このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

『勘違いから始まる恋』第三章『私はストーカーに恋をする』

第048話

design


「新城さんってぇ……今“恋人”居るんですかぁ?」

 優子はグラスに残ったワインを飲み干すと、トロンとした目で隼人を見つめる。

「大島さん、ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」

「そんなことないですよぉ。 それよりどうなんですか?」

 隼人が優子邸に訪れてから2時間程経ち、2人は食事を終えワインを飲みながら談笑していた。
優子は酒に弱いわけではないのだが、ワインを2本開け何時になくハイペースで飲み続けたせいか既にできあがっていた。
そしてずっと「どんな仕事をしているのか」「アメリカでの生活はどうだった」など隼人へ質問責めをしていた。

 一方、質問された隼人は飲む前と殆ど変わらない表情で質問に対し、一つ一つ丁寧に答えていた。
優子の酔いが進むにつれ段々と答え難い質問が多くなってくると、流石に話しを濁しやり過ごしていた。
だが、突然とも言える“恋人”に関する質問に隼人はどうしたものかと躊躇した。
恋人が居るわけではなかったが、それを答えた後に必ず“今好きな女性ひとはいるか”と聞かれるのは目に見えていたからだった。
目の前では優子がジッとこちらを見つめ、質問の答えを今か今かと待っている。

『そんな真剣に見られた……仕方ないか……』

 優子の眼差しに隼人は根負けした。

「今お付き合いしている方はいません」

 隼人がそう言うと優子はパッと花の咲いたような笑顔に変わった。
そして囁くように「良かった」と呟いた。

 隼人は優子の笑顔に見惚れながらも、この後来る質問をされる前に話題を変えようと、先程から疑問に思っていたことを口にした。

「ところで、大島さんずっとそのブレスレットをしてますよね?」

 隼人が優子の腕にはめられたブレスレットを指さし聞くと、優子はブレスレットに視線を落としながら「えぇ」と答えたが内心自分の質問をはぐらかされた気分だった。

「それはただのアクセサリじゃないように見えるんですが、特別な物なんですか?」

 さっきマンションの前で会った時から優子の腕に光るその存在に気付いていた。
そのとき彼女はネックレスや腕時計も身に付け、ブレスレットはあくまでファッションの一部のようだった。
だが、食事に誘われ大島邸を訪れると、そこにはブレスレット以外の全てのアクセサリーを外す優子の姿があり、それを見てブレスレットに興味を抱き質問していた。

「いえパワーストーンブレスレットと言って、そんなに高い物じゃないんです」

「でも、大事な物って言ってましたよね……プレゼントですか?」

「誕生日に貰ったものなんです……」

 ブレスレットに触れながら、そう口にする優子の表情はどこか愛情を含んでいるように見え、隼人は僅かながら嫉妬心が湧くのを感じた。
その上、それなりに酒の入った頭はたがが緩み、表面上は素面しらふに写り冷静に見える隼人に普段では口にしない質問をさせていた。

「……何方からの?」

 ここでようやく質問の意図を酔いの回った優子の頭が理解した。

『自分は私の質問をはぐらかしたのに……よし!』

 隼人に嫉妬心の混ざる瞳を向けられ内心そう思ったが、ちょっとした仕返しを思いついたのか優子は悪戯っぽく笑った。

「クスッ……気になります?」

「……気になります」

 間があったものの意外と素直に隼人が答えるので優子は面白くなり、より表現を曖昧かつ過激なものにする。

「そうですねぇ~、私にとって“特別な人”かなぁ」

 優子は指に顎をのせ考え込むと適当な表現が見つかったかのように、和やかな表情で答える。
“恋人からの貰い物”だと思わせるような言い方だが、勿論これは全て演技である。
それは優子が女優でもあることを知る者ならば分かったかもしれない。

 しかし、隼人は優子をアイドルであることしか知らないうえに、酔った頭には演技であることなど見抜くことが出来なかった。
隼人は“特別な人”その言葉を聞いた瞬間、まさに瞬間でそれまでの酔いがスッと覚めるのを感じ項垂れた。

『やっぱりそうか……馬鹿だな俺……』

 先程まで勝手に舞い上がり優子が自分に好意を持っているなどと、考えていたことが恥ずかしかった。
そして自分へ怒りを感じた。
それは優子への気持ちを妨げているのは“昔の彼女の姿”だと自分が思ってたことだった。
自分が嫌われるのを怖がっているだけのことなのに、その原因を“昔の彼女”に押しつけていた。

『最低だな……ごめん』

 隼人は瞳をゆっくり閉じると、何処かで夢に向かい頑張っているであろう彼女へ心の中で謝った。
すると彼女が『中途半端じゃ駄目なんでス』と自分に別れを告げた時に言った言葉が浮かぶ。

『そうだな……今なら君の言った言葉の意味が分かるよ』

 心の中にあった“失うことへの恐怖”や“拒否されることへの恐怖”という霧が晴れ、あやふやだったものに一つの答えがでた。

『俺は“大島 優子”さんが好きだ』

 失う恐怖という存在が隼人の中から消えたわけではない。
しかし、恋愛に対し恐怖しおののき避けていた隼人が、1人の女性を心から好きだと思えた事は大きな前進だった。

『今までありがとう』

 心の中で彼女に感謝すると、彼女の屈託のない笑顔が脳裏に一瞬浮かんで消えた。

「新城さん?……」

 自分の名を呼ばれ顔を上げると目の前に眉を八の字にさせた優子の心配そうな顔が間近にあった。
大きくない体をテーブルの反対側から一杯に伸ばし覗き込んでくる優子の姿が愛らしい。
思わず隼人は優子を抱きしめたい衝動に駆られたが、優子には“大切な人”がいることを思い出し踏み止まり、心配させまいと笑顔を作り口を開いた。

「すみません。 ボーッとしちゃいました。 お水頂けますか?」

「あっ、はい」

 一瞬きょとんとしていたが意味が分かったのか、優子はキッチンへ酔い覚ましの水を取りに行った。

『振られたか……』

 スリッパのパタパタとした音を響かせキッチンに入っていく優子の背中を見送りながら、そう思うと胸が痛むのを感じた。
告白をしていない自分に“振られた”という表現は正しくないと思いつつ、こうやって好きだと思える女性には既に“大切な人”がいる事を知ればどうしても、それしか思いつく言葉がなかった。

「どうぞ。 お水です」

 キッチンから優子はグラスに水を入れ戻って来ると、それを隼人に渡した。
隼人は水を「ありがとうございます」と言いながら受け取ると飲み干した。
程よい温度の水は喉を潤すだけでなく、隼人の心を落ち着かせていた。

カタッ

 空のグラスをテーブルに置きながら、視線の先に優子が椅子に座る姿を見ていた。

『……』

 先程と違うのはテーブルを挟んだ席に座るのではなく、隣の椅子に座ったことだった。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに自分を覗き込んでくる優子が余りに近く、先程落ち着いた筈の心が乱れる。

「だ、大丈夫です」

「少しあっちのソファで休んだ方がいいんじゃないですか?」

 隼人の顔が赤いことを酔っているのだと勘違いした優子は、リビングの大きめのソファーを指差しながら心配そうな顔をしていた。

 隼人は間近にある優子の顔から逃れるように指差す方を見ると、視界に時計が目に入った。

『12時前か……そろそろ夢から覚める時間かな……』

 時計の時刻を見た隼人の表情が変わり、再び優子と目線を合わせた時には落ち着いたものになっていた。

「お気持ちはありがたいですが、そろそろ遅い時間ですしお暇します」

 そう言って隼人は立ち上がるが、それを見た優子の様子が変化したことなど気付く由もなかった。

『これからは2人きりになっちゃ駄目だな』

 確かに優子の気遣いは嬉しかった。
このまま部屋を一歩出てしまえば明日からまた“ただのお隣さん”へ戻ることになるのだから、少しでも長く好きな女性と一緒に居たいと思う。
しかし、相手は“大切な人”即ち“恋人”のいる女性だ。
相手はあくまでも謝罪としてこういう場を設けてくれただけであり、そのような状態で2人きりで遅い時間まで居る訳にはいかなかった。
それでも恋人気分が味わえたことは夢のようであり、振られた事実は変わる訳でもないがまた女性を“好き”になれたことを優子に感謝した。

 そう思いながら、優子の脇を通り過ぎようとすると隼人は袖を掴まれる。
振り返ると優子が椅子に座り俯きながら、隼人の服の袖を掴んでいた。

「何も聞かないんですね……」


5/13ページ
スキ