバーの中に紛れる麻里子だったが、その中でもモデル体型でスラリとした長身は頭一つ飛び抜け目立っていた。
だが、隼人の目に映るのは軽快に踊り歌うメインパフォーマーの麻里子の姿でも、大小いくつも設置されたスケールの大きなステージ群でもなかった。

 隼人が視線を注ぐのは、麻里子の周りで歌い踊るメンバーたちの姿だった。

『優子……みなみ……』

 隼人はステージと大型プロジェクターを交互に見やりながら2人の姿を探す。
いつの間にか麻里子がワイヤーにつり上げられメンバーの上を飛びながら歌う姿が大型モニターに映し出されていたが、2人を探すことに集中するあまりその光景は隼人の目に映っていなかった。

 クイックイッ
突然、服の袖を後ろに引っ張られ振り返ると、いつの間にか渡辺 杏が隼人の側にいた。

「先輩! 急に走り出したりして、どうしたんですか?」

 会場の音に負けじと顔を隼人の耳元に近づけ大声で喋る杏。
その表情は薄暗い客席では分からなかったが、笑顔でないことだけは言葉や声のニュアンスで分かった。

 優子とみなみの姿を探す余り、すっかり杏のことを忘れていた隼人だったが彼女の心配する様子に対し、どう答えるべきなのだろうかと考えてしまう。
普段の自分からすれば奇異な行動をしておいて『何でもない』とは言えず、かといって本当のことを言うことなどできない。
そうなると、杏がここに自分を連れてきたであろう思惑に乗る方が自然だと隼人は思うに至る。

「ごめん、渡辺さん! AKBって聞こえたからいてもたってもいられなくて……」

 “AKB”という言葉に反応したという意味では嘘ではなかったが、全てが真実という訳でもなかった。
嘘に嘘を重ねる自分に嫌気が差していたが、優子と交際していることを安易に言えないのも事実であった。

 だが、隼人の思いとは裏腹に、杏は隼人の言葉を聞きサプライズが成功したと思ったのだろう、小さくガッツポーズと共にポツリと呟く。

「やった!」

 薄暗い会場のせいで杏の様子を窺うことができない隼人は、彼女がそんなことをしているなど知る由もない。
ただ、それ以上の追求がないところをみると納得してくれたのだろうと勝手に解釈した隼人は、ポケットからスマートフォンを取り出し“山本 学”の番号を探し始めた。
先程ステージに立つメンバーの中に、優子もみなみも居ないことを確認していたが“AKB48”のコンサートであることには変わりはない。
問題はそれだけではなく本来、隼人はこの場に居てはいけないのだ。
曲が変わり2人がステージに上がり、万一会場に居る自分を見つけたとしたら、そのときはどうなるか見当もつかなかった。
それがあり隼人は学へ連絡しようとしていたのだ。
暗がりの中スマートフォンの画面は煌々と光り、無数に光るサイリウムよりも目立っていた。

「すみません。 会場での携帯電話の使用は禁止です!」

 そう言って隼人がスマートフォンを使用しているのを注意するのは、先程まで案内役をしてくれていたスタッフだった。
緊急だと言いたかったが、彼も仕事なのだと思うと無理強いできず、スマートフォンを一旦ポケットにしまうとスタッフに告げる。

「ホールの所ならいいですか? 緊急なんです!」

 さも困ったような声色でスタッフに告げると、本来はダメなのだろうがスタッフは渋々といった感じで返事を返す。

「私の目の届く所でお願いします」

「わかりました」

「先輩どうしたんですか?」

「ちょっと緊急で連絡しないといけなくて、すぐ戻るから」

 スタッフと共にコンコースの所まで戻ろうとすると、杏が声をかけてくるが事情を説明すると隼人は足早に出て行った。
コンコースまで戻った隼人はスタッフの前で学へと電話をかけた。

《おかけになった電話は電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないため、かかりません……おかけになっ……》

 だが、間が悪いことに学の携帯電話に何度かけても繋がることはなかった。

『まずいな……』

 終話するとスマートフォンをポケットにしまいながら、自分と優子の関係を知る唯一の関係者と連絡が着かないことに焦りを感じる。

「了解。 ただいまVIPの案内中で遅れます」

 ふと、目の前で見張り役をしていたスタッフが無線で何やら話しているのが目に入る。

『マネージャーなら、この会場には居るはずだよな……そうだ!』

 何かを思いついたのか無線の交信が終わるのを見計らってスタッフに話しかけた。

「すいません。 お願いがあるんですが……」

「? 何でしょう?」

「私、大島 優子さんのマネージャーの山本 学の知り合いなんです。 どうしても彼と至急連絡を取りたいので、新城 隼人の携帯に電話するように伝えてもらえないでしょうか……」

「それは、ちょっと……」

 隼人の言うことに困惑するスタッフであったが、当然、本当に知り合いなのかなど分からない訳で断られてしまう。

「私の名前を山本さんに伝えていただければ良いのでお願いします!」

「あぁ……わかりました」

 隼人は渋るスタッフに今度は言い回しを変え頭を下げ頼み込むと、意図を汲み取ってくれたようで承諾してくれた。

<君のことが好きだから、僕はいつもここにいるよ♪ 人混みに紛れて、気づかなくてもいい♫>

 スタッフと共に隼人が会場に戻ると、会場では曲が変わりパフォーマンスしているメンバーも変わったことでファンが色めき立っていた。

「もうっ! 遅いですよぉ〜。 次の曲始まっちゃいましたよ!」

 席へ案内してくれるはずだったスタッフが隼人に連れて行かれてしまい、席が分からなかった杏は扉付近で2人が戻ってくるのを待っていたようで、隼人とスタッフの姿を見ると不満そうな声をあげた。
勿論、杏は本気でなど言っておらず冗談だと分かる口調なのだが、隼人は秘密にしている優子との関係などもあって“色々な意味”を含め真面目に謝った。

「ごめんね……長引いてしまって」

「い、いえ、気にしないでください……す、すいません。 席って何処ですか?」

 冗談のつもりだったのだが、返ってきた隼人の言葉が思いの外真剣で逆に悪いことをした気になってしまい、助けを呼ぶように近くにいたスタッフへ声をかけ話題を逸らそうとした。

 スタッフはその杏の問いに答えるように、2人を座席へと案内する。

「こちらです」

 スタッフに案内されたのは入って来た扉を真っ直ぐ歩いた2階席の最前列で、あろうことか小さなステージが目の前に見える席だった。

「ありがとうございます」

 杏が礼を言うと、スタッフは一礼し足早に去って行った。

「先輩、良い席ですね。 ステージのメンバーの顔バッチリ見えますよ」

「あぁ、そうだね……」

 案内されたのが想像以上に良い席だったので喜ぶ杏とは対照的に、隼人は頭を抱えそうになる。

『これじゃあこっちのステージに来たらばれるんじゃ……』

 客席が暗くステージからはこちらが見えるとは思えないのだが、ステージまで僅か10m程度の距離に不安を感じる隼人。

「先輩これどうぞ」

 思案している隼人の目の前に隣に居る杏が緑色に光るサイリウムを差し出して来た。

「これは?」

「こうやって振って応援するみたいですよ。 ほら先輩も」

 杏は自分の持っている緑色のサイリウムを頭の上で音楽に合わせて振って見せる。
確かに周囲の人も同じように振りながら声援を送っていた。

「こ、こうかな」

 隼人も杏や周りに習い頭の上でサイリウムを振ると「そうです。そうです」と言いながら杏もサイリウムを振りながらコンサートの光景を見ていた。
時折、横目で隼人を見ると真剣な表情でステージを食い入るように見ているので、杏は内心無理矢理連れてきたことを怒っているかもしれないと思う所があったのでホッとした。
だが、ステージを見る隼人の目的は、杏が想像するものと違っていた。

<暖かい気持ちで、いっぱいになる♪ 永遠の先~♫……>

 それが証拠に、曲が終わり暗転すると優子たちの姿がないことに安堵の表情を浮かべた隼人。

『良かった……でも、側転したり、あの人数で踊ったり凄いな……』

 だからといって何も見ていない訳でもなく、秋元 才加のアクロバティックな側転や、ステージでのメンバーたちのパフォーマンスをしっかり見ていた。
だが、隼人が落ち着いていられたのは、そこまでだった。

 暗転した会場にオルゴールのような音が流れ始めると、ステージには薄明るいピンクの光に照らされたメンバーたちの姿が浮かび上がる。
真ん中センターに4人と、その両脇サイドを倍くらいの人数のグループが挟むように並び、それぞれ頭の上で手を耳に見立てながら構えている。

「あっ……」

 そして大型モニタが真ん中センターの4人を映したとき心臓が“ドクンッ”と跳ね上がり、思わず小さく呟くと振っていた手が止まり力なく下がっていった。

「先輩! 優子ちゃんですよ! やっぱり真ん中センターなんですね」

 モニタに映し出された真ん中センターに4人の中に優子を見つけ杏が声を上げながら隼人に嬉しそうに言ってくる。

「そ、そうだね……あの真ん中の4人は人気あるんだよね?」

「えぇ、みんな人気の高いメンバーばかりですよ」

 そういうとステージに視線を戻す杏。
一方、隼人は杏の言葉に「そうなんだ」と返事するも、視線はすっと真ん中センターに立つ4人の中の1人を凝視していた。

『夢叶えたんだな……』


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