このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

『勘違いから始まる恋』第三章『私はストーカーに恋をする』

第047話

design


 ゴクリ
緊張で口の中に溜まった唾液つばを飲み込んだ。

 優子の指定した時間になり部屋の前に来たは良いが、インターホンのボタンに指を掛けたまま押せないでいる隼人の姿があった。
先程まで自室で優子から借りたバケツの片付けをしたりシャワーで1日の汗を流したりしていた。
その時までは優子からの招待に浮かれていたが、いざ彼女の部屋の前まで来ると緊張で固まってしまった。
バケツ片手に優子の部屋の前に立ってるのはこの上なく怪しいと、自分でも理解していたが中々チャイムが押せない。

『今日のプレゼンよりも緊張するな……』

 数時間前に大勢の聴衆の前でのプレゼンテーションよりも、今こうしていることの方が緊張するなんて我ながら可笑しなものだと思いつつ落ち着くために呼吸を整えた。

「ふぅ……よし、いくぞ!」

 小さく気合いをいれると意を決しチャイムを押す。

ピンポーン

 優子がキッチンで料理の仕上げをしているとチャイムが鳴った。

「はーい」

 優子は弾んだ声でそれに答えるとコンロの火を止め、エプロンで手の水気を拭きながら玄関に向かう。

ガチャ

 ドアが開かれ中から黄色のエプロンに身を包んだ優子が笑顔で出迎えてくれた。
優子のエプロン姿はよく似合っており隼人は見惚れていた。

 そんな隼人の視線に気付いたのだろう、優子は「似合います?」と戯けながら来客用のスリッパを用意し、隼人の持っていたバケツを受け取る。

「よく似合ってます」

 バケツを渡しながら隼人の口から自然と漏れた言葉に優子は顔を赤くした。

「ど、どうぞ。 ちょっと散らかってますけど」

「お邪魔します……」

 用意されたスリッパに履き替えながら視線を彷徨わせる隼人。
自分の部屋では寒々とした殺風景な印象の玄関も、優子の部屋は暖かみのある間接照明に照らされ観葉植物なども置かれていて同じ玄関でも大きく印象が異なっていた。
それに加え部屋に漂うフローラルの香りが女性の部屋なのだと実感させられた。

 2人の住む部屋は2LDKタイプで、玄関とリビングを繋ぐ短い廊下に洋室が1つと、洗面所や風呂場、トイレなどの水場の部屋が並んでいる。
そして廊下を抜けた先のリビングにはキッチンと大きめの洋室が1つあり、単身者には少し大きい物件だった。

「こちらです」

 リビングへと隼人を案内しながら優子は、内心ドキドキしていた。
いくら大変迷惑をかけたからと言って初対面に等しい男性を自分の部屋に入れるのだから緊張しない訳もなく、ましてやそれが隼人なのだから尚更だった。
緊張していることを誤魔化すように口を開く優子。

「流石、新城さん時間ピッタリですね」

「折角のご招待ですから。 もしかして早過ぎました?」

「いいえ、タイミングばっちりです」

 そんなやり取りをしながら2人は短い廊下を抜けリビングへと入る。
リビングは15畳程の長細い形をしており、入って直ぐの所に大きめのキッチンがある。
奥はダイニングとリビングになっており、部屋の中頃に洋室に繋がる扉、そして一番奥には都心の摩天楼や四季折々の姿を見せる公園を一望できる窓があった。

 リビングに入ると先程までのフローラルの香りとは打って変わり、トマトのほのかに酸味のある匂いとバジル、オレガノといったハーブ特有の匂いが隼人の空腹の腹を刺激した。
キッチンから漂うその匂いに鼻をクンクンとひくつかせる隼人。

「美味しそうな匂い。 ミネストローネですか?」

「えぇ、あとはオムライスも作りますね。 すぐに作っちゃいますから、そこに座っていてください」

 優子は隼人に1時間もお腹を空かせたまま待たせているのを思い出し、キッチンの前に置かれたダイニングテーブルを指差すと足早にキッチンに入って行く。

 今日の献立は以前AKBの仕事で“恋人へ最初に作ってあげたい料理”という企画の中で優子が作った物で、卵の半熟さ具合など作るのが難しいオムライスと栄養のバランスを考えたミネストローネは料理の腕前を披露するための優子の作戦だと当時周囲にいた者は思っていた。
しかし、実際はガチな気持ちで考えた献立だった。
しかも以前付き合っていた瑛士には料理を振る舞う機会が無く、隼人に振る舞うのが“初めて”となった。

「何か自分がお手伝いすることありますか?」

 そのような経緯があることも知らない隼人は“お客様”だからと優子にやんわり断られ、仕方なく言われた通り椅子に腰を下ろす。

 白い天板のダイニングテーブルには2つのクリームイエローをしたランチョマットが敷かれていた。
その前に座ると丁度、優子がキッチンで料理をしているのが見え、隼人はまるで『夫婦みたい』と思うも口が裂けても言えず言葉を飲み込んだ。

 料理をしている姿を隼人が見ていると、視線に気付く優子。

「恥ずかしいから、あまり見ないでくださいね」

 そう言いながら顔は嬉しそうな優子。
内心では隼人同様『新婚夫婦みたい』と思っていたが、こちらも口にすることなく黙っていた。

「すいません……」

 小さな声で謝るが、手持ち無沙汰な隼人は視線を優子から部屋の中へと移す。
優子の居るキッチン、自分の座る6人掛けのダイニングテーブルと過ぎ、部屋の奥にはこちらも6人ぐらいが掛けられるのではないかというL字型のソファーにガラステーブルがリビングスペースを占有していた。
そしてソファーの前面の壁にはテレビやレコーダーなどが設置収納されたAVラックや収納棚が置かれていた。
収納棚には写真や小物や本等が並べられていた。

『それにしても大きなテーブルやソファーだな……パーティでもするのかな?』

 1人暮らしにしては大きすぎる六脚収まるダイニングテーブルや6人は掛けられそうなソファーに違和感を覚え色々考えるが、それらしき理由を思いついたところで考えるのを止めた。
優子のプライベートをあれこれ詮索するのも趣味が悪いのではないかと思ったからだ。
そんな違和感はあるもののソファーの下に敷かれたラグやカーテンの色使い、棚に飾られたフォトフレームや小物などを見ていると女性らしい部屋と感じた。
そうやって部屋の中を見渡していると、窓際にケージが置かれているのを発見する隼人。

 大きさは小型犬ぐらいの生き物が入りそうなのだが、隼人が家に来てこの方泣き声を聞いていない。
興味を持った隼人は椅子から立ち上がるとゆっくりとケージに近づいていった。
すると忍び足でも音を聞きつけたのかケージの中の生き物がケージの縁に立ち上がった。

「あっ……」

 隼人はその姿を見るや目が輝き、思わず声を上げていた。
その声に気付いたのか優子がキッチンから声をかけた。

「新城さん、どうしたんですか?」

「この子、ロップイヤーですよね?」

 隼人の目の前には垂れ耳ロップイヤーのウサギがケージの縁の部分に手を掛け鼻をヒクヒクさせながら、こちらを見ていた。
隼人はウサギを指差しながら振り向き優子にウサギの種類を聞くと優子は驚いていた。

「そうです。 新城さん動物に詳しいんですか?」

「えぇ、動物好きなんですよ」

「爬虫類なんかは?」

「昔、家でイグアナを飼っていたことがあります」

 そう言うと再びウサギの方に向き直り、今度はウサギと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
爬虫類も好きな優子にとって、隼人も同じように抵抗がないと聞いて嬉しかった。

「この子の名前は何て言うんですか?」

「ヒップです」

「ヒップ?……お尻ですか?」

「はは、そうなんです」

 名前の由来が“尻”であることを大して気にする様子もなく上半身だけ振り返る。

「抱っこしてみて良いですか?」

「えぇ、抱っこの仕方分かります?」

 優子がそういうと隼人は「大丈夫です」と言い、ヒップの首の皮を軽くつまみながらひょいっと持ち上げると素早く手で浮いたお尻を支えた。
ヒップは初対面の隼人に暴れることもなく腕に抱かれ大人しく鼻をひくつかせ、頭を撫でられる度に嬉しそう(?)に目を細めていた。

『何か羨ましいな』

 炒めたチキンライスを皿に型を使い綺麗に盛りつけていた優子は、ヒップが隼人に抱っこされているのを横目で見ながら羨ましく感じていた。

「君は雄なんだね」

 隼人はサラッと抱っこしていたヒップの雌雄を言い当てた。
飼い主である優子も最近やっと雄だと気付き、雄なら“お尻”なんて名前にしなかったのにと、ちょっと後悔をしていた位なのだが、隼人はいとも簡単に当ててしまった。
そんな隼人に感心するばかりの優子だったが、後はチキンライスに乗せる半熟卵のオムレツを作るだけになり、ヒップを嬉しそうに抱っこしている隼人に声をかけた。

「新城さん。 そろそろ出来上がりますから手を洗って来てください」

 隼人は「わかりました」と答え、戯れていたヒップをケージに戻しリビングを出て行く。

 洗面所の位置を教えたりする必要もない程、極自然なやり取りをする2人。
それが互いに同じ間取りの部屋に住んでいるからなのは分かっていたが、恋人や夫婦のようなやり取りが出来ることが優子は嬉しかった。

 優子は上機嫌にボールに卵を割りかき混ぜていると、ケージの方から音がし、視線を向ける。
そこにはヒップが立ち上がりながら周囲を覗うようにキョロキョロしているのが見え、その様子を優子は『あの時とは随分様子が違う』と思っていた。

…………………………

……………………

………………

…………

……

 あの時とは去年11月、ヒップを飼い始めた頃のこと。
念願のペットを飼い始めたことが嬉しかった優子は、当時交際していたウエンツ 瑛士を家に招待しヒップを見せた。

「じゃーん! ロップイヤーっていう種類のウサギで“ヒップ”っていうの。 可愛いでしょ?」

 満面の笑みを浮かべ優子はヒップの両脇を持ちながら瑛士の前に差し出した。

「へぇ……犬とかじゃなくてウサギなんだ」

 あまり関心なさそうに呟くと、ヒップの存在を無視するように瑛士は優子の腰に手を回してきた。

「う、うん。 可愛くない?」

 瑛士が自分を求めているのだと腰に回された手で分かった。
久々に会ったのだから仕方がないと思うのだが、折角新しい家族“ヒップ”を紹介したのだから少しは関心を示して欲しかった優子は瑛士に再度ヒップを見せる。
瑛士はそれを一瞥するとやはり関心はそこになく、無理矢理抱きしめキスを迫った。

「いや」

 小さくと叫びながら身動ぎした優子は、瑛士から離れると非難の目を向ける。

「怖いよ瑛士……」

 少しぐらい強引な方が男らしく好きだったが“無理矢理”と“強引”は違う。
今の瑛士からは無理矢理にでも優子を抱こうという雰囲気が漂っていた。

「……ごめん。 久しぶりだったから……」

 瑛士は謝る。
言葉こそ謝意を表しているが目線を優子とは合わせようとはしなかった。

 優子は瑛士に嫌われたくないと思いながら、それでも自分の大切にするものにも興味を持って欲しかった。

 “分かって欲しい”その一心で縋るように見つめてくる優子に、瑛士は諦めたように両手を突き出す。

「優子、ウサギを抱かせて」

 それを聞いた優子の顔がパッと明るくなり、ヒップを瑛士に手渡そうとした。
だが何故か瑛士がヒップを受け取ろうと触れた途端、先程まで大人しかったヒップが突然暴れ出した。
足をばたつかせ、まるで瑛士を拒むような態度に優子は思わずヒップを抱きしめ直した。
すると、また大人しくなるヒップを見て驚く優子だったが、もっと驚いていたのは瑛士だった。
久しぶりに会った優子だけでなく、ウサギにまで拒絶され自尊心が傷付いたのだろう。

「今日は帰るよ……」

 そう言い残して玄関へ行ってしまう瑛士を、優子はヒップをケージに入れると追い掛ける。 玄関で靴を履いている瑛士に背中から抱き締め「行かないで」と呟く。

「ごめん。 気分が悪いんだ……」

 そう言って瑛士は抱きつく優子を振り払うように部屋を出て行った。

「何で……」

 こんな筈ではなかった。
ただ、ヒップを見せ新しい家族が出来たことを瑛士と一緒に喜びたかった。
たったそれだけのことが好きな人と分かち合えない辛さを優子は感じた。
それから一月も経たないうちに、瑛士から別れを告げられた。

…………………………

……………………

………………

…………

……

「はぁ……」

 優子の中でもう吹っ切れていたとしても、ほんの数ヶ月前のことでは思い出してしまえば、まだ胸が痛みため息も出てしまう。
あのとき悲しみのあまり部屋に泣きながら戻った優子に、ヒップはケージの隅で背中を向けていた。
今思えば自分に背を向けていたのではなく、瑛士に背中を向けていたのかもしれない。
目の前で隼人を探すかのようにキョロキョロするヒップを見ていると、それが本当のように思えてならず『ヒップあんたも新城さんに惚れちゃった?』と雄のヒップに対し心の中でそんなことを呟いた。

ガチャッ

 暫くし隼人がリビングに戻ると優子は出来上がった料理や食器をテーブルに並べていた。

「お待たせしました。 あっ、美味しそうなオムライスですね」

「冷めないうちに食べちゃいましょう」

 隼人はテーブルに並べられたオムライスを見て思わず感嘆の声を上げた。
それだけ優子の作ったオムライスは美味しそうな出来栄えだった。
褒められて嬉しいのか、優子はニコニコしながら隼人に席に着くように促し、自分もエプロンを外すと向かいの席に座る。
自然とお互い目配せすると2人は手を合わせた。

「「いただきます」」

 早速、隼人は湯気の上るオムライスにスプーンを入れると、丁度良い具合の半熟の卵がトロッと流れだし食欲を誘う。
一口頬張る隼人の姿を、優子はジッと見つめていた。
自分自身ではこれまでで一番の出来に満足していたが、隼人の口に合うのか気になり恐る恐る感想を求めた。

「どう……ですか?」

 感想を求められた隼人はオムライスに続いてミネストローネを一口味わうと口を開いた。

「オムライスは卵が半熟でふんわりしているし、ミネストローネも野菜の甘みがでていて美味しいです!」

 そういうとまたオムライスを口にし「美味しいなぁ」とニコニコしながら食べ進める隼人。

「良かった……」

 優子は料理が隼人の口に合っただけでなく、褒められたのが嬉しかったのか安堵の言葉を漏らすと共にニコニコしながら料理を食べ始めた。
メンバーと食事会を開くことが良くあり、メンバーから料理の腕前を褒められることがあったが、隼人から褒められるのはそのどれよりも嬉しく顔が緩むのが自分でも分かる。

 暫く2人は食事をしながら話していたが、優子は飲み物を出していないことに気付く。

「新城さんワインあるんですが開けま……あっ……」

 途中まで言いかけ、自分がワインを駄目にしてしまったこと思い出す。

「ごめんなさい。 私がワイン駄目にしてしまったのに無神経ですよね」

 普段の自分であればもう少し気が回るのにと思いながら頭を下げ謝罪する。
そんな優子に隼人は優しい表情を向ける。

「大島さん、顔を上げて」

 優しい声に促され優子は怖ず怖ずと顔を上げると、その先に隼人の優しい瞳が自分を見つめていた。

『!?』

 心臓がドクンと大きく跳ねるように鼓動した。
特段端正な顔立ちをしている訳でもなく、佐江に言わせれば自分のタイプではない隼人に何故これ程まで惹かれるのか、それがこの瞳にあるのだと優子は感じた。
隼人の瞳に見つめられると、普段自分が背負った重荷がストンと落ち素の“大島 優子”になり、隼人はそれを“受け入れ”そして“理解”してくれる気がするのだ。

「こんな美味しい夕飯ご馳走になっているんですよ。 それで十分」

 “もうそれ以上謝る必要はない”そう言われた気がし優子の中にあった隼人への負い目を感じていた気持ちが和らぐのを感じた。

「今用意しますね」

 席を立ちキッチンからグラスとワインオープナーを持ってきた優子は、それをテーブルに置くとリビングの片隅に置かれたワインセラーを覗いた。
普段梅酒を好んで飲む優子だったが、何故かワインを貰う機会が多く、ワインを好きのメンバーが来たときのためにワインセラーを購入していた。

 どれが良いかと悩んでいる優子を不思議に思ったのか、隼人が隣に来て覗き込んでくる。

「ワインセラーがあるんですね」

「!※〃☆#&*!」

「凄い。 こんな沢山の種類揃ってるんだ」

 突然隣に現れただけでなく、キスできそうな距離にある隼人の顔に軽くパニックに陥る優子。

『小さなお店みたいな品揃えだな。 大島さんって酒豪?』

 優子の気持ちなど露知らず、隼人はただただワインの豊富さに驚いていた。

「ど、どれか好きなのを選んでください」

「良いんですか? じゃあ……これで」

 隼人は何本か並ぶ中から一本の赤ワインを選んだ。
それは特段高級だったり珍しい物ではなかったが、普段は梅酒ばかり飲む優子が唯一好んで常備しているワインだった。

『それ選ぶんだ』

 自分が好きなものを隼人が選んだのは嬉しかったが、ワインセラーの中で一番安いワインを選んだら偶々それだっただけかもしれないと、優子は隼人に選んだ理由を聞いた。

「そのワインでいいんですか? 他にも頂き物ですけど良いワインありますよ?」

 すると隼人は相変わらずニコニコしている。

「このワイン好きなんです。 偶然か、今日買ったワインも、これの年代違いなんですよ。 それもこっちの方が年代物だからラッキーだな」

 遠慮して安いものを選んだ訳ではないとわかり、しかも好きだと聞いて、やはり嬉しいのかニコニコする優子。

「私もこのワイン好きなんです。 他にもワイン頂いたりするんですが、飲むのは何故かこればかりなんですよね」

「それわかります」

 そういうとワインを持ち立ち上がり「開けますね」といいながらテーブルに戻る隼人。
隼人は慣れた手付きでワインをオープナーを使い開けてゆく。

キュポンッ

 ワインが心地よい音と共に開封され、隼人はグラスにワインを注いでゆく。
空気を含ませるように少し高い所から注いでいるためグラスの中のワインは少し泡だっている。

 泡立ったワインなど見たことのない優子はその光景を不思議そうに見つめていた。
端から見れば注ぎ方を知らない素人だ。
優子もそこまで酷いことは思わなかったが、あまりお酒を注いだことないのだろうかと思っていた。
隼人はそんな優子の表情から考えていることを察したのか、二つ目のグラスに注ぎながら話し始めた。

「今注いでいるのが普通の注ぎ方で、お店で出てくるのはこっちですよね?」

 そう言って優子の前に普通の注ぎ方をし泡立ちのないグラスを置く。

「そして、こっちがさっきちょっと高めから注いで泡が立ったワインです」

 泡立ちの僅かに残るワイングラスを優子の前に置いた。

『あっ……』

 目の前に二つのグラスが並べられると隼人の言わんとしていることが優子にも理解することができた。
泡立てたワインのグラスが目の前に置かれるとたちまち、ワインのフルーティーな香りが鼻孔をくすぐる。

「葡萄の香りがする。 それにワインの色もこっちの方が鮮やかな気がします」

 泡立ちの残るワイングラスを食い入るように見る優子。

「香りや色だけじゃないんですよ。 両方飲み比べてみてください」

 隼人に促されるまま優子は二つを飲み比べると、驚きの表情を浮かべる。

「全然味が違う。 同じワインじゃないみたい!」

「泡だった方が、このワインの本来の味なんですよ。 ちょっと見た目は良くないですけどね」

 そう言って隼人は普通に注いだ方のグラスを取ると飲み始めた。

「やっぱり、このワインはそのままでも十分美味しいな」

 先程飲み比べで優子が使ったグラスに躊躇無く口を付ける隼人。

『あっ……間接キス』

 キスだけでなくベッドシーンさえもこなす優子だったが、それを見て初々しく頬を紅く染めた――。


4/13ページ
スキ