『勘違いから始まる恋』第三章『私はストーカーに恋をする』
第052話
「ありがとう」
優子は何度目かの言葉を口にしながら、隼人の顔を見ると彼は優しい笑みを返した。
優子が泣き止むまで、隼人は髪を撫でながら待ち続けた。
暫くすると優子は泣き止み、今はまた隼人の胸に耳を当て彼の規則正しい鼓動を聞いていた。
『何だか安心する……』
心臓の音を聞きながら、先程の事を思い出していた。
「ごめんなさい」
泣き止んだ直後に優子は隼人にそう言った。
自分の都合で泣いてばかりいたし、何より男性は女性に泣かれることを嫌う。
嫌われる要素満載の自分の行動を反省すると共に、許してくれた隼人への謝罪の気持ちを含んだ言葉のつもりだった。
しかし、隼人から返ってきた言葉は意外なもので優子は驚く。
「ありがとう。 そっちの言葉の方が好きだな」
感謝の気持ちは本当に思っていなければ口に出せない言葉。
だから“ありがとう”の言葉が言える2人でいたい、そう隼人は言うのだ。
優子もその考えが素敵だと思い、先程の『ありがとう』の言葉を口にしていた。
『許してくれてありがとう』そして『私を好きになってくれてありがとう』そう想いながら口にする感謝の言葉は、普段使う“ありがとう”とは違う温かみを感じる。
隼人に出会ってから幾度となく感じる温かい気持ち。
それがこの人の魅力なんだと優子は感じながら隼人の胸にすり寄っていた。
『ブレスレットの御利益かな』
そこで優子は話の途中だったことを思い出した。
ふと横目で壁の時計を見ると既に1時を過ぎている。
優子は明日ライブのリハーサルがあるものの昼からなので、まだ余裕があった。
しかし、隼人はどうなのだろうかと思い確認する。
「隼人は、明日朝から仕事だよ……ね?」
「そう……だね。 こんな時間か……」
隼人が働く“フロッグデザイン”は一般的に時間が不規則になりがちなデザイン業界の一企業にあたる。
だが、外資系企業らしく労働に対する考え方もそれに限りなく近く、比較的出勤時間も融通が利いた。
何よりこの時間は仕事が忙しい時であれば、まだ早い時間でもある。
隼人にしてみれば優子の方が心配であり、ちらりと優子の顔をみると何か言いたそうな表情を浮かべているので聞いてみた。
「優子は時間平気なの?」
隼人にそう聞かれると優子も答えに苦しむ。
自分の過去を知っていて欲しいと思いつつも、時間は遅く隼人だってベットでちゃんと寝たいはずだ。
「うん……あっ、そうだ♪」
何か思い付いたことがあったのか小さく声をあげる優子と、それに“?”を頭に浮かべながら首を傾げる隼人。
『我ながらナイスアイディア』と思いながら隼人に説明しようとする優子の表情は明るい。
そういうところはポジティブな優子。
「私まだ隼人に言いたいことが沢山あるの。 でも、時間が遅いし隼人はちゃんとベットで寝たいよね?」
追加で「だよね?」と言いながら勢い良く身を乗り出し顔を近づけてくる優子の勢いに、何か変なこと考えているんだろうなと思う隼人。
それでも優子の勢いに圧され隼人が答えられる選択肢は1つしか存在しなかった。
「う、うん……」
「じゃあ…………ベッド行こ?」
真っ赤になりながら恥ずかしそうにソファーの後ろを指差す優子。
指差す方向を辿るとそこには扉があり、隼人の家であればそこは寝室に使っている部屋だ。
優子も同じように使用しているのならそこにはベッドがあるはずで、確かに優子の言うように“ベッドで寝る”ことはできる。
だが、今の言いようは自分も“一緒”に寝ることが前提になっている。
『まずいな……』と隼人は先程までの自分を思い出し唸ってしまう。
口付け以上先は危険と思いながら、その先をしてしまったし、何より彼女に興奮し自身のモノを大きくさせてしまった。
そんな自分が一緒のベッドで寝ることなど堪えられるとは信じ難かった。
「えっ……着替えないし、俺はソファーで……」
「話を聞いて欲しいのに別々じゃ意味なぁ~い。 寝間着は、普段私が着ている男物のスウェットがあるから大丈夫!」
言い訳をしてみるが全てかわされ、自分はきっとナンパなどできないタイプなのだろうと新たな発見をする。
『我慢の限界に挑戦か……』などと思いながら、ガックリというのがぴったりな表情をする隼人。
そんな表情の隼人に優子はワザと表情を曇らせ悲しそうにする。
それはまるで小動物のようで保護本能を刺激してくる。
「私と一緒じゃ……嫌?」